「あれは……ベトベトンか? 妾の知るベトベトンとは少し姿が違うようじゃが……」
ティオは困惑した様子でそう言った。誠司が答える。
「ポケモンには、環境次第で姿や能力が変わるものもいるからな。このベトベトンもそうだろう」
「っ!? リージョンフォームか!?」
「ご名答」
「……ん。どっちにしろ、あのベトベトンを何とかしないとオアシスは治らない」
ベトベトンは、誠司達に狙いを定めると、“ヘドロばくだん”を放ってきた。誠司は新たにクレッフィを繰り出した。
「クレッフィ、“まもる”!」
「クレフィ!」
クレッフィは素早く“まもる”を展開して、誠司達を守った。
「クレッフィは“でんじは”で動きを止めて、エレザードは“どろかけ”だ!」
「クレフィイィィ!」
「エザァ!」
クレッフィは真っ先に“でんじは”を放つが、何故かベトベトンには効かなかった。クレッフィは動揺して、動きを止めるが、それをエレザードが叱責する。
「エザ! レザー!」
「エレザードの言う通りだ。怯めばやられる。それなら、“ラスターカノン”を頼む」
「クレッフィーー!」
誠司の言葉にクレッフィは頷くと、銀色の光線を発射した。そんな誠司とポケモン達の戦いを見て、ユエもラクライに指示を飛ばした。
「……私達も負けてられない。ラクライ、“エレキボール”」
「ラクッ!」
ユエの言葉にラクライは頷くと、複数の電気の球体を作り出して、勢いよく発射した。
ポケモン達の激しい技の応酬に、ランズィ達は圧倒されていた。ランズィはティオに尋ねた。
「ティ、ティオ殿、彼らはあの魔獣を倒せるのか……?」
そんなランズィの質問にティオは悪戯っぽく笑って答えた。
「当然じゃ。彼らは……ポケモントレーナーじゃからな」
ポカンッという音がして、音のした方にランズィ達が視線を向けると、そこにはベトベトンを
誠司がベトベトンをゲットしたのには理由がある。このままベトベトンに勝利してアンカジから追い出しても、こんな砂漠地帯ではベトベトンは生きていけない。それなら、仲間にした方がベトベトンにとっても良いだろうと判断したのだ。あとは、誠司の手持ちに毒属性のポケモンがいなかったので、ちょうど良いとも思ったからだ。
誠司達がランズィのもとに向かうと、ランズィは改めて誠司に尋ねた。
「これは……終わったということで良いのかね?」
「ええ、これでもうこれ以上オアシスが汚染されるということはないでしょう。そして、元凶であるベトベトンは俺が仲間として責任を持って連れて行きます。よろしいですね?」
「あ、ああ……私は構わんが……そんな凶暴な魔獣を仲間にして、大丈夫なのか?」
「まぁ、この子が凶暴化している理由には検討がついていますので」
おそらくだが、このベトベトンは極度の空腹状態なのだろう。元々ベトベトンは汚い場所に生息し、ゴミ等の汚いものを食べて生きているポケモンだ。だが、このオアシスではそういった汚いものが少なく、ベトベトンにとっては辛い環境だったのだろう。そんな時に電撃を浴びたことで、ベトベトンのストレスが爆発して凶暴化したのだと誠司は推測していた。
誠司はざっくりとそう説明すると、ランズィは難しい顔を浮かべていた。誠司の説明が本当なら、別の疑問が出てくるからだ。
「しかし……それならあの魔獣は一体どこから……? 地下水脈から流れ込んだにしても、あの魔獣が生息出来るような場所はなかったように思うのだが……」
「おそらくですが……いや、大方魔人族によるものでしょうね」
「!? 魔人族だと!? 一体何故!? いや、食料関係の要所とも言える
誠司の言葉に驚いたランズィは、狙われた理由に目星を付けつつも、誠司に続きを促した。今の事態に魔人族が絡んでいるのなら、また何か暗躍してくる可能性が高い。今後の対策を立てるために、ランズィも必死なのだろう。
誠司は、先程のベトベトンが、魔人族の神代魔法によるものだと推測していた。そもそも、この砂漠地帯にベトベトンが生息できるような環境はない。どこかから、誰かの手によって送り込まれたと考える方が自然だ。そして、魔人族がポケモン達を使って、ウルの町で愛子を狙い、オルクス大迷宮で勇者一行を狙ったという事実もある。
