翌日、誠司達は観光区を散策していた。今回の依頼報酬もイルワが色を付けてくれたおかげでかなりの金額になっており、現在の所持金額は凄いことになっていた。もともと買うのが食料や簡単な道具程度だったのでお金も貯まるばかりだったのも大きい。ここいらで豪快に散在するのも偶には良いだろう。使わない金は石ころにも劣るものだ。
観光区には実に様々な娯楽施設が存在する。例えば、劇場や大道芸通り、サーカス、音楽ホール、展望台、色とりどりの花畑や巨大な花壇迷路、美しい建築物や広場などである。花壇迷路や展望台を楽しみ、芸人達の大道芸を眺めながら進む誠司達の腕には幾つもの食べ物の包みがあった。
「ほえ~、色々ありますねぇ。あむっ」
「……この串焼き美味しい」
「このケバブも凄い美味しいよ。モグモグ……」
「流石は大都市フューレンじゃ。唯の露店でも侮れんの」
そんなユエ達に誠司は少し呆れた視線を向ける。
「お前ら、少し食い過ぎじゃないか?」
「何言ってんの。そういう誠司だってジェラートもどきみたいなの食べてるじゃん」
ハジメの指摘通り、誠司の手にはジェラートに近い甘味があった。先程はクレープもどきも食べていた。ハジメに指摘されて少しバツが悪そうにする誠司にハジメが揶揄うように言った。
「そんなに意地悪言うならジェラートもどき食べちゃうよ」
「なっ!? それは困る!」
慌ててジェラートもどきを上に掲げて取られないようにする誠司に女性陣はおかしそうに笑った。そんな風に和気あいあいと会話をしながら、時に買い食いを、時に次の旅に向けた道具の物色をしながら町を散策していると、不意にシアのウサ耳がピクピクと動き出した。シアの表情には訝しげなものに変わっていた。それに気付いた誠司達は「ん?」と首を傾げてシアに尋ねた。
「シア、どうかしたの?」
「いえ、先程から何か…変なもがくような声が下から聞こえてくるんです……」
「え? 下って……もしかして下水道?」
「……誰か下水道で溺れたってこと?」
事の重大さに顔色を変える誠司達。誰か溺死しそうな状況で放っておく気はなかった。ハジメは即座に錬成で穴を開けて、誠司達はそのまま穴の中に飛び込んだ。それなりの深さだったが、ユエの重力魔法のおかげで全員怪我なく水路の両端にある通路に着陸することが出来た。
シアはウサ耳をしきりに動かして指を指す。
「あっ! あそこです!」
シアが示した所には水面から時折ポコポコと泡が浮かび上がっていた。そこで間違いなさそうだ。シアは服が汚れているのも気にせず飛び込もうとするが、ハジメが首根っこを摑んで止める。ユエに目配せして、すぐにハジメの意図を察したユエがシャンデラを出した。
「シャンデラ、“サイコキネシス”」
「シャシャシャン!」
シャンデラの目が光り、水路の中から一人の人間がバシャアッという音を立てて引き上げられた。そのまま誠司達の近くまで運んでもらい、横たわらせる。濁った下水で全身が汚れており、大きさ的に溺れていた者はどうやら子供のようだった。
「え? 子供……?」
「何でこんな所に……?」
てっきり溺れていたのは管理施設の職員か何かだと思っていたので、正体が子供だと知って驚く誠司達。町を歩いている途中にどこかの穴から下水道に落ちたのだろうかと考え、まずは全身の汚れを落とすことにした。ハジメと誠司はモンスターボールからそれぞれブイゼルやガメノデスを出す。そして、“みずでっぽう”で優しく全身の汚れを一通り落としていくと、その子供の正体が明らかになった。
その子供は海人族だったのだ。
その子供は、見た目三、四歳といったところで、エメラルドグリーンの長い髪と整った可愛らしい顔立ちをしている。どうやら女の子のようだ。そして、何より特徴的なのは耳の代わりにあるヒレや手には水かきのような膜もある。シアとハジメは何とも言えない表情で顔を見合わせる。
「それにしても海人族の子供がどうしてこんな所に……?」
「分からない。でも、まともな理由じゃないのは確かだろうね」
