「ねぇ、誠司。観光区に水族館があるんだって。良かったら行ってみない?」
ハジメからそんなことを誘われたのはミュウを助け出した翌日、宿の食事スペースで皆で朝食を取っている時のことだった。彼女の片手には一枚のチラシがあった。誠司はハジメからチラシを受け取ると内容に目を通す。
「へぇ、メアシュタット水族館……そんなのもあるんだな。えっと、何々……様々な海の生き物が大集合……?」
誠司も興味深そうにチラシを眺める。チラシに記載された地図によると、昨日通らなかった場所にあるらしい。道理で誠司達が知らなかった訳である。
ハジメの話にシアが食い付いて来た。樹海育ちのシアにとって、海の生物に興味津々なようだ。
「海の生き物ですか!? 面白そうですねぇ! 私も……モガッ」
ユエが咄嗟にシアの口を塞ぎ、ティオとミュウが取り繕うように言った。
「うむ。妾達は他に買いたいものがあるからの。誠司とハジメはそのメアシュタットとやらに羽を伸ばしてくると良い。エリセンへ行くための良い勉強になるかもしれんぞ」
「そうなの! ぜひ見て来て欲しいの!」
「そ、そうか…… まぁ、確かに面白そうだし行ってみようかな」
「うん、折角だし行こうよ!」
ティオとミュウに押されて誠司が頷くと、ハジメは嬉しそうに笑った。
それから誠司とハジメは観光区にやって来た。大道芸通りの先にメアシュタットがあるらしい。
「この先にあるみたいだね」
「ああ。しかし、内陸で海の生き物って気合入ってるな。管理とか輸送とか大変そうだ……」
「気にするとこ、そこなの?」
ハジメが少し呆れた様子で言うと、メアシュタットが見えて来た。相当大きな施設で、海をイメージしているのか全体的に青みがかった建物となっており、多くの人で賑わっていた。
チケットを購入して中に入ると、中の様子は極めて地球の水族館に似ていた。ただ、地球と違って大質量の水に耐えられる透明な水槽を作る技術はないようで、格子状の金属製の柵に分厚いガラスがタイルのように埋め込まれており、若干の見辛さはあった。
「へぇ、色々な魚がいるんだね」
「ああ……おっ! これ見ろよ、ポケモンもいるみたいだな」
メアシュタットには魚だけでなく、海に生息するポケモン達もいた。といっても流石にホエルオーやサメハダーといった大型だったり、凶暴なポケモンはいない。水槽にいるのは温厚で小型なポケモン達ばかりだ。具体的にはパールルやケイコウオ、ラブカス等である。
そんなこんなで一時間程、満喫していると、誠司はとある水槽に住むポケモンを見てギョッとした表情を浮かべて二度見した。更にジッと凝視し始めた。ハジメが不思議そうに「どうしたの?」と尋ね、水槽の中を覗き込んだ。
そこにいたのは一体のバスラオだった。バスラオも自分を見つめる誠司に気付いたのか、水槽越しからでも分かるくらいにけだるげな表情で見つめ返した。両者に訳の分からない緊迫感が生まれる。そんな二人(?)を放置してハジメは呆れた様子で水槽の傍に貼り付けられている解説に目を通した。
バスラオ
らんぼう魔獣 水属性
乱暴かつ獰猛な性格。大きくて何でも食べられる強靭な顎を持つ。非常に強い縄張り意識を持ち、縄張りに入った者を群れで攻撃する。
しかし、このバスラオには上記のような攻撃性が見られない。また、バスラオには赤すじと青すじの二種類の姿があるが、このバスラオのすじは白く、新種と思われる。更に人間の言葉で話すことが出来、人間の言葉を話すことが出来る魔獣は今まで例が無い。
どうやらこのバスラオ、新種かつ人間の言葉を喋ることが出来るようだ。なので、ハジメは早速水槽の中のバスラオに話し掛けてみた。
「えっと、こんにちは。君、人間の言葉を話せるって書いてあるんだけど、本当に話せるの? 僕の言っている言葉分かる?」
自分に話し掛けられ、バスラオは誠司から視線を外してゆっくりとハジメを見返した。少しの間、見つめ合うと、バスラオはチッと舌打ちをした。
「……チッ、初対面だろ。まずは名乗れよ。それが礼儀ってもんだろうが。全く、これだから最近の若いもんは……」
「「……………」」
バスラオに礼儀を説かれてしまった。随分おっさん臭いバスラオだ。しかし、バスラオの言っていることは正論なため、ハジメは頬を引き攣らせながらも再度会話を試みる。
「そ、それはごめんなさい。えっと、僕はハジメ。それでこっちは誠司。本当に会話出来るんだ……凄い」
ハジメが感心したように言うと、バスラオは不快そうに鼻を鳴らした。
「フン、どいつもこいつも……同じようなことばっか言いやがって」
バスラオ曰く、やって来る来場客から何度も何度も同じような質問をされて、心底ウンザリしていたようだ。無愛想な態度もそれが原因だったらしい。
