各国から常に注目を集める大帝国には、優秀な人材が自然と集まる様になり、何より、「魔法使い」達はこぞってユリティシア帝国に集まった。
ユリティシア帝国を治めるのは、「栄光の象徴」、「神の代理人」とまで称され、称えられる、ユリティシア皇族家であった。一族の者は、魔力が最も高いとされる、プラチナブロンドをしており、澄んだ碧眼の宝石眼を持ち合わせている。天空神レアと大地神イアの化身とまで民から崇められるのには、人間離れした美しい容姿と、圧倒的な魔力量と、魔法の才があったからである。魔法使いたちは、貪欲な程に知識欲があり、この世界の最高権力であり最高の魔法使いと呼ばれるユリティシア家が統治する国であるからこそ、この国へ集まっていたのであった。
だが、星架歴550年、世界を暗闇が覆いつくし、大都市ユリティシア帝国は、その影一つ残さずたった一夜にして消失したのであった。
第二次魔素災害。
空気中に漂う魔素が、何らかの原因で一時的に不安定になる事により、大地と天空のバランスが乱れ、歪が生まれる。その歪は大きく時空をも歪ませ、そこにあるすべての物質を消失させる。以前魔素災害が起きたのは、人類史上残されている記述により、200年前の星架歴350年に1度生じている。それから200年後、2度目の魔素災害が生じたことにより、「第二次魔素災害」「暗黒の年」と語り継がれるのであった。
窓を全て板で塞がれ、分厚いカーテンがかけられた薄暗い部屋に、ほんのりと小さな明かりが燈っていた。ベッドの上には、大きな本を片手にまだ幼い少女を寝かしつけている女が、ある物語を読み聞かせている。
「ねぇ母様、“ユリティシア物語”の童話がベラは1番好き!」
「ふふ、もう本が破れてしまいそうだわ。本当に好きなのね」
「うん!!だって凄いもの!!魔法使いが沢山いて、色んな“けんきゅう”もいっぱいして楽しく暮らしていたんでしょう?“ゆーとぴあ”って言う所にベラも行きたいなぁ」
女は目をキラキラと輝かせる愛娘に、つい口元が緩み笑みを浮かべた。
「今じゃ魔法使いはその数も減って、貴族や皇族だけになってしまったからね。昔は町に沢山魔法使いがいたみたいよ?」
「ねぇ!ベラも魔法が使える?」
「ベラだって練習すれば使えるようになるわよ?あなたの名前は何だった?」
「イザベラ・ハイド!」
両手を上げて元気よく答えるベラの頭をよしよしと撫でた。
「そう!ハイド公爵家のお嬢さん、さぁ、もう寝る時間よ?」
母アイシェは、腕を軽く横に振りながら「ブロット」と呟くと、小さな豆電球の灯りは消えて、月の光も届かないこの部屋に、完全な暗闇が訪れた。
イザベラが生まれたハイド公爵家とは、ここオベリア帝国の中でも歴史ある格式高い一族である。親戚筋には、皇族の血も流れる程高貴な身分であった。だが、イザベラ達が住むこの部屋は、公爵夫人と公爵令嬢には相応しくない環境であるのは、一目瞭然である。その理由を、まだ幼いイザベラも不思議がり、母アイシェに尋ねたことがあった。
「旦那様はイザベラの事はお嫌いではないのよ?本当はお優しい方なのよ。母様が無理を言って、イザベラと一緒に居たいと言うから、あなたまでこんな狭い所に居させてしまってごめんなさい。嫌だったらもっと広いお部屋にしてもらうようにお伝えするわ」
ベラは、申し訳なさそうに話す母を見て幼いながらも心が痛んだ。
「ベラは母様とずっと一緒にいたい」
足元にしがみつき、薄っすらと涙を浮かべるベラの頭を、アシシェは優しく撫でた。
―この子は私が必ず守ってみせる。どんな事があってもこの子だけは失ってはならない。
アイシェは覚悟のある瞳で、愛娘を見つめていた。
ハイド公爵家の主、ロバート・ハイドは、オリビア帝国の優秀な宰相だ。表情は常に変わらず、笑わない事で有名な人間だった。ロバートは、1か月に1度だけ数分の間、自室にアイシェとイザベラを呼んだ。内容はいつも同じだ。
「まだ死んでいなかったか。生きていることが確認できた。もう行っていい」