海人族は亜人族の中ではかなり特殊な地位にある種族だ。グリューエン大砂漠を超えた先、海上の町エリセンで生活しており、彼らはその種族の特性を生かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。そのため、亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。なんとも虫の良い話な気もするが、問題はそこではない。問題なのは、そんな保護されているはずの海人族……しかもその子供がこんな大都市の下水道で溺れていたということだ。どうも犯罪の臭いがプンプンする。
「ふむ……その子が何故ここにいたのかは謎じゃが、さっさとここを離れた方が良さそうじゃ。臭いも酷い」
「……ん。場所を変えた方が良い」
確かにティオやユエの言う通り、このままでは衛生上良くないのでひとまず場所を移すことにした。ハジメの錬成で頭上の穴を塞いだらそのまま通路を突き進む。とある裏路地の突き当たりまで出ると、誠司達は助けた子供の様子を改めて確認する。子供の呼吸は先程より安定しており、誠司達は安堵の息を吐いた。
その時、海人族の幼女の鼻がピクピクと動き、パチクリと目を開いた。そして、その大きく真ん丸な瞳でジーと誠司達……というより懐から覗く包みを見つめる。お腹からクゥーーッという可愛らしい音も立てる。相当空腹なようだ。
「この子、凄くお腹が空いているみたいですよ」
「だね。でもその前に……」
ハジメが錬成で簡単な浴槽を作り上げる。そして、ブイゼルとガメノデスに“みずでっぽう”を指示して貯め、更にラビフットを出して“ひのこ”を指示した。ラビフットは“ひのこ”を蹴って水に沈めていった。ジュウッという音と共に火は消えて水温が上がっていく。丁度良いくらいの水温になったのを確認すると、ミュウの服を脱がして浴槽に入れた。幼女は「ひぅ!」と怯えたような声を上げるが、すぐに身体を包む温かさに次第に目を細めて出した。それを見たハジメは幼女に目線を合わせて優しく声を掛けた。
「ごめんね、ご飯の前にまずはお風呂に入って身体の汚れを落とさないといけないからさ」
下水で汚れた身体のままで食事をとるのは非常に危険だ。先程ブイゼル達によって目立つ汚れは落としたものの、完全にではない。それに幾分か飲んでいる可能性もあるので薬も飲ませておく必要がある。ハジメは手早く指示を飛ばした。
「誠司、ティオ、二人はこの子の服をお願い。多分この服は使えないだろうから」
「ああ、分かった」
「うむ、任せよ」
二人は頷くと早速出て行った。残りの面々はその子の世話に専念することにした。
しばらくして誠司とティオが服を揃えて戻って来ると、幼女は既に浴槽から上がって新しい毛布にくるまれてシアに抱っこされている所だった。幼女はユエが「あ〜ん」する串焼きをハグハグと美味しそうに頬張っている。ハジメが誠司達に気付いて声を掛ける。
「あっ、お帰り、二人とも。この子、ミュウちゃんって言うらしいんだけど、怪我とかは無かったよ」
「そうか、こっちも服を買えたよ。サイズが合うと良いんだけど」
「比較的ゆったりしたものを選んだので心配ないと思うがの」
そう言いながら、買ってきた服や履物、下着を取り出す。幼女向けのものを買うため、店員の目が気になったが、店員は特に気にした様子はなかった。どうやら店員はティオを母親か何かと勘違いしてくれたようで、結果的に怪しまれずに済んだのだ。まだ結婚どころか恋人すらいないティオは内心落ち込んでいた。
ハジメは服を受け取ると、ユエやシアと一緒にそれらをミュウに着せていく。ミュウはすっかりハジメ達に懐いたようで特に抵抗する素振りもない。服を着せ終えると、ハジメ達はホッと一息吐いた。
「それにしてもミュウちゃんはどうしてここにいるんだろう?」
「そうですね。ねぇ、ミュウちゃん。どうやってここまで来たのか教えてくれませんか?」
ハジメが疑問をこぼし、シアが優しくミュウに事情を尋ねた。結果、辿々しいながらも話された内容は誠司達の予想したものに近かった。
海岸線の近くを泳いでいたらはぐれてしまい、人間族の男に捕らわれてしまったのだそう。そして、砂漠超えなど過酷な過程を経てフューレンに連れて来られ、薄暗い牢屋に入れられたのだという。一緒にいた子供達は連れ出されたきり戻ってくることはなかったそうで、一緒にいた子が言うには見せ物にされて客に値段を付けられて売られるのだと言っていたらしい。そしてミュウの番になったところで、地下水路に続く扉が開いているのを見付けてそこから飛び込んで逃げ出した。しかし、過度なストレス等で弱っていたミュウは遂に意識を失ってしまった。海人族の特性で溺死しなかったのは幸いだった。そして、暖かさから目を覚ました時には誠司達がいたという訳だ。
