「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

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秘すれば花

 まるで居合斬(いあいぎ)りだった。

 サヤを走る(かたな)のように、言葉がノドからシャッとすべり出ていった感覚。

 

 

「だったらおれが、はじめて翔華(しょうか)が好きになった男になるよ!」

 

 

 前回のループで(さくら)に好かれようと努力したことで、おれは体でわかった。

 恋愛には〈ここしかない〉っていうタイミングがあるんだ。

 特別な瞬間に100点の行動がとれれば、ウソみたいに女の子の好感度が上昇する。そんなヒミツの仕組みがある。

 いまの場合だと、こう言い返すこと――だと思った。

 

(どうだ……?)

 

 立ち止まったまま、彼女は動かない。

 目はおれと合っていて、まばたきすらしない。 

飯間(いいま)さん」と呼んでいた状態から、階段二段飛ばしで「翔華」と呼んだ。

 それも計算のうちだ。

 逆に、ここで呼び捨てをイヤがられるようだったら、もうおれに勝ち目はないだろう。

 いさぎよくあきらめ―――

 

「なにそれ」

 

 ――くっ!

 やっぱり、そうだよな。

 こういうセリフは、それなりにかっこいいヤツじゃないと……

 

「わけわかんない。それにキミさぁ、しれっと『翔華』っていってない?」

「……いった」

「どういうつもり?」

「それは……」

「責任とれるの?」

 

 飯間さん、いや翔華は背中を向けた。

 純白のシュシュが正面にみえて、長い髪の毛は風にゆれている。 

 

「その気にさせた責任」

「えっ」

 

 クルっと回り、ふりかえった。

 

 

「もし私が好きになっても、別所は……どこにも行かない?」

 

 

 片手を胸にあてて言った彼女の表情は真剣だった。

 

 考えが甘かったか?

 (だい)チャンスには、まだつづきがあったんだ。

 むしろ、さっきよりもこの問いかけにどう答えるかのほうがはるかに重要な気がする。

 

 ――まぎれもなく、ここが勝負どころだ。

 

「行かないよ。絶対に」

「ほんと?」

「うん」

 

 あはっ、と翔華に笑みが浮かんだ。

 で、肩のあたりを、グーでぐーっと押された。

 小さな川に沿った道で、水面が夕日をまばゆく反射させている。

 

「かわってるキミ。かわりすぎ」

「そう、かな」

「ね、正直にきかせて。どう思った? 私が男子を好きになったことないっていうの」

「それは……翔華の好みのタイプに今まで出会えなかったから……」

「やっぱりそっちか。そうだよね」

 

 歩き出した彼女。

 

「じゃあさ、私が女の子しか好きになれない、って言ったら、どう?」

「どうとも思わないよ。べつに」

「そっか。即答……できちゃうんだね」

「なんだったら、おれが女の子になってもいいし」

 

 そんな冗談を言いながら思いを(めぐ)らせていた。

 この飯間翔華の重大な告白について。

 記憶をたどれば、彼女は「男の子のクセに」とか「男なのに」とか、そんなことを何回か口にしていた。

 あれはもしかしたら「自分は男になれない」という不満が下敷きになっていたのかもしれない。

 

 

「バイバイ別所、また明日!」

 

 

 おれは手をふりかえした。

 転校のことを打ち明けなかった罪悪感をかくすように、ムリして明るく笑って。

 

 ◆

 

「なに笑ってんの」

 

 翌日。

 朝、家の外にでると、萌愛(もあ)が待っていた。 

 丸い輪郭のショートの髪に赤いスカーフのセーラー服。

 こいつのこの姿も、あと10日で見れなくなると思ったら、ちょっと名残(なご)りおしいかもな。

 

 そりゃニコニコもするさ。

 昨日の夜、週末にデートにいこうって翔華からさそわれたんだから。

 

「いいことあった? 教えなさいよ」

「べつに」

「ムカつく」

「おまえだってナイショにしたいことぐらいあるだろ?」

「私にナイショにしたいような、いいことがあったんだ?」

 

 こいつ……いつになく頭が回ってるな。おれの言葉から推理なんかしやがって。

 

「まっ、いいけどね」

 

 そっけなく言い、萌愛はスクールバッグから何かを取り出した。

 ぽいっ、とそれをおれに向けて(ほう)る。

 

 赤い袋に入っていて、口のところが金色のリボンで結ばれているもの。

 

 

「まじか」

 

 

 あけると、マフラーだった。

 20日(はつか)に渡しそびれた、おれへの(たん)プレらしい。

 ただ、店に売っているヤツで、手編みじゃなかった。

〈あのとき〉の萌愛は、おれに手編みのをくれたんだが。

 その高低差による、ほんのわずかなガッカリ感を、幼なじみのこいつはしっかり見逃さなかった。

 

「なによ。あんま、うれしそうじゃないじゃん」

「うれしいよ。ただなモア。これがおまえの手編みだったら、おれはもっと感激してただろうな」

「それも考えたけど、めんどくさかったのよ。アンタに2回も――――」

 

 はっ、と萌愛が目を丸くした。

 一瞬、ピタッとおれたちの時間がとまる。

 はっ、と次で目を細め、はっくしょん! と横を向いてクシャミ。

 

「あはは……ごめんごめん。まだ体調がベストじゃなくて。じゃ、じゃあね‼ いっしょに登校は恥ずかしいから……」

 

 だーーーっ、と逃げるように萌愛は行ってしまった。

 いま、なにを言いかけたんだあいつは?

 

(たしかにあいつ――「アンタに2回も」って言ったよな)

 

 どういう意味だ?

