メルジーネ海底遺跡を攻略し、エリセンに帰還してから六日が経っていた。帰還した日から、誠司達は、ずっとレミアとミュウの家に世話になっている。
誠司達は、新たに手に入れた神代魔法の習熟とポケモン達のトレーニング、装備品の充実に時間をあてていた。エリセンは海鮮系料理が充実しており、波風も心地よく、中々に居心地のいい場所だったので半分はバカンス気分ではあったが。
だが、流石に六日は休み過ぎだと思いつつあった。ここまで長く滞在している理由は、ミュウである。ミュウを、この先の旅に連れて行くことは出来ない。四歳の何の力もない女の子を、東の果ての大迷宮に連れて行くなどもってのほかだからだ。
今までは幸運にもミュウを預ける相手がいたが、残りの大迷宮はハルツィナ樹海、氷結洞窟、神山の三つだ。氷結洞窟は魔人族の領土内、神山は教会関係と極めて厄介な場所に位置しており、どちらも大勢力の懐に入り込まねばならないのだ。そんな場所にミュウを連れて行くなど絶対に出来ない。ハルツィナ樹海ならハウリアのもとに預けることも可能ではあるが、残り二つの場所で誰か信頼出来る者に預ける……のは期待出来ないだろう。
そういう訳で、誠司達の間ではミュウとはエリセンでお別れすることで考えがまとまっていたのだが、肝心のミュウにその話が出来ずにいた。ミュウも何となくそれを察しているのか誠司達がその話を出そうとすると、ミュウは決まって超甘えん坊モードになってしまい、中々言い出せずにいた。結局、色々言い訳をしつつズルズルと六日も滞在してしまっているのである。
「うーむ……いい加減出発しないといけないんだがな……多分簡単には納得してくれないだろうし。どうしたものか……」
誠司は、桟橋に腰掛けて釣りをしながら憂鬱そうに独り言を呟く。誠司の横にはラグラージが気持ち良さそうに昼寝をしている。ハジメ達女性陣は、ミュウと鬼ごっこをして仲良く遊んでいた。全員水着姿で、眼福と言える光景である。今の誠司の服装もいつものものと違って、アロハシャツに短パンとかなりラフな格好だ。また、誠司の顔は今までは火傷の影響で包帯が巻かれていたのだが、再生魔法を得たことで火傷痕も殆ど目立たない状態にまで回復した。包帯が必要なくなったことで、行く先々で変な目で見られることもなくなるだろう。
のんびり釣りに勤しみながら考えに耽る誠司に突然後ろから声が掛かった。ミュウの母親であるレミアだ。
「釣りの調子はどうですか?」
「ん? レミアさんか…… 全然ですね。中々良いのが食いつかない」
レミアは、エメラルドグリーンの長い髪を背中で一本の緩い三つ編みにしており、ライトグリーンの結構際どいビキニを身に付けている。ミュウと再会した当初は相当やつれていたのだが、現在では再生魔法という反則級の回復効果により以前の健康体を完全に取り戻しており、一児の母とは思えない、いや、そうであるが故の色気を纏っている。
町の男連中が、こぞって彼女の再婚相手を狙っていたり、母子セットで妙なファンクラブがあるのも頷けるくらいの、おっとり系美人だ。ティオとタメを張るほど見事なスタイルを誇っている。正直そんなレミアを射止めたミュウの父親が、一体どんな人だったのか気になるところではある。
レミアの表情は優しげで、どこか気遣うような色を帯びていた。
「その釣り竿、餌が付いていないみたいですけど」
「え?」
慌てて釣り竿を上げて確認すると、レミアの言う通り餌が付いていなかった。レミアはクスクスとおかしそうに笑う。誠司は気まずげに頬を掻くと、釣り針に餌を付け始めた。そんな誠司にレミアはお礼を伝える。
「有難うございます、誠司さん」
「……? どういう意味です?」
いきなりお礼を述べたレミアに誠司が訝しそうな表情をする。
「うふふ、娘のためにここまで悩んで下さるのですもの……母親としてはお礼の一つも言いたくなります」
「それは……バレてましたか。一応、隠していたつもりなんですがね」
「あらあら、知らない人はいませんよ? ハジメさん達もそれぞれで考えて下さっているようですし……ミュウは本当に素敵な人達と出会えましたね」
レミアは、ハジメ達と楽しそうに笑っているミュウを見て笑みをこぼす。そして、再度誠司に視線を転じると、今度は少し真面目な表情で口を開いた。
「誠司さん。もう十分です。皆さんは、十分過ぎるほどして下さいました。ですから、どうか悩まずに、すべき事のためにお進み下さい」
「レミアさん……」
「あの子も分かっているんだと思います。誠司さん達が行かなければならないことを……まだまだ幼いですからついつい甘えてしまいますけれど……それでも、一度も『行かないで』とは口にしていないでしょう? あの子もこれ以上、誠司さん達を引き止めていてはいけないと分かっているのです。だから……」
「そうですか……いや、そうですね。分かりました。今晩にでも『明日出発する』と伝えるか」
「ええ、お願いしますね。あ、誠司さん。釣り竿が引いていますよ」
視線を下に向けると釣り竿が小刻みに揺れていた。予想以上に重く、これはひょっとしたら大物かと胸を躍らせながら誠司が釣り上げたのは、ラッコのようなポケモンだった。
「こいつは……」
「確か、ミジュマルですね」
「ミジュ……」