おそらく、魔人族の軍備は整いつつあるのだろう。そして、いざ戦争となる前に、危険や不確定要素、北大陸の要所に対する調査と打撃を行っているのだ。愛子という食料供給を一変させかねない存在と、聖教教会が魔人族の魔物に対抗するため異世界から喚んだ勇者を狙ったのがいい証拠だ。そして、ランズィの予想通り、アンカジはエリセンから海産系食料供給の中継点であり、果物やその他食料の供給も多大であることから食料関係において間違いなく要所であると言える。しかも、襲撃した場合、大砂漠のど真ん中という地理から、救援も呼びにくいし外部からも気付かれにくい。魔人族としては狙わない理由はないだろう。
それに魔人族側が持ってる神代魔法は、おそらくポケモンの姿や能力を改造するようなものなのだろう。それを今回のベトベトンで確信した。あれだけ博識なティオがリージョンフォームのことは知っていても、アローラの姿のベトベトンのことは知らなかったからだ。偶然知らなかっただけという可能性もなくは無いが、ウルの町やオルクス大迷宮で戦ったカラマネロも、通常では使えないはずの“テレポート”等を使っていたし、誠司の予想が大きく的外れということもないだろう。
誠司は最後に考えていた神代魔法以外のことを、ランズィに話すと、彼は低く唸り声を上げ苦い表情を見せた。
「魔獣のことは聞き及んでいる。こちらでも独自に調査はしていたが…… よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは…… 見通しが甘かったか」
「まぁ、仕方ないでしょうね。王都でも、まだ情報は掴んでいないだろうし。なにせ、勇者一行が襲われたのも、つい最近だ。今頃はあちこちで大騒ぎになってるでしょう」
「いよいよ、本格的に動き出したということか……誠司殿……貴殿は、いや貴殿らは冒険者と名乗っていたが……その魔獣達といい、強さといい、やはり貴殿らも……」
誠司が、何も答えず肩を竦めると、ランズィは何か事情があるのだろうとそれ以上の詮索を止めた。どんな事情があろうとアンカジが彼らに救われたことに変わりはない。恩人に対しては、無用な詮索をするよりやるべき事がある。
「……誠司殿、ユエ殿、ティオ殿。アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿らに救われた」
そう言うと、ランズィを含め彼等の部下達も深々と頭を下げた。領主たる者が、そう簡単に頭を下げるべきではないのだが、誠司が“神の使徒”の一人であるか否かに関わらず、きっと、ランズィは頭を下げただろう。ほんの少しの付き合いしかないが、それでも彼の愛国心が並々ならぬものであると理解できる。だからこそ、周囲の部下達もランズィが一介の冒険者を名乗る誠司に頭を下げても止めようとせず、一緒に頭を下げているのだ。この辺りは、息子にもしっかり受け継がれているのだろう。仕草も言動もそっくりである。
「……俺達は冒険者として息子さんからの依頼をこなしたまでなので。それで、報酬の件ですが、まだ詳しい報酬について決めていなかったので、俺から一つ提案があるんですが……」
「……何かな?」
誠司の言葉に、ランズィは内心、少し身構えた。元々救国の礼はするつもりではあったが、どれほどの金額を要求されるか、少し不安になったからだ。しかし、次の誠司の言葉は意外なものだった。
「今後、いざという時のために、俺達の後ろ盾になってもらえますか?」
「……後ろ盾? 一体何のために?」
先程、誠司達の強さを目の当たりにしたランズィは、何故誠司がそういう要求したのか分からずにいた。誠司は詳しく説明した。
ウルの町やオルクス大迷宮でのことから、既に自分達のことは教会等に知れ渡っている。いつ教会やら王国やらが、自分達を危険分子として危害を加えてくるか分からない。そんな時に、せめて敵対してこないようにしてもらいたいのだ。