アイシェもイザベラも、一言も発することなく、一度お辞儀をして部屋を出る。久しぶりに会う妻と娘に対して言う言葉ではない事は、今年4歳になったイザベラでも理解できた。“怖い”そんな印象しか持てなかった。
「あんな言い方しかできない人なのよ。許してあげてね」
怯える娘の頭をよしよしと撫でた。イザベラ達が住まう部屋は、公爵家の最奥の部屋である。毎月、同じ侍女が部屋まで案内してくれて、2人はその後ろをついて歩く。すると、前を歩く侍女の足がピタリと止まり、腰を曲げた。
「こんにちは。ルカ様、エリシア様。大きくなられましたね」
アイシェも頭を少し下げて挨拶をした。そこには、ハイド公爵家の子供たちが道を塞いでいた。次男のルカと、長女のエリシアであった。
「気安く話しかけるな!平民のくせに」
「あんたを母様だなんて思わないからね」
アイシェは、辛辣な言葉にも動じず、もう一度お辞儀をして足を進める。イザベラは委縮してしまい、母の影から2人を見ていると、小さく舌打ちをされて強く睨まれた。
ハイド公爵は、前妻がおり、アイシェがこの家に来る前に亡くなっており、前妻との間に3人の子宝にも恵まれていた。長男のルーカス、次男のルカ、長女のエリシアだ。
イザベラは、この時初めて母の出身が身分の違う平民であった事を知った。同時に、兄弟達が全員腹違いの兄弟であったことも知ることになる。だからと言って、イザベラは恥ずかしいと思ったり、劣等感を抱いたりすることはなかった。
―ベラには母様さえいてくれたらそれでいい。
母親の存在だけが、イザベラの全てであり絶対的なものだった。いくら周りからに侮蔑されたとしても、自分さえ分かっていればそれでいい。だが、大好きな母親が、こうも言われっぱなしになるのには、激しい憤りを感じていた。母親が違い、身分が違う存在だったとしても、公爵家夫人という立場は変わらない。何か文句の一つくらい言ってやりたかったが、イザベラは、喉元にまで出かかった言葉を、グッと飲み込んだ。ここで自分が何かを言ったとしたら、更に状況が悪化することは、子どもながらも薄っすらと理解していた。
エリシアの、冷たくこちらを睨む瞳を、イザベラは反らすことなく見つめていた。すると、なぜかエリシアの顔は、どんどんと青白くなっていく。額からは大粒の汗が流れており、自然とエリシアの方から、イザベラから目線を反らした。
「?」
急に顔色が変わるエリシアを、不思議そうに見つめていると、アイシェはイザベラの背中に手を当てて、先へ進む様に優しく押してきた。侍女は気まずそうな表情をしながら、また足を進めていつもの部屋の前まで着いた。
分厚い鉄の扉には、いくつもの錠前がかかっている。まるで、おとぎ話の牢獄みたいだ。“悪いものを閉じ込めておかないといけない”そんな意図を感じさせるほど、異常な光景だ。侍女は慣れた手つきで1つずつ鍵を開けていく。扉の中に2人が入ると、外からしっかりと鍵をかける。中には鍵はなく、ドアノブもない。そう、この部屋は外の頑丈な錠前を開けるしか、中へは入れず、中から外へは決して出ることができない作りになっているのだ。
侍女は再び主人の部屋へ行き、分厚い鍵を届ける。公爵家夫人とその令嬢が、そんな異常な生活を送っている事は、このハイド公爵家の者しか知らず、イザベラとアイシェの存在は、社交界でも、見た者はおらず憶測だけが飛び交っていた。
―ハイド公爵家夫人はとびきりの美人で屋敷から出さないらしい
―いや、ハイド公爵家夫人は平民出身だから社交界に出してもらえないと聞いたわ
―皆さん知っていますか?ハイド公爵家には、4番目の令嬢がいてまるで、妖精みたいなんですって
いつになっても社交界に姿を見せない2人は、ハイド公爵家の秘密の存在として噂になっていく。だが、公爵家という伝統ある一流貴族に大して、そのような憶測を、直接確認するような身の程知らずはおらず、真相は謎のまま他貴族を始め、平民にまで広がっていくのであった。