「シャンデラ、“サイコキネシス”!」
「シャシャン!」
「ブッ、ブモオォォォ!?」
第六十五層の階層ボスであるバッフロン、それはかつて誠司とハジメを奈落に落とした因縁のポケモンだった。しかし、そのバッフロンも今では片手間に片付けられる相手になってしまった。
シャンデラの“サイコキネシス”によって、宙に浮かび上がったバッフロンはそのまま橋から落とされ、奈落の底に吸い込まれていく。今度は一緒に落ちてくれる者などいない。どうせ倒れてもまた復活することを知っているため、容赦がなかった。
「俺達が苦労して倒したバッフロンが、こんなあっさりと……」
思わず漏れた遠藤の呟きをスルーし、誠司達は階層を次々と突破していく。階層のポケモン達もシャンデラ達とのレベルの差が分かるのか、基本的には襲って来ない。なので、気付けば一行はあっという間に七十三層を突破していた。
その頃、光輝達とカトレア達の戦いも変化があった。光輝達は撤退後、仲間の一人で遠藤の親友である野村健太郎によって隠れ家を作り、各々回復に努めていたのだが、遂にカトレアに見つかってしまい隠れ家を破壊されてしまったのだ。光輝は仲間のため、この場の窮地を打開するため、切り札である技能「限界突破」を発動させる。
「やっと見つけた。勇者がこんな場所でコソコソしてたとはね。流石のあたしも予想外だったよ」
「黙れ! お前は俺が倒す!」
光輝が自身の武器である聖剣を輝かせて突っ込む。カトレアはニヤリと笑って指を鳴らす。すると、一体のツンベアーが前に出る。そのツンベアーは他のツンベアーと違い、体格が一回り大きい。恐らくツンベアーの群れのボスなのだろう。そのツンベアーは何かを引きずり出すと、それを光輝に見せてやる。訝しげな表情をする光輝だったが、その何かの正体を見て愕然とする。思わず、構えた聖剣を降ろし目を大きく見開いて、震える声で
「メ、メルドさん……?」
それは、王国騎士団長メルドだった。ツンベアー達に手酷くやられたのか、身体はボロボロで、あちこちに傷や氷がある。ボスのツンベアーを皮切りに他のツンベアー達も同様に持っているものを光輝に見せていく。それは他の騎士達だった。全員カトレアのポケモン達にやられたようだ。
「おま、お前ぇ! メルドさんを、皆を放せぇっ!」
光輝が、メルドの有様に激昂し、我を忘れたようにカトレアへ突進しようとしたその瞬間、見計らっていたかのような絶妙のタイミングで、突然目の前にカラマネロが“テレポート”で立ちはだかる。ハッとなって一瞬動きを止めてしまう光輝の目に、カラマネロの触手が迫ってくるのが見えた。
咄嗟に左腕でガードしようとするが間に合わず、カラマネロの“アクアブレイク”が直撃し、光輝の体そのものに強烈な衝撃を伝えた。
「ガハッ!?」
その衝撃でぶっ飛ばされそうになるが、すかさずカラマネロが“サイコキネシス”で身体を封じる。カトレアが嘲笑うように光輝に問い掛ける。
「さてと。随分見すぼらしくなったじゃないか。で、どうする? まだやるかい? もう降参した方が良いんじゃないの?」
「ふ、ふざけるな! 俺は……ガハッ!?」
光輝が思わず怒鳴ろうとするが、カラマネロによって身体を地面に叩き付けられる。そして、再度“サイコキネシス”で身体を持ち上げられる。
「それじゃあ、仕方ないか。折角だし、そこにいる奴らにも聞いてみるかね」
カトレアがチラリと視線を向けると、そこには表情を絶望に染めた雫達がいた。
「そんな……」
「光輝が……負けた……?」
「や、やだ……な、なんで……」
隠し部屋から出てきた仲間達が、“サイコキネシス”で持ち上げられた光輝を見て呆然としながら、意味のない言葉をこぼす。流石の雫や香織、鈴も言葉が出ないようで立ち尽くしている。そんな、戦意を喪失している彼等に、魔人族の女が冷ややかな態度を崩さずに話し掛けた。
「ふん、まさかこんな単純な手に引っかかるとはね。期待外れにも程があるよ」
雫はツンベアー達が持っているものを見て、何があったのかを悟った。雫が、青ざめた表情で、それでも気丈に声に力を乗せながら魔人族の女に問い掛ける。
「……それで? 私達に何を望んでいるの? わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」
「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。単純な話だよ。もう一度チャンスをあげようと思ってね。
カトレアの言葉にクラスメイトの何人かが反応する。ここで断れば、光輝でさえ歯が立たない魔獣達によって無残な最期を迎える。しかし、魔人族側につけば二度と王国には戻ることは不可能になる。いや、元の世界に帰ることも出来なくなるかもしれない……
どちらにせよ碌な未来が見えなかった。しかし、意外な人物が口を開いた。
「わ、私……あの人の誘いに乗るべきだと思う!」
