プリーゼが今までよりも速い速度で険しい帰り道を爆走し、車内は阿鼻叫喚となっていた。何人かは酔って顔を青くしており、荷台の者達はミキサーのように振り回され、荷台から投げ出されないようにするので精一杯だ。しかし、その甲斐あってか、ウルの町には一時間ちょっとで着くことが出来た。
ウルの町に着くと、悠然と歩く誠司達とは異なり愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。誠司達としては、愛子達とここで別れて、さっさとウィル達を連れてフューレンに行ってしまおうと考えていたのだが、ウィルも愛子達と一緒に飛び出していってしまったために仕方なくゲイル達と一緒に後を追いかけた。
誠司達が町役場に着いた頃には既に場は騒然としていた。ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に、信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。普通なら狂言と取られそうなものだが、『神の使徒』にして『豊穣の女神』として知られる愛子の言葉とあっては無視など出来ないだろう。
ちなみに、車中での話し合いからティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せて報告することで一致していた。ティオに関しては、竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれたため、黒幕に関しては愛子が、未だ可能性の段階に過ぎないので不用意なことを言いたくないと譲らなかったためだ。
そんな喧騒の中、ウィルを連れ戻しに来た誠司達とゲイル達がやって来る。ゲイル達は少し気まずげだったが、誠司達は周囲の混乱などどこ吹く風だ。
「おい、ウィル。仮にも保護対象なんだから勝手に突っ走らないでくれ。報告が済んだならさっさとフューレンに向かうぞ」
誠司の言葉にウィルはもちろん、愛子達も驚いたように誠司を見た。他の、町の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れた誠司に不愉快そうな眼差しを向けた。信じられないと言った表情でウィルは誠司に言い募る。
「な、何を言っているのですか? 誠司殿、今は危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」
「どの道、救援が来るまで避難をするしかないだろ? この観光の町に魔獣の大群をどうにか出来る防備なんてないだろうし。ちょっと人より早く避難するだけの話だ」
「そ、それは……そうかもしれませんが…… でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはずです。誠司殿達も……」
「舐めてんのかよ、あんた?」
「誠司殿達も協力してください」そう続けようとしたウィルの言葉は、誠司のドスの利いた一声に遮られた。
「冒険者としての仕事をはき違えてるみたいだから言っておく。冒険者ってのは慈善団体じゃないんだよ。確かに冒険者は人々のために依頼をこなすが、そこには報酬という対価があるからだ。それで俺達の依頼はウィルやゲイル達をフューレンまで連れ帰ること、そして、あんたらの依頼は山脈の魔獣の大量発生について調査することだ。決して魔獣の大群と戦うことじゃない。仮にも冒険者を志望するのなら、これくらいの常識は頭に入れておけ」
「で、ですが、私は……」
ウィルはそれでも食い下がる。それを見て、ハジメもウィルの態度にうんざりしたのか前に進み出た。
「そもそも……僕達はあなたの意見は聞いていない。これ以上、ごねるようなら手足を砕いて引き摺ってでも連れて行きますよ。後でいくらでも回復出来ますしね」
「なっ、そ、そんな……」
