「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません   作:嵯峨野広秋

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負けるが勝ち

 学校がみえてくると、まわりに生徒の数も増える。

 その数に比例するように、じょじょにおれたち二人の間隔もあいていく。

 一学期のある日、正門の前でクラスメイトのお調子者の安藤(あんどう)に「おまえら登校デートじゃーん‼」とハヤしたてられたのには、まいった。

 あれ以来、こうするのがおれたちのルールになっている。

 

 ループ初日の昼休み。

 

 もはや恒例となった……

 

 ――『恋愛心理学』の本。

 

 だが、目的はべつにある。

 この図書室で彼女に会う。

 

 一度目はそもそも本を借りていない。

 二度目は本を借りてさっさと出ていったから彼女には会っていない。

 三度目でやっと会えた。そのときと同じようにすればいいだけだ。

 

 すわっている席も、テーブルの上の本の配置も、前回を完全に再現したぞ。

 そして、しばらくまっていると――

 

 

「意外」

 

 

 ――そうくるのがわかってたから、当然おれはおどろかない。

 真後ろにいるのは、同級生の頭いい女子の深森(ふかもり)さん。

 ふりかえって言う。

 

「そうかな? おれ、こういう推理小説、けっこう好きだから」

「私、まだなにが意外なのか、あなたには言ってないんだけど」

「えっ?」

「どうしてわかったの?」

「いや……なんとなく」

「あなたって不気味ね」

 

 ぶあつい辞書を3冊重ねてたたかれたような衝撃。

 女の子に「ブキミ」っていわれてしまった……。

 

「話しかけたことは、忘れてちょうだい」

 

 去っていく背中。セーラー服のうしろでリズミカルにゆれる二本の三つ編み。

 味方になってくれるはずの彼女が、早々(はやばや)といなくなってしまった。

 ぽっきり、心のシンが折れた。

 

(……でていくか……)

 

 思えば、やりすぎたかもしれないな。

 未来を知ってるからって、得意になってたんだ。

 以後気をつけよう。

 そんな念押しをしながら、階段の踊り場で方向をかえた途端(とたん)

 

「いったぁ」

 

 ぶつかってしりもちをついたのは、知っている女の子だった。

 地面にぺたんと座りこんで〈ル〉の字におりたたんだ両脚。

 スカートをおさえながら、もうしわけなさそうに言う。

 

「ごめんなさーい。ちょっと考えごとしてて……」

「そっちこそ大丈夫? さ―――」

 

 おれは全力でコトバをのみこんだ。

 この世界で彼女の名を、そんなに親しく呼んじゃいけない。

 

小原(おはら)……さんのほうは」

「あれ? 私の名前を知ってるんだ」立ち上がりながら、しっかりおれの顔をみる。「あーっ! ごっめーん! 同じクラスの人だねー」

 

 セミロングの髪にさっと手櫛(てぐし)をとおして、

 よそいきの表情と声で彼女は問いかけた。

 

 

「えっと……誰くんだったっけ?」

 

 

 いまはじめて自覚した。前回のループで敗北したことを。

 あの桜はもう、どこにもいない。

 

「別所です」

「あっ! そうそう!」

「じゃあ……」

 

 (わか)れぎわ、チラッと手元の本をみられた感覚があった。

 表紙にでかでかと『恋愛心理学』と書かれた本を。

 だからって、いまさら恥ずかしいとかじゃないけど。

 

「あ。コウちゃんじゃん。昼休み、どこ行ってたの?」

「図書室」

「なんか借りてる?」

「ダムの写真集と小説。あと……」

 

 言おうとしたら、すばやく横取りされた。

 

「げっ」

「おい。なんだよそのリアクション」

「げっ、げっ」

 

 と自分の声に合わせて表紙を指でたたく。しっかり本をおれのほうに向けて。

 きらいな食べものを見る目で。

 

「なーにコジらせちゃってんだか。だっさ。ひくわー。恋愛って本読んでするもんじゃなくない?」

「じゃ、どうやってするもんなんだよ」その大事な大事な本を、おれは萌愛(もあ)からうばい返す。

「知らないじゃん。本能? とかそんなヤツだよ」

 

 しれっと恋愛を語りやがって。

 最後の最後でおれとのわかれよりも生理現象をえらんだおまえがいう……

 

(まてよ)

 

 席にもどって、はたと思った。

 

 最終日の萌愛の行動をまとめると――

 

 一度目=花道にいた。(態度はふつう)

 二度目=トイレ。

 三度目=いた。(態度はふつうから、ラストで少し変化)

 

 こうだ。

 んー……、おなじ〈10月31日〉でおなじ人間が、こんなにブレるもんか?

