黄金の精神で怪奇現象を切り抜ける話   作:匿名ですぅ

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Battle1:幽霊屋敷

 俺の名前は井之頭勇也。

 夏のやけに涼しい日だった。ちょっとした休暇が出来たから、久しぶりに叔母の旅館に行くことにした。その旅館はとある田舎の駅の近くにあり、代々受け継がれてきた風情を感じさせる。とても大きいとまでは行かないが、普通の旅館よりは大きい方だと思う。

 都会の中学校に進学するまでは、俺もこの田舎に住んでいた。この旅館に泊まるなんて、もはや「喉が渇いたからジュースでも買おうかな」ぐらい日常茶飯事なことだった。そのお陰で、間取り、装飾品、敷布団の敷き方が分からない方向けの解説紙の位置まで未だに鮮明に覚えている。

 

 中に入ると、何とも言えない懐かしい香りが俺を包み込んだ。この木の香りは好きという訳でも、嫌いという訳でもない。ただ、懐かしい香りだ。

 

「すみませーん!」

 

 この旅館では、常に受付の人がいるだろうから、適当に待っていれば良いだろうなどという甘ったれた精神は通用しない。それが通るのは、都会のホテルのみである。

 少しすると、小走りで俺と同じくらいの女性がやってきた。もちろん、彼女は俺の叔母ではない。叔母は俺より25歳ほど歳上だ。

 空き部屋を確認すると、意外にもあと一部屋しか空いていないとのことだった。危ない。どうせ空いているだろうと思って予約していなかったが、思ったより繁盛している様だ。

 

 手続きを済ませ、階段を登る。俺の部屋は203号室だ。確か、あの部屋は景色が一番良かった筈だ。

 そこで、少し引っ掛かる。あの部屋の景色が素晴らしいことは、昔から有名だった。しかし何故、“その部屋だけが”空き部屋になっている?もしや、何かが起こったのでは……?

 ……いや、考え過ぎか。評判等をよく知らない団体客がたまたまそこを残して滞在しているだけだろう。こんな細かいことを気にしている様では、せっかくの休暇の脳ミソが心配でふやけちまう。

 

 部屋に着いてから暫く、贔屓の作者の新刊を読んでいた。視力悪化を防ぐため、たまに外の景色を眺めることも忘れない。夜食を食べた後も少しだけ読んでから、やっと俺は床に就く準備を始めた。

 もはや体で覚えているため、敷布団を敷くのに時間はかからない。布団に入り、虫の鳴き声に心を傾ける。次第に意識が……。

 

 

『コロシテヤル…』

 

 今……!今、確かに聞こえたぞッ!!

 喉の奥から搾り出す様な、男の声。何処から…?!

 

ドッ…ドッ…ドッ…ドッ…

 

 ゆっくりと、しかし確実に階段を上がって来る音だッ!!まさか、この2階に上がって来ているとでも言うのか…?!まさか怪奇現象?!いやそんな馬鹿な…!!

 永遠かと思う時間が経ち、遂に音は俺と同じ高さになった。

 

ドドドドドドドドドドドド………

 

 その音は廊下を走ったかと思えば、この部屋の目の前で、キャッチャーに掴まれたボールの様に急停止した。

 おいおい!?まさか、お前の目的はこの俺だってぇんじゃあネェだろうなぁ〜?!冗談じゃねぇぞ?!お願いだから、別の部屋に行ってくれ!!

 

『コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル』

 

 その男は、狂った様にドアをノックし続けている。

 怖い!!恐ろしい!!助けてくれ!!こんな事になるなら、来るんじゃなかっ…………あ゛?!

 

 怖い…?恐ろしい…?助けてくれ…?

 

「ムカついて来たッ!なんでくそったれの『幽霊』のおかげで、俺がおびえたり後悔したりしなくちゃあならないんだ!!?」

 

俺はいつの間にか布団から飛び出し、扉に向かって叫んでいた。

 

「五月蝿いノック音で、ますます『ムカッ腹』が立って来たぞ………なぜ幽霊のために俺がビクビク後悔して『お願い神様助けて』って感じに逃げ回らなくっちゃあならないんだ!!

 

『逆』じゃないか?

 

どうしてここから無事で帰れるのなら『下痢腹かかえて公衆トイレ探しているほうがズッと幸せ』って願わなくっちゃあならないんだ……?

 

ちがうんじゃあないか?

 

おびえて逃げ回るのは『幽霊』ッ!きさまの方だァァーーーーッ」

 

 ノックの音はとうに鳴っていない。勇也は即座に周囲を見渡して武器を探すが…素手しかない!!

 扉を一気に開けると…そこには誰も居なかった。

 

「まさか……後ろかッ?!」

 

 そう!幽霊男は既に、勇也の背後に回っていたのだッ!!

 男の助走を付けた噛みつきに対し、咄嗟に左手で庇う勇也。左手の奥深くまで、歯が食い込む…!

 

「グッ…!」

 

 ここで、常人は噛まれた手を振り解こうとする。しかし勇也は…寧ろ逆!!

 体ごと回転しながら、噛みつかれた左手をそのまま地面に叩きつける事で、男を地面に押し倒したッ!!

 

『?!?!?!?!』

「お前はバカ丸出しだッ!ゴルァ!!

 

ズガァン!!

 

 渾身の右ストレートを叩ッこまれた男は怯み、その隙に左手の自由を得る!

 

『グァ…』

「お前…『俺』に『噛み付いた』よな…?てことは、“お前は俺に触れられる”…。つまりよォ…“俺はテメェをぶん殴ってぶっ殺せる”ってぇのは、リンゴが木から落ちるよりも当たり前の事だよなァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幽霊には、迫る拳が“あの時”の様にとてもゆっくりに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユルシ――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラ!!!!!ゴォォーーーーーゥルルルァァアアアアアア!!!!!」

 

『ゥ…ァ…』

 

 その幽霊は、サラサラとした粉になって空気に還っていった。

 

「済まないが…この部屋は俺が予約済みだぜ」

 

 

☆★☆

 

 

 朝起きると…いや、正確には無理矢理起こされた後、俺は二人の人物の謝罪を受けることになった。昨日の受付の女性と、俺の叔母だ。

 やはり俺が泊まった部屋は曰く付きの様で、昔この部屋から飛び降りた男がいたらしい。打ちどころが悪く、即死だそうだ。それ以来、この部屋に泊まった人に恐ろしい事が訪れていたらしく、怪我人まで出たため、この部屋を使用禁止としていたとの事。

 しかし、叔母は昨日おらず、事件を新人の女性は忘れていたため、誤ってあの部屋の鍵を渡してしまった様だ。

 

「「本ッ当にごめんなさい!!」」

「いやいや大丈夫、なんにも起きなかったから。」

 

 正確には、昨日左手の大怪我の為、病院に行く羽目になったのだが。

 

「そうだ…叔母さん。」

「はい?」

「多分もう、幽霊出てこないと思うよ」

「……はい?それって――」

 

 じゃ、と手を振って、俺は旅館を後にした。

 今日は暑い日だ。喉が乾いたからジュースでも買おうかな。

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