誠司とハジメの雰囲気から本気でそうするつもりだと理解したウィルは顔を青ざめて後ずさりする。思わず助けを求めるかのようにゲイル達の顔を見るが、二人とも誠司達の言葉に異論がないのか首を小さく横に振る。それを見たウィルの表情には信じられない、裏切られたといった様がありありと浮かんでいた。
言葉を失い、二人から無意識に距離を取るウィルに誠司もハジメも決断を迫るように歩み寄ろうとする。そんな二人の前に立ち塞がるように進み出た者がいた。愛子だ。
「中西君。君なら……君達なら魔獣の大群をどうにか出来ますか? いえ……出来ますよね?」
愛子は、どこか確信しているような声音で、誠司達なら魔獣の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。
まぁ、勇者を始めとした神の使徒ならともかく、こんな得体の知れない冒険者がこの危急をどうにか出来るなんて信じられないだろう。いくら『豊穣の女神』の言葉であっても。
誠司は尋ねた。
「何故そのように思うんですか?」
「先程、中西君は『仲間の体力が消耗している上に、こんな障害物だらけの場所で戦うなんてやりづらくて仕方ない』って言っていて『出来ない』とは一言も言っていませんでした。つまり、平原で仲間の体力が回復した状態なら戦えるってことですよね?」
「……よく覚えていますね」
愛子の答えに思わず顔を顰める誠司。暗記系の社会科目を教えているだけあって、彼女の記憶力はかなりのものだ。今度から彼女の前では余計なことを言わないようにしようと心の中で誓う。
「中西君、南雲さん。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」
「それならさっさと人々を避難させれば良いだけの話でしょう。それに、俺達が先にフューレンに着けば、ギルド支部長のイルワさんやこいつの実家の伯爵家に依頼して、避難してきた住人の保護や町の復興の支援なんかもスムーズに出来る。町のことはこの際諦めてください。命は失ったら取り返しが付かないが、町は失っても復活は可能だ。……金や時間は掛かるでしょうがね」
「それでは多くの人達が苦しんでしまいます。例え異世界であろうと、ここで出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います」
「はぁ……、そもそも俺がウィルに言った話を聞いていなかったんですか? 俺達の冒険者としての仕事はそこにいるウィル達をフューレンまで連れ帰ること。畑山先生だって、この世界で色々やっているのも教師や作農師としての職務を全うするためではないんですか? 公私混同しないでください」
「………」
誠司の容赦ない言葉に思わず黙り込む愛子。更に、ハジメも愛子の物言いに我慢出来なくなったのか、同じく揶揄するように言った。
「……先生、そんなにこの町を助けたいのなら、おあつらえ向きなのがそこにいるじゃないですか。僕達みたいな得体の知れない冒険者よりも遥かに信用の置ける、優秀な神の使徒の人達が」
『っ!!!?』
ハジメがチラリと優花達に視線を向けて言った言葉に、優花達はビクリと身体を震わせる。確かに自分達はチート持ちの神の使徒として人々を守らなければならないのだが、未だに恐怖は拭えない。それに、ティオと同じようなのと戦うことを想像し、震えが止まらかった。優花達は思わず反論しようとするが、誠司がそれを遮り、ハジメの言葉に乗っかった。
「ハジメの言う通りだな。神の使徒の中でも
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 選りすぐりの精鋭ってどういうことだよ!?」
これには堪らず淳史が必死な様子で尋ねた。他のクラスメイト達も必死にコクコクと頷いている。こんな状況で過大評価なんてされたらどうなるのか、彼らでも分かる。だが、当の誠司は「何を言っているんだ?」と言いたげな冷めた表情を浮かべていた。
「どういうって……畑山先生は作農師。人間族の食糧事情を一変させる超重要人物なんだ。逆に言えば、敵である魔人族としては勇者以上に厄介で真っ先に殺しておきたい存在のはずだぞ」
