「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

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五十歩百歩

 タイミングはばっちりだった。

 まさしく漫才の呼吸だといえるだろう。

 なんでだよ‼ っていう、おれのあざやかなツッコミ。

 なのに―――

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 ぜんぜん笑ってない。この()め切ったリアクション。あきらかにスベってる。

 さんざん安藤(あんどう)のヤツと練習してたから、ちょっとは笑わせる自信があったんだけど。

 

「ねえ、どういう意味なの? それ」

「いや……えっと」

「私が『やめて』って言ってるのに『なんでだよ』じゃないじゃん」

 

 赤い夕やけの空をバックに立ってて、あいつは両手をグーにしてる。

 数メートルの距離をたもったまま、おれのほうに近づこうとしない。

 やっと気づいた。こいつはマジだ。ふざけていい空気じゃなかった。

 

(あっ)

 

 と両方の眉毛を高く上げたのは萌愛(もあ)

 そして、たたた、とすばやくおれに接近し、

 

「とにかくそういうことだから。明日からずーーーっとなんだからね。私ももう別所(べっしょ)くんって呼ぶことにするから」

「えっ? えっ?」

 

 スカートをひらひらさせながら、とまどうおれの横をダーッと駆け抜けていく。

 そのままうしろ姿をながめていたら、遠くのほうで立ち止まって近所のおばさんにペコリと頭をさげた。むかしからよく知ってる人だ。

 

(あの人、おれたちが二人でいると必ず「お似合いだよ」ってからかってくるんだよな)

 

 ……萌愛はそれがイヤだったのか?

 てか、おれあいつにめっちゃキラわれてる?

 心当たりは……ないな。

 そもそも今日は学校では一言もしゃべってないし、登校のときだってエンカウントしてない。

 なぞだ。

 

(明日になったらキゲンなおしてるだろ……) 

 

 そして夜が明けて、10月2日。

 登校しながら指を折って数えてみると、左手の人差し指までいってしまった。つまり〈今日〉は今回で7回目。

 

「うぃ」

 

 靴箱のところで肩で肩を押してきたのは、おれの親友。

 

優助(ゆうすけ)。心の底からすまん。おれの都合で、こんなに長々とつきあわせてしまって」

「あぁ~~~? 朝からわけわかんねーこと言ってるぜ。長々とってなんだよ。ベツとダチんなって、まだ一年もたってねーぞ」

「いや、もう余裕で二年目に突入してる」

「ははっ! そんなボケたおすなよ、ベツ!」

 

 と、笑ってる優助の向こうから、見なれた姿がやってくる。

 ショートの髪をゆらして、おれたちのそばを――――

 

(……)

 

 無言で通過。

 口元はきゅっと結んで、視線はずっと反対方向に流していた。

 おれと目が合うのを()けるかのように。

 

 いよいよこれは……ヤバい気がするな。

 なにかがおかしい。

 確実に、萌愛のヤツに変化が起きてる。

 

「おはよ。べっちん」

 

 教室に入ったら、いきなり安藤(あんどう)が近づいてきた。

 正直今はかまって……

 

(ハッ⁉)

 

 手には『恋愛心理学』の本。

 はげしく見おぼえのある――いや、これはほぼ前回のループと同じじゃないか?

 

「あーっ! あいさつしたのに返してくれないとかー、ひどーい!」

「おいおい。さわぐなよ。するから」

「じゃ、してよ。ほら」

「おはよう」

「フツーに()うんかーい!」

 

 どっ、と近くにいた女子のグループが笑った。その中には(あおい)もいた。もちろんこの〈10月〉の彼女にとっては、おれはたんなる同級生の男子にすぎない。

 

 しかし、おみごと。

 

 はやからずおそからず、じつにいいタイミングだった。あれじゃ笑わない子はいないよ。感心してる場合じゃないけど。

 

「今日も一日がんばろーね、べっちん」

 

 ニコニコでウィンク。

 相変わらず、今日もキャラにふさわしくない王女様みたいな髪型で。

 

(朝の「おはよう」からのポジティブな声かけ――か。基本的な恋愛のテクニックだ)

 

 ってことは、つまり前回の安藤といっしょで今回の安藤もおれのことを……

 だがあいつの「いかないで」じゃ、おれはループを脱出できなかった。

 いったいどういう「いかないで」ならオッケーなのか、たのむから教えてくれ。

 

(萌愛のこともあるし……よしっ! もうやるしかない!)

