グリューエン大火山。オルクス大迷宮と同様に、七大迷宮の一つであることが周知されているが、挑む者は殆どいない。内部の危険性や厄介さがオルクス大迷宮とは段違いなこともあるが、過酷な環境の砂漠地帯にあるため、入口に辿り着くこと自体が難しいことが一番の理由である。
火山を覆っていた砂嵐や暑い中での登山を経て、やっとのことで誠司達は入口に辿り着いた。大迷宮の入口は、山頂にあるアーチ状の形をした大岩の真下にあった。大岩のアーチの下は階段が続いている。
誠司は階段の手前に立ち止まると、ハジメ、ユエ、シア、ティオの顔を順番に見やり、呟くように言った。
「準備は良いな?」
「もちろん!」
「んっ!」
「はいです!」
「うむ!」
「よし、攻略開始だ!」
ーーーーーーーーーー
「うわぁ、これはまた奇怪な……」
ハジメの迷宮に入ってでの第一声は不思議な物を見るような感じだった。グリューエン大火山の内部は、オルクス大迷宮やライセン大迷宮以上に、とんでもない場所だったからだ。
難易度の話ではなく、内部の構造が、だ。
まず、マグマが宙を流れている。フェアベルゲンでも空中に水路を作って水を流したりしていたが、ここではマグマが宙に浮いて、そのまま川のような流れを作っているのだ。空中をうねりながら真っ赤に赤熱化したマグマが流れていく様は、まるで巨大な龍が飛び交っているようだ。
また、通路や広間のいたるところにもマグマが流れており、迷宮に挑む者は地面のマグマと、頭上のマグマの両方に注意する必要があった。
しかも厄介なことに、壁のいたるところから唐突にマグマが噴き出してくることがある。本当に突然な上に、事前の兆候もないので察知が難しく、まさに天然のブービートラップだった。
「グェッ!」
「ふぇ!? うきゃっ!」
「シア、どうしたの?」
「は、はい…… いきなりマグマが吹き出してきて……グレッグルがいなかったらどうなってたか……」
突然噴き出してきたマグマがシアに襲い掛かるが、勝手にハジメのボールから出てきたグレッグルが、シアの服を掴んで引き寄せたため、寸前で回避できた。ハジメはグレッグルの頭を優しく撫でた。
「ありがとう、グレッグル」
「グエ〜」
「ここでの攻略はグレッグルの特性“きけんよち”が頼りかもしれないな」
グレッグルの特性“きけんよち”は、命に関わるような危険が来ないと発動しない。マグマを浴びれば一発で致命傷になるので、発動したようだ。グレッグルがいたのは幸いだった。もしもいなければ、警戒のため慎重に進まざるを得ず攻略スピードが相当落ちているところだっただろう。
そして、なにより厳しいのが、茹だるような暑さ――もとい熱さだ。通路や広間のいたるところにマグマが流れているのだから当たり前ではあるのだが、まるでサウナの中にでもいるような、あるいは熱したフライパンの上にでもいるような気分である。グリューエン大火山の最大限に厄介な要素だった。
「くそぅ、暑い……」
「……ん、分かってはいたけど、やっぱキツイ……」
「こう暑いと、なんか無性に辛いものが食べたくなるね……」
「そういえば、アンカジって、マトマの実を始めとした激辛木の実や香辛料なんかも有名らしいですよ。依頼が終わって、無事復興したら、色々買ってみましょうかね」
「ふむ、妾にとっては、ここは適温より少し高い程度なんじゃが……皆キツそうじゃの」
「「「「羨ましい……」」」」
「グエ〜」
誠司達が、ダラダラと汗をかきながら、天井付近を流れるマグマから滴り落ちてくる雫や噴き出すマグマをかわしつつ進んでいると、とある広間で、あちこち人為的に削られている場所を発見した。
そこに静因石があったのだが、どれも小石ほどのサイズしかなかった。ほとんど採られ尽くしたというのもあるのだろうが、サイズそのものも小さい。やはり表層部分では、静因石回収の効率が悪すぎるようで、一気に、大量に手に入れるには深部に行く必要があるようだ。
誠司達は念のために採取できる分を集めて、宝物庫にしまうと、先を進んだ。そして、暑さに辟易しながらも、七階層ほど下に降りて行く。ここまでが記録に残っている冒険者達が降りた最高階層だ。そこから先に進んだ者で生きて戻った者はいないらしい。誠司達は気を引き締めつつ、八階層へ続く階段を降りきった。
その瞬間、
ゴォオオオオ!!!
