「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

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旅は道連れ世は情け

 たしかに「いかないで」と言われた。

 涙まで流して、全力でおれが転校するのを引きとめてくれたんだ。

 あれでもダメってことは、さすがにないと思いたい。

 

(――とうとうループも終わるのか。あいつのおかげだな)

 

 安藤(あんどう)可恋(かれん)

 おれに漫才のコンビを組んでくれと(せま)ってきた、クラスで一番のお調子者。

 親しいどころかどちらかといえばニガテな女子で、おれは本当に(ねら)ってなかったっていうか……いやそれは「いかないで」をっていう意味であって、恋愛的にはそんなにナシじゃないような……静かにしてればふつうに美人だし。

 

 

「えっ⁉」

「当たり前でしょ、べっちん!」

 

 

 翌日の朝の教室。

 クラスメイトの視線も気にせずこっちにダッシュでやって来た安藤が、おどろきの一言を口にした。

 今日の放課後あけといてね、と。

 

「いい?」と、立ったまま片手を腰にあてて、すこし首をかしげる。

「べつにいいけど……」

「ぜったい私とやるんだからね、ア・レ」

 

 そこで、しゃっ、と横の髪を肩のうしろへ(はら)うみたいな動き。

 だが、いつもどおり安藤は長い髪を編みこんでカチューシャをつくっているので、そこには髪はない。耳のまわりはスッキリしている。

 

「いや……あの、だからな、おれは」

「ん?」

「ぶ……文化祭のころには」と、かなり小声でささやいた。今さら転校のことをかくさなくても、とは思うけど。

「わーかってるっ。動画にとって残しておきたいの。ね? ね?」

 

 気づけば、ほぼクラス全員がおれたちのほうを見ていた。

 いっしょにアレをやる――動画にとって残す…………まわりにへンな誤解されてないといいけど。

 安藤はこんな状況でも背筋をのばして堂々としている。おれはけっこう恥ずかしい。

 よく、こんなにみんなに注目されてる中〈放課後のおさそい〉なんかできるもんだ。

 いや―――

 

(おれにもこれぐらいの行動力があったら、きっと、もっとはやくループを脱出できてた)

 

 何度も何度もくり返した10月。

 思えば遠すぎる道のりだった。

 ある意味じゃ、旅だった。

 その旅ごとに、すてきなパートナーがいた。

 もしかしたら、しなくていい回り道をしたのかもしれないけど、おれは一ミリだって後悔してない。

 

 ぜんぶいい思い出だ。

 

 

(いってーっ。まったくあいつ、チカラの加減を知らないんだから……)

 

 

 ぱん、と何度も平手打ちされた肩がヒリヒリする。

 昨日と同じ河原でやった練習のあとの帰り道。

 空は真っ赤な夕焼けで、ときどきビューと吹いていく風が冷たい。

 

(にしても、なんであいつ、あんなに漫才に本気なんだよ)

 

 わからん。直接きいても「まーまー」といつもはぐらかすし。

 ま、いっか。「いかないで」のこともあるから、つきあえるとこまでつきあってやろう。

 それより、考えることはほかにある。とても大事なことが。

 

 

 ――萌愛(もあ)

 

 

 まじでループが終わるなら、あいつともこれっきりだ。

 残りは、今日と最終日をのぞいてたった十日(とおか)あまりしかない。

 おたがい物心つく前に出会った、スジガネ入りの幼なじみ。

 あいつと……。

 ん?

 でももう「いかないで」を言ってもらう必要もないし、もはや萌愛の好感度を上げる必要もなくないか?

 

「あら、別所(べっしょ)くん? いらっしゃい、どうしたの?」

「えっと、モアさんは―――いますか?」

 

 ふかく考えるより先に、指がインターホンのボタンを押していた。

 この大胆さは、きっと安藤の影響だろう。

 いま出てくれたのはお母さん。小学生のときに萌愛のお父さんが再婚した女の人だ。

 

 

「はぁ~~~~⁉」

 

 

 そんな第一声だった。

 ドアを片手で支えたまま、ちょっと迷惑そうなカオ。

 服装はうすい灰色のTシャツに、下は制服のスカート。

 一回、肩ごしに家の中を見た。そして、おれのほうをじっと見る。「きかれるとまずいことはやめてよね」というメッセージかもしれない。

 おれは、気にしないけど。

 

「なあモア、明日いっしょに出かけないか?」

「―――っ!!!」

 

 ばん、とあわててドアをしめた。

 で、体は家の外。2倍速みたいな身のこなしだったな。

 

「バカなの? どこの世界に親の目の前で女の子をデートにさそうヤツが……」

「べつにいるだろ、たぶん」

「い・な・いっ!」

 

 最後の「いっ」で思いっきり口を横にひらいた。乳歯のときはここにとがった八重歯みたいなのがあったな、となつかしく思い出す。

 

「まあ、それはいいとしてさ」

「よくないでしょ‼」

「とにかく、これはデートとかじゃないんだよ。ただ、なんていうか、その……」

「え?」

「転校までの残された時間、少しでもおまえといたいんだ」

 

