ギルドを出た誠司達は早速、北の山脈地帯に向かうために町の出口へ向かうことにした。しかし、ここフューレンは大陸一の商業都市だ。とにかくだだっ広い。北の山脈地帯方面の出口に徒歩で向かうだけでも時間が掛かり過ぎる。
そこでタクシーの役割を持つ馬車を利用することにした。馬車の御者に北の山脈地帯方面の出口近くまで行くようにお願いすると四人は馬車に乗り込んだ。馬車の中で誠司達が各々休む中、シアはギルドの受付で貰ったウルの町のパンフレットを夢中になって読み耽っている。
「へぇ〜、ウルの町って観光の町としても有名なんですねぇ」
「おい、シア。観光に行くんじゃないんだぞ、俺達は」
「分かってますよ、誠司さん。私達の目的は人捜し……ですよね? でも目的地のことを知っておいて損はないじゃないですか」
「あはは、確かにね。それで、他にどんなことが書いてあるの?」
ハジメが笑いながらパンフレットの内容を尋ねると、シアは再びパンフレットに目を通す。
「えっと……ウルの町の近くにあるウルディア湖は大陸最大の湖で有名。そして、その豊かな水源のおかげで食材が豊富に揃っており、特にニルシッシルを始めとした米料理が非常に人気……」
「「今何て言った?」」
「ふへ?」
シアが顔を上げると、目の前にはいつになく真剣な表情の誠司とハジメがいた。今にも掴みかからん勢いで迫る二人にシアは困惑している。
「ど、どうしたんですか、二人とも……」
「ねぇ、もう一回読んでくれないかな?」
優しい口調だが、有無を言わさぬ様子のハジメに圧倒されて、シアはもう一度同じ所を音読した。
「は、はい……えっと……ウルディア湖は大陸最大の……」
「その後」
「えっと……豊かな水源のおかげで食材が豊富に……」
「その後だ」
「え、えっと……ニルシッシルを始めとした米料理……」
「「米料理!」」
二人は同時に叫んだ。二人の大声にシアはビクリと肩を震わす。しかし、誠司もハジメもそんなシアそっちのけで大喜びだ。隣に座っていたユエがシアの肩に手を置いて安心させると、誠司とハジメにジト目を向ける。
「……誠司、ハジメ。はしゃぎ過ぎ。シアが怖がってる。一体どうしたの?」
誠司とハジメはユエの言葉で幾分か冷静になった。バツが悪そうに理由を言った。
「え? ああ、ごめん、シア。つい興奮しちゃって。えっと米って僕達が住んでいた国の主食の食べ物でさ」
「こっちに来てから一回も食べたことが無かったからな。それがまた食べられると分かったらつい……な」
二人がそう言うと、シアは納得したように頷いた。
「ああ、なるほど。そうだったんですね。それだったら私も食べてみたいですねぇ。米料理」
「……ん。私も食べてみたい。誠司やハジメの故郷の味、興味ある」
シアとユエも微笑ましそうに笑った。
「あの〜、お客さん。着きましたよ」
御者がそう言いながら馬車の扉を叩く。いつの間にか目的地に着いたようだ。誠司達は馬車から降りて御者にお金を支払うと、町の出口に向かった。
出口を抜けると、広大な平原のど真ん中に北へ向けて真っ直ぐに延びる街道がある。街道と言っても、何度も踏みしめられたことで出来た道なので凸凹だ。あまり人は通っていないようで誠司達には好都合だった。
誠司達はモンスターボールを取り出そうとすると、ハジメが止めた。
「待って、皆。ポケモンよりこれを使った方が早いと思うよ」
そう言ってハジメは宝物庫からあるものを取り出した。
魔法陣の上から魔力駆動四輪『プリーゼ』が現れる。突如現れた初めて見る物体に目を白黒させるシア。誠司とユエはそういえば、そんなのあったなぁと思い出す。プリーゼは奈落の底のオスカーの隠れ家でお披露目して以降、使っていない。ハジメ曰くメンテナンスは欠かしていないのでちゃんと走れるとのことだ。
「そういや、ハジメは車を持ってたんだっけか? 確かに車の方がケンタロス達より速いか」
「……ん。それに北の山脈での調査でもシャンデラ達の力は必要。ここはポケモン達を温存させた方が良い」
二人は納得したように扉を開けると、誠司は助手席に、ユエは後ろの席に乗り込んだ。一方、シアは恐々とした様子で動けない。ハジメが不思議そうな顔で尋ねた。
「あれ? シア、どうしたの?」
「あ、あの、ハジメさん。この凶悪そうな乗り物は一体何なんですか……?」
「これは車って言って、大勢の人を速く運ぶことが出来る乗り物だよ。僕が作ったんだ」
「ハ、ハジメさんが……?」
「さぁ、早く乗って。すぐに出発すれば今日中にウルに着くと思う」
「わ、分かりました!」
そう言ってシアも恐る恐るだが、後ろの席に乗り込む。そして、ハジメも運転席に乗り込むと、プリーゼに魔力を流し込んだ。プリーゼからはエンジン音が響き始める。
その後、プリーゼは時速八十キロを超えるスピードで街道を疾走していく。その甲斐あって誠司達は日が沈む前にウルの町に到着することが出来た。そのウルの町で知り合いに会うことになるとはこの時の誠司達は思いもしなかった。
「はぁ、清水君、一体どこに行ってしまったんでしょう?」
誠司やクラスメイト達と同様に召喚された教師、畑山愛子はしょんぼりした様子でウルの町の表通りをトボトボと歩いていた。普段の快活な様子が鳴りを潜め、今は不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。ウルの町の間で広まっている『豊穣の女神』の二つ名にとても似合わない有様だ。
『作農師』の天職を持つ彼女は戦争に参加せず、農地開拓を行うために各地を転々としていた。その途中でオルクス大迷宮で誠司とハジメが死亡した知らせを聞いたときは酷くショックを受けた。その際、愛子以上に心に傷を負っているにも関わらず、生徒達に訓練への参加を促そうとする教会のやり方に抗議したのである。
そのおかげで生徒達の訓練への参加は志願制という形になり、誠司とハジメがいなくなった残りの生徒達は、主に三種類に分かれることになった。戦闘訓練に参加して経験を積む前衛組、戦いの恐怖から立ち直れず王宮に引き籠る居残り組、そして最後に、戦うのは怖いが何か自分達でも出来ることがしたいと愛子の護衛を買って出た愛ちゃん護衛隊という内訳だ。
そんな愛ちゃん護衛隊は男女合わせて七人いるのだが、その内の一人、清水幸利が突如行方不明になってしまったのだ。愛子達は農地開拓の傍ら、彼の捜索を行なっているが、依然行方は分からないままだ。
「愛子、あまり気を落とすな。まだ何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分でどこかに行った可能性だって高いんですよ。悪い方にばかり考えないでください」
元気のない愛子にそう声をかけたのは教会から派遣された愛子専属護衛隊隊長のデビット・ザーラーと生徒の園部優花だ。周りには他の護衛の騎士達や生徒達がいる。彼らも口々に愛子を気遣うような言葉をかけた。
