拐われた愛子
時系列としては、誠司達が大迷宮攻略に向けてバトルをしながら、特訓している間の出来事である。
光輝達がホルアドにて、衝撃的な再会と別れを経験してから数週間が経過した。
現在、光輝達の早急に対処しなければならない欠点、“人を殺す”ことについて浅慮が過ぎるという点をどうにかしなければ、これ以上戦えないという事で、彼らは王都に戻って来ていた。また、捕虜にしたカトレアのこともあったので、どちらにせよ一旦帰る必要があったのだ。カトレアは、王都に帰還した後に教会に引き渡された。教会関係者からは、殺さなかったことに対して怪訝な顔をされたが、情報を引き出すためという名目を聞いて表面上は納得してくれた。そして、
現在、光輝達はひたすらメルド団長率いる騎士達と対人戦の訓練を行っていた。人殺しに関する課題を何とかしなければ、魔人族と戦っても返り討ちに遭うだけだ。しかも、魔人族による襲撃は最近活発化しており、開戦も近くなっていることは暗黙の了解になっている。
龍太郎や近藤達、永山達も、ある程度の覚悟はあったものの、実際、誠司がカトレアに対して暴力を振るったのを見て、自分にも出来るのかと自問自答を繰り返していた。時間はないものの、無理に人殺しをさせて精神が壊れてしまっては本末転倒なので、メルド達騎士団も頭を悩ませている。
そんな、ある意味鬱屈した彼等に、その日、ちょっとした朗報が飛び込んできた。
愛子達の帰還だ。普段なら、光輝のカリスマにぐいぐい引っ張られていくクラスメイト達だったが、当の勇者に覇気がないので皆どこか沈みがちだった。手痛い敗戦と直面した問題に折れてしまわないのは、雫や永山といった思慮深い者達のフォローと鈴のムードメイクのおかげだろうが、それでも限界がある。心に巣食ったモヤモヤを解決するのに、身近な信頼出来る大人の存在は有難かった。みな、いつだって自分達の事に一生懸命になってくれる先生に、とても会いたかったのだ。
愛子の帰還を聞いて、真っ先に行動したのは雫だ。雫は、愛子の帰還を聞いて色々相談したい事があると、先に訓練を切り上げた。誠司やハジメに対して何かと思うところのありそうなクラスメイト達より先に会って、愛子が予断と偏見を持たないように客観的な情報の交換をしたかったのだ。
この世界に来てからずっと愛用している剣を腰のベルトに差して、王宮の廊下を颯爽と歩く雫。そんな彼女の姿に、何故か男よりも令嬢やメイドが頬を赤らめている。世界を超えても雫が抱える頭の痛い問題だ。自分より年上の女性に「お姉様ぁ」と呼ばれるのは本当に勘弁して欲しいのだ。
ウルの町での出来事は雫達の耳にも入っていた。誠司達がそこの戦いにも関わっていたことは知っていたため、愛子から誠司やハジメについてどう思ったかも直接聞いてみたかった。愛子の印象次第では、今も考え込んでいる光輝の心の天秤が、あまり望ましくない方向に傾くかもしれないと思ったからだ。どこまでも苦労を背負い込む性分である。
目的地である愛子の部屋に到着した。ノックをするが、反応はない。国王達への報告をしに行っていると聞いていたので、まだ、戻ってきていないのだろうと、雫は、壁にもたれて愛子の帰りを待つことにした。
愛子が帰ってきたのは、それから三十分ほどしてからだ。廊下の奥から、トボトボと何だかしょげかえった様子で、それでも必死に頭を巡らせているとわかる深刻な表情をしながら前も見ずに歩いてくる。
そして、そのまま自分の部屋の扉とその横に立っている雫にも気づかず通り過ぎようとした。雫は、一体何があったのだと、訝しそうにしながら、愛子を呼び止めた。
「先生……先生!」
「ほえっ!?」
奇怪な声を上げてビクリと体を震わせた愛子は、キョロキョロと辺りを見回し、ようやく雫の存在に気がつく。そして、雫の元気そうな姿にホッと安堵の吐息を漏らすと共に、嬉しそうに表情を綻ばせた。
「八重樫さん! お久しぶりですね。元気でしたか? 怪我はしていませんか? 他の皆も無事ですか?」
今の今まで沈んでいたというのに、口から飛び出るのは生徒への心配事ばかり。相変わらずの愛ちゃん先生の姿に、自然と雫の頬も綻び、同時に安心感が胸中を満たす。しばし、二人は再会と互いの無事を喜び、その後、情報交換と相談事のため愛子の部屋へと入っていった。
「そう、ですか。そんなことが……」
雫と愛子、二人っきりの部屋で、可愛らしい猫脚テーブルを挟んで紅茶を飲みながら互いに何があったのか情報を交換する。そして、愛子からウルの町であった事の次第を聞き、雫が最初に発した言葉がそれだった。
クラスメイトの清水が敵に洗脳され、魔獣の大群を使って攻め込んだこと。優花が愛子を庇って瀕死の重傷を負ってしまったこと。そして誠司達の魔獣達は戦いで傷つき、一体の魔獣が犠牲になってしまったこと……
