海上都市エリセンに到着した誠司達は、ミュウを連れていたこともあって誘拐犯と一瞬勘違いされそうになったが、本当に一瞬で済んだ。イルワの依頼書とランズィの推薦書によって、すぐに誤解が解けたからだ。最初は誠司達に対して高圧的な態度を取っていた兵士達も、顔を青ざめて何度も謝罪してきた。依頼書や推薦書を前にペコペコする兵士達を見て誠司とハジメは内心、水戸黄門になったみたいだと苦笑する。
そんなこんなで町に入ることを許可された誠司達は、ミュウの案内で彼女の家に向かう。ミュウを知る者達が、ミュウを見て驚きの表情を浮かべて声を掛けたそうにしていたが、そうすれば何時までたっても母親のところへたどり着けそうになかったので、誠司達が視線で制止した。向こうも、誠司達の言わんとすることを察したのか大人しくなる。
「早く、早くお家に帰るの。ママが待ってるの! ママに会いたいの」
「そうだね……早く、会いに行こう。ずっと会いたがってたもんね」
ハジメの手を懸命に引っ張り、早く早く!と急かすミュウ。彼女にとっては、約二ヶ月ぶりの我が家と母親なのだ。無理もない。道中も、ハジメ達が構うので普段は笑っていたが、夜、寝る時などに、やはり母親が恋しくなるようで、そういう時は特に甘えん坊になっていた。
その時、通りの先で騒ぎが聞こえだした。若い女の声と、数人の男女の声だ。
「レミア、落ち着くんだ! その足じゃ無理だ!」
「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんとここに来るから!」
「いやよ! ミュウが帰ってきたのでしょう!? なら、私が行かないと! 迎えに行ってあげないと!」
どうやら、家を飛び出そうとしている女性を、数人の男女が抑えているようである。おそらく、知り合いがミュウの帰還を母親に伝えたのだろう。
そのレミアと呼ばれた女性の必死な声が響くと、ミュウが顔をパァア! と輝かせた。そして、玄関口で倒れ込んでいる二十代半ば程の女性に向かって、精一杯大きな声で呼びかけながら駆け出した。
「ママーー!!」
「っ!? ミュウ!? ミュウ!」
ミュウは、ステテテテー! と勢いよく走り、玄関先で両足を揃えて投げ出し崩れ落ちている女性――母親であるレミアの胸元へ満面の笑顔で飛び込んだ。
もう二度と離れないというように固く抱きしめ合う母娘の姿に、周囲の人々が温かな眼差しを向けていた。
レミアは、何度も何度もミュウに「ごめんなさい」と繰り返していた。それは、目を離してしまったことか、それとも迎えに行ってあげられなかったことか、あるいはその両方か。
娘が無事だった事に対する安堵と守れなかった事に対する不甲斐なさにポロポロと涙をこぼしているレミアに、ミュウは心配そうな眼差しを向けながら、その頭を優しく撫でていた。
「大丈夫なの。ママ、ミュウはここにいるの。だから、大丈夫なの」
「ミュウ……」
まさか、まだ四歳の娘に慰められるとは思わず、レミアは涙で滲む瞳をまん丸に見開いて、ミュウを見つめていた。再び抱きしめ合ったミュウとレミアだったが、突如、ミュウが悲鳴じみた声を上げた。
「ママ! あし! どうしたの! けがしたの!? いたいの!?」
どうやら、肩越しにレミアの足の状態に気がついたらしい。彼女のロングスカートから覗いている両足は、包帯でぐるぐる巻きにされており、痛々しい有様だった。
誠司が近くの人にこっそり尋ねる。
「……なぁ、彼女の足、一体どうしたんだ?」
「……ミュウちゃんが攫われた時、奴らにやられたんだ」
「……なるほど」
奴らというのは、間違いなくミュウを攫った連中のことだろう。話を聞くと、連中はミュウを攫うだけでなく、彼女を取り返そうとしたレミアにも攻撃したらしく、それによってレミアは足を負傷してしまったそうだ。
レミアは、これ以上、娘に心配ばかりかけられないと笑顔を見せて、先程のミュウと同じように「大丈夫」と伝えようとした。その前にミュウはハジメに助けを求めた。