守るはずだった生徒達に自分が慰められている。
それに気付いた愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。
「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて私達に出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。
カランッカランッと、そんな音を立てて愛子達は自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿で、『水妖精の宿』という名前の宿だ。
この宿の一階部分はレストランとなっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。最初は高級な宿では落ち着かないと言っていた愛子や生徒達だったが、今ではすっかり慣れて、リラックス出来る空間になっていた。そして、この宿で食べる米料理は愛子達にとって毎日の楽しみになっていた。
全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。愛子達の席はカーテンで仕切られているため誰かの視線を感じることもない。
「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」
「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」
「いや、それよりも天丼だろ? このタレとか絶品だぞ? 日本負けてんじゃない?」
「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ? ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」
「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」
故郷の料理に近い料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達。そんな時、愛子達のもとへ、この宿のオーナーであるフォス・セルオが現れた。
「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「あ、オーナーさん。いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」
「それはようございました」
畑山の言葉に、フォスは微笑みを浮かべながら会釈をする。しかし、その笑みを消して表情を申し訳なさそうに曇らせた。そんなフォスの様子に何事かと皆、食事の手を止めて彼に注目した。
「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」
「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)が食べれないってことですか?」
カレーが大好物の園部優花がショックを受けたように問い返した。
「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「あの……不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔獣の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔獣がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔獣の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」
理由を知った愛子達が若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
愛子たちはピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な『金』ランクの冒険者達がリストアップされていた。
愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。一旦荷物を部屋に置いて来たようだ。それに反応したのはフォスだ。
「おや、噂をすれば。彼らですよ。騎士様、彼らは明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、分かった。しかし、随分と若い声だな。『金』にこんな若い者がいたか?」
デビッド達騎士は脳内でリストアップした有名な『金』クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主がいないので、若干、困惑したように顔を見合わせた。
そうこうしている内に、会話が聞こえてきた。
「あのプリーゼって乗り物、すごいですねぇ。あっという間にウルの町に着いちゃいましたよ」
「そりゃそうだよ。僕のアーティファクトの中でも傑作の一つだもの」
「うぅ…………まだ気持ち悪い」
「おい、大丈夫かユエ。もう少し休んでからでも良かったんじゃないか?」
若い男女の集団のようだ。愛子達が聞いているとは知らずに彼らの会話は続く。
「……ハジメ、運転荒すぎる……」
「仕方ないじゃない。早く米料理食べたかったし……」
「お前な……まぁ、気持ちは分かるけど」
「あの、ハジメさん、誠司さん。二人とも本来の目的が何か忘れてないですよね? グルメツアーに来たわけじゃないですからね」
「「分かってるって」」
ハジメ、誠司。
少女達の言う名前に愛子の心臓は一瞬にして飛び上がる。それは園部優花を始めとした生徒達も同じだった。
「な、なぁ……さっきの声、聞き覚えなかったか?」
「う、うん……でもまさか……ね」
「いや、でもハジメとか誠司って……」
尋常ではない愛子や生徒達の様子にフォスや騎士達は一体何事だと顔を見合わせる。そうこうしているうちに声は段々と愛子達のテーブルから遠ざかっていく。それに気が付いた愛子は慌てて立ち上がって、転びそうになりながらもカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。
シャァァァ!!
存外に大きく響いたカーテンの引かれる音にギョッとして立ち止まる四人の男女。驚いた様子で音のした方を振り返っており、愛子とばっちり目が合った。
「南雲君、中西君ですか……?」
「え………………先生?」
「あれ? 畑山先生だ」
愛子の目の前にいたのは、記憶の中にある彼らとは大きく異なった外見をした二人の生徒だった。