気付いたら、前回から一年近く経ってしまいました……
それはオルクス大迷宮での訓練中の出来事だった。
勇者、天之河光輝が率いる神の使徒達はオルクス大迷宮で実践訓練を積んでいた。およそ四ヶ月程前に誠司とハジメが奈落に落ちるというハプニングがあり、それによって戦線離脱する者も続出したが、それでも勇者を含む十五人は引き続き実践訓練を続けていた。一行は既に六十五層のバッフロン(階層ボスに当たるポケモンは何度でも復活可能)にリベンジを果たし、前人未踏の八十九層目を攻略している所だった。
「万象切り裂く光、吹きすさぶ断絶の風、舞い散る百花の如く渦巻き、光嵐となりて敵を刻め! “天翔裂破”!」
「キィィ!?」
「キキッ!?」
聖剣を腕の振りと手首の返しで加速させながら、自分を中心に光の刃を無数に放つ光輝。それにより、空中を羽ばたく十数匹のズバットやゴルバットの群れは成すすべもなく一掃されて地に落ちていく。そして、光輝に続いて前衛組が後衛組のサポートの下、地上のデルビルやヘルガーの群れを一体一体確実に各個撃破していった。殲滅には五分も掛からなかった。
「ふぅ、ひとまずはこれくらいかな。それにしても……次で九十層か。この階層の魔獣も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
戦闘を終え、互いの健闘を称え合う中、光輝が感慨深そうに呟いた。そんな光輝に、彼の幼馴染兼パーティーメンバーの一人でもある八重樫雫が注意する。
「だからって、気を抜いちゃダメよ。この先にどんな魔獣やトラップがあるかわかったものじゃないんだから。油断大敵よ」
「ハハハ、雫は心配しすぎってぇもんだろ? 俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で余裕持って戦えてんだぜ? 何が来たって蹴散らしてやんよ! それこそ魔人族が来てもな!」
雫と同様、彼と同じパーティーメンバーの一人である坂上龍太郎はそんな雫の言葉を豪快に笑い飛ばす。そして、光輝と拳を付き合わせて不敵な笑みを浮かべ合った。そんな二人を見て、雫は呆れたように溜息を吐く。ここ最近、順調に攻略が進んでいるため、龍太郎のように勢いづく者が増えてきたのだ。そういった者達の行き過ぎをずっとフォローして来たので、すっかり苦労人姿が板に付いてしまっている。
向こうでは、光輝達の幼馴染であり、雫の親友である白崎香織が己の本分を全うしていた。治癒師として、先程の戦闘で怪我をした者達の治療をしているのである。彼女のステータスはあのハプニングがあってから急成長を遂げており、今では勇者パーティーや前線組に欠かせない存在となっている。
そこまで成長を遂げられたのはひとえにハジメや誠司にもう一度会いたいという想いによるものだ。その香織の想いを知る者はごく一部である。
そんなこんなで光輝達は九十層に足を踏み入れてしばらく探索をする。探索を始めてから三時間程経つと、一人、また一人と怪訝な顔を浮かべる。
「どうなってるんだ?」
何せ魔獣が一体も出てこないのだ。今までは攻略の途中に何度も魔獣に阻まれ、探索が遅れることもあったのに、今は順調過ぎるほどに進んでいる。それが却って違和感を覚えさせた。
「………なんつぅか、不気味だな。最初からいなかったのか?」
龍太郎と同じように、メンバーが口々に可能性を話し合うが答えは出ない。寧ろ困惑が深まるばかりだ。
「……光輝。一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」
雫が警戒心を強めながら、光輝にそう提案した。光輝としても、何となく嫌な予感を感じていたので雫の提案に乗るべきかと考えたが、何らかの障碍があったとしてもいずれにしろ打ち破って進まなければならないし、八十九層でも割りかし余裕のあった自分達なら何が来ても大丈夫ではないかと考えて、答えを逡巡する。
「残念だけど、あんた達に戻る道なんて残されていないよ」
突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達は、ギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。
コツコツと足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。
光輝達が驚愕したように目を見開く。女のその特徴は、光輝達のよく知るものだったからだ。実際には見たことはないが、イシュタル達から叩き込まれた座学において、何度も出てきた種族の特徴。
「魔人族…………」