「ハジメお姉ちゃん! ママを助けて! ママの足が痛いの!」
ミュウに助けを求められて、ハジメもレミアの元に駆け寄った。レミアの足を確認すると、ハジメは溜息を漏らす。
「酷いな、本職の治癒師じゃないから完全には無理だけど……」
そう言いつつ、ハジメは自身の回復魔法と神水を何本かレミアの足にかける。それによって、痛々しい有様だったレミアの足はみるみるうちに良くなっていった。それを見た周囲から歓声が上がった。レミアの足が治ったことを自分のことのように喜んでいる。
どうやら、レミアとミュウは、かなり人気のある母娘のようだ。レミアは、まだ二十代半ばと若く、今はかなりやつれてしまっているが、ミュウによく似た整った顔立ちをしている。復調すれば、おっとり系の美人として人目を惹くだろうことは容易く想像できるので、人気があるのも頷ける。
その後、誠司達は、レミアから色々とお礼がしたいと家に招かれることになった。周囲の男連中は嫉妬の籠った目で誠司を睨んでいたが、誠司は軽くスルーする。別に疾しいことはないので、怯える必要もないからだ。
リビングに入ってそれぞれ一息吐くと、レミアから改めてお礼を言われた。
「あの、本当にありがとうございました。ミュウを連れてきてくれただけでなく、私の足まで治して頂いて……」
「あくまで応急処置です。数日安静にしていれば問題なく動けるようにはなると思いますが、走ったり無理な動きはしないようにお願いします。デリケートなところなので」
ハジメがそう返答する。ちなみにだが、誠司達が持っている神水には、奈落の底で手に入れた神結晶からのものとオスカーのトランク内の泉から湧き出るものの二種類がある。前者は既に殆ど底をついてしまい、主に後者の神水を使っている。しかし、回復力は前者より若干劣るらしく、通常の回復薬よりは遥かに強力ではあるものの瞬時に完全回復させる効果まではない。レミアの足も、神経部分のデリケートな所だったので、すぐに完全回復とまでは至らなかったのだ。
その後、レミアから、誠司達がミュウとどういう経緯で知り合ったのか尋ねられたので、これまでの経緯を説明することになった。フューレンでのミュウとの出会いと騒動など、全てを聞いたレミアは、その場で深々と頭を下げ、涙ながらに何度も何度もお礼を繰り返した。
「本当に、何とお礼を言えばいいか……娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私に出来ることでしたら、どんなことでも……」
依頼を受けたまでだし気にする必要はないと誠司達は伝えたが、レミアとしても娘の命の恩人に礼の一つもしないでは納得できないらしい。誠司が、ミュウを送り届けてひと段落ついたし、今日の宿を探したいのでそろそろ失礼したいと暇を伝えると、レミアはこれ幸いと、自分の家を使って欲しいと訴えた。
「どうかせめて、これくらいはさせて下さい。幸い、家はゆとりがありますから、皆さんの分の部屋も空いています。エリセンに滞在中は、どうか遠慮なく。それに、その方がミュウも喜びます。ね? ミュウ? 誠司さんやハジメさん達が家にいてくれた方が嬉しいわよね?」
「んみゅ? 誠司お兄ちゃん、お姉ちゃん達どっか行っちゃうの?」
誠司達が話し込んでいるうちに、いつの間にかレミアの膝枕でうとうとしていたミュウは目をぱちくりさせて目を覚まし、次いでキョトンとした。どうやら、ミュウの中で誠司達が自分の家に滞在するのは既に決定事項だったようだ。
流石にそんなミュウに、自分達はさっさと出て行くつもりだとは誠司も言いづらかった。ハジメ達と目を合わせ、小さく頷くと、レミアの好意に甘えさせてもらうことにした。誠司達としても、レミアの申し出は有り難いものだった。
それから数日の間、誠司達はミュウとレミアの家に居候させてもらう形で、エリセンに滞在することになった。