パラセクトの攻撃を受けてメルドは地面に倒れ込む。少しずつ血溜りが広がっていく。誰が見ても、致命傷だった。満身創痍の状態で、あれだけ動けただけでも驚異的であったのだが、今度こそ完全に終わりだと誰にでも理解できた。
咄嗟に、間に合わないと分かっていても、香織が遠隔で回復魔法をメルドにかける。僅かに出血量が減ったように見えるが、香織自身、もうほとんど魔力が残っていないので傷口が一向に塞がらない。
「うぅ、お願い! 治って!」
魔力が枯渇しかかっているために、ひどい倦怠感に襲われ膝を突きながらも、必死に回復魔法をかける香織。そんな香織を尻目にカトレアは安堵の溜息を吐く。
「ふぅ、危ないところだった。サンキュー、カラマネロ。おかげで助かったよ」
「……マーロ」
カトレアがカラマネロにお礼を言うと、カラマネロがおざなりに返事をする。両者にはそこまで強い信頼関係は無いようである。
「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとはね。流石は、王国の騎士団長殿だ。だけど、今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。さて、あんたらはどうする?」
カトレアが光輝達を睥睨しながらそう言った。目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて、皆が身を震わせた。彼女の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。
檜山が、代表して提案を呑もうと、カトレアに声を発し掛けた。が、その時……
「……るな」
「は? 何だって? 死に損ない」
光輝の呟きに、どうせまた何か喚くだけだろうと思って、小馬鹿にした様子で聞き返すカトレア。しかし、その直後、光輝の眼を見て思わず息を呑む。
今の光輝の眼は白銀色に変わっており、言いようの無いプレッシャーがカトレアを襲う。このままではマズい。雫達の取り込みに対する有利不利など、気にしている場合ではない。カトレアはすぐに命令を下す。
「っツンベアー、殺れ! グズグズするな!」
「ベンツァー!!」
先程までメルドを拘束していたツンベアーが腕に冷気を纏って振りかざす。カラマネロの“サイコキネシス”で拘束までされているのだ。そのまま動けないまま殺されるだろう。カトレアは安堵する。
しかし…………
カッ! ガキンッ! ズバアァァッ!!
「ベンツァァァァ!?」
次の瞬間、光輝の身体から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。光輝はカラマネロの“サイコキネシス”から抜け出すと、まずカラマネロを殴り飛ばす。それによって“サイコキネシス”の効果が完全に切れると、すぐに取り落とした聖剣を回収して、ツンベアーを斬り捨てる。その間、僅か五秒足らずである。
カトレアは顔を引き攣らせる。
“限界突破”の派生技能“覇潰”。“限界突破”以上のステータス向上の効果を持つ。ギリギリの状態に追い込まれたことによって、新たな技能が目覚めたのである。しかも、先程パラセクトを“テレポート”で送ったことで、“サイコキネシス”の効果が薄れてしまっていたことも、原因の一つであった。
カトレアは焦りの表情を浮かべて、他の魔獣達に命令を飛ばすが、光輝の進撃を止めることは出来ない。どんどんカトレアとの距離が狭まっていく。光輝は怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、カトレアのもとへ踏み込んだ。
「お前ぇ! お前だけは! メルドさんの、皆の仇だぁぁぁ!!」
「ちぃ!」
カトレアは咄嗟に自身の十八番である土属性の魔法を駆使して、砂塵の盾を形成するが、その盾諸共聖剣はカトレアの身体を袈裟斬りにした。
砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断されることこそなかったが、カトレアの体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。
背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちたカトレアの下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。
「あらら……参ったね。まさか……あの状況から逆転とは…… まったく……三文芝居でも見てる気分だよ……」
ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、カトレアは皮肉気に笑った。そんな都合の良い展開は物語の中だけだと思っていたし、今までもそんなことは無かったのに。今回に限ってこんな展開が起こるとは……もう笑うしか無い。回復手段も無いわけではないが、この傷では間に合わないだろう。
カトレアは肌身離さず持っていたロケットペンダントをポケットから取り出した。それを見た光輝は「まさか自爆する気か」とトドメを刺そうと聖剣をもう一度振りかぶる。
「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」
愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らすカトレアに、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく魔人族の女。
