「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

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蛍雪の功

 やっぱり恥ずかしい。

 マニアックな推理小説とダムの写真集でごまかすのはムリがあるみたいだ。

 受付の人に「おまえが?」という目でチラリと見られた気がする。

 

 ――『恋愛心理学』の本。

 

 うちの学校の図書室は、一度にかりれるのは三冊までで期限は二週間。

 はあ……。

 まさかまたこの本のお世話になろうとは……。

 

 クサってる場合じゃないか。

 やれることをやろう。

 

 いまは昼休み。

 

 適当な席をみつけて、座って少し〈勉強〉することにした。ノートももってきてる。おれは書かないとおぼえられないタイプなんだ。

 

(えーと、恋がはじまる条件は、と)

 

・好きな相手があらわれる

・相手が自分を好きになる

・二人の相性がいい

・ステキな出会いをした

・まわりに彼氏彼女がいる友だちがいる→自分も同じように恋愛したくなる

 

 おれなりにまとめると、こんな感じだ。

 まーあとは、こまごまと本の中でいろんなことを書いているが、究極、

 

 ほめる!

 

 の一手につきる。

 

 なんでも、ひとには誰でも〈自己肯定欲求〉っていうのがあって、つねに自分をプラスに評価してもらいたいらしい。SNSでよくある「いいね!」ってやつだ。

 ほかにできることは……

 

 

「意外」

「うわーっ!!!?」

 

 

 おれの全身がとれたての魚みたく、ピチピチピチッ、とはねた。

 おどろいたからだ。

 ふいうちの声かけ。しかもかなり、耳の近くで。

 一瞬、幼なじみの萌愛(もあ)かと思った。でも声がちがう。

 

「あなた、そんな本、読むんだ」

 

 言葉の中の「、」でしっかりと()をとる、ちょっとロボットみたいなしゃべりかた。

 それより、おれあんなにおどろいたんだから、まずそこを処理してくれよ。スルーしないでくれ。

 

「まいったな……急に話しかけるから、びっくりし……」

「私以外、誰も手にとらないと思ってた。卒業の日までずっと。くり返すけど、意外」

 

 じっと見つめてるのはおれではなくて推理小説のほう。

 なんてマイペースな……あっ!

 

「ふ、深森(ふかもり)さん⁉」

「大きな声ださないで。ここは図書室。私語厳禁」と小気味よくリズムにのせたように言う。

 

 だいぶおくれて衝撃を受けた。

 同じ二年三組の深森さんじゃないか。

 彼女は――――

 

(おれがずっと気になってる子だ‼)

 

 むかしから頭のいい女の子に弱かった。人生で最初に好きになったのも、小五のときの女子の級長。

 

「……恋愛心理学?」

「あっ!」

 

 とっさにかくしたが、おそかった。

 気持ち、メガネの奥の彼女の目が、じとーっと細くなっている気がする。

 

「それもまた意外ね。あなたのキャラじゃない」

「いや、なんというか、こういうことに……興味があって……」

「そんな本を読まなくても、里居(さとい)さんなら大丈夫だから」

 

 まわりから視線を感じて、おれは「えっ⁉」という大声をのみこんだ。

 どうして萌愛がここで出てくる?

 おれたちが幼なじみで親しいってことは、まあ、何人かの同級生にバレているといえばバレてることだけど。

 

「じゃあね」

 

 くるりと回って背中を向ける。

 ほどよい長さのツインの三つ編みで、すっきりと出てるきれいなうなじに思わず目がいってしまった。

 ……できれば、もっと話がしたい。

 

「ま、まって!」

「なに」

 

 呼びかけに立ち止まってくれたが、彼女はこっちを見てくれない。

 

「じつはこの小説……もう読んだんだ。面白かったから、今日また借りた。内容について、できればおれとおしゃべりを――――」

 

 後ろ姿のまま肩ごしにひょいっと手が出てきて、こいこい、とお辞儀させるように動かす。

 ?

 とりあえずついていくと、そこは図書室の奥のほうの〈世界文学全集〉みたいな本ばかりの人気(ひとけ)のない一角(いっかく)。 

 棚と棚の間に立って、彼女はやっと口をひらいた。

 

 

「私、ウソはきらい」

 

 

 おもむろに彼女は腕を組んだ。セーラー服の赤いスカーフが、エアコンの風でゆれる。

 

「ウソ?」

「そう。その本は誰にも借りられたことがない。私がはじめて図書室をつかったのが一年前の四月。そのときから一度も、本が棚から出されたことはなかった。私、毎日チェックしてたから」

 

 うっ。

 なぜか、ものすごい勢いでおれが()められる流れになってる。 

 

「あー……本屋で買ったから」言った一秒後にあっと思うも、後悔先にたたず。

「じゃあ借りる必要は、どこにもないはず」

「えっと、えー……」

 

 おれはそこで苦しまぎれに、

 

「すごい!」

 

 とホメた。

 

「すごい?」

 

 彼女は敬礼のようにメガネの横のところをさわった。ぶあついレンズと黒いフレームのメガネに。

 

「め、名探偵みたいな推理だったね。感心したよ」

「……」

「ほんとに。それで、意地をはるわけじゃないけど読んだのはウソじゃなくてさ、その証拠に犯人は――」

 

 ちょうどチャイムが鳴って、おれの声とかぶってしまった。

 やばい。あと5分で授業だ。

 あわてて席にもどってノートを片づけて借りた本をもって図書室を出る。

 

(まさか深森さんと話ができるなんて)

 

 良かった。

 気分転換にちゃんとあの本を読んでて。前回の10月1日でも同じ本をカモフラージュにえらんでたからな。

 ウソつきの疑いも晴らすことができたぞ。

 

 教室の入り口に萌愛がいる。

 

 あと一歩のところでしくじったループのときとちがって、好感度がまったく上がってない幼なじみ。

 つきあいが深まったときは、おれの顔を見かけただけでうれしそうに駆け寄ってくれたんだけどな……。

 

「あ。コウちゃんじゃん。昼休み、どこ行ってたの?」

「べつに」

「べっしょ」

「だからそれおれの名前」

「あははっ!」

 

 大口をあけて明るく笑う。

 コウちゃんっていうのはこいつのおれの呼び方だ。(むかう)を音読みしただけ。

 笑っているスキに、本を見えないようにおなかに抱え込んでさっさと教室に入る。

 

 ――そしてその日の帰り道。

 

 校門を出ようとしたところで、図書室のときと同じように、いきなり耳元で彼女は言った。

 ただ、背後から影が近づいてくるのがわかってたから、心の準備はできていた。

 

 

「別所君」

「何」

 

 

 精一杯のかっこいい顔でふりかえろうとした寸前で、想像をこえた二言目(ふたことめ)がきた。

 

 

「あなた、タイムリープしてない?」

 

 

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