「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

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嵐の前の静けさ

 

「もしかして、これからデート?」

 

 じろ、じろ、じろっ、と直立するおれをなめ回すように見たうえで、

 

「そんなわけないよね」

 

 ハッ、とバカにしたような鼻息つきで言う。

 こいつにはおれの格好(かっこう)が女の子に会いに行くような服装に見えなかったのか、それともデートなんかするはずがないと思っているのか。

 おれの背中側から、お母さんが萌愛(もあ)に「あがっていかない?」と声をかける。

 

「あ。大丈夫です~。すぐ出かけま~~~す!」

「どこにだよ」

 

 よそいきの笑顔のまま「ちょっと」とおれにささやいて、外に出た。

 おれもついていって、玄関のドアをしめると、

 

 

「ねぇ、コウちゃん。誰と遊びに行くの? 優助(ゆうすけ)くん?」

 

 

 言い終わったタイミングで、となりの家の犬が「わん?」と疑問形でないた。

 ここは……意外に考えどころだな。

 

(どうする)

 

 ウソでやりすごすことだってできる。

 むしろ、それがもっともラクな選択――

 

 ――のはずなんだが。

 

「ほんとにデートなんだよ。それもあの飯間(いいま)さんとな。すごいだろ?」

「またまた」

「信じろよ。ウソじゃないから」

「そんな妄想はいいからさ、ね? ヒマだったら、私といっしょにどっか行こうよ」

 

 ざざっ、と見づらいノイズがかかったような映像で、あのときの萌愛が頭に浮かんだ。

 あの……おれじゃない男と歩いている、幼なじみのあいつが。

 やられたらやりかえす、とかそういう感情じゃない。

 たぶん……。

 

「えーーーーっ!!!???」

 

 おれはスマホをとりだして、昨日の夜の飯間さんとのやりとりをみせた。

 まちあわせの時間と場所を彼女が送ってきて、おれが「了解」とこたえただけのメッセージ。

 

「モア、うるさくすると近所迷惑だろ」

「いや、うるさくもなるでしょ……」

 

 萌愛は右手で頭をおさえた。

 

「今年一番の衝撃。アンタ、彼女のどんな弱みをにぎったわけ?」

「なんだよそれ」

「飯間さんはねぇ、ねらってる男子が多くて競争率たかいんだから。コウちゃんなんか正攻法でいって相手にされるわけ――」

 

 っていうかさ、とおれは切り返した。

 

「おまえ、今日どこに行こうとしてたんだ?」

「言いたくない」

「おれと、どこかに行きたかったのか?」

「知らないじゃん……」

 

 ツン、と横に向く萌愛。

 ミントグリーンのパーカーに、下はベージュのチノパン。そして、お気に入りの赤いスニーカーと、こめかみの斜め上でキラリと光るヘアピン。

 空を見上げた。

 白い雲がべたっと広がる、くもりの空模様(そらもよう)

 これから晴れるのか雨がふるのかはっきりしない天気。

 

(こうなったら、正直にいってみるのもアリか) 

 

 おれは心を決めた。

 

「なあ……モア」

「ん?」

「もしおれとすごく仲良くなって、ほとんど彼氏と彼女みたいな関係になったとしてだな」

「……なんの話してんの?」

「いいからきけよ。つきあってる同然(どうぜん)みたいにおれたちがなったとして」

 

 おれの真剣な雰囲気が伝わったのか、萌愛の顔つきが少しかわった。

 どこか不安そうな表情で、ひかえめな声で言い返す。

 

「うん。私とコウちゃんが、そうなったとして……?」

「おれ今月いっぱいで転校するだろ?」

「そうだね」

「もう明日は会えないっていう、最後の日の最後のときにさ」

 

 萌愛とまっすぐ合う目。

 

 

「おまえはおれに『いかないで』って言ってくれるか?」

 

 

 予想外。

 あいつは即答した。

「言うわけないじゃん」――って。すこし笑いながら。

 

 わかってたことだけどな。

 実際、おれとほとんど恋人ぐらいにまで関係をふかめたときでも、言ってくれなかったから。

 

 