 たとえば、お調子者の安藤(あんどう)なんか、花道の「おまえじゃないだろ」のボケは完全にいっしょなのに。

 

 とくに、二度目だけが大きく仲間外れだ。

 いったいこれは……。

 まあ、考えても答えは出ないか。

 それより、すみやかに考えるべきは「いかないで」をいってくれる相手だ。

 

 10月2日。

 

 朝の通学路では萌愛に会わなかった。

 

「うぃ」

 

 靴箱のところで肩で肩を押してきたのは、おれの友だち。

 

「また会えたな」

「へっ? なんだよそりゃ。おれたち昨日もふつうに会ってるだろベツ」

 

 教室にいく途中、

 

「なあ優助(ゆうすけ)。彼女をつくるコツを教えてくれ」

「ストレートな質問だな~。ってか、そういう話をベツからすんの、めずらしくね?」

「おまえの……ほらバレー部のマネージャーの子とはどうだったんだ?」

「やめろよベツ。()じーって」

 

 教えてくれ→やだよ、のラリーを何度かしたら、

 

 

「誰にもいうなよ」

 

 

 教えてくれた。さすが優助だ。

 

「部室で二人っきりになったとき、あいつが、うしろから……こう」

「おれでやるなよ」

「抱きついてきたんだ。で、まあ、そういうことさ」

 

 優助がおれにしたのは、いわゆるバックハグ。

 こいつにはわるいが、参考にはならないな。

 おれがこんなことを女子の誰かにしたら、一発でアウトだろう。ヘタしたら親を呼ばれてしまう。

 

 結局、その日も収穫なし。

 

 10月3日。

 

 朝から大雨。

 放課後になって、雨はさらにいきおいを増した。

 

(とうとう、きたか)

 

 おれにとっては運命の日。昨日の夜は緊張してあまり寝られなかった。

 ただ「おや?」とも思う。

 ややこしいが、この〈10月3日〉はひとつ前の〈10月3日〉とはちがう。

 すなわち、ひとつ前の深森さんがおれのために何かを仕込んでくれていたとしても、その〈10月3日〉はあくまでひとつ前のものであって、今日ではない。

 

(彼女でもカンちがいってことはあるだろうしな……)

 

 ましてやこんな特殊な状況だ。

 もし、彼女も同じようにタイムリープか、あるいは記憶を持ち越せるとかなら、話はべつだけど。

 

(机の中になにがあるっていうんだ?)

 

 小説を読むフリをして時間をつぶす。

 あいかわらず外はザーザーぶり。

 一時間後。

 やっとおれが最後の一人になった。

 

(よし)

 

 立ち上がって、一度、廊下の様子をたしかめる。

 大丈夫だ。ちかくにクラスメイトはいない。

 

 では―――――

 

 手をつっこんで、とりあえず、最初にさわったものを出してみよう。

 

 あれ?

 

 何もない。カラだ。カラだって?

 もしかしておれは、からかわれたのか?

 

 

「盗難やイタズラを避けるために」

「なっ!!??」

 

 

 教室の……廊下と反対側、非常階段につながる外の通路側のほうのドアがあく。

 ドギモを抜かれた。

 びしょ濡れで、腕を組んだポーズをとる彼女が突然あらわれたからだ。

 

「私は机にモノを置かない。ぜんぶ」とん、と足元にある重そうなスクールバッグをつまさきで蹴った。「持ち運んでいるんだけど、ところであなたは何をしているの?」

「いや……えーっと……」

 

 今、おれの体は、机に腕を食われているかのような状態でフリーズしている。

 言いわけは苦しい。

 ゆっくり近づいてきた彼女が、おれの背後に回る。

 

(ん)

 

 かさ、と指先に何かふれた。

 

(どうせ怒られるんなら――っ‼)

 

 思いきってそれを引き出した。

 紙ははがきの大きさ。()かれているのはイラスト。

 ピンク色のコブタをうしろからとらえたアングル。

 

「はい。バカがみるブタのケツ、ね」

「バカ? え? ケツ?」

 

 おれは肩ごしにふりむく。

 深森さんがそんな下品な言葉を口にするなんて。

 

「いいえあなたはバカじゃない、ただのあほ」

「ふ、深森さん?」

「あ・ほ」

 

 と、言ってすぼめた彼女のくちびるが、いきなりぶぅんとぼやけた。

 くちびるというか全身が。

 おれにとってはそれどころじゃないんだが、今、落雷の爆音があったようだ。

 音とほぼ同時。スピードは光のはやさ。

 

 

「きゃーーーーーーーーーーーっ!!!!! いやーっ!!!」

 

 

 背中で彼女は絶叫した。

 おれにうしろから両腕を回して、ぎゅ~っと抱きしめている。

 まるで「いかないで」といわんばかりに、はげしく。

 

 これは感じたことのない感触。

 はじめての()らかさ。

 優助のときとは、あきらかにちがう。

 

「だ、大丈夫?」

「わわ私カミナリは――ダメなのっ!」

 

 こんな経験ができるなら、前のループで失敗してよかったかも。

 そんなふうにさえ思わせる悪魔的な魅力が、このぬくもりにはあった。

 

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