強烈な熱風に煽られたかと思うと、突如、誠司達の眼前に巨大な渦状の火炎が襲いかかった。“ほのおのうず”だ。
「ブースター、出番だ!」
「ブギュッ!」
ブースターは特性の“もらいび”で“ほのおのうず”を吸収した。人を焼き消さんとする死の炎も、ブースターにとっては御馳走も同然だった。炎が全てブースターに取り込まれると、その射線上に襲撃者の正体が見えた。
「バークゥ!」
火山の背中を持ったラクダのようなポケモン、バクーダだ。バクーダは、自慢の炎攻撃をあっさり無効化されたことに腹を立てたのか、怒りの咆哮を上げている。そして、足をドシドシと叩きつけながら、突進の構えを取り始めた。誠司はブースターに指示を出した。
「ブースター、お返しだ。“かえんほうしゃ”!」
「ブギュ! ブーーギュゥゥゥ!」
ブースターは息を吸い込むと、普段より威力の高い“かえんほうしゃ”を放った。“もらいび”で吸収した分、火力も上がっているようだ。“かえんほうしゃ”は、バクーダの体を包み込んだが、バクーダには殆どダメージが無いらしく、咆哮を上げて弾き飛ばした。そして、侵入者を排除せんと猛烈な勢いで“とっしん”を開始した。
「相性で不利とはいえ、ここまで効かないとはな。それなら……」
誠司が別のボールを取り出すと、ブースターも自分ではあのバクーダを倒すのが難しいことが分かっているのか、少し悔しそうにしつつも後ろに下がった。
「ガメノデス、“シェルブレード”! 横を狙え!」
「ガメス!」
ガメノデスは、突進してくるバクーダに向かって走ると、当たる直前に横っ飛びに回避してバクーダの右横の胴体に“シェルブレード”を命中させた。
「バクゥ……ガッ……!?」
意外な方向からの攻撃に、バクーダは何も出来ず、そのまま吹き飛ばされてしまった。吹き飛ばされた先の壁に激突して、なんとか起き上がろうとするも、ダメージが大きかったようで、グラリと倒れて気絶してしまった。
「ご苦労だった、ガメノデス」
「ガメス」
誠司がガメノデスをボールに戻すと、ブースターは申し訳なさそうに、近寄って来た。誠司も、ブースターの気持ちが分かったのか、優しく言った。
「ブースター、そんなに気にしなくて良いぞ。炎・地面属性のバクーダ相手じゃ相性が悪すぎるし、炎攻撃を無効化させられるだけでも凄く助かってるんだから」
「ブギュ〜」
ようやく気を取り直したブースターに、誠司は笑みを浮かべた。そんな誠司にシアが話しかけてきた。
「それにしても、こんな火山地帯にもポケモンがいるんですね……」
「そりゃあいるさ。言ったろ? ポケモンっていうのは奥が深いって」
「誠司、バクーダが目を覚ます前に早く抜けよう」
「ああ、分かった」
ハジメに言われ、誠司は先を進んだ。
その後、階層を降りる毎に様々なポケモン達が襲い掛かってきた。爆発性のトゲの甲羅を持つ亀型のポケモンのバクガメスや、石炭の積まれたトロッコのようなポケモンのトロッゴン、溶岩で出来たナメクジ型のポケモンのマグマッグと本当に様々だ。
階層を進んで行くにつれて、知恵が回るポケモンも増えていき、マグマの流れる地形を利用したり、集団戦で攻撃したりしてくる。
しかし、これらのポケモン達はまだ良い。相手の炎攻撃は、ブースターの“もらいび”で無効化して攻撃手段を封じることが出来るので、対処がしやすい。しかし、このグリューエン大火山にいるのは、炎属性のポケモンだけではなかった。岩属性や地面属性を持つゴローニャやサイドンなんかも立ちはだかって来るため、余計に苦戦を強いられるのだ。
例え砂嵐を突破してグリューエン大火山に到達できたとしても、八階層以下を降りて戻る者がいなかったのも頷ける。静因石も、表層のものと同じくらいしかまだ見つかっていないため、これでは挑戦する者がいないのも当然だろう。
そして何より、厄介なのが、刻一刻と迫ってくるこの暑さだ。
「はぁはぁ……暑いですぅ」
「……シア、暑いと思うから暑い。流れているのは唯の水……ほら、涼しい、ふふ」
「むっ、誠司、ハジメ! ユエが壊れかけておるのじゃ! 目が虚ろになって虚空に話しかけ始めておる!」
「誠司、一旦休憩にしよう。このままじゃ誰か致命的なミスを起こしそうだよ」
「あぁ、そうだな……少し休もう。ポケモン達も連戦が続いているしな」
「ブギュ……」
「グエ〜……」
暑さに強いティオ以外のほぼ全員がダウン状態だった。一応、ハジメが作った冷房型アーティファクトで冷気を生み出したりしていたのだが……焼け石に水状態。止めどなく滝のように汗が流れ、意識も朦朧とし始めているユエとシアを見て、誠司もハジメも汗を拭うと、少し休憩が必要だと考えた。