誠司の説明を聞いて、ランズィはううむと唸った。側近や護衛達も顔を見合わせる。
「確かに貴殿らは魔獣を使うからな。あり得ない話ではないだろう。万が一、貴殿らが教会と全面戦争になったりしたら、その時、我々は誠司殿に加勢しろということか?」
ランズィ個人としては、救国の恩人が窮地に陥っていたら助けたいと思っている。しかし、ここアンカジ公国にもエヒト神の信者は多い。全ての民が自分と同じように誠司達を助けるとは限らない。それに、そんなことをすれば、最悪自分達まで異端者認定を受けてしまう可能性もある。だからこそ、誠司の要求を簡単に受け入れることが出来なかった。しかし、誠司としてもランズィ達の反応は想定内だったようで、ランズィの言葉を少し訂正する。
「なにも加勢まではしてもらわなくても大丈夫ですよ。あくまで中立の立場として、あなた方は俺達に一切手を出さないでもらえるだけで十分です」
「そ、そうか……それなら問題はないだろう」
誠司の言葉に、ランズィはあからさまにホッとした様子を見せた。ランズィとしても、誠司の申し出は決して悪いものではなかった。今後のアンカジ公国の復興にあたり、莫大な金がかかる。誠司達に支払うであろう金を、復興に充てることが出来るのだ。誠司は右手を差し出した。
「……では、今回の依頼の報酬は、今後の俺達の後ろ盾ということでよろしいですね?」
「貴殿らには大きな借りがある。その要求を受け入れよう」
ランズィは誠司の右手を握り、握手を交わした。
「……さて、話を戻すが、我がアンカジには未だ苦しんでいる患者達が大勢いる…… 誠司殿達が渡してくれた木の実だけでは足りなくなる。長期間保存が効くわけでもないからな。ばんのうごなもやはり必要だ。頼み事ばかりで大変申し訳ないのだが、ばんのうごなの原料である静因石の採取も頼めるかね?」
「もともと俺達はグリューエン大火山に用があって来たので構いませんよ。ただ、どれくらい採取する必要があるのか教えてもらえますか?」
あっさり引き受けた誠司に、安堵の表情を浮かべたランズィは、現在の患者数と必要な採取量を伝えた。相当な量であったが、誠司達には宝物庫があるので問題ない。こういうところでも、普通の冒険者では全ての患者を救うことは出来なかっただろうと、ランズィは誠司達一行との出会いを神に感謝するのだった。
誠司達は、グリューエン大火山に向かうため、ハジメ達と合流しに医療院へ向かった。
医療院では、ハジメが他の治癒師達と共に、患者達の治療にあたっていた。最初に、ハジメはモモンの実やラムの実を使って、猛毒で苦しむ治癒師や職員達を解毒してから、回復魔法で治療をしたのだ。そして、回復した治癒師達にも患者達の回復をお願いした。多くの患者達がいる以上、ハジメだけでは手が回らないので、一人でも人手を増やす必要があったからだ。
回復した治癒師達も、元気になった以上、これ以上寝ている訳にはいかない!と、病み上がりの身体を押して患者達の治療に向かっていく。治癒師ではない他の職員達は、患者が食べやすいように、そして一人でも多くの患者に行き渡るようにするために、ハジメが持ってきた木の実を細かく切り刻んだり、すり潰したりしている。
一方で、シアはホルードやゴーゴートと一緒に、動けない患者達や必要な資材を各地から集めて運んで行く。緊急性の高い患者は、ハジメ達がわざわざ各施設を移動するより、集めて一気に処置した方が効率的だからだ。
最初、患者達も職員達も、亜人族であるシアや、彼女のポケモン達を警戒していたが、自分達に害が無いことが分かると、やがて騒がなくなり、ポケモン達に対してお礼を言う者も出てきた。
そんな感じで全員が一丸となって治療にあたっているハジメ達のもとに、誠司達がやって来た。そして、共にいたランズィより水の確保と元凶の排除がなされた事が大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。多くの人が亡くなり、砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、絶望に包まれていた人達が笑顔を取り戻し始める。その知らせは、すぐさま各所に伝えられていき、病に倒れ伏す人々も、もう少し耐えれば助かるはずだと気力を奮い立たせた。医療院に歓声が上がる中、治療を続けるハジメに、誠司が歩み寄って尋ねた。
