「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

6 / 41
呉越同舟

 日曜日の昼間にダムの写真集をみながらおれは考えた。

「いかないで」にはダムがいる。

 昨日の映画をみても思ったんだが、こんな言葉はそうそう口から出るものではない。

 よっぽど相手の感情がたかぶってなきゃ、ダメだ。

 つまりおれへの好意がある程度たまっている状態で、がつん、と一撃くらうぐらいのことがないと。

 

 そのために――

 

(ギリギリまで転校することは秘密にする)

 

 というのは有効だろう。

 

 週が明けて月曜日。

 

 おれは校門の前を、行ったり来たりしていた。

 待っているのは、もちろん演劇部の小原(おはら)さんだ。

 一回デートにいって、逆に相手のことを意識しすぎてよそよそしくなる――なんて思春期をやっている場合じゃない。

 押して押して押す!

 

 

「そこ邪魔」

 

 

 と、背後から声。

 おれに敬礼のポーズ……ではなく、メガネの横に指先をあてている。

 

 

「調子はどう? タイムリープくん」

 

 

 さわやかな朝日の逆光で、表情はよく見えない。

 ほんのわずか微笑んでいるような気もする。

 同じクラスの深森(ふかもり)さん。

 

「まあ、はい」

「だれかを待ってるのね」

 

 ぜんぶお見通しのような口調で、ぼそっとつぶやく。

 

「ご苦労さま」

「あ、まって、えーっと……」

「なに?」

「土曜日、映画館で泣いて――――」

 

 電光石火。

 言い終わらないうちに、両手で腕をつかまれた。

 

「どっ……、どうしてそれをしっしし知ってるのっ⁉」

「いや、そんなにおどろかなくても。おれ、うしろの席にいたから」

「あれは中学生の男の子が興味をもつような映画じゃないでしょ!」

「それはその……デートだったから」

「デート?」

 

 手の力がゆるんだ。

 セーラー服の胸の前で腕を組んで、くぃっとあごを上げて、なにを言うのかと思ったら、

 

「お(さか)んでけっこう。とにかく、絶対に私が『泣いてた』とか言いふらさないように。いい?」

「そんなことしないけど……」

「あなた、意外とあなどれない存在ね。まさか里居(さとい)さんとそこまですすんでいたなんて」

「モアと? いや、べつの子だよ」

 

 数秒、無言でおれをみて、

 はっ、とあきれたように息をはいて首をふった。

 

「それがあなたの生き方なら、私はなにも言わない」

 

 どいて、と手でおれをどけてさっさと行ってしまう。

 登校するたくさんの生徒の流れの中にまじって、三つ編みの後ろ姿が消える。 

 

 ――ん?

 

 いまのどういう意味……これって盛大に誤解されてないか?

 あたかも女の子とイチャイチャするためにおれがタイムリープしている――みたいに。

 

 ま、いいか。

 深森さんに嫌われたならそれもかまわない。

 実験で証明されてるらしいからな。

 

①最初はわるい評価、途中からいい評価

②ずっといい評価

③ずっとわるい評価

④最初いい評価、途中からわるい評価

 

 この場合、①がもっとも相手に好意をもつって話だ。

 どうせ正面からアプローチしても、おれなんかじゃ彼女と仲良くなれる可能性はうすいだろう。

 嫌われに嫌われて……ぐらいの展開のほうがまだチャンスがある。なんならおれの〈(てき)〉になるぐらいでも。

 

(あっ)

 

 いつのまにか小原さんが、友だち数人とおれの近くまできていた。

 通りすがりに目が合って、ウィンク。

 ドキッとした。

 まわりに気づかれないように、こっそりひみつの信号を送ってくれた感じが、すごくいい。

 

 ◆

 

 放課後。

 いきなりダムが決壊した。

 

 

「転校するって、ほんと⁉」

 

 

 小原さんが駆け寄ってきて第一声がそれ。

 うろたえつつも「まあね」とこたえたおれ。

 

「せっかく別所君とは仲良くなれると思ったのに。残念だなー」

「いや、まあ、でも、まだ時間は……あるから」

「もちろん。それで、どこに行っちゃうの?」

 

 おれは転校先の場所を伝えた。

「えーっ!」とひときわ大きくなる彼女のリアクション。

 なんか急いでいる感じがしたので、そう長くは話しこめなかった。

 バイバイ、と手をふって、小原さんは教室を出ていった。

 

 おれは心の中で、ストーンと両ひざを地面に落とす。

 

 彼女の姿と――「いかないで」が、いっしょに遠ざかったからだ。

 

 

 犯人の目星はすぐついた。

 

 

「……なによ」

 

 

 来週の火・水に中間テストがあるから、今日から部活はないし、みんなさっさと下校している。

 こいつもそうだ。あと数秒おそかったら、つかまえられなかっただろう。

 

「どうしてバラしたんだ?」

「知らないじゃん」

「おれからナイショにしてくれとは言わなかったけど……だいたい空気でわかるだろ。それなりに長いつきあいなんだから」

「はいはい。あやまればいいの?」

「……モア。おれはそんなことを言って――」

 

 ビンビンに周囲からの視線を感じる。

 言葉にすれば「おーおーチワゲンカやってんな~」という、そんな見守り。

 いい見世物(みせもの)だ。

 

「もういいよ」

 

 そんな捨てゼリフでおれは教室を出た。

 さすがに今日は、放課後に校舎をブラつこうという気にならない。

 もはやそれどころじゃなかった。

 こうなった以上、すみやかにプランBがいる。

 

(まいったな)

 

 帰り道。

 ときどきうしろをふりかえるが、誰もいない。

 

(ほかの女の子に好きになってもらうより、確実におれを好きになってくれる子が一人だけいる)

 

 萌愛(もあ)だ。

 一週間ほどロスしてしまったが、今からでもアタックして、前回と好感度を同じくらいにまでもっていけないか?

 

 

「こ、このヘアピン……どうかな? ヘンじゃない……?」

 

 

 咲いた赤い花の飾りがついたヘアピンを、あいつは最後のデートのときにつけてきた。

 あのとき「かわいい」とホメたおれの心は、たしかにウソじゃなかったはずだ。

 

(今度は前もって、あいつをトイレにいかせるとかしてれば……あるいは) 

 

 ぶーんぶーんとスマホがふるえた。

 

「やっぱりか」

 

 と、ついひとり言を口にしてしまった。

 みじかい「まってよ」というメッセージ。

 ふりかえった。

 そこには丸っこい髪型の、セーラー服の女の子が立っている。 

 30メートルぐらい向こうに。

 

(…………?)

 

 様子がおかしい。

 その場から、動こうとしないんだ。

 びゅう、とつよい風がふいてクラゲみたいにあばれるあいつの髪。 

 

 スマホに電話がかかってきた。

 

 

「私、決心したことがあるんだ」

「この距離で電話しなくていいだろ」

「きいて」

「なんだよ」

「本日10月6日(むいか)をもって、私―――」

 

 なんだ?

 急にドキドキしてきた。

 いつもの幼なじみが、いつもじゃないまなざしでおれを見ている。

 

 

「コウちゃんの(てき)になるっ!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。