鈴の親友であり、降霊術師の中村恵里だ。普段は内気で大人しい彼女の言葉に、クラスメイト達は驚いたように目を見開いて彼女をマジマジと注目する。そんな恵里に、龍太郎が顔を怒りに染めて怒鳴り返した。
「なっ!? 恵里てめぇ、何言ってんだ! 裏切るってことかよ!?」
「ひっ!」
龍太郎は恵里に掴み掛からん勢いだが、雫と鈴が何とか抑え込む。しかし、恵里の言葉に動かされたように、また別の者が賛同し始めた。
「悪いが、俺も中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。そんなの、迷うこともないだろ?」
「檜山! てめえもかよ!!」
「そんなに死にてえならお前らだけで勝手に死ねよ。俺は死ぬなんて真っ平ごめんだ!」
檜山の発言に、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。自分達だってもちろん死にたくない。
そんな時、苦しそうな声が響いた。カラマネロによって宙吊りにされていた光輝だ。
「みんな……誘いに乗るな……俺はいいから……早く逃げ……」
光輝の必死の主張にクラスメイト達の心は再び揺れ動く。しかし、檜山だけは怒りを含んだ眼差しを光輝に向けて怒鳴り返す。この後に及んでまだ引こうとしない光輝に、檜山はもう我慢の限界だった。
「……こんな状況でどうやって逃げんだよ!? 従わなければ皆殺されるんだぞ! 生きてさえいればまだ望みはあるだろうが!」
檜山の言う通り、彼らの周りには魔獣が大勢取り囲んでいる。おまけにメルド達を捕らえた時にまた新たに支配下においたのか、別の魔獣達の姿もあった。檜山の言う通り、逃げても生き残れる確率はゼロに近い。
檜山に現実を突き付けられ、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。
その時、また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。この場にいる神の使徒の者達にとって、兄のように、父のように慕った男。メルドだった。
「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ! ……信じた通りに進め! ……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」
メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉、立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。
その言葉に反応したかのように、メルドの身体が眩く輝き出した。
「ベンツァ!?」
あまりの眩しさに思わず手を覆うツンベアー。メルドは力を振り絞ってツンベアーから振り払うと同時に一気に踏み込んで魔人族の女に組み付いた。
「道連れだ……魔人族!!」
「なっ!? まさか、自爆……!?」
そう、カトレアの言葉の通り、メルドはアーティファクトを用いて自爆をしようとしたのだ。予想外の反撃に、思わず怯むカトレアだが、カラマネロは余裕そうな表情を浮かべている。
「マロマロ……」
すると、カトレアの近くに、巨大なキノコを背負った虫のような魔獣が姿を現した。パラセクトだ。メルド達を捕える際に新たに支配下に置いた魔獣の一体だ。そのパラセクトをカラマネロが“テレポート”でカトレアの方に送り込んだのだ。
メルドの首に着いているペンダント状のアーティファクト、『最後の忠誠』が発動する直前、異変が起こる。
「……な!? 何故……爆発が……!?」
『最後の忠誠』が発動出来ないのだ。一瞬メルドの脳裏に不発の可能性が過るが、すぐに有り得ないと首を横に振る。上層の地位に立つ者が持つことを義務付けられたこのアーティファクトは、不発など本来は有り得ないのだ。そう、本来は…………
メルドは勿論、カトレアも知らないことだったが、『最後の忠誠』が不発に終わったのには理由があった。
それはカラマネロが送り込んだパラセクトだ。このパラセクトの特性は、珍しい特性“しめりけ”というものだった。その特性を持ったポケモンが近くにいると、爆発を起こすことが出来なくなる。だからこそ、『最後の忠誠』も無効化されてしまったのだ。
「はは……不発とは運が無いね! あんたみたいなのは嫌いじゃないけど、これは戦争だ。パラセクト、やれ!」
不発だと分かって余裕の表情を取り戻したカトレアは、すかさずパラセクトに指示を飛ばす。パラセクトは両爪に毒を滲ませて、メルドに斬り掛かった。毒属性の技“クロスポイズン”だ。
メルドは苦悶の表情を浮かべながら、地に伏した。『最後の忠誠』も“クロスポイズン”によって砕け散ってしまう。
『メルドさん!!』
光輝達の悲痛な叫びが響き渡った。
次回で誠司達が登場します。
ちなみに、カラマネロが“テレポート”を覚えないのは承知しています。