南雲ハジメ。
彼、いや彼女は少し特殊な生徒だった。本来の性別は女であるのだが、学校では特例で男として過ごすことが学校側で通達されていた。
当然、愛子もそのことは聞かされており、教師としてハジメのことを目にかけていた。何か家庭の事情があるのではないかと疑って、ハジメのクラスの担任でもないのに、ハジメの両親を交えて三者面談をしたこともあった(もちろんハジメのクラスの担任の許可を得た上でだが)。
三者面談をしたことで、ハジメは両親の都合とかではなく、自分の意思で性別を偽っていることを知った。本人の口から聞くと愛子も何も言えなくなった。LGBTの問題に軽々しく口を出すべきことではないのは、流石の愛子も分かっているからだ。それ以降、愛子は彼女の意思を汲んで
幸いなことに、ハジメには中学時代からの親友である中西誠司もおり、いつも楽しそうにつるんでいるのは見かけていた。そのため、心配は要らないと判断した。
そして、いつの頃からか愛子自身もハジメが女であることを忘れかけていた。
だからこそ、愛子は目の前にいる二人の人物に驚いていた。二人とも自分の記憶の中の人物と全く違っていたからだ。
中西誠司の方はまだ分かる。片腕は無くなり、顔の一部に包帯が巻かれてはいるものの、面影はしっかりあるので彼だと判別は出来る。
だが、南雲ハジメは完全に女の見た目になっていた。以前は華奢な少年という雰囲気だったが、今では髪も伸びてスタイルも良くなっている。ボーイッシュな服装をした少女といった感じだ。ハジメの場合に限っては、町ですれ違ったとしても気付けないかもしれない。
だが、先程、二人は自分のことを先生と呼んだ。それによって、愛子は目の前の二人が確かに自分の教え子達だと確信することが出来た。
「本当に中西君と南雲……君なんですね……良かった。2人とも生きていたんですね……」
「ええ。お久しぶりです、畑山先生」
「色々ありましたが、なんとか生き残っていますよ」
「良かった。本当に良かったです」
誠司とハジメは穏やかに挨拶を交わした。それによって、死んだと思われていた生徒の奇跡のような再会を実感したのか、涙目になる愛子。
その時、ゾロゾロと優花達やデビッド達も奥からやって来た。誠司やハジメの姿を見て、優花を始めとするクラスメイト達は信じられないという驚愕の表情を浮かべている。生きていたことや、外見が全然異なっていることに驚いているのだろう。ただ呆然と誠司達を見つめている。
そんなクラスメイト達をチラリと一瞥し、愛子への挨拶を終えると、誠司もハジメもそのまま近くのテーブル席に歩み寄って座席についた。それを見てユエもシアも倣う。シアはどこか困惑しながらであったが。
誠司とハジメの突然の行動にキョトンとする愛子。誠司やハジメは、周囲のことなど知らんとばかりにメニュー表を広げている。
「ええと、誠司さん、ハジメさん。良いんですか? お知り合いですよね? 多分ですけど……元の世界の……」
「ん? ああ、別に先生達とは同郷ってだけで特に関係はないからな。ここでバッタリ会ったのには驚いたけど、ただそれだけだし」
「まさか依頼を受けてこの町に来たら先生達に会うんだもの。世間は狭いよね。びっくりだよ」
「全くだ。まぁ、そんなことより早く晩飯にしようや。腹ペコでぶっ倒れそうだ」
「う〜ん……文字だけじゃ流石にどんな料理か分からないな……」
ハジメはメニュー表を眺めるが、メニュー表には文字しか無く、どんな料理なのか分からない。そんなハジメにユエはある提案をした。
「……だったらオススメを頼んだら?」
「あっ、グッドアイデアだね。それと折角だし、パンフレットにも書いてあったニルシッシルっていうのも頼もうよ」
「そうですね。じゃあ、ニルシッシルは四人で分け合って、あとは全員オススメって形で行きましょう! すみませ〜ん、注文お願いしまぁ〜す」
四人で和気あいあいと会話をしていると、そこで待ったがかかる。愛子だ。「先生、怒っています!」と分かりやすい表情でテーブルをペシリと叩く。
「二人とも、まだ先生との話は終わっていませんよ。何、物凄く自然に注文しているんですか」
周囲の生徒達や騎士達も同意見なのか頷いている。そんな愛子達に誠司とハジメは互いに顔を見合わせて溜息を吐いた。二人は諭すように言った。
「畑山先生、俺達はフューレンからノンストップで、飲まず食わずでここまで来たもんですから腹ペコなんですよ」
「だから食事くらい、ゆっくり摂らせてもらえませんか?」
そんな二人を見て愛子も少しだけ頭を冷やしたようで、一度深呼吸をして平静を取り戻した。
「分かりました。でも色々聞きたいことがあるので、質問はさせてもらいますよ?」
「まぁ、それは食事をしながらでも」
そして、他の客の目もあるからとVIP席に移動された誠司達。そこで、誠司達は今日限りのオススメメニューであるニルシッシルを夢中で頬張りつつも愛子達からの質問に答えていく。若干の嘘を交えつつだが。
