黒ローブの男はやはり行方不明になっていて愛子達が探していた清水だったようだ。目深に被っていたローブをめくり、彼の顔を見て間違いないとのことだ。
また、既に場所は町外れに移しており、この場にいるのは誠司達の他に、愛子達、護衛隊の騎士達、町の重鎮達数人、そしてウィルやゲイル達だけである。流石に、町中に今回の襲撃の首謀者を連れて行っては、騒ぎが大きくなり過ぎるだろうし、そうなれば対話も難しいだろうという理由からだ。町に残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。
清水は拘束された状態でブツブツと何かを呟いている。前髪で隠れていて目が見えないが、彼が正気でないことが伺える。
そんな清水に愛子が歩み寄った。黒いローブを着ている姿が、何より戦場から直接連行して来られたという事実が、動かぬ証拠として彼を襲撃の犯人だと示している。信じたくなかった事実に愛子は悲しそうに表情を歪めている。
「愛子、危険だ」
流石にデビッド達が止めようとするが、愛子は首を横に振って拒否をする。そして、誠司達に彼の拘束を解くように頼む。それでは、きちんと清水と対話できないからと。愛子はあくまで先生と生徒として話をするつもりなのだろう。
その時だった。
「オレハ……え…いゆう……だ……」
そんな声が聞こえたと同時にブチブチブチィィィッという音が響いた。清水が自力でワイヤーを引きちぎったのだ。
「なっ!? 噓だろ!? 鋼鉄製のワイヤーだぞ!」
「そんな! 清水君ってあんなに力が強かったの!?」
誠司達が驚愕する。ハジメが優花達に思わず尋ねるが、全員激しく首を横に振って否定する。いくら常人よりもステータスが高いと言っても清水は後衛職、筋力は前衛職より劣る。更に彼も優花達と同様、戦闘訓練をまともに行っていないのだ。そんな清水がワイヤーを自力で切るなんてことを普通出来るはずがない。
「キシャアアアアアッ!!」
清水は奇声を上げながら愛子に飛び掛かろうとする。それを咄嗟に誠司の傍らに浮かんでいたチリーンが“かなしばり”で彼の動きを封じる。
「清水君……」
愛子が悲しげな声で呟く。誠司が言った。
「畑山先生。その男と話をしたいなら今のうちにしてください。流石に“かなしばり”を解除することは出来ませんが、このままでも会話は出来ますよ」
「中西君。で、でもこのままでは……」
愛子は渋っている。こんな拘束した状態では先生と生徒の会話にはならないと思っているのかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「あのな、畑山先生。はっきり言って、こいつは異様な状態だ。あのワイヤーを素手で引きちぎったんだからな。会話をしたいならせめて拘束が必要だ」
誠司がキッパリそう言うと、周りの人達も全員強く頷いている。これには流石の愛子も押し黙る。まだ納得はいかないものの、愛子はまだ身体を動かせずにいる清水に呼びかけた。清水は虚ろな目のまま、再びブツブツと訳の分からないことを口にしている。
「清水君、聞いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」
愛子の呼びかけで正気を取り戻したのか、清水の目に少しだけ光が宿る。やがてポツリポツリと言葉を紡いでいく。
「オレは……マ…獣の……使役デ……山脈に行った……ソコデ……あいつに……アイツニ……」
「あいつ? あいつというのは一体誰ですか?」
愛子が出来るだけ優しく尋ねると、清水は言葉を途切れつつも何とか答えた。
「アイツは……イカのヨうな魔獣……カラマ……ネロ……」
その時だった。どこからか黒い光線が飛んできたのだ。光線は地面に当たって爆発を起こす。幸い、周囲には人がいなかったので怪我人は出なかった。全員が何事かと光線が飛んできた方向に目を向けると、先程まで清水と行動を共にしていたカラマネロが浮かんでいた。いつの間にか体も回復している。
「カーラカラッ」
「あれはカラマネロ……」