ウルの町で何が起きたのかは大まかではあるが聞いていた。しかし、当事者から詳細に聞いた話はどこか重たいものがあった。
愛子は絞り出すように言った。
「中西君達から言われました。自分が正しいと思って、信念を持って自分達に戦いを頼んだのなら胸を張って堂々としていろと。でも私の決断が果たして正しかったのか……ずっとそれを考えているんです」
愛子は悄然と肩を落としていた。雫も掛ける言葉が見つからなかった。しかし、いつまでも落ち込んでいる訳にもいかない。だからこそ、無神経だと思いつつも、努めて明るい声で言った。
「私は正しかったと思います。勿論、戦いで死んだ中西君の魔獣のことは残念でしたけど、それでも先生の判断で大勢の人達が救われたんです。それが間違ってるなんて私には思えません」
愛子は、微笑みかけてくる雫に、また、生徒に気を使わせてしまったと反省し、同じく微笑みを返した。
「そう、かもしれませんね。ありがとうございます……」
とりあえず、愛子が少しでも元気を取り戻したのを確認してホッと息を吐くと、雫は別の質問をした。ふと気になったからだ。
「そういえば、先生は知っていたんですか? その……南雲さんが女だったってこと」
「!? えっと……」
雫の言葉に、愛子は少し気まずそうに視線を彷徨わせるが、やがてコクリと頷いた。雫は「やっぱり……」と呟いた。
もっと早く明かしてくれれば、香織があんなにショックを受けることもなかったのにと、ハジメに対して思わなくはないが、明かしたら明かしたらで色々厄介なことになっていた可能性も否定できなかった。だからこそ、雫はハジメに対して色々複雑な感情があった。
それから雫と愛子は取り留めもない会話をしていたのだが、雫は愛子の表情が段々と暗くなっていることに気がついた。
「あの、先生。陛下への報告の場で何があったのですか? 随分と深刻そうでしたけど」
雫の質問に、愛子はハッとすると共に、苦虫を噛み潰したような表情で憤りと不信感をあらわにした。
「……正式に、中西君達が異端者認定を受けました」
「!? それは! ……どういうことですか? いえ、何となく予想は出来ますが……それは余りに浅慮な決定では?」
誠司達の力は強大だ。凶暴凶悪とされる魔獣達を手足のように駆使して戦う。ハジメも様々なアーティファクトを所持してそれを使いこなしている。おまけに他の仲間達も通常ではあり得ない力を有している。
そして、誠司もハジメもウルの町での戦い以降、神の使徒の立場を捨てて只の冒険者ということになっている。誠司達の強さを知っていれば、そんなことが通るはずもないのだが、これはウルの町での戦いが終わった直後だったため出来たことだった。
戦いについての詳細な情報が王都に届く前に、愛子がデビッド達神殿騎士達の推薦状と一緒に届出を提出したのだ。教会上層部も、誠司達が生存していたという情報は入っていたが、未だ無能だった頃の認識が強かった。今更生きていた無能達が神の使徒でなくなったとしても、何も問題はないだろうと判断して簡単に受理されたのだ。
こうして誠司達はあっさりと神の使徒の地位を捨てることが出来たのである。その後、詳細な情報が届いて誠司達の強さを知った教会上層部や貴族達は慌てて撤回しようとするも時すでに遅しで、受理されてしまっている以上撤回が出来なくなってしまっていた。
今度は冒険者として囲い出そうと動く者もいたが、それも叶わなかった。イルワによって誠司達は金ランク冒険者に昇格していたからだ。金ランク冒険者ともなると、権力で動かすことも出来ないのだ。そういう訳で、誠司達は王国からも聖教教会からも制御することが出来ない者達となっていた。そうなれば、誠司達を危険視するのも頷ける。
しかし、だからといって、直ちに異端者認定するなど浅慮が過ぎるというものだ。異端者認定とは、聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでも誠司達の討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。
そして、異端者認定を理由に襲いかかれば、それは同時に、誠司達からも敵対者認定を受けるということであり、容赦のない苛烈な攻撃が振るわれるということだ。その危険性が上層部に理解出来ないはずがない。にもかかわらず、愛子の報告を聞いて尚、その場で認定を下したというのだ。雫が驚くのも無理はなかった。
雫がそこまで察していることに、相変わらず頭の回転が早い子だと感心しながら愛子は頷く。
「その通りです。しかも、いくら教会に従わない大きな力とはいえ、ウルの町を救っている実績がある上に、私がいくら抗議をしてもまるで取り合ってもらえませんでした。明らかにおかしいです。それに……今思えば、イシュタルさん達はともかく、陛下達王国側の人達の様子が少しおかしかったような……」