ミジュマルは誠司とレミアを睨み付けるも、隣のラグラージがひと睨みすると大人しくなった。と思ったら、釣り針を吐き出すと、近くにあった餌の箱を奪って、ガツガツと中の餌を貪り始めた。よほどお腹が空いていたらしく、一心不乱である。箱の餌を全部食べ尽くすと、ミジュマルは満足そうにお腹を擦り、誠司達を睨みつけた。
「ミジュミジュッ、ミジュマミッジュ!」
「えっと……なんて言っているのか分かりますか?」
「どうやら、『オレと勝負しろ!』と言っているようですね」
ミジュマルが言うには、強くなりたくて修行の旅に出て各地を渡り歩いてきたらしく、つい最近誠司達の噂を聞きつけて戦いに挑みに来たそうだ。その途中で空腹で行き倒れそうになり、偶然誠司が垂らしていた釣り餌に惹かれて食いついたそうだ。
ミジュマルはお腹のホタチを構えて、誠司に向かって斬りかかろうとするが、ラグラージがそれを難なく受け止める。ラグラージは技を使うこともなく、ミジュマルを海に放り投げてしまった。
「ラグッ」
ラグラージはフンと鼻を鳴らして、横になる。しかし、ミジュマルはラグラージに雑にあしらわれたことに頭に来たらしく、泳いで誠司達の所に戻り、リベンジを挑む。四、五回挑戦したものの、ラグラージ相手に手も足も出ず、ミジュマルは目に涙を浮かべつつ、今度はラグラージに弟子入りを志願してきた。ミジュマルに突然の行動にラグラージは目を白黒させている。
「あらあら……このミジュマルちゃん、随分熱血な子ですね」
「うーむ……ラグラージ、どうする?」
ラグラージは頭を下げるミジュマルを見ながら、やがて大きく頷いた。そんなラグラージを見た誠司は空のモンスターボールを取り出した。こうして、ミジュマルは誠司のポケモンとなった。
一方その頃、ハジメ達はミュウと鬼ごっこをしている最中だったのだが、突然水飛沫と共に思わぬ相手が乱入してきた。水飛沫と共に乱入してきたのは、水色の海老のようなポケモン、ウデッポウだ。ウデッポウは、ミュウに向かって“みずでっぽう”を撃ち出してきた。ミュウと一緒に遊んでいたフローゼルがミュウを庇うように立ちはだかる。
「フルフルゥ!」
フローゼルも“みずでっぽう”で相殺させると、ウデッポウは更にヒートアップしたのか、更に攻撃を仕掛けようとする。ハジメはすかさずモンスターボールをぶつけて捕獲した。
「フローゼルちゃん凄かったの! それと助けてくれてありがとうなの!」
「フルフルゥ」
ミュウに抱きしめられるフローゼルを見て、ハジメはあることを考えついた。
その日の晩、夕食前に誠司達はミュウにお別れを告げた。それを聞いたミュウは、着ているワンピースの裾を両手でギュッと握り締め、懸命に泣くのを堪えていた。しばらく沈黙が続く中、それを破ったのはミュウだった。
「……もう、会えないの?」
『……』
どう答えるべきか、誠司達は顔を見合わせる。その時、ハジメが静かに口を開いた。
「ミュウちゃん、一つお願いがあるんだけど良いかな?」
「……んみゅ?」
ミュウが顔を上げると、ハジメはミュウの手にある物を渡した。モンスターボールだ。
「僕のポケモン、フローゼルを預かっていて欲しいんだ」
フローゼルがモンスターボール越しに、ハジメの言葉に頷いていた。フローゼルには前もって話を通してあった。誠司達が旅立った後、ミュウがまた攫われたり、レミアが怪我をするかもしれない。そんな事態を防ぐために、誰か信頼できる者に二人を見守って欲しいと思っており、その役目としてフローゼルが選ばれたのだ。フローゼルも二つ返事でOKしてくれた。フローゼルを渡されたミュウは困惑の声を上げる。
「でも、フローゼルちゃんは……」
「フローゼルはミュウちゃんのことが心配なんだってさ。やることが終わったら、僕達は必ずまたミュウちゃん達に会いに行く。フローゼルを迎えにね。だからさ、それまでの間フローゼルのことを大切にしてて欲しいんだ」
ミュウは少しフローゼルのボールをジッと見つめると、ボールからフローゼルを出した。そして、ミュウはある宣言をした。
「……うん! 約束なの! 絶対に迎えに来てなの! それまでにフローゼルちゃんをもっと、もーっと強くしてハジメお姉ちゃん達をビックリさせてみせるの!」
「フルフルルゥ!」
フローゼルもミュウの宣言に対して元気に相槌を打った。そんなフローゼルに、ハジメは優しく頭を撫でる。
「フローゼル、ミュウちゃんやレミアさんのこと、よろしくね。それと、体には気をつけるんだよ」
「フルゥ……」
フローゼルの目に涙が浮かぶ。ハジメは、そんな二人のやり取りを微笑みながら見つめていたレミアに視線で謝罪する。「勝手に決めてすみません」と。
それに対し、レミアはゆっくり首を振ると、しっかりハジメと視線を合わせて頷いた。「気にしないで下さい」と。その暖かな眼差しには、責めるような色は微塵もなく、むしろ感謝の念が含まれていた。
それから、誠司達は楽しく最後の夕食を楽しんだ。誠司達が今までの旅で出会った色々なポケモン達の話を聞かせると、ミュウは目を輝かせていた。近い将来には、ミュウは立派なポケモントレーナーになっているかもしれない。誠司はそんな未来を幻視した。
その翌日、ぐっすり休んだ誠司達は、ミュウとレミア、そしてフローゼルに見送られ、海上都市エリセンを旅立った。
次回から新章……といきたいところですが、特別章「幻の冒険と奇蹟の邂逅」編を書きたいと思います。お楽しみに!