誰かが発した呟きに、魔人族の女は薄らと冷たい笑みを浮かべた。彼女の傍らにはカラマネロと、背中に巨大な大樹が生えた亀のようなポケモン、ドダイトスがいる。魔人族の女は冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察するように見返した。
「はじめまして。あたしはカトレア。あんたが勇者かい? そこのアホみたいに金ピカの装備をしてるやつ」
「アッ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」
あまりと言えばあまりな物言いに軽くキレた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直ってカトレアに目的を問いただした。そんな光輝の態度にカトレアは呆れたように溜息を吐く。
「はぁ……勇者ってのは随分礼儀知らずのようだね。正直こんなのが使えるとは思えないけど……まぁ、仕方ないか。さてと。単刀直入に聞くけど、あんた、うちに来る気はないかい?」
「な、なに? うちに来るって……どう言う意味だ!」
「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ? どうだい?」
光輝達としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そして、その意味を呑み込むと、クラスメイト達は自然と光輝に注目し、光輝は、呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨み付けた。
「断る! 人間族を、仲間達を、王国の人々を裏切れなんてよくもそんな口を叩けたな!」
光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。光輝なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。もっとも、龍太郎や雫など幼馴染達は、欠片も心配していなかったようだが。
一方、申し出を断られたカトレアは「あっそ」と特に気にも留めない様子だった。
「勿論、あんた以外のお仲間達も優遇するそうだけど、それでも来ないかい?」
「くどい! 何度も言わせるな! 俺は勿論、仲間達も絶対に裏切ったりなんかしない! 魔獣なんかもいるようだが、一人で来たのは間違いだったな! 大人しく投降しろ!」
仲間には相談せず代表して、やはり即行で光輝が答える。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だとでも言うように、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせた。これ以上の問答は無用。「投降しないなら力づくでも!」という意志を示す。
この状況に内心で舌打ちしたのは、雫と永山重吾だった。前線組の中でも思慮深い二人は、カトレアの態度に最初から違和感を覚えていた。自分達のことを待ち伏せていたようだし、傍らの魔獣達も今まで見たことのない種類のものだった。だからこそ、適当に言いくるめて場所を変えたり、油断させるなりして奇襲を仕掛けることも考えていたのだが、光輝の独断によってお釈迦になってしまったのだ。そして、そんな二人の危機感は的中した。
「そうかい、それなら仕方ない。さっさと片付けるか。出番だよ、お前達」
カトレアがチラリと下に視線を向けて、指示を飛ばす。次の瞬間、地面が大きく揺れた。
『ぐあぁ!?』 『きゃあぁ!?』
突然の大地震に不意を突かれ、立つことも出来ずに倒れる光輝達。揺れが収まるとボコッという音と共に、岩で出来た蛇のような魔獣が五体、姿を現した。イワークだ。イワーク達は岩を飛ばして攻撃を仕掛ける。
咄嗟に永山や龍太郎等の近接攻撃を得意とする者達が起き上がって岩を防ぎ、何とか仲間達を守り切る。その様子を見て、ヒュウとカトレアが口笛を吹く。
「へぇ、やるねぇ。それならこいつらはどうだい?」
カトレアが再び指示を飛ばす。すると、イワーク達と同様、地中から新たな魔獣達が姿を現した。
ホッキョクグマのような魔獣のツンベアーと、紫色の仔猫の魔獣のチョロネコだ。それぞれ十数匹はおり、全員虚ろな目で光輝達を睨み付けている。
こうして、光輝達勇者パーティとカトレア率いる魔獣軍団との戦いが始まった。
個人的に筆の進みが遅くなる場面
・原作に全くない本作オリジナルシーン
・原作と殆ど同じだけど、話の都合上カット出来ないシーン
ちなみに、最初の構想ではイワーク達同様、ドダイトスも地面に潜らせようと思っていましたが、ドダイトスは“あなをほる”が使えないのでカトレアの側に立つ形になりました。地面タイプなのに……