Q. この二人の女性は誰なのか?
A. ユエとシア。奈落に落ちてから現在に至るまでに出会った仲間。
Q. 橋から落ちた後、どうしたのか?
A. 誠司は一緒に落ちたバッフロンがクッションに、ハジメは途中で流れていた水源に引っ掛かったので奇跡的に助かった。それから合流してサバイバルして何とか乗り切った。
Q. 中西の顔の包帯や腕は何なのか?
A. 魔獣との戦いでやられた。
Q. 南雲の髪が白いのは何故か?
A. 特殊な魔法薬の副作用。
Q. 何故すぐに戻らなかったのか?
A. 奈落を出たらライセン大峡谷だった。大峡谷から抜け出したらブルックの町に着いて、そこで冒険者の仕事をしながらお金を稼いでフューレン、ウルへやって来た。
そんな風に答えていると、クラスメイトの男子の一人、玉井淳史が尋ねた。
「な、なぁ、南雲……で良いんだよな? 何か髪も長いし、胸もその……随分と女みたいな雰囲気になってるけど一体何があったんだ?」
それは他のクラスメイト達も同様のことを思っていたらしく、黙ってハジメの答えを待つ。騎士達も死んだ生徒は二人とも男だと聞いていたので、淳史の言葉に大きく頷いている。事情を知っている愛子は少し気まずげな表情を浮かべるが、当のハジメはケロリとした表情で言った。
「そりゃあ、僕は元々女だからね。ずっと隠していたけど」
『………………はぁ!!?』
ハジメの衝撃のカミングアウトにこの場にいたほぼ全員が絶叫した。全員、思わず愛子の顔を見るも、彼女の表情からそれが本当であることを悟ったのだろう。各々驚愕を露わにする。
淳史達男子陣は「まさか!」というように愕然とし、ハジメの顔を見る。一瞬だけ彼らの顔が赤くなるが、すぐに申し訳無さそうに俯いた。女子達も男子達と同じくらいの驚きようだった。だが、優花だけは驚きだけでなく、何故か酷くショックを受けたような表情をしていた。
衝撃の事実に放心している生徒達をよそに、愛子は改めて誠司達に尋ねた。
「それで……中西君達は戻って来るつもりはありませんか?」
「いや、あいにくだが、戻る気はないですね。こちらにも旅の目的があるので。それは決して魔人族と戦うことではない」
「そう……ですか…… あの、その目的って……」
「それも秘密で」
「あうぅ……」
しょんぼりする愛子に一人の騎士が怒りの声を上げる。愛子を特に慕う騎士の1人、デビッドだ。
「おい、お前ら! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」
誠司もハジメもチラリとデビッドを一瞥すると、溜息を吐く。
「基本的に真面目に答えていただろうが。こちらにも答えたくないものはあるんでね」
「それに食事中だよ。少しは行儀良くしたらどうなの?」
そんな2人の態度にデビッドは顔を真っ赤にし、今度はシアに矛先を向けた。
「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
デビッドはシアに向かって差別意識剥き出しの暴言を吐いた。よく見ると、他の騎士達も同様の目でシアを見ている。教会の思想にどっぷり浸かった連中なため無理もないのだが、あんまりと言えばあんまりな物言いに愛子は思わず注意をしようとする。
しかし、暴言をぶつけられた当の
そんなシアの態度が気に食わないのかデビッドは更にヒートアップしていく。元々短期でプライドの高い彼が、自分達よりも下の亜人族に無視されているのが我慢ならないようだ。
「おい! 聞いているのか!? 獣風情が俺を無視するとは随分良い度胸だ。ふん、どうやらその醜い耳は飾りのようだな。穢らわしい耳を切り落とすついでに地獄へ落としてやろうか!?」
