「ハジメ君が……ハジメちゃん……?」
とある宿の一室、ベッドから目を覚ました香織は雫から改めて、ハジメが女であるという残酷な事実を聞かされていた。目覚めた時、色々と記憶が混乱していたからだ。雫としても、事実を改めて突きつけるのは気が引けたが、こればかりは受け入れて貰わないといけない。だからこそ、雫は心を鬼にする。だが、香織は現実を受け入れられないようで、何度も顔を横に振る。
「そんな……嘘……だよね? ハジメ君は正真正銘男の子……だよ? なんでそんなこと……」
「香織……あなたの気持ちは私も分かってるつもりよ。今まで頑張ってきたんだものね。でもね……南雲君は女子なの。男じゃないのよ」
「いや……それじゃなんで男の子の格好をしていたの? なんで男のフリをしていたの……?」
「それは……私も分からない。南雲君……じゃなくて南雲さんかな? 彼女にも事情があるんでしょうけどね」
「そ、そうだよ、きっと事情があるんだ……奈落に落ちて、その時に女の子になっちゃったとか……それなら元に戻す方法も……」
「香織……」
名前を呼ばれて香織は顔を上げると、そこには真剣な表情をした雫がいた。
「……雫ちゃん」
「……香織、厳しいことを言うけど、現実を見なさい。南雲さんは女だった。それが事実なのよ」
「雫……ちゃん……」
香織は呆然としながら、項垂れる。雫の強い言葉でようやく、南雲ハジメは女子であるという、香織にとっては残酷な事実を受け入れることが出来たようだ。雫は少しホッとしたように息を吐くと、香織の隣に座る。
「ねぇ、香織……あなたはどうして、南雲さんのことを好きになったの?」
「え……?」
香織が顔を上げると、先程とは違って優しい表情を浮かべる雫がいた。
「今まで南雲さんのことは聞いてたけど、なんで好きになったのか、ハッキリ聞いていなかったしね。だから、教えてくれる? 話してくれたら少しは楽になれるかもしれないわ。大丈夫、何時間でも付き合うから」
「う、うん……」
雫に勧められるがまま、香織は、色々な話を聞かせた。雫が以前聞いた話もあれば、初めて聞いた話もあった。香織も話していくうちに、色々な気持ちが浮かんできたようで、目に涙を浮かべる。しかし、話をすることで気持ちの整理がついてきたようだ。香織はポツリと呟いた。
「私……ハジメく……ハジメちゃんと友達になれるかな……?」
「何言ってるの。当たり前じゃない。南雲さんが男でも、女でも、南雲さんは南雲さんだもの。それにね……地上に帰る時に南雲さんが言ってたの。あそこに来たのは、依頼だけじゃなくて、香織を助けたくて来てくれたのよ。だから……大丈夫」
「雫ちゃん……うん、ありがとう。でも、今は……泣いても……良いかなぁ……?」
香織はボロボロと涙をこぼし始める。それを見て、雫は黙って優しく抱きしめる。まるで、「勿論」というかのように。それから、しばらく部屋には香織の嗚咽が響く。こうして、一人の少女の恋が終わりを迎えた。
一方、その頃、ホルアドにある一軒の酒場でメルドは、一人酒を煽っていた。何か後悔に苛まれた時は、いつも一人で酒を飲む。まだ駆け出しだった頃、先輩から教わったが、いつの間にかそれが習慣化してしまったのだ。しかし、今回は中々酔うことが出来ずにいた。
今回は、部下を数人喪った。光輝達を死なせるところだった。自分の教育不足のせいで、取り返しのつかない事態になったのだ。自己嫌悪は凄いものになっていた。そんな時だった。
「……相席しても構いませんか?」
「……んあ?」
自分に声を掛けてきた者に、メルドは胡乱な視線を向ける。しかし、目の前の人物を見て、思わず固まった。
そこには誠司がいた。
「誠司……どうしてここに……?」
「いやぁ、少し小腹が空いたので、軽く何か食べようと思って入ったら、まさかメルド騎士団長がいるとは。驚きましたよ」
誠司は飄々とした様子で、そう言った。席に座って、つまみを幾つか注文する誠司に、メルドは口を開いた。
「中西誠司、今日は本当に助かった。お前達がいなかったら、生きて帰ることが叶わなかっただろう。だから本当に、本当に……ありがとう!」
そう言って、深く頭を下げるメルド。酒のせいか、声も大きく、周りの客達もなんだなんだと注目が集まる。それに気づいた誠司がメルドに止めるよう言った。しかし、メルドは中々止めようとしない。
「メルド騎士団長、頭を上げてください。俺達はあくまで冒険者として仕事をしたまでなので。それでもというのなら、もし良ければこの子を連れて行ってやってはくれませんか?」
誠司はそう言うと、一つのモンスターボールを取り出して、机の上に置く。それを見たメルドは大きく目を見開いた。