「……それは、気になりますね。彼らが何を考えているのか……でも、取り敢えず考えないといけないのは、唯でさえ強い中西君や南雲さん達に
「そうですね。おそらくは……」
「ええ、私達でしょうね…… 絶対嫌ですよ? 私はまだ死にたくありません。彼らと戦うなんて想像するだけでも嫌です」
雫は身体をブルリと震わせた。自分達ではどうにもならなかった魔獣の大群を、いとも容易く制圧した誠司達の魔獣達。しかも、愛子の話では、オルクス大迷宮で見た時の魔獣達以外にも色々いるのだ。そんな魔獣の大群と戦うなど自殺行為だ。
雫の反応を見て、愛子は気持ちは分かると苦笑いを浮かべた。
そして、国と教会側からいいように言いくるめられて、誠司やハジメと敵対する前に、愛子は光輝達に二人から聞いた狂った神々の話とハジメの旅の目的を話す決意をした。
信じてくれる保証はないが、それでも教会を信じすぎないように釘を刺す必要がある。以前、二人が自分にしてくれたように。愛子は今回のことでそれを確信した。
「八重樫さん。実は……中西君と南雲さんが、私にだけ話してくれたことがあります」
「話……ですか?」
「はい。教会が祀る神様の事と、中西君達の旅の目的です。証拠は何もない話ですが……とても大事な話なので、今晩……いえ、夕方、全員が揃ったら先生からお話したいと思います」
「それは……いえ、分かりました。なんなら今から全員招集しますか?」
「いえ、あまり教会側には知られたくない話なので、自然に皆が集まるとき、夕食の席で話したいと思います。久しぶりに生徒達と水入らずで、といえば私達だけで話せるでしょう」
「なるほど……分かりました。では、夕食の時に」
その後、雫と愛子は雑談を交わし、程よい時間で分かれた。夕食の約束は守られないと知る由もなく……
夕方になり、愛子は夕食に向かっていた。ふと何者かの気配を感じて足を止めた。振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。彼女はこの世界でも珍しい、ショッキングピンクの髪色と瞳をしており、身に纏っている聖教教会の修道服も他の者のそれと違ってどこかピンクがかっている。その女性は美しいが、どこか機械的な冷たさのある声で愛子に話しかけた。
「はじめまして、畑山愛子。あなたのお迎えに上がりました」
愛子はどこか寒気を感じつつも、なんとか平静を保って尋ねる。
「む、迎え……ですか? 私はこれから生徒達と夕食なのですが……?」
「いえ、あなたの行き先は
「えっ?」
一瞬、女性の瞳がキラリと輝いた。その瞬間、愛子の頭にモヤがかかったように感じた。まるで彼女の言うことは絶対とでも言うような、そんな歪な感覚が彼女の身体を支配し始める。女性は淡々と言った。
「あなたが今からしようとしていることを、我が主は……不都合だと感じております。そして、あなたの生徒がしようとしていることの方が我が主は“楽しそうだ”と。なので、時が来るまで、あなたには一時的に、退場していただきます」
「な、何を言って……あなた、まさか……」
このままではマズイと判断した愛子は、魔法を使う時のように集中すると、弾かれたように頭のモヤは霧散した。それを見た女性は頷いた。
「なるほど。流石は、我が主を差し置いて“神”を名乗るだけありますね。では仕方ありません。物理的にいかせて頂きましょう。
「……え? ぐうっ!?」
女性の言葉の意味が分からず、思わず聞き返す愛子に突如、背後から衝撃が走り、何かを考える間も無く、意識を手放した。
「ありがとうございます、ノイント」
倒れ伏す愛子の背後には、ノイントと呼ばれた女性が立っていた。ノイントは、先程まで愛子と会話していた女性と同じ顔の造形をしており、双子と言われてもおかしくない程に瓜二つであった。しかし、彼女と違い、ノイントは髪色も瞳も修道服も銀色で、金属のような光沢があった。
「あなたの“魅了”が通用しないとは……用心のため私がいて良かった。流石は我が主、このような事態も想定されていたのでしょう」
「まぁ、私の“魅了”は女性には若干効果が薄いので破られるのも仕方がありません。では、私は王国上層部の方々の“魅了”が完了しましたので、これで失礼します」
「分かりました。それではお疲れ様でした。フィア」
フィアと呼ばれた女性はノイントに一礼すると、次の瞬間パッとフィアの姿が消えた。そして、ノイントも愛子を担ぐと、本山に向かって歩みを進める。
当初、本作オリジナルの神の使徒に対して「ティタ」というオリジナル名を付けていましたが、神の使徒の名前はドイツ語の数字が元ネタだったみたいなので、変更しました。
大変失礼しました。