「明日が、()なかったらいいのに」

 

 

 それがあの――2回目の10月での――最後の夜に、あいつがおれに送信したメッセージだった。おれたちの恋愛は、そこまで進んでいた。でも結果は失敗。

 

 わかってたことだよ。

 性格上、そうなるというか、

 おれが好きじゃないとかそういうんじゃなくて、

 あいつはおそらく、ダダこねたってしょうがないみたいなドライな考え方なんだ。

 

 

「いい度胸だよね。約束の時間におくれてくるとか」

「ごめん」

 

 

 10分、遅刻してしまった。

 迷いに迷って、電車をひとつスルーまでしたのが、やっぱりいけなかったみたいだ。

 そういうフリとかじゃなく、ガチで飯間(いいま)さんはご機嫌ななめ。

 つまり本日のデートは、マイナスからのスタート。

 まずはどうにかプラスにもっていかないと。

 萌愛のさそいをことわって、ここにきたんだからな。

 

(ん……?)

 

 まちあわせの駅前から歩いてやってきたのは、

 

「はい。見ててあげる」

 

 かーん、きーん、という金属音が鳴りまくるバッティングセンターだった。

 むりやり背中をおされてバッターボックスに立たされるおれ。

 

(…………130キロだと⁉)

 

 いや、せめて一番おそいとこから……。

 だが、もはやあとにひけない。

 球をよく見ずにブンブンふりまわす。

 一回だけ、バットがかすった。あとはぜんぶ空振り。

 

 

「なっさけないよぉ~~~。男の子なのに~」

 

 

 かわって! とおれと入れかわる飯間さん。

 いつものように長い髪をシュシュでまとめて、ひざ(たけ)の白いスカートに、赤系チェックのえりつきシャツ。そして小型の迷彩柄(めいさいがら)のショルダーバッグみたいなのを肩にかけたままで打席にたっている。

 

 

 かっきーーーーん

 

 

 いきなり快音(かいおん)

 

(すご……)

 

 ずっとホームラン級の当たりばっかり。130キロで。スイングのたびにひらひらするスカートにも目がうばわれてしまう。

 そういえば萌愛の友だちの、山中(やまなか)中山(なかやま)かのどっちかが、

 

「あの子は運動神経ぶっ飛んでる」

 

 って言ってた。それと、

 

「そのことは、まわりにかくしたがってる」

 

 とも。

 打ち終わって、ベンチにすわるおれのほうにきた。

 

「どう? すごくない?」

「うん」おれは相手のリズムをずらすつもりで、「すごくかわいいと思う」と口にした。

「えっ……」飯間さんは手でサッと前髪をなおした。「急にへんなこと言わないでよ」

「野球、やってたの?」

「ま、まあね。少年野球っていうの? 小学生のときに。でも中学からは、やってないんだ」

「ソフトボール部しかなかったから?」

「半分正解半分はずれっ」くすっ、とやっと今日はじめて微笑んでくれた。「私、もともとチームプレーって苦手だしさ、汗流してがんばるのもきらいだし」

 

 おれたちの前を高校生ぐらいの男子がぞろぞろ歩いていく。

 全員、飯間さんのほうを見た。二度見してる人もいた。

 

 結局おれは一度も球を前に飛ばせなかった。

 まあ、べつにいいけど。

 それよりアテがはずれたな。

 てっきりゲーセンにでもいって、おれをフルボッコにしてくると思ったのに。

 

(2時間も……? まじか)

 

 つぎの場所はカラオケ。 

 1曲目からノリノリの彼女。アップテンポの曲を立って歌った。

 もちろん、おれも歌わされた。有名なアニソンを歌って、うまくもヘタでもなかったから、飯間さんの反応は微妙だった。

 

 いつしかどちらもマイクをおいて、会話する空気になった。

 長いソファに、1メートルぐらいの間隔をあけてすわっている。

 

「おい別所」

「……はい」

「どういうつもりなの? あーーーんなにかわいい幼なじみちゃんがいて、ほかの女子に手をだしてるとかさー」

 

 名前の呼び捨てでイヤな予感はしたが、彼女はおれに説教しようとしているらしい。

 