 くるっ、と萌愛は背中を向けた。

 すーはー、と深呼吸してる音か? これは。

 

「………………転校」

 

 とぼそっとつぶやいて萌愛はふりかえった。

 心なしか、沈みかけている夕日のせいか、目がうるんでみえる。

 

「……やっぱり、そうなんだ。そんな予感っていうか、ヘンな感覚っぽいものはあったんだけど」

「いやいや予感とかじゃなくて、前から知ってただろ」

「知らないじゃん」

 

 また萌愛は背中を向けた。

 そして「十時に家の外に出てて!」と早口でいって、そのまま家の中に入ってしまう。

 

(よし。なんとかなったな)

 

 おれは満足して帰宅。

 次の日。10月18日。土曜日。天気はくもり。

 

「昨日はあんまり眠れなかったんでしょ? 緊張して。んっ? かくさなくていいんだよ?」

「べつに」

「なっ⁉ な~んかムカつくけど……べっしょ」

「それはおれの名前な」

 

 ずいぶん――ほんとに、何ヶ月かぶりなんじゃないかとサッカクしそうになるほど――久しぶりにこのやりとりをした気がする。

 たのしい。

 こいつも笑顔になってるし、心があったかくなる。

 

 しばらく横並びで歩いたところで、萌愛に声をかけた。 

 

「じゃ、今日はどこに行く?」

「えー、決めてないのー? しょうがないなぁ……じゃあ」 

 

 とりあえず、という感じで映画をみに行った。そのあとファミレスで食事して、適当にぶらぶらして、

 

「バイバイ」

 

 ふつうに、萌愛の家の前でわかれた。

 失敗、ってほどじゃないと思うけど、盛り上がりみたいなものはとくになかった。

 てか、案外デートってこういうものかもしれない。

「いかないで」のせいで、どう女の子の好感度を急上昇させるのかに、こだわりすぎてたかもな。

 

(……まだ来週の土日もある)

 

 さそってみるか、と考えたそのとき、

 

 

「コウちゃん!」

 

 

 えっ、と思うマもなかった。

 体を反転させる前に、うしろから抱きつかれている。

 

 

「あ、ありがとね、ほんとに……」

「えっ。いいよ、そんな」

「ううん。ありがとっていうのは、今までのことぜんぶなの。私と幼なじみでいてくれて―――」

「それはおれもだよ」

「……コウちゃん」

 

 声の感じから、こいつが泣きだしたのがわかる。

 

「あ、あのねっ」

 

 ずーっ、といっぺん大きく鼻をならした。

 

「もしね、もし、私がコウちゃんの前からいなくなっても、その」

「まてよモア。なに言ってるんだ? いなくなるのはおまえじゃなくてお……」

「きいて! ね? もしいなくなっても、私のことをわかってほしいの。ちゃんと見抜いて、私の本心。コウちゃんを想ってるこの気持ちを」

「……」

「ね? いい? 約束――――だよ?」

 

 どん、とおれの背中を両手でつよく押した。

 よろめきながら後ろを向くと、いたずらっぽく笑ってるあいつがいた。

 

(おれへの告白……じゃなかったよな。なんだったんだ、今のは)

 

 で、このときのことを、よく消化できないまま、

 

(あっというまだったな)

 

 ついに最終日になってしまった。

 

 

「まってたよ」

 

 

 朝。

 校門の手前でおれを呼びとめたのは、

 

「おはよ、べっちん」

 

 安藤だった。

 しゃっ、といきなり髪をはらうような仕草をしてみせて、セーラー服の赤いスカーフが少しゆれた。

 

「どうしても言っておきたいことがあってね」

「ああ、わかってる」

「えっ⁉ まじ?」

「漫才のことだろ。まー、やっぱり向いてなかったっていうか、ネタはすごく面白いのを書いてくれたのに、おれのせいで台無しになったよな。文句を言いたいのも――」

「ちがうちがう。私ね、べっちんのことが好き」

 

 さらっと流れるような告白。

 みごとな音速のふいうちだ。

 

「ずっと前、このあたりでべっちんのこと冷やかしたことがあったじゃない?」

「え……ええ……?」言葉が、うまく出てこない。

里居(さとい)と歩いてただろ? そのときからさ、ずっと気になってたんだ」

「えー、えーっと」

「ちがうなー。気になってたのは、同じクラスになったときから、だね。べっちん、なんか私の初恋の男の子に似てたから」

 

 私がボケたらキレッキレでツッコんでくれた子でさ、と安藤は下を向く。

 

「そういうのと、なんか同じ目標でがんばってたらいつか仲良くなれるんじゃないかと思って、いっしょに漫才してもらったんだ」

「な、なるほど」

「あわよくば、コクってくれないかなーなんて」

 

 あは、とムリしたように笑うと、顔を上げた。

 

 

「元気でね」

 

 

 おれの返事もきかずに、安藤はタタタと校舎のほうへ走っていく。

 

(あいつ、そんなふうに思ってたのか)

 

 意外だ。

 てか、かなりのドンカンってことじゃないのか、おれが。

 あの安藤にコクる、か……それは、考えなかったな。 

 でもそういう道にすすむのも、アリだったのかもな。

 

 教室につく寸前―――

 

(! 忘れてた‼)

 

 大切なことを。

 廊下から教室の中をのぞく。

 いない。まだ彼女は登校していないようだ。

 

 

 ――深森(ふかもり)さん。  

 

 

 おれはおぼえてる。

「お礼はループが終わりをむかえるときの〈私〉に言ってくれる?」って言葉を。

 それは絶対に言わなきゃならない。

 

 

「どいて」

 

 

 はっ!