誠司も苦笑しながらバスラオに言った。
「そ、そうか。それじゃあ、どうして喋れるようになったんだ? 生まれつきか?」
「いや、違う。これは俺の血も滲む努力の末に身に着けた努力の賜物よ」
話によると、どうやらこのバスラオは生まれつき他のバスラオと性質が違った状態で生まれたらしい。体のすじが赤くも青くもないこのバスラオは同族達にとって異端だった。当然、生まれた時からバスラオの群れから除け者扱いされてきたらしい。そして、同族では駄目だと早々に見切りを付けると、群れから離れて各地を泳ぎ回り、海の上にある街まで辿り着いたそうだ。そこには自分達と姿が全然違う人間達が住んでいた。そんな人間達とコミュニケーションを取ろうと、人間の言葉を死にもの狂いで覚えたのだが、返ってきたのは拒絶だった。まぁ、人間の言葉を喋ってくる魔獣とか相手からすれば恐怖だろう。無理もない。しかし、バスラオからすればショックだった。
バスラオも話しているうちに当時のことを思い出したのか、段々と涙声になっていった。かなり波乱万丈な生い立ちに誠司もハジメも思わずバスラオに対して同情的な視線を向けてしまう。
「そんな過去があったんだね……」
「全く違う種族の言葉を自力で覚えるとか並大抵の努力じゃないだろうに……」
誠司の賞賛混じりの言葉にバスラオも少しだけ気分が落ち着いたのか、ヒレで鼻をすする仕草を取る。
「おお、分かってくれるのか、兄ちゃん。魔獣の俺に親身になってくれるのはあんたらが初めてだ。折角だからあんたらの話も聞かせてくれねぇか?」
バスラオに尋ねられたので、誠司達も自分の今までの話をかなり端折りながらも説明した。
「そうか…… あんたらも若ぇのに苦労してんだな。すまねぇな、つい卑屈になっちまってた。……よし、聞きてぇことがあるなら何でも言ってみな。俺が答えられる範囲で教えてやるよ」
バスラオから同情された。実際苦労したのは確かだが、ポケモンにまで同情される程なのか……と少しだけ凹む誠司とハジメ。しかし、このバスラオは結構話が面白いため、ついつい話が盛り上がった。
そして、長時間バスラオと話し込むうちに人目につき始めた。それに気付いた誠司達は会話を切り上げた。バスラオの方も誠司とハジメが一緒にいるのを見て、デートの最中だったなと思い出し、「おっと、邪魔しちまったか」と空気を読んで会話の終わりを示した。
ちなみに、その頃には二人のバスラオへの呼び名は「ラーさん」呼びになっていた。このバスラオには名前がなかったらしく、二人で呼び名を考えたのだ。最初はバスラオのバの字を使って「バーさん」と呼ぼうとしたのだが、本人(魚?)から却下された。バスラオ曰く年寄りみたいで嫌とのことだ。そして、「ラーさん」という呼び名がしっくりきたので、この呼び名に決まったのだ。
誠司は最後にバスラオにある質問をした。
「ところで、ラーさんはどうしてここにいるんだ?」
「ん? いやな、俺は自由気ままな旅をしていたんだが……少し前に地下水脈を泳いでいたら突然、地上に吹き飛ばされてな。気が付いたら地上の泉の傍の草むらにいたんだよ。別に水中じゃなくても死にはしないが、動けねぇから助けを呼んだら……まぁ、ここに連れてこられたってわけだ」
その話を聞いて二人はツーと頬に一筋の汗を流した。バスラオの話に心当たりがあったからだ。恐らく、いや明らかにライセン大迷宮から排出された時のことだろう。どうやらこのバスラオはそれに巻き込まれて一緒に噴水に打ち上げられたらしい。直接の原因はミレディだが、巻き込んだのは自分達だし、そもそもミレディを怒らせたのも自分達だ。
ハジメが気を取り直すように咳払いを一つすると、バスラオに尋ねた。
「えっと、ラーさん。その……ここから出たい?」
「あん? そりゃあな。他の奴らはここでの生活を気に入ってるみてぇだが、俺としては宛もない気ままな旅ってのが性に合ってる。生き物ってのは自然に生まれて自然に還るのが一番なんだよ。俺はこんな檻の中ではなく、大海の中で一生を終えてぇんだ」
いちいち言葉に含蓄のあるバスラオ。他のポケモン達は水槽の中の生活を気に入っているようだが、このバスラオは違うようだ。彼のことは気に入っているし、何よりこんな状況にしたのは誠司達なので彼を助けることにした。
その後、誠司達は職員と交渉し、お金を払ってバスラオを譲ってもらった。職員としても物凄く無愛想なバスラオに手を焼いていたらしく、割と格安で引き取ることが出来た。誠司はモンスターボールでバスラオを捕獲した。