ハジメは広間に出ると、マグマから比較的に離れている壁に錬成で横穴を空けた。そこへユエ達を招き入れると、マグマの熱気が直接届かないよう入口を最小限まで閉じた。
「ふぅ、よし……ユエ、大きめの氷塊を出してくれない? ここでしばらく、休憩しよう。あと、それからフクスローも出してほしい」
「ん……了解」
ユエは、虚ろな目をしながらも、しっかり氷系の魔法を発動させ部屋の中央に巨大な氷塊を出現させた。そして、モンスターボールからフクスローを出す。「何故フクスローを?」とも思ったが、聞く気力が湧かなかった。ハジメは、フクスローに指示を出した。
「フクスロー、風を出してこの空間全体に冷気がいくようにして」
「フルフルルゥ!」
フクスローは頷くと、軽く羽ばたいた。氷塊が発する冷気がフクスローの風に乗って部屋の空気を一気に冷やしていった。
「はぅあ~~、涼しいですぅ~、生き返りますぅ~」
「……ふみゅ~」
女の子座りで崩れ落ちたシアとユエが、目を細めてふにゃりとする。ハジメは、そんな二人に苦笑しつつ、宝物庫からタオルを取り出すと全員に配った。
「ユエ、シア、だれるのはいいけど、汗くらいは拭いておきなよ。冷えすぎたら動きも鈍るから」
「……ん~」
「了解ですぅ~」
間延びした声で、のろのろとタオルを広げるユエとシア。誠司はモンスターボールから一体ずつポケモンを出して様子を確認する。そして、疲れていたり何かしらのダメージがあれば、木の実や神水を使って回復させる。一体ずつなのは、あまり広い空間という訳ではないので、邪魔にならないようにするためだ。
やはり、ブースター、ガメノデス、ラグラージ、チゴラス、モグリュー、マーイーカも疲れていたようで、しばらく休憩が必要そうだった。ついでにハジメ、ユエ、シアのポケモン達も確認して回復させる。
ひと通り回復が終わって、誠司は安堵すると、ようやく座り込んで身体を休める。ハジメが誠司に神水を差し出した。
「誠司、はいこれ」
「悪いな、助かる」
誠司は神水を受け取り、グイッと一気に飲み干す。
「ポケモン達は大丈夫そう?」
「まあな。特に大きな怪我とかはない。俺達と同様、暑さによる疲労って感じだな。しばらく休めば問題はないだろう」
「そうか……良かった」
「正直、火山舐めてたな。ここまでとは…… 炎属性のポケモンが多いとは思っていたからその対策は立てていたが……一番の敵は暑さだったか」
「うん、もっといい冷房系のアーティファクトを揃えておくんだったよ……」
「ふむ、二つの大迷宮をクリアしている二人でも参る程か……」
二人の会話を聞いていたティオが話に入ってきた。
「おそらくそれがこの大迷宮のコンセプトということなんじゃろうな」
「コンセプト?」
「どういうこと?」
参るほどではないとは言え、暑いものは暑いので同じく汗をかいているティオがタオルで汗を拭いながら言った言葉に、誠司とハジメが首を傾げる。
「うむ。二人から色々話を聞いて思ったのじゃが、大迷宮は試練なんじゃろ? ならば何らかの考えがあって作られていると思ったのじゃよ。例えば、オルクス大迷宮は、数多のポケモン達とのバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。次に、ライセン大迷宮は、魔法という強力な力を抜きに、あらゆる攻撃への対応力を磨くこと。そして、このグリューエン大火山は、暑さによる集中力の阻害と、その状況下での奇襲への対応といったところではないかのぉ?」
「……なるほど、確かにその可能性は高いな」
「攻略の証の名前のことも踏まえると、多分当たってるよ、その考察。
「攻略することに変わりなかったから、考えたこともなかったな。裏を返せば、そのコンセプトが攻略の糸口になるってことか」
誠司とハジメは、ティオの考察に頷く。知識深く、思慮深くもあるティオに、普段から肉感的で匂い立つような色気がある上に理知的でもある黒髪美女の彼女に、誠司は尊敬の眼差しを向ける。
しかし、ティオの首筋から流れた汗がツツーと滴り落ちて、その豊満な胸の谷間に消えていくのを目にすると、何となく顔を逸らした。そして、その視線の先に、同じように汗で服が張り付いて、濡れた素肌が見え隠れしているユエとシアがいることに気がつき、今度は、更に視線を上にずらした。気まずそうに頬をポリポリと掻いていると、ハジメが少し低い声音で話しかける。
「誠司、あまり見ないの」
「……見てないよ」
そんなこんなで、誠司は少しばかり気まずい休憩時間を過ごす羽目になった。
プリーゼでグリューエン大火山に向かう途中に、誠司はトランクに入って、手持ちのポケモンを攻略用のメンバーに入れ替えていました。