愛子は自分の立場を聞かされて顔を青ざめる。だが、優花達は一応そのことを分かっていたようで特に驚いている様子はない。誠司は続ける。
「そんな超重要人物を護衛するんだ。当然、神の使徒の中でも特に優秀な者を選抜しているんだと思っていたんだが……違うのか?」
誠司がそう尋ねると、優花達は気まずげに目を逸らし始める。だが、町の重鎮達は確かにその通りだと頷き、彼女達に期待の籠った目を向けている。愛子がそれに気付いた時にはもう遅く、町の重鎮達が優花達に殺到した。
「使徒様、どうかこの町をお救いください!」
「我々にはあなた達が頼りなんです!」
頼られている優花達は顔を真っ青にし、身体がガタガタ震えている。愛子は必死に彼らを引き剝がそうとするが、効果がない。
「まぁ、仮に戦って死んだとしても、この町の人々のために死ねるんだ。神の使徒としてこれ以上ない名誉だろう。町に立派な墓やら記念碑やらが建つかもしれないぞ」
「それに町のために戦った英雄として、歴史に名が刻まれるかもね。良かったじゃない。それじゃあ、僕達はこれで」
優花達に追い打ちを掛けるように誠司とハジメは皮肉たっぷりにそう言うと、ウィル達を連れて出口へ向かった。ウィルは何か言いたそうにしていたが、何も言えず付いて行くしかなかった。その時………
「お願い、待って……待ってください!!」
声の主は優花だった。優花は重鎮達からかき分けて前に出ると、頭を下げて必死に懇願する。
「お願い! 町を助けてください!!」
優花の必死の懇願に重鎮達はギョッとした表情を浮かべているが、そんな彼らを無視して優花は必死に頭を下げ続ける。それを見た淳史達も同様に前に進み出ると、頭を深く下げる。誠司は振り返り、冷めた様子で尋ねた。
「それはまたどうして? 君達は神の使徒の中でも選りすぐりの精鋭達だろう? だったら君達でも……」
「…………ない」
「え? 何だって?」
「私達は精鋭なんかじゃない! ……中西達は知らないだろうけど、クラスメイトの中にはあの時の訓練のトラウマで戦えなくなった人は何人もいて、私達も……その一人なの」
優花の告白に重鎮達の間にざわめきが起こった。彼らの顔には一様に失望の色が浮かぶ。しかし、優花は構わず続ける。
「戦うことが怖くなって逃げだしたけど、何もしないままは嫌だった。それで私達は愛ちゃん先生の護衛になったの」
「………」
優花の言葉を誠司達は黙って聞いていた。彼らの顔に特に驚きはない。誠司はゆっくりと口を開いた。
「お前ら、護衛ってどんな仕事か知ってるか?」
「……え?」
誠司の質問に虚を突かれて優花達は顔を上げる。誠司は冷ややかに言った。
「護衛ってのは護衛対象を護るためなら自分の命も捨てなくちゃいけない危険な仕事だ。お前らにそんな覚悟はあったのか? なかっただろ?」
「ぁ………」
優花達は反論出来なかった。愛子は思わず「私はそんなこと望んでません!」と叫ぶが、誠司はスルーする。今、護衛対象の意見など関係ないからだ。
誠司達は、以前モットー達の護衛をした時に、先輩の冒険者達から護衛の心得を学んでいた。だからこそ、優花達が護衛の仕事を舐め切っているのは誠司達には丸分かりだった。山道の時もバテていて、碌に鍛えていないのは明らかだったし、ティオの時も本来なら愛子を真っ先に安全な場所へ移動させるべきだったのに動きもしないでユエに守られる始末。おまけに昨晩、愛子の部屋に忍び込んだ時、部屋の前には見張りが一人もいなかった。大方、高級宿だから安全だとでも思っていたのだろうが、もし誠司達が暗殺者だったらどうするつもりだったのか。
誠司がそれらをつらつらと挙げると、優花達の顔は面白いくらいに青ざめていく。そんな彼女達を見て誠司は鼻で笑った。
「それで、護衛としてお前らは何をしてきたんだ? 畑山先生の話し相手か?」
『………』
「戦えないなら、大人しく住人を避難させることに専念するんだな。それがお前らでも出来る神の使徒としての責務だよ」
「責務……」
誰かが呟いた。その時、優花が何か思い付いたように言った。
「それなら、中西や南雲にも人々のために戦う義務があるんじゃないの?」