 忍者のように気配を消して、スッと接近されたこの手ごたえ。

 きゅっとまとまった二本の三つ編み。がっしり腕を組んだ姿勢。キラリと光る黒ぶちのメガネ。

 

「深森さん」

「……私に言いたいことがあるの」

 

 例によって理解がくっそ早い。

 語尾に「?」がつくような発音じゃないことから、それがわかる。

 

「どうぞ。一応、きくだけきく」

「あ、あの……」

「はやく。今なら、誰もこっちを見てないんだから」

「あっ、ありがとう!」

「……」

 

 深森さんはだまって、口元に指先をあてた。なにか、推理してるみたいなポーズだ。

 

「……」

「意味は、わかんないと思うけど」

「いえ、わかる。ふしぎと、わかる。なぜだか、わかる」

 

 ラップみたいにリズミカルにいう。

 おれは内心、おそろしくビビった。

 わかるはずなんかないのに。そもそも、この〈10月〉では一度も、どころか一言たりとも彼女とはしゃべってないんだ。当然、ループの説明もしてない。

 

別所(べっしょ)くん」

 

 やはりいつでもどこでも、深森さんはとんでもなかった。

 

「お礼をいうのは、まちがえている気がする」

「えっ。いや、まちがえてないよ。おれは何度も助けられたんだ」

「まって。議論する気はない。私は〈まちがえている〉という結論をだした。それがすべてなの」

 

 …………いっちゃった。

 追いかけていって教室でつづきを話してもしょうがなさそうだ。

 まちがえてる? どういう意味?

 

(―――可能性は……そうか、そういうことか)

 

 今回のループでは協力できてない、からだな。

 それなら納得できる。

 だから、きっとケンソンしてああ言ったんだ。

 うん。

 ともかくお礼は言えた。これで良しとするか。

 

 そして、

 

 学校の正門前。

 

 転校するおれを送り出すための花道が、そこにはあった。

 

 お調子者の安藤(あんどう)が手をふりながらその真ん中を歩くフリは―――しなかった。まるでふつうの女子のように、あいつは静かに立って、ただ待っている。

 

 あれ?

 急にドキドキしてきた。

 そうだよな。このあとすぐに、飛行機にのって海外へ向かうわけだし。

 

(萌愛)

 

 クラスメイトが左右にならんだ花道が終わって、ループのスタートラインだったところをまたぐ寸前、

 ターンして、あいつのほうを見た。

 手をふってる。

 笑ってるようだが、なんかこどもが泣きだす一秒前の顔つきみたいな、微妙な表情だ。

 

(やっぱり、ちゃんと伝えておくべきだった)

 

 ばしん、とおれはおれの頭を心の中でたたく。

 いまさらだぞ、自分。

 遠い場所に行く自分が告白しても迷惑だって、よーく考えたすえで決めたことじゃないか。

 前を向け前を。

 足をふみだせ。力強く。

 

 うしろをふりかえらずに……

 

 

「おーベツ! どした、朝からニガムシかみつぶしたようなカオして」

 

 ばんばん、と優助(ゆうすけ)がおれの肩をたたき、

 

「恥ずかしいトコを親にみられでもしたかー? ああ、ああ、心配すんな。んなの、おれだってあるよ」

 

 と、明るい表情。遠くからだったらイケメンにも見える、背の高いおれの親友。

 

「い、いや、ちょっとな。なんでもないんだ」たぶん、こう言ってるおれの顔はひきつってると思う。

 

 なんでもなくない。

 スーパー大問題だ。

 本日、10月1日。

 ループは終わってなかった。

 

(まいったな…………)

 

 さすがに、なにも手につかない。

 初日のルーティン、図書室で『恋愛心理学』をかりることもなく、ただぼんやりと一日をすごした。

 我ながら(なさ)けない。

 その帰り道。

 

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

 

 声をかけてきたのは幼なじみ。死ぬほどきいてきた声だから、満員のスタジアムでもききわける自信がある。

 

「モアか。どうしたんだよ」

「……」

「モア? 話しかけといてだまるなよ」

「……」

「いっしょに帰るか? ここからだと、おまえの家まですぐだろうけどな」

「…………あきれた」

「え?」

「ほんとさ、ずーーーっと前から言おうと思ってたのよ」

 

 丸いショートの髪が夕焼けで赤く染まっている。

 きっ、とおれに飛ばしたまなざしは、どこか別人のようだった。

 

「その『モア』って呼ぶの、やめてほしいんだけど」

 

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