バスラオを引き取ると、誠司達は一旦外に出て、バスラオを逃がすことにした。メアシュタットのチケットは建物から出てもその日のうちは有効なので、また入ることが出来る。二人は町のマップを見て海に繋がった水路を探し、その水路まで行くと、モンスターボールからバスラオを出した。
「ふぅ、この球は変な感じだな。窮屈さみたいなのがねぇ」
「水槽で運ぶと目立つから
「柵とかもないみたいだし、そのまま問題なく海に出られると思うよ」
「そうか、あんがとよ。あんたらには借りが出来ちまったな……この借りはいつか必ず返すぜ!」
「いや、気にしないでくれ、ラーさん」
「う、うん、大丈夫。気にしないで良いから……」
誠司もハジメも苦笑いを浮かべる。元はと言えば、自分達が原因なので罪悪感があったのだ。そんなことを知らないバスラオは男臭い笑みを浮かべながら、水面に潜って行った。バスラオを見送った二人は同時に溜息を吐いた。ハジメが尋ねた。
「……それでどうする?」
「とりあえず昼飯にしよう。もう昼だしな」
誠司が近くの時計を指で示す。時計の針はもう昼食の時間を指していた。それを見たハジメも頷いた。
「そうだね。じゃあ、どっかでご飯食べようか」
「ああ、昼飯食い終えたら、またメアシュタットへ行こうぜ。まだ半分くらいしか見れてないし」
「異議なし。あ、そうだ。それだったらあのハンバーガー屋に行かない? さっきから気になってたんだ」
「ハンバーガーか……良いな!」
早速、二人は近くにあったハンバーガーショップに入った。バスラオを逃がす時の通り道に見付けて以降、ずっと気になっていたのだ。
昼食を出て満足した誠司達は再びメアシュタットに入った。ハンバーガーショップのハンバーガーはかなりボリュームがあって美味しかった。ハジメは満足そうにお腹を擦る。
「ふぅ~、美味しかった」
「結構美味かったな、あのハンバーガー。ユエ達の分も買えば良かったかな」
そんな雑談を交わしながら、水槽を眺める誠司達。そして、ふれあいコーナーみたいな水槽があった。水槽の中にはヒトデマンやナマコブシがいる。この水槽には手を入れて触ることが出来るらしい。子供連れやカップルが恐る恐る水槽に手を入れている。
「へぇ、ふれあいコーナーとかもあるんだな」
「面白そう! ちょっとやってみない?」
試しに誠司達も試してみることにした。このヒトデマンやナマコブシは大人しい性格なようで、触られても特に嫌がる素振りもない。大分人に慣れているようだ。彼らからすればこれもコミュニケーションになっているようだ。
ふれあいコーナーを満喫し、その後も色々な水槽を見ていくと、最後にお土産コーナーが見えて来た。
「これで終わりか。結構面白かったな」
「うん。あ、折角だしさ、ユエ達の分のお土産も買って行こうよ」
「そうだな」
お土産コーナーには色々なものが並んでいた。魚やポケモン達を模ったお菓子や人形、貝で出来たネックレスやアクセサリーなんかもある。
「ねぇ、これ見て。シアやティオによく似てるよ」
「どれどれ…… ハハハ、確かにな」
二人で色々吟味した結果、ユエ、シア、ティオへは魚の形をあしらったお菓子を、ミュウへはラブカスのぬいぐるみも買った。お土産を買うと、そのまま宝物庫へしまい、出口に向かう。
帰り道、誠司とハジメの二人は宿へ向けて歩き出した。今日の水族館で見た魚やポケモンの感想を交えながら雑談をしている。そして、途中にユエ達と合流した。丁度ユエ達も買い物を粗方済ませたようだ。ハジメが声を掛けると、ユエ達はどこか微笑ましそうに笑っている。
「……誠司、ハジメ。今日はどうだった?」
「ああ、楽しかったよ。とても良い気分転換になった」
「楽しい一日だったよ。ユエ達も買い物ありがとね」
二人がそう言うと、ティオは満足そうに頷いた。
「うむ、それは何よりじゃな」
ユエとシアはハジメに歩み寄り、興味津々な様子で小声で話し掛けた。
「……それで本当の所はどうだったの? 今日のデートは?」
「デ、デートって……」
「誤魔化さないでください。男女二人で遊びに行くって紛れもなくデートですよ。さぁさぁ、白状してください」
「何やってんだ、お前ら?」
「「「何でもない(ですぅ)!!」」」
「そ、そうか……」
誠司は宝物庫からラブカスのぬいぐるみを取り出すと、ミュウにプレゼントしてあげる。
「ほら、ミュウ、お土産だぞ」
「わぁ~、誠司お兄ちゃん、ありがとうなの!」
「あとティオ、これはお土産のお菓子。後で宿で食べよう」
「おぉ、美味そうじゃの」
そんな風に誠司達は和気あいあいと会話を楽しみながら、宿に戻った。
原作のナイスガイな人面魚リーさんをヒスイバスラオにして登場させました。再登場させる時にイダイトウにするか悩ましいところ……