「……何?」
誠司が思わず聞き返す。
「あなた達だって私達と同じ神の使徒じゃない! それだったら、神の使徒としてこの町を守るために戦うべきなんじゃないの?」
優花の言葉にハジメやユエは「お前が言えたことか?」と言いたげな表情を浮かべていたが、誠司は少しだけ考え込む。
(待てよ……? 確かに俺やハジメは死んだことになっていたが、一応は神の使徒という扱いのままだ。この後、王宮や教会には俺達の生存が間違いなく報告されるだろう。そうなったら、また今回みたいなことが起こるのは目に見えている。それなら……)
誠司はそこまで考えると頷いた。
「なるほど……確かに一理あるな」
「え、誠司?」
「……本気?」
誠司がそう呟くと、ハジメもユエも思わず尋ねる。周囲は風向きが変わり始めたのを感じて少しだけ表情が明るくなる。誠司は愛子に向かって言った。
「畑山先生、町を救ってほしいのなら条件次第ですが受けても構いませんよ」
「じょ、条件……ですか?」
「そう身構えないでくださいよ。俺達が魔獣の大群から町を守れたら、俺達の独立行動、および最大限の裁量権を認めてもらいたいだけです。神の使徒ではなく、ただの一介の冒険者として。それが唯一の条件ですね」
「それは……」
つまり、誠司達が神の使徒という立場を捨てるということだ。誠司もハジメも神の使徒という立場に全く未練はないし、奈落を出てから一度もその権限を使っていないので無くても特に困らなかった。ある意味罰当たりな発言に教会司祭は眉を顰める。
「……それを認めたら本当に町を救ってくれるんですね?」
「ええ、約束を守って頂ければ。仕事である以上、一切手は抜きませんよ」
誠司の言葉を聞いて愛子は少しの間、考え込む。だが、町を、町の人々を救うには、今はこれしかない。
「分かりました。その条件を呑みます。だから、このウルの町をどうか、どうかお願いします」
愛子はそう言って頭を下げる。優花達もそれを見て、同様に頭を下げた。誠司もハジメもそれを見届けると、おもむろに踵を返して出口へ向かった。ユエとシアもそれに続く。
「な、中西君、南雲さん?」
そんな2人に、愛子が慌てたように声をかけた。二人は振り返り、言葉を返した。
「勝率は百パーセントじゃないんでね。今から準備をしておかないと」
「そうだね、なので先生、話し合いはそっちにお任せします」
「中西君、南雲さん!」
二人の返答に顔をパァーと輝かせる愛子。誠司は苦笑しながら言った。
「まぁ、神の使徒としての最後の仕事だ。やるだけやってみますよ」
パタンと閉まった扉の音で、その間ずっと口をつぐんでいた町の重鎮達が一斉に愛子に事情説明を求めた。
愛子は肩を揺さぶられながら、誠司とハジメが出て行った扉を見つめていた。その顔に喜びはなかった。ウルの町の人々を見捨てられなかったのは事実だが、条件付きとは言え、結果的に生徒二人に戦闘を強要させたことに対して自分でも矛盾を感じていた。
もっとやりようはなかったのか。内心、自分の先生としての至らなさや無力感に肩を落としていた。
ーーーーーーーーーー
部屋を出てしばらく歩くと、誠司はハジメ達に謝罪した。
「すまなかった。結果として、皆を戦いに巻き込んでしまって」
だが、ハジメもユエもシアも何でもないように答えた。
「大丈夫だよ。確かに僕も誠司も神の使徒……だもんね。それを「関係ない」って突っぱねたらそっちの方がずっと面倒ごとになってただろうし。何事にも筋は通さないと」
「ん……気にしないで」
「そうですよ! 私達は仲間じゃないですか!」
「皆……」
誠司は胸が熱くなるような感覚がした。その時、後ろから声が聞こえた。
「あの~、妾のこと忘れておらんかの? 一応、妾は重要参考人のはずなんじゃが……」
「「「「あ、すっかり忘れてた」」」」
「酷くないかの!?」
皆から完全に忘れられて蚊帳の外になっていたティオは涙目を浮かべていた。
大分原作と違う展開になってしまった……
でも愛ちゃん先生の説教は正直、綺麗ごとにしか聞こえなかったんですよね……