ハジメがボソリと呟く。ハジメの言葉から、その場の全員が警戒心を露わにする。
「マーロ、マロマーロウ」
カラマネロが何かを言っている。ハジメは誠司に通訳をお願いした。
「何々……? 『今まで我が計画に協力してくれたそこの下僕には大いに感謝する』……だと?」
その言葉から、この場にいた全員が、騒動を引き起こした黒幕が目の前にいるカラマネロだということを悟った。愛子は自分の生徒を巻き込んだカラマネロを強く睨み付けている。
「マロマロマロ、kdhそlsrひsmsjdjぢうぃfjfkすdjdhづえけふふdjwjfyjfへいrjcj……………………」
やがてカラマネロは興奮したように喚き散らし始めた。狂信者を思わせる様子にハジメ達は恐怖を覚える。ハジメが誠司に尋ねる。
「ね、ねぇ、誠司。あのカラマネロ、何て言ってるの? 随分興奮してるみたいだけど……」
「それが……分からないんだ」
「え!? 分からないってどういうこと……?」
ハジメ達が思わず驚くが、誠司は弁解するように言った。
「いや、言葉自体は分かるんだ。だけど、言っている意味が分からないんだよ。興奮して早口で捲し立てている上に、内容も支離滅裂だから何を言っているのかさっぱりなんだ。ただ……何回か『魔人族に栄光あれ』とか『あの方のために』とか言っているな」
どうやらこの件は魔人族が絡んでいる。それが分かり、その場にいた全員が驚きを露わにする。恐らく、強力な催眠能力を持つカラマネロを使って神の使徒の1人である清水を操り、同士討ちをさせるつもりだったのだろう。
ひとしきり喚き終えるとカラマネロは少し落ち着いたようで愛子をギロリと血走った目で睨み付ける。カラマネロは再び黒い光線、“あくのはどう”を愛子を狙って発射した。
「マロマロマーロッホウ!」
「……させない。シャンデラ、“シャドーボール”」
シャンデラの“シャドーボール”とカラマネロの“あくのはどう”がぶつかり合い相殺される。大きな爆発が起こり、その爆風に思わず数人が吹き飛ばされそうになる。
煙で周りが見辛くなり、誠司達は必死に周囲を見回す。その時だった。
「チリッ!?」
チリーンの悲鳴が聞こえた。このままではマズいと判断した誠司はチルットをモンスターボールから出して、指示を出す。
「チルット、“きりばらい”!!」
「チルチルッ!」
「チ……チリリ…………」
チルットの“きりばらい”によって煙が晴れて、チリーンの方に目を向けるとチリーンは苦しそうな表情を浮かべて倒れていた。口から血を流しており、声が殆ど出ない。
恐らくカラマネロの“じごくづき”を食らったのだろう。酷いダメージだ。誠司は急いでチリーンをモンスターボールにしまった。
そして、チリーンが倒れてしまったことで清水の拘束も無くなってしまう。清水は身体の拘束が無くなったことで前のめりに倒れる。それを見た愛子が倒れた清水を起こそうとするが、清水は起き上がる力も残っていないようだ。ピクリとも動かない。
その時、カラマネロが愛子に近付き、黒く硬化させた触手を勢いよく振りかざしてきた。悪属性の技“つじぎり”だ。
万事休すかと思ったその時、
「愛ちゃん先生!!」
そんな声と共に愛子はドンと強く突き飛ばされた。愛子は地面に倒れ込み、すぐに起き上がって振り返ると、そこには…………
「そ、そんな……園部さん!!」
そこには優花が血塗れになって倒れていた。胸の部分から腹の部分にかけて斜めに大きな傷があり、そこからダクダクと赤黒い血が流れ出ていた。もう既に優花の顔は血の気を失っている。愛子が半狂乱になって両手で塞いで血を止めようとするが、止まらない。
カラマネロは愛子の殺害をしくじったことに舌打ちをし、今度こそ愛子を殺そうと再び攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃が届くことはない。何故なら、誠司とユエとシア、そしてポケモン達が立ちはだかっていたからだ。
「悪いが、もう攻撃はさせねえよ」
「ブモオオ!」
