陰鬱系魔法少女モノに、子供向けキラキラ魔法少女が落ちてきた話。 作:ヒオルカ
「ありがとうございました〜。」
お昼過ぎ、私とひかりは近所の商店街で必要なものを買い終え、家とは違う方向へ歩いていた。
平日の昼間にゆっくり起床して活動を始めるこの生活は、始めたばかりの頃は少し特別に感じたものだ。
「綺麗なお花...!でも、買うのこれだけでいいの?」
「いいの、他に寄る場所があるから。」
重いものを買うのはそれからで良いだろう。この間使い果たしてしまった卵とか牛乳とかバターとか...
「どこ行くの?」
「病院よ。」
そう、病院。
少なくとも魔法少女は、その場所を病院と呼ぶことにしたらしい。
「あ...!その、もしかして...ご両親のお見舞い?わ、私付いて行っても大丈夫...?」
「元々連れて行くつもりで出かけてるから。」
「そっか...あの、聞いてもいいかな?災禍にやられちゃった人のこと、あんまり分かってなくて...ご両親、どんな状態なのか...」
きらりが遠慮がちにこちらを見る。
そういえば最初に家にあげた時、酷いことを言ってしまった気がする。
本当に何も知らないというのであれば、彼女に落ち度はない。
「...災禍に襲われた人は、その存在の記憶を奪われる。」
「存在の...記憶?」
そもそも災禍のことがよく分かっていないため、奪っているものがハッキリしているわけではないが、とりあえず災禍に襲われた人の症状からそう定義されている。
まあ解明されることなんてないだろうから、気にすることはない。
「存在の記憶を奪われた人は、この世界から存在を認識されなくなる。まず動かなくなって、体が透明になって、綺麗さっぱりいなくなる。」
「......」
「それと...存在の記憶を奪われた時点で、その人を覚えている人は、いなくなる。」
「え...?み、みんなその人のことを忘れちゃうってこと!?」
それがこの怪物の一番悪趣味な部分。
家族や恋人や親友、その全員が...その人物の存在が初めから存在していないように振る舞う。
こんな特性があるから...町一つでいくつもの家族が消滅、昏睡状態になったとしても、警察が動いたりはしない。
「で、でも...サキちゃんはご両親のこと、覚えてるよね...!?」
「魔法少女の適正を持っている人はその例外。」
記憶があるからこそ、私達は魔法少女となって戦う。
それは良いことなのか。悪いことなのか。
「それに、私の家族は...少し奪われただけ。目は覚まさないけど、体は消えてない。」
毎晩夢に見る、私の始まりの日。
怯えて、丸まって、何もできなかった私を、クロが助けてくれた。
クロが追い払ったその災禍はDクラス。
今の私が刀を一振りさえすれば塵に還るような雑兵に、ただの人はなすすべもなく蹂躙される。
「そっか...じゃあサキちゃんは、ご両親を目覚めさせるために戦っているの?」
「...違う。」
残念ながら、一度存在の記憶を奪われた人が再び目覚めたという話は聞いたことがない。
「私は...お母さんとお父さんを連れて、この町を出るの。」
「この町を...?でも...ご両親は...」
「眠ったまま。でも...仕方ないから。どのみち、ここで戦っていても、解決できることなんて何もない。」
遠くを見つめる。
魔法少女にしか見えない、空気の揺らぎがそこにある。
私達を閉じ込める、忌まわしいあの壁。
「あれを数秒間だけ打ち破って、外へ出る。」
狂ったこの町から逃げ出したい者。
全てを奪われ、復讐に走る者。
眠った家族を、それでも連れ出したい者。
今の魔法少女が戦う理由なんて大体そんなところだろう。
「着いた。」
「え?えっと...病院...?」
少し古びた、今は使われていない公民館の跡地。
「...サキ。」
入り口まで近づくと、西洋剣を背負ったポニーテールの少女が姿を現した。
「...見舞いに来た。」
「ああ...分かった。入ると良い。」
「あ、えっと、お邪魔します...!」
彼女に先導されて、階段を登る。
「サキ、魔力はどうだ?」
「もうすぐで、一杯になる。」
「そうか...良かったな。」
「......」
三人の足跡だけが響く。元から静かな場所ではあったが、今では私達以外に人などいないと思わせるような静寂だ。
「ここの先だな。」
「ええ、ありがとう。」
「...その子は?」
「新しい魔法少女。彼女に見せにきた。」
「あ...!夢野きらりって言います...!」