そう言ってデビッドは腰の剣に手をかける。それを見て、愛子達や騎士達はデビッドを止めようとするが、彼には聞こえていないらしく、剣を僅かに引き抜いた。だが、彼の剣がそれ以上抜けることはなかった。
「な!? 一体どうなっているんだ! 剣が……抜けない!」
デビッドは剣を抜こうとするが抜けず、それどころか、身体もまともに動くことが出来ない。そんな時、騎士の一人がテーブル席を見て驚愕の声を上げた。それに釣られて愛子達も見ると、目を大きく見開いた。
誠司の傍らには魔獣が浮かんでいたからだ。
「ま、魔獣!?」
「何でここに!?」
「た、倒さないと……」
生徒達や騎士達は思わず武器を構えるが、誠司はそんな彼らに目もくれず、傍らにフヨフヨと浮かんでいるチリーンに声を掛けた。
「ご苦労だったな、チリーン。ナイス“かなしばり”だ」
「チリン、チリン」
『え?』
親しげに魔獣と話す誠司に困惑する愛子達。しかし、生徒の一人があることを思い出す。
「そういや、中西って魔獣使いだったな……」
魔獣使いという言葉を聞いて身動きが取れないデビッドが誠司を強く睨み付けて、再び暴言を吐いた。
「ほぅ? お前が魔獣使いだと? 穢らわしい天職持ちがまさかお前だったとはな。驚きだ」
「穢らわしい?」
「ああ、そうだ。魔獣など、人の世には不要な存在。凶悪で人には害にしかならない奴らだ! そんな穢らわしいものを使う者など虫唾がはしーーーー」
バキャンッ!!
デビッドの言葉は大きな破裂音で遮られた。思わず全員が音のした方に視線を向ける。その破裂音の正体は誠司が義手でグラスを握り潰した音だった。義手からはグラスの中に入っていた水がポタポタとこぼれ落ちている。
誠司は薄らと笑ってみせた。しかし、口元と違って目は一切笑っておらず、恐ろしいほどに怒りに満ちた笑みだった。その笑みに込められた怒りは相当なもので、この場にいた者達はその圧に呑み込まれそうになる。ハジメやユエ、シアですら背筋に冷たいものが走る。
誠司は穏やかな様子で口を開いた。
「はぁ、価値観の相違は仕方ないにしても……仲間を傷付けられそうになった上にここまで侮辱を受けて、黙っている理由はないよな。もう良い。恐縮だけど、
誠司の怒りを直接受けているデビッドは何も答えることが出来ずにガクガクと震えている。だが、その目に宿る誠司達への敵愾心は消えていない。それに気付いた誠司はつまらなそうに舌打ちすると、傍らに浮かぶチリーンに指示を出した。
「チリーン、悪いんだけど、こいつを片してくれる? 顔も見たくないから」
「チリチリンッ」
チリーンは頷くと、目を青白く光らせる。すると、デビッドの身体は青白い光に包まれた。チリーンの“ねんりき”だ。
「なっ!? おい! 何をする気だ! 止めさせろ!」
「チーリーンッ!」
「う、うわあぁぁぁぁ!!」
デビッドはそのままチリーンによって吹き飛ばされ、他の騎士達を巻き込んで背後の壁に叩き付けられる。デビッドを含めた騎士達は白目を剥いてズルズルと崩れ落ちる。
「あの、何かありましたか?」
そこで、大きな音を聞きつけて何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んで来た。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。
それから誠司達は食事を再開するが、口を挟んでくる邪魔者はいなかった。
誠司はブチ切れると、静かに怒るタイプです。