 

 明日まで待てない。

 というより、〈明日〉は安藤にジャマされて、彼女と接触できないことを―――

 

 

「あ、あのっ‼」

 

 

 おれは知っている。

 

 だから強行突破だ。

 

 理科室へ移動中の三時間目の休み時間。

 優助にはあらかじめ「先に行っててくれ」と伝えておいて、

 廊下でまちぶせして、とおせんぼするように彼女の前に立ち声をかけた。

 横の窓がすこしあいてて、胸の前の赤いスカーフが風でバタバタゆれている。

 

「なに?」

 

 と、腕を組みながら目をスーッと細めていう。

 

「ふ……深森(ふかもり)さん。おれ、もうどうしたらいいかわからなくて」

「それは私が解決できるような問題なの?」

「まず言わなきゃいけないんだ。おれ、じつは」

 

 ―――「タイムリープしてる。」

(ぴったりハモった⁉ まじか!)

 

 敬礼のような手をメガネの横にあて、深森さんは言葉をつづける。

 

「あなたの〈今日〉ははじめてじゃない。それだけはなんとなくわかった。ほんとに、なんとなくね」

「…………」

「はいそこ、絶句(ぜっく)しない。たいして親しくもない私にこんな大胆な行動をとった以上、ただならぬ理由があってのことなんでしょう?」

「も、もちろん!」

 

 爆速。

 おれはセキを切ったように、これまでのことを超早口でしゃべった。

 身ぶり手ぶり。まわりのヤツらはヘンな目で見るけど、気にしない。

 休み時間はみじかい。10月もみじかい。チャンスは今しかないんだ。

 

 きき終えた深森さんが、ふう、と細い息をはいた。

 

「―――で、あなたが今一番問題だと思ってるのはどっち? このループを出る正しい条件について? それとも、幼なじみの急な心変わり?」

「それは……」

「その二つともに、私は同時にこたえることができる」

 

 なにっ!!?? とおれはビビった。

 にっ、と深森さんのくちびるがななめに上がる。

 

「じゃ、じゃあ、ぜひおしえ……」

「あほ」

「あほ……?」

 

 くいっ、と深森さんは無言であごの先をうごかした。

 まわりをたしかめて、というジェスチャーのようだ。

 

「……とおくでこっちを見てるのは、萌愛……か?」

「彼女に気取(けど)られるのはまずい。あなたは気づいてないでしょうけど、廊下の先の(かど)で安藤さんもこちらをうかがってる。というわけで、ここはここまで」

 

 そりゃないよ~、という気持ち。思わず「なんでだよ‼」と口から出そうにもなった。

 ん?

 おれの肩に手が……

 

 

「つづきが知りたければひとつだけ条件がある。それは――――」

 

 ◆

 

 放課後になった。なってしまった。

 まる一日チャンスを狙ってたんだが、あいつのそばにずーっと中山と山中がべったりくっついてて、ムリだったんだ。

 

 が、問題ない。

 なぜっておれたちは幼なじみだからな。

 家が近所というメリットを最大限に……

 

 

「あー! フシンシャはっけんだー‼」

「ターゲットの家の前に直立不動で待機。これはなかなかふてぶてしいストーカー」

 

 

 ひどいいわれようだ。

 先に中山がおれを指さしながら言って、次に山中が片手を口元にあてながら言った。

 

(いや、なんで今日にかぎってこいつらが萌愛の家まできてるんだよ!)