 アンタに2回も、マフラーをあげたくない?

 アンタに2回も、プレゼントをあげたくない? 

 

(なぞだな)

 

 とにかく、これから冬になるからありがたいよ。

 おれの転校先の場所で、必要になるかどうかはちょっとわからないけど。

 というか、まだ今回でループを脱出できるかはわからない。

 気をひきしめていこう。

 

「おはよう、翔華」

「あ……うん、おはよ」

 

 いつものように校門前であいさつ。

 今朝の気温はけっこう低かった。

 だからか、彼女のほっぺはうっすらピンク色になっていた。

 その顔が、とんでもないほどかわいい。

 

 ――昼休み。

 

 女子の目立つグループが教室の真ん中で、いつかと同じように、好きな男子の話をしていた。

 

 そこで急に、悲鳴のような声。

 

 もちろんクラスの男子も女子も、いっせいに彼女たちに注目する。

 

「えぇええぇぇぇーーーーっ!!!???」

「やっばーーい!!!」

「まってまって! こっ、これはさー、うちの男子全員、心臓バックバクじゃね⁉」

「もー、みんなリアクションでかいって」

 

 両手をトリのようにバタバタうごかして、友だちをなだめているのは翔華。

 両手で頭をおさえて、クラスで一番ギャルっぽい子がイスから立ち上がる。

 

「好きな男子きいても、いっつも斜め上の答えでカワしまくってたショウカが……ショウカが……」

「ね? みんなもきいたでしょ?」女子の一人がまわりを360度見ながら言う。

「その人が誰なのか、ぜひぜひっ、教えてくださいっっっ!」机にすわっている女の子がマイクをにぎっている形の手を向ける。

 

「それは……いえないよ」

 

 はぁ、というため息が翔華がいるグループだけでなく、男子の間からもあがった。

 

「でもいるんでしょ? このクラスにショウカの好きな人が」

「………………うん」

 

 おぉーーー! と野太いどよめき。

 そこで、そのうるさい男子の声にまぎれるように、背中から――

 

 

「グッジョブ」

 

 

 と。

 この声は深森(ふかもり)さんだ。

 とっさにふり向いて追いかけようとしたが、

 

「あーあー、すっかり野郎(やろう)が盛り上がっちゃってるぜ。ははっ。けど、おれたちには関係ない話だよな、ベツ」

「え? あ、ああ……」

 

 目の前に、友だちの優助(ゆうすけ)がきた。

 たっ、たっ、とかすかに足音がきこえて、彼女が遠ざかっていくのがわかる。

 

「ベツの相手は、もう決まってるもんな?」

「モアのことか?」

「幼なじみ」優助は言いながら指を折る。「かわいい」「性格がいい」「家が近い」「ベツのことをよく知ってる」ぜんぶ言って、グーになった手の真横でニカッと笑う。「なっ?」

「あいつだって好きな男子ぐらいいるよ」

「としたら、それはベツだって」

「んー……」

「自信もてよ。おまえの見た目とか、けっこうイケてんぜ? わかるヤツにしかわかんねーかもしんねーけど」

 

 ばんばん、と少し乱暴に優助はおれの肩をたたいた。

 

 頭の半分で向こうの会話も気にしていたが、結局、翔華は友だちの質問()めにも負けずに秘密をつらぬいたようだ。  

 

 ここからおれたちの仲は急速にふかまった。

 親しく名前呼びすること。

 何回かの下校デート。学校が終わってからのライン。

 翔華との関係をクラスメイトに知られないようにする、ある意味ではかくしごとを共有していたのも、いい方向にはたらいたと思う。

 

「きゃっ‼」

「ひっ!!??」

「ちょっ‼ あっ、そんなに早く行かないでよ(むかう)

 

 デートでは遊園地にいった。そこでのお化け屋敷では、彼女の気弱な一面をみれた。

 

 やれることはぜんぶやった。ここまでやったら後悔もない。

 

 あとは最後に一つ、彼女に()げることがある。

 

 最終日。10月31日の朝。

 もはや定位置になった校門前で、いつものように翔華にあいさつをしたあと、

 

「大事な話があるんだ」

「なに? マジメな顔して……あっ! わかった! 私になにかサプライズするつもりとか?」

「翔華。おれ、今日でこの学校を転校する」

「え……」

「明日からはもう会えない。気軽に会いにいけるような距離じゃ、ないんだ」

「え、そんな……ウソでしょ」

「ウソじゃない」

(むかう)。ウソだって……いって?」

 

 おれは首をふった。

 

「『どこにも行かない』って約束、まもれなくてご―――――め、ぶぁっ!!!!???」

 

 見えてるものがぜんぶブルブルにふるえるほどの、

 (きょう)(れつ)なビンタ。

 まわりの登校中の生徒が立ち止まる。

 

「そんなの……そんなのって……どうして今まで言ってくれなかったの? 私たち、そんな浅い関係だった?」

「翔華」

「私は、キミのことが―――」

 

 ばっ、と彼女は体の向きをかえて、校舎のほうへ駆けていった。

 

(わるいことしたな)

 

 心の底から彼女には申し訳ないと思う。

 ヒリヒリするほっぺた。

 あと2、3発はもらってもよかった。

 

(……これでループともさよならだ)

 

 おれは手ごたえを感じていた。

 ビンタされたのは、あらかじめ考えた中で最高の結果。

 感情が大きく()れたあとに、二人の距離はぐっと接近できるから。

 その最も近くなるゼロ距離に「いかないで」はあるんだ。

 

 さあ行こう。

 

 この中学ですごす最後の一時(ひととき)へ。

 

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