「なっ!? こいつは……!?」
「このシュバルゴを連れて行ってやってはくれませんか? どうもシュバルゴの奴、あなたを気に入ったようでして。俺としてはこいつの気持ちを尊重したい。あなたのことも、ある程度は信用出来ますしね」
メルドは何度もモンスターボールと誠司の顔を交互に見つめる。やがて、メルドは項垂れて、絞り出すように声を出した。
「申し訳ないが……それは無理だ」
「……何故ですか?」
「……私は王国騎士団の人間だ。いざという時は、王族を、国を守る義務がある。魔獣を使えば、大勢の者を恐怖に陥らせるかもしれない。魔獣を悪く思う者は少なくないからな。それに……私自身、幾度となく魔獣達と戦ってきた。多くの仲間が魔獣によって命を落とした光景を見てきた。先程の戦いで、全部の魔獣がそういう訳ではないのは理解している。だが、私個人としては魔獣を信用することがどうしても出来ないんだ……だから、申し訳ない……」
身体を震わせながら、そう言って断るメルドを誠司は黙って見つめる。誠司としても、断られる可能性が高いことは承知していた。あくまでシュバルゴの気持ちを尊重して頼んだだけに過ぎない。なので、誠司は静かにシュバルゴのモンスターボールを仕舞う。
「……分かりました。それなら仕方がありません」
「ああ、申し訳ないが……」
「それなら、その代わりとして、ポケモン達の訓練メニューについて、相談に乗ってくれませんか?」
「……何?」
誠司は最近、ポケモン達の訓練メニューについて、悩んでいることを相談した。ポケモン達には自主練もさせているし、時間が空いた時には誠司自身も積極的に訓練を確認している。最近では、ポケモンの数も増えてきたので、互いに技を教え合うことも増えてきたが、もう少し効率的な訓練メニューが欲しいと思っていた所だったのだ。だが、誠司もそこまで専門的な知識はない。
そこで、騎士団長であるメルドの意見が欲しいと思ったのだ。メルドなら、騎士達の訓練メニューも把握しているし、今後のポケモン達の訓練メニューのアイデアに役立つかもしれない。
「だが、うちの騎士団の訓練メニューはあくまで、人間用だぞ?」
「ええ、分かっています。でも、何かしらの参考にはなると思いますので。ぜひアドバイスを頂けますか?」
「私としては別に構わんが……その前に誠司がどういう訓練をさせているのかを見せてくれないか? そうした方がアドバイスもしやすい」
「分かりました。それじゃあ、場所を変えましょうか」
誠司はそう言って、つまみを平らげると、代金を机の上に置く。メルドも同様に金を置くと一緒に店を出た。
人気の無い場所に入ると、誠司は手持ちのトランクを開けて、中に入る。メルドはそれを見て驚愕していたものの、おっかなびっくりで誠司に続く。そして、中に広がる光景を目の当たりにして、更に驚愕していた。
「せ、誠司……これは…一体……」
「解放者オスカー・オルクスのトランクですよ。ポケモン達が快適に暮らすためのね」
「他にも、これほどの魔獣達が……」
「俺達はポケモンと呼んでますがね」
呆然とするメルドをスルーして、自主練しているポケモン達の元に案内する。草木が生い茂り、小川が流れるエリアだ。
「おっ、やってるやってる」
「?」
誠司が見る方向に、メルドも視線を向けると、そこにはマーイーカとヒンバス、チルットの姿があった。ヒンバスは川から顔を出し、宙に浮かぶマーイーカと顔を見合わせると、空を飛ぶチルットの進行方向に、それぞれ技を放つ。
「マーイーカァァァ!」
「ヒンヒンッ!」
マーイーカが“かえんほうしゃ”、ヒンバスが“こごえるかぜ”を放つ。それにより、風の流れが大きく変わってチルットは飛ばされそうになるも、なんとか食らいついている。
そんなチルットの様子を見て、誠司は満足そうに頷いた。
「よく頑張ってる。前より上達したな」
メルドが思わず尋ねる。
「なぁ、誠司。これは……」
「チルットの飛行能力を上げるための訓練です。熱い空気と冷たい空気を作って、風の流れを乱すことで、どんな状況でも変わらず飛べるようにする訓練なんですよ」
「そ、そうか…凄いな……」
メルドは感心したように、チルット達を見る。そんなメルドに誠司はあることを教える。
「実はこれ、チルット達が自分で考えた訓練方法なんですよ」
「……え?」
「まぁ、正確にはチルット達が考えた訓練方法に俺が少しアレンジを加えたんですが、おおよその部分はあいつらが自分で考えたんです」
「そう……なのか……?」