ケンタロスは怒り心頭だった。山脈で愛子や優花達とある程度交流があり、彼女達に心を開いていたため、そんな彼女達を殺そうとしたカラマネロが許せないのだ。誠司はケンタロスやチルットの他に、イーブイも出した。イーブイは先程のポケモンの大群との戦いで体力を大分消耗してしまっているが、彼にはケンタロスのサポートに徹してもらう。
そして、誠司達がカラマネロと交戦している間に、やけに静まり返っていた周りが騒がしくなった。その頃になってようやくハジメ達の元に駆けつけた周囲の者達が焦燥にかられた表情で口々に喚き出す。その中でも、クラスメイト達、特に優花と仲が良かった妙子や奈々の動揺が激しく、半ばパニックに陥っていた。ハジメに対して口々に安否を聞いたり、様子を見せろと退かせようとしたり……だが、そんな彼等も、ハジメの押し殺したような「黙ってて」の一言に、気圧されて一歩後退って押し黙った。
ハジメはすぐに宝物庫から神水を2本取り出すと、1本を傷にぶっ掛け、もう1本は優花の口に突っ込んだ。コクコクという音と共に喉が動いているのを確認すると、ハジメは回復魔法を掛けて優花の身体を癒していく。それにより、死人のような顔色が少しだけ良くなる。優花が少しだけ目を開き始めた。意識が戻ってきたようだ。
「な……ぐ……も……」
「園部さん、体に異変は? 違和感はない?」
「う、うん……大……丈夫……」
「「優花(っち)!!」」
血が完全に止まったのを確認して少し優花から離れると妙子と奈々が優花に抱き付いた。2人とも心配と安堵で顔をグシャグシャにしている。優花はそんな2人に対して少し困ったように笑いながらも優しく2人の頭を撫でる。敦史達や騎士達も安堵の溜息を吐いた。愛子はハジメの手を取って何度もお礼を言う。彼女の手が震えているのが分かった。
「南雲さん、本当に……本当にありがとうございます!」
ハジメは手をヒラヒラ降ってお礼は無用だと伝えると、カラマネロと交戦している誠司達を心配そうに見つめる。もう戦えるポケモンはハジメにはいないし、回復魔法を惜しみなく使ったせいで残りの魔力も少ないので戦えない。出来るのは誠司達の勝利を祈ることだけだった。
誠司達とカラマネロの戦いも終わりを迎えていた。
「イーブイ、ケンタロスに“てだすけ”! ケンタロス、最大パワーで“メガホーン”だ!」
「ブモオオオオ!!!」
イーブイの“てだすけ”によって威力が上がった“メガホーン”はカラマネロの体に突き刺さり、貫通した。と思ったが、ポフンッという気の抜けた音がしたと思ったらカラマネロの姿が消えた。誠司はこの現象に見覚えがあった。
「まさか……“みがわり”か」
「……ハァハァ、マロマッロ」
ご名答というかのような声が聞こえ、上を向くとカラマネロは上空に浮かんでいた。だが、“みがわり”を使ったことで体力がかなり消耗しているようで息が上がっている。
「マロ、マロマロマロマロ。カラカラカッ!」
「『このままでは終わらない。これはまだ序の口に過ぎない。魔人族の勝利は揺らがない』……だと?」
「あのカラマネロ、随分と魔人族に心酔しているみたいですね」
「ん、不気味……」
「マーロウ!」
そう言ってカラマネロは突然、姿を消した。逃げられてしまったようだ。
「くそっ、逃げられたか…… だがまぁ、町を守ることは出来たし良しとしておくか。ご苦労だったな、チルット、イーブイ。それにケンタロスも……」
「チルル」
「イブイ」
そう言いながら誠司はポケモン達を労う。チルットやイーブイは返事があったが、ケンタロスから返事が返って来なかった。どうしたのかと振り返ってケンタロスに視線を向けると、思わず自分の目を疑った。
ケンタロスが横になって倒れていたからだ。
「なっ!? ケンタロス、どうした!?」
「イブイブ!?」
誠司達が慌てて駆け寄り、ケンタロスに呼び掛ける。だが、返事がない。イーブイが必死にケンタロスの体を何度も揺すったりもしたが、何の反応も無い。そして、ケンタロスの目は閉じたまま、もう
この時、誠司は自分が取り返しのつかない
一応、清水は生存確定です。原作では愛ちゃん先生が重傷・清水が死亡という展開でしたが、それを回避した結果、それぞれ別の者が被害に遭いました。