ミュウの話を聞いて全員、一様に険しい表情を浮かべていた。
「客が値段を付けるってことはオークション……それも合法ではないみたいだな」
「多分人身売買か何かなんだろうね……」
「ん……胸くそ悪い」
「ふむ、醜いのぉ……」
「あの、どうしましょう……」
シアは辛そうにミュウを抱きしめる。その瞳には何とかしてやりたいという意思の光が宿っているのが見えた。だが、誠司は首を横に振った。
「俺としては保安署(警察)に預けた方が良いと思うがな」
「見捨てるってことですか?」
シアはショックを受けたような目で誠司を見る。誠司が説明する前にティオが援護する。
「シアよ、この大都市ではこういった闇が横行しておる。こうしてミュウを保安署に送り届ければ大々的に捜査が始まり、他の子供達も保護されるやもしれん」
「でもでもっ! せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか? どうせ西の海には行くのですし……」
ごねるシアに今度はユエが言葉を重ねる。
「……シア、正気? その前にグリューエン大火山にも行くのに一緒に連れて行くの? 留守番させるとしても砂漠地帯で留守番させるの?」
「そもそも誘拐された海人族の子供を勝手に連れて行ったら、向こうのエリセンの奴らからすれば俺達が誘拐犯だと思われかねないぞ。俺達が誘拐犯じゃない証拠も無いし、仮にミュウが証言しても無理矢理言わされてると思われたらそれまでだ」
「うぅ……」
誠司、ユエ、ティオの言葉にシアが何も言い返せないでいると、ハジメが口を開いた。
「ねぇ、誠司。保安署は本当に信用出来るのかな?」
「……? どういう意味だ?」
「僕としても、このままミュウちゃんを連れて行くのは気が進まない。でも保安署が百パーセント信用出来るかは怪しいと思うんだ。だって、オークションを開ける程の規模の組織だよ? もし仮に、保安署の人間がその組織と繋がっていたら……」
ハジメの言葉にハッとした表情を浮かべる誠司達。確かにハジメの言う通り、保安署の人間、ましてや上の立場の人間が裏組織と繋がっていれば、ミュウはエリセンではなく裏組織へ送られ、オークションのことも握り潰される可能性が高い。有り得ない話ではなかった。
「だからさ、保安署じゃなくて、イルワさんに話を通して預けて貰った方が良いと思うんだ」
「なるほどな。確かにイルワ支部長なら信用出来るし、事の重大さも分かっているだろうから、きちんとエリセンまで送り届けてくれるか」
納得して頷く誠司達は早速、ミュウをイルワ支部長のもとに預けることにした。誠司は屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウにも理解出来るようにゆっくりと話し始めた。
「良いか、ミュウ。これからお前のことを守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かると思うけど、必ずおうちに帰れると思うぞ」
「……お兄ちゃんやお姉ちゃん達は?」
ミュウは不安そうな声音で誠司達はどうするのか尋ねる。
「悪いけど、そこでお別れだ」
「やっ! ミュウはお姉ちゃん達と一緒がいいの!」
「ワガママ言わんでくれ」
「やなのーー!!」
ミュウは全力で拒否して近くのシアにしがみ付いた。シアはそんなミュウにゴニョゴニョと何か耳打ちする。
「(お風呂のために)服を脱がされたことを大声で叫ばれたくなかったら一緒に連れて行くですぅ……なの」
『………………』
今度は脅迫を始めた。語尾から誰の入れ知恵なのか明らかなので、全員シアにジト目を向ける。ハジメが呆れた表情でシアにデコピンする。
もんどり打つシアを尻目に誠司は大きく溜息を吐くと、ミュウの説得を諦めて強制肩車にしてギルドまで連れて行くことにした。ミュウは必死に抵抗するものの、誠司はお構い無しに進む。隣に苦笑いするハジメ達がいなかったら、誠司の方が誘拐犯に間違われていただろう。
誠司達はミュウを落ち着かせるのに夢中で、影から自分達を見つめる視線に気付かなかった。