「ハジメ、これからグリューエン大火山に挑むが、どれくらい持ちそうだ?」
「うーん……木の実が全部の患者に行き渡るのは無理だね。僕や他の治癒師の人達がなんとか毒を弱めているけど、もって一週間ってとこじゃないかな…… 僕もこのまま現場を離れるのは難しいと思う」
「参ったな。静因石を探すためにも、ハジメの鉱物系鑑定の技能は必要なんだが……」
今までの大迷宮攻略のことを考えると、長くかかる可能性もある。なので、ハジメの現場を離れられないという気持ちも分かるが、ハジメがいないと静因石を集めるのに余計時間がかかってしまうかもしれない。誠司がどうしたものかと頭を悩ませていると、そんな誠司達に声をかける者達がいた。近くの治癒師と職員で、どうやら、二人の話を聞いていたらしい。
「あの……話は聞きました。ハジメさん、あなたもグリューエン大火山に行ってください!」
「え!? でも……」
「ここなら大丈夫です。あなたやシアさんのおかげで、仕事復帰出来た同僚が大勢います。ハジメさん達が持って来てくれた木の実も足りなくなってきていますし、一刻も早くばんのうごなが必要なんです。なので、お願いします!」
「…………」
頭を下げられて、ハジメは周囲を見渡した。どうやら、周りの人達も同じ気持ちらしく、頷いたり、同様に頭を下げたりしている。それを見て、ハジメも腹が決まった。
「分かりました。それじゃあ、誠司、僕も行くよ」
「ああ、頼む。あ、そうだ。領主殿、俺達が大火山に行っている間、ミュウの世話をお願いしたいのですが……」
「うむ、分かった。我々が責任を持って預かろう」
ミュウは、誠司達が出発すると雰囲気で察した途端、寂しそうに顔をうつむかせた。そんな彼女の様子に気づいたハジメは、膝をついて目線を合わせると、ゆっくり頭を撫でた。
「それじゃあミュウちゃん、行ってくるね。領主さん達の言う事をしっかり聞いて、いい子で留守番してるんだよ?」
「うぅ、いい子してるの。だから、早く帰ってきて欲しいの」
「もちろん、出来るだけ早く帰るよ」
服の裾をギュッと両手で握り締め、泣くのを我慢するミュウと、それを優しく宥めるハジメの姿は、種族など関係なく、誰が見ても姉妹や親子のそれだった。その場がほんわかと暖かくなる。ハジメはミュウの背中を押し、ランズィの方へ行かせる。それを見届けた誠司は、一行に出発の号令をかけた。
「よし、出発するぞ」
誠司の言葉にハジメ、ユエ、シア、ティオは力強く頷いた。そして、一行はその場を後にし、グリューエン大火山へ向かった。
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アンカジから少し離れた岩場にジッと様子を観察している男がいた。白いフードを深く被っているため、顔は分からない。男は、望遠鏡から目を離し、近くにいるカラマネロに話しかけた。
「おいおい、何者だ、あいつらは? オレらが用意したベトベトンがあっという間に捕まっちまった」
「マーロゥ」
「このままじゃ、任務失敗だ。せめて邪魔者は消しとかないとフリード様から大目玉を食っちまう」
邪魔者達が向かった先は、方角や目的から察するにおそらくグリューエン大火山だ。火山であれば、自分の得意な戦法が使いやすい。簡単に消すことが出来るだろう。
その時、風が吹いて、フードがめくれ上がった。男の肌は、褐色肌であった。男は邪悪な笑みを浮かべた。
「オレ達、
「マーロゥ」
男がそう言うと、男とカラマネロは、パッと姿を消した。そして、その場には誰もいなくなった。
ちなみに、クレッフィの“でんじは”がベトベトンに効かなかったのは、クレッフィの特性が原因です。特性“いたずらごころ”は変化技を早く撃てる特性ですが、悪属性のポケモン相手では技の効果が無効化されます。