彼女の無表情な顔がほんの少しだけ動く。
「そうか...新しい魔法少女の誕生とは、随分久しぶりだな。私は新堂カナタ。よろしく頼む。」
「はい...!その、よろしくお願いします!」
「ああ。では...サキ。私は彼女のところにいる。待っているぞ。」
「分かった。」
そういうと、カナタさんは階段を降りていく。
「ねぇ、あの人も魔法少女なんだよね?」
「そう、この場所を守る魔法少女の一人。Aクラスも一人で狩れるくらいには強力な魔法少女。」
「おお...!すごい人なんだね!」
廊下を歩く。部屋は奥の方だった筈だ。
「一緒に戦ってくれたら、すっごい頼りになりそうだよね?」
「それは...そうだね。」
もっとも、彼女と...ここにいるもう一人は、災禍の大規模な侵攻があった時くらいしか、姿を現さない。
この二人は、現存する魔法少女の中ではトップクラスの戦力と言える。
そんな二人がここを離れないのは、この病院が魔法少女の戦う理由の多くを占めているからだ。
契約前の妖精達の奮闘によって、被害者が完全に消滅するまで攻撃を受けることはあまりなかった。
だからこそ、魔法少女達はここに、齧られかけの大切な人を連れてくる。
何もせずとも消えることはないが、その場に放っておくわけにはいかない。
そして、目覚めることのないその存在が、魔法少女を戦いへと駆り立てる。
少なくとも当時は、そういった理由で戦う魔法少女が多くを占めていた。
万が一ここを落とされた場合には、大幅な戦力の低下が予測される。
ゆえに、彼女達はここを動けない。
「......」
ここだ。
扉を開く。
「......!」
「......」
すぐ目に入ってくるのは、簡素なベッドに横たわる半透明になった二人の男女。
あの日から、目を閉ざしたままだ。
花瓶に入った花を入れ替える。
最初の頃は...この部屋に入るたびに涙が溢れ出て。
体を揺すったり、声をかけたり、色々やった覚えがある。
そんなことをしたって、何も起きるはずもない。
そしていつしか、他にやるべきことがあることを悟るのだ。
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「終わった。行くよ。」
「...うん。」
片付けを終え、部屋を出ようとする。
「あ、あれ?サキちゃん...!あっち...!」
「....!」
きらりが指をさすその方向には、カーテンで仕切られた、この部屋にいるもう一人の患者。
その隙間から、光が漏れ出てるのが見えた。
「サキちゃん...これは...?」
「......」
私は、そのカーテンを開いた。
「....っ!?」
そこでは、まさに人が一人、消滅しようとしていた。
「ああっ...!」
きらりが駆け寄る。
「さ、サキちゃん...!どうしよう...!」
「...どうしようも、ない。」
その肉体は急速に色を失っていき...
遂には、完全に消えてなくなった。
「そ、そんな...!ど、どうして消えちゃったの...!?」
きらりは泣きそうな声で、私に問いかける。
「...少し前、魔法少女が一人消えた。きっとこの人は、その魔法少女の関係者だと思う。」
「え...?」
存在の全てを奪われてはいなくとも、消滅する条件はある。
それは、唯一その人をよく覚えている魔法少女が、消えることだ。
「その人を覚えている人が本当に誰一人いなくなった時、たとえ体があったとしても...消滅する。」
「そんな...」
何も無くなった、真っ白なベッドを見つめる。
名も知らない、ただ消滅に立ち会っただけの人。
「...行くよ。」
彼女の手を引いて、部屋を後にする。
人の記憶から消える。
誰にも覚えて貰えなくなる。
それは...死ぬことより何倍も恐ろしいように、私は思う。
「きらり。」
「ぐすっ...サキちゃん...?」
彼女は潤んだ瞳を擦ってこちらを向く。
...これで、彼女は何か変わるだろうか?
もしかしたら恐怖を覚えて、ここから逃げ出すことを考えるかもしれない。
あるいは、義憤に駆られて、無謀な戦いに身を投じるかもしれない。
この、私たちとは違う『魔法少女』は全てを知って、何を選ぶのだろうか。
彼女に向き直る。
「...せめて私達は、今ここで消えた人がいたってこと...覚えておこう。」
「!...ぐすっ...うん...!」
階段を降り、この建物の中心にある部屋へと向かう。
そこに...カナタと、もう一人が待っているはずだ。