 

 よりにもよって。

 こっちには重大な任務があるというのに。

 こうなったら、明日でも……てかぶっちゃけウソつくっていう手も……

 

 ―――「ウソはすぐバレると思いなさい」

 

 うっ。

 だよな。そう言ってたもんな。なによりおれレベルで彼女をだましとおせるとも思えん。

 いくか……。

 全7回のループじゃいろいろあったが、いまが一番ドキドキしてるかもしれない。

 

 ガケからとびおりる覚悟で、

 

 も、も、も、

「モア。ちょっと話があるんだ……」

「はぁ~~~っ‼? そう呼ばないでって言ったじゃん。バカなの?」

 

 でだしは最悪。

 そしてきびしい視線をとばしてるのが萌愛のサイドに二つ。

 風向きはわるい。

 

「じゃあ、いいかえるよ」

「そうしてよ」

里居(さとい)さん。おれキミのことが」

「キミ~~~っ!!? なんかやだー、その言い方。他人みた」ぴたっ、と萌愛の口がとまった。

「そ、そうなんだ、おれたちは他人じゃないんだよ」

「………………知らないじゃん」

 

 ぷいっ、と横を向いた。

 すなわち、耳が、みじかい髪で外に出てるちいさな耳が、おれのほうに向く。

 近くでは、中山がなにか言いたそうに口をパクパクしてる。

 あいだに入らせちゃダメだ。せっかくの空気が台無しになるから。

 

 いけっ、おれ!

 

「おまえのことが、す、すす、す」

 

 あれ。

 なんだこの感じ、ぬかるみに足をとられたみたいな。

 おれがおれに、すごいパワーのブレーキをかけてる。

 

(すき、って言うだけだろ!)

 

 それが深森さんのだした条件。

「幼なじみに告白してきて」と。

 表現は問わない。ただしスマホですますのはNG。かならず面と向かって言うこと。

 

 面と向かって言うこと。

 

「えー、あ、すー、すっていうか、だな……」

「……」

「すきとかきらいとか、あるか? おれに」

「はぁ⁉」

「じゃなくて―――」

 

 かーっと赤面してるのがわかる。

〈それ〉を言ったとたん、全身まっぱだかになってしまうような予感。

 照れ、はずかしさ、ためらい、そういうののせいか?

 

 うそだろ。

 

 おれはくりかえすループで、たしかに失敗ばかりだったけど、あれだけ女の子と仲良くなれたじゃないか。

『恋愛心理学』の本だって、穴があくほど読んだ。

 なのに、たった一言がいえないなんてあるか? 

 

「おれは……」

 

 萌愛がまっすぐみつめている。

 横顔のときより、なお、告白しにくい。

 

「な、なんでもないよ、また明日な」

 

 あーーーっ!!???

 心でさけぶ。

 

 なさけない。

 

 がちゃ、とそばでドアがしまる音が冷たくひびいた。

 追いかけてノックする勇気は、いまのおれにはない。

 

 翌日。

 

 校門の前に、黒いカサをさした人が立っている。

 近づくと、

 

「でしょうね」

 

 深森さんだった。

 ちいさく肩をすくめながらそう言った。

 

「わ、わかる……?」

「できなかった、って顔にびっしり書いているじゃない」

「だけど、おれは」

「強がらないで。どうせ、あなたはこれまでのループで、ただの一回たりとも自分から告白できてないんだから」

 

 そうシテキされて、記憶をたどる前に、そのとおりだとわかった。

 きっとこれが図星ってやつだろう。

 

()けてきたのよ、ずっと」

「でもおれは、モアのことは大事に思ってる」

「戦場からどれくらい逃げたのか、その距離は問題じゃないの。そういうことわざがあったでしょ?」

 

 カサをもってない手を、メガネの横にもっていく。

 きれいにそろえた指でメガネにさわった瞬間、レンズが光を反射して白一色になった。

 

「あなたは逃げてる。幼なじみを好きになることから」

 

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