「今ポケモン達がやっている訓練は、俺が考えたものも多いですが、中にはポケモン達が自分で考えて作った訓練もあるんです。中々面白いでしょ? 違う者同士だからこそ、こういうものが生まれるんでしょうね」
「っ!?」
誠司の言葉にメルドはどこか、ハッとした表情を浮かべた。それから、誠司は他のポケモン達の訓練を見せたが、メルドは何かを考え込んでいるようだった。
それから訓練をひととおり見せると、メルドから騎士団で使われている訓練メニューのうち、ポケモン達にも使えそうなものをいくつか教えてもらった。これで、訓練の幅が広がるだろう。トランクから出ると、誠司は満足げな表情でお礼を述べた。
「ありがとうございます、メルド騎士団長」
「いや、私としても楽しかったよ。こちらも色々と参考になった。それで、私からも一つ良いか……?」
メルドがどこか改まった様子で尋ねた。何事かと誠司が少し首を傾げると、メルドは頭を下げた。
「先程の話……シュバルゴを貰う話だが、引き受けたいのだが、構わないだろうか?」
「えっ? それは……どういう心変わりですか?」
「いや、先程誠司も言っていただろう。違う者同士だからこそ、新しいものが生まれると。誠司とまじゅ……ポケモン達を見ていて改めて思ったんだ。違う者同士が手を取り合うことで、決して辿り着けない場所にまで辿り着けるのではないかとな」
「…………」
「そして、シュバルゴが……ポケモンがいれば……これからより多くの人の命を守ることが出来るのかもしれない……そう思ったんだ。だから、その……虫のいいことを言っているのは分かっているんだが……」
「……だそうだ。シュバルゴ、お前はどう思う?」
誠司はそう言ってシュバルゴをボールから出す。こればかりは、シュバルゴがどうしたいかによるからだ。出てきたシュバルゴは、しばらく誠司とメルドの顔を交互に見つめる。やがて、心が決まったようでシュバルゴはメルドの前に傅いた。それを見た誠司は少し笑うと、メルドにボールを手渡す。
「どうやら、シュバルゴはあなたと一緒に行きたいようです。なので、シュバルゴのこと、よろしくお願いします」
「あ、ああ……! 任せてくれ! 必ず大切にする! 本当に、ありがとうっ!」
こうして、誠司とメルドが別れて、誠司は宿に向かって歩き出した。しかし、途中から、自分を尾行している者達がいることに気がついた。このまま、宿の場所を知られると面倒なことになりかねないので、一旦人通りの少ない路地裏に入る。そして、足を止めると、尾行している者達に呼びかけた。
「さて……そろそろ出てきたらどうだ? バレてるぞ」
その言葉に誘われるように、三人の男達が姿を現す。見知った顔――近藤、中野、斉藤の三人だ。誠司を尾行していた三人は、出てくると同時に武器を構えた。
「……で、何の用だ?」
誠司が尋ねると、近藤達は下卑た笑みを浮かべた。
「決まってんだろ。無能に自分の立場ってのを分からせてやろうと思ってな」
「ホント、ラッキーだったぜ。偶然お前を見つけるなんてな」
「ああ、たっぷり仕返ししてやるよ」
「裸にして、女子の前に突き出すとかどうだ?」
「ギャハハ、それ良いな! そしたら、あの女共も愛想尽かして俺らの仲間になるかもよ」
「ギャハハ!」
もう自分に勝ってる前提で話を進めていることに、誠司は饐えた視線を向ける。
「一つ聞いていいか?」
「あ?」
「お前ら、三人だけか? もう少しお仲間を集めるべきだったんじゃないのか?」
「ハッ! 何言ってんだ。お前みたいな無能なんか魔獣を使わせなきゃ三人で十分なんだよ!」
「三人で十分……ね。つまり、一人じゃ無能に勝てないのか。情けない」
「んだとテメェ!」
気が短い近藤が激昂するが、誠司は変わらず涼しい顔だ。どこかに別の誰かが潜んでいる訳ではないことを理解したからだ。目の前の
「ヤミカラス、“いばる”!」
「ヤミッ! ヤーミーィィッ!」
「「「ぐっ!? ぐわぁぁあ!?」」」
ヤミカラスの声と近藤達の悲鳴が路地裏に響き渡る。近藤達が勝手に盛り上がっている隙に、ヤミカラスをボールから出しておいたのだ。
そして、“いばる”によって、混乱した近藤達は互いを誠司だと思い込んでいるのか、罵詈雑言を浴びせながら殴り合いを始めた。“いばる”は、相手を混乱させるだけでなく、力の加減を出来なくさせる作用もある。なので、しばらく顔や身体に痛々しい痕が残ることになるだろう。まぁ、自業自得である。
「ご苦労だった、ヤミカラス。ナイスだったぞ」
「ヤミカー」
誠司の言葉に、ヤミカラスは誠司の肩に乗って、嬉しそうに鳴いた。そして、ヤミカラスをボールに戻すと、誠司は殴り合っている近藤達を尻目に路地を抜けて、宿に帰って行った。