「ワケを言ってよ! ワ・ケ・を! じゃないと、この部屋から出さないんだから!」

 

 まるでお酒に酔ったみたいに、ほんのり顔を赤くしていて、ふだんよりも強い口調。

 もちろんお酒なんかたのんでいない。

 もしかしたら、萌愛に同情しているせいで感情がたかぶっているのかもしれない。

 

「前に教室で飯間さんが言ってたこと、おぼえてる?」

「私が?」

「『いかないでって言ってみたい』って」

「えーっと……そんなこと……言ったような気もするかなー」

「おれ、キミの希望をかなえたい」

「はっ⁉ えー? なに、なにをいってるの?」

「『いかないで』って大声で叫ぶぐらい、おれのことを好きになってほしいんだ」

 

 部屋の中の緊張感が、一気にゆるんだ。

 飯間さんは、おなかをおさえて大笑い。

 

 

「あはは! いやー、別所ってこんなにおもしろかったんだ!」

 

 

 笑いながら、肩から二の腕あたりにかるくタッチされた。

 

(おれはまじで……「いかないで」と言ってほしい)

 

 萌愛じゃなく、キミに。

 笑いすぎて涙ぐんだ(ひとみ)を彼女はおれに向けて、

 

「いかないでーっ!」

 

 ふざけた感じで、でもたしかにそう言った。

 これでOKにならないだろうか、とおれはひそかに願った。

 

 その日の夕方5時すぎに、おれはデートを終えて帰宅。

 

 あくる日の日曜日も終わって、月曜日になった。日付は10月20日(はつか)

 

 

(モアは……?)

 

 

 出席していない。いつかのように寝坊かと思って様子をみるも、一向(いっこう)にあらわれない。昼休み、おれは担任の先生に確認しにいった。病欠だといわれた。

 

 そんなはずはない。

 そんなはずはないことは、この世界でおれだけが知っている。

 あいつは〈10月〉に学校を休んだことなんか、一日だってないんだ。

 

 何が起こって―――――

 

 

「別所君」

 

 

 考えこんで下にさげていた顔をあげる。

 目に飛びこんできたのは、ずいぶん近くにある、セーラー服の前にたれる三つ編みの髪。ふちの黒いメガネ。

 深森(ふかもり)さんがそこにいた。 

 

「調子はどう?」

「いや……その……まあまあ、かな」

「まあまあじゃダメ。死ぬ気でやりなさい。ループから出られないと、あなたはずっと(とら)われたままなんだから」

 

 きびしい言い(かた)だが、そのとおりだ。

 

「そんなにあの子の欠席が気になる?」

 

 さすがの観察力。

 おれのことなんか見てないようで、ちゃんと見ている。

 

里居(さとい)さんは『いかないで』を言ってくれなかったんでしょう?」

「そう、だよ」

 

 放課後の教室には、あまりクラスメイトはいない。

 人目(ひとめ)がないからいいと思ったのか、深森さんは前の席のイスにすわった。

 

「ほんとにそう?」

「あいつは……最後のところで、トイレにいったから」

「最後っていうのは?」

 

 おれはくわしく説明した。

 31日、校門を出ていくときにみんなで花道をつくってくれることとかを。

 話をききおわって、深森さんはこう冷たく言った。

 

 

「あほ」

 

 

 おれは絶句した。

 彼女は腕を組んだ。

  

「あなたみたいなスペシャルなあほ、現実に存在したのね。ある意味、おどろき」

「えっ? どういうこと……」

 

 そのとき、たまたまか、教室にいるみんなのおしゃべりが止まるタイミングが一致した。

 しん―――と物音ひとつなく静まる。

 なんだか背筋が冷たくなるような、こわい時間だった。

 

「ただの推測で確実性はない」

 

 水を打ったような教室で、深森さんの言葉が呪文のようにひびく。

 

「それでも言いましょうか? きっと彼女は、現実にたえられなくてその場所から逃げたのよ」

 

 メガネの横のところに指先をそろえてあてる。

 

「あなたと、わかれたくなかったから」

 

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