光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いてカトレアを見下ろしている。その瞳には恐怖と躊躇いが宿っていた。その光輝の瞳を見たカトレアは、何故光輝が動きを止めたのか正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。
「……呆れたね……今になってようやく気がついたのかい? 人殺しをしようとしてることに」
「っ!?」
「まさかあたし達を人とすら認めていなかったとはね。随分傲慢なことで」
「ち、違う……! 俺はそんなこと知らな……」
「さぁ、さっさとあたしを殺したらどうだい? 仲間を救うにはそうするしかないよ?」
「は、話し合おう。話し合えばきっと……」
「……」
心底軽蔑し切った目を光輝に向けると、他の魔獣達に命令を下した。
「お前達、あいつらを皆殺しにしろ! 一人も生かすな!」
『グオオォォォ!!!』
カトレアの命令を聞いた魔獣達は待ってましたとばかりに、雫達に襲いかかる。
「なっ……どうして!」
「自覚がない坊ちゃんだ。これは戦争。あんた達はここで殺した方が良いと判断したんだよ。未熟な精神に強大な力、あんたは危険すぎる。話し合い? そんなものは、とっくの昔に終わってんだよ!」
カラマネロの“いやしのはどう”を受けて立ち上がれるくらいには回復したカトレアは、呆然としている光輝を蹴り飛ばす。そして、カトレアは光輝の後ろを指で示す。
「ほら、早く助けてやらないとお仲間は全滅だよ」
カトレアの言葉に思わず光輝が振り返ると、そこにはツンベアー達やチョロネコ達によって、追い詰められている雫の姿があった。多勢に無勢の状態である。
光輝は青ざめて、雫を助けようと駆け出すが、突然力が入らなくなる。
「なっ!? なんだよ、これ……?」
光輝の周りにはいつの間にか、黒い煙のようなもので覆われ、それを浴びたことで急激に力が抜けていった。上を見上げると、カラスのような魔獣が嘴から煙を吐いているのが見える。
「まさか、あいつが……くそっ! こんな……時に……」
光輝の身体は急に立つことも出来なくなり、前のめりに倒れてしまった。ヤミカラスの技“くろいきり”は、相手の状態変化を無効化することが出来る。それにより、“覇潰”で上がっていたステータスも全て元に戻ってしまったのだ。しかも、ステータスは戻っても、タイムリミットによる副作用はそのままで、弱体化どころか麻痺したように全身の自由が効かなくなってしまった。
煙が晴れた頃には、地面に倒れ伏す光輝の姿があった。
「光輝!」
雫は悲痛そうに叫ぶ。急いで彼の元に駆けつけたいが、いかんせん敵の数が多すぎる。その時、結界によって壁が出来、ツンベアー達やチョロネコ達の動きが一瞬止まった。
「鈴!」
「シズシズ……行って! 早く……光輝君を!」
「……ええ!」
鈴の結界に助けられたことに雫は礼を言いつつ、急いで光輝の元へ向かう。光輝を抱えて、香織に回復をお願いすると、雫はカトレアと決着を着けようと、彼女の元に向かって走り出した。そして、彼女の前に立つと、これでもかと睨み付ける。その瞳には、間違いなく殺気が宿っていた。
「魔人族!」
「へぇ、あんたは殺し合いの自覚があるみたいだね。あんたの方が勇者に相応しいんじゃないの?」
「御託はいい。光輝のツケは私が払わせてもらうわ」
雫は技能を駆使して一瞬で間合いを詰めようとするが、次の瞬間、地面から岩の塊のようなものが飛び出してきた。イワークだ。
「くっ!?」
「惜しいね。悪くないけど、これは戦争だから。仕方ないよね」
カトレアが合図を送ると、イワークが雫に渾身の“たいあたり”を食らわせる。威力はそれほど高くなくても、今の雫には効果抜群であった。
「あぐぅう!!」
地面に何度か身体を打ち付けられ、壁に激突したことでようやく動きが止まる。しかし、もう身体は限界のようで、立ち上がることも出来ず、ゲホゲホッと咳き込む度に血を吐いている。
「雫ちゃん!」
香織がなんとか雫の元に駆け寄り、うずくまる雫の体をそっと抱きしめ支える。
「か、香織……何をして……早く、離れて。このままじゃ……巻き込まれ……」
「ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから」
「……そっか。ごめんなさい、勝てなかったわ」
「ううん、雫ちゃんは凄く頑張ってたよ。私の方こそ、これくらいしか出来なくてごめんね。もうほとんど魔力が残ってないの」
雫を支えながら眉を八の字にして微笑む香織は、痛みを和らげる魔法を使う。雫も、無事な左手で自分を支える香織の手を握り締めると困ったような微笑みを返した。
そんな二人の前に影が差す。イワークが、無機質な瞳で寄り添う香織と雫を見下ろし、複数の岩を落とそうとしてくる。“いわおとし”だ。
もう自分達は助からないだろう。香織の脳裏に色々な光景が過っていく。しかし、ふとハジメの顔が浮かび、強い後悔の気持ちが浮かんだ。
「また……会いたかったなぁ……」
香織がそう力なく呟いた次の瞬間、今この場にいないはずの二人の声が聞こえた。
「ヌマクロー……」
「ブイゼル……」
「「“みずでっぽう”!!」」
「マークロォォ!」
「ブイブイィィ!」
突如、二本の水流がイワークを襲った。
「イ、イワアァァァ!?」
突然の弱点攻撃にイワークは倒れ込んでしまった。
「っ!? 何者だ!?」
イワークが突然やられて、カトレアは慌てて攻撃の出所を目で追う。それに釣られて、香織や雫も目で追った。そこには…………
「相変わらず仲が良いね、二人とも」
「……どうやら間に合ったみたいだな」
苦笑する二人を見て、考えるよりも早く香織の心が歓喜で満たされていく。目を見開きつつも、香織はその名前を呼んだ。
「ハジメ君! 中西君!」
やっと再会です。ちなみに、カラマネロが本来覚えないはずの技を使えるのには理由があります。