妖精姫の夢想   作:@れんか

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2話 幼い努力

 

「イザベラ、今日は母様とダンスの練習をしましょう」

 そう言いながら、大きな丸い硝子玉に魔力を込めると、優雅な音楽が部屋中に響き渡った。“映像石”映像や音声を硝子玉に記憶させる事で、魔力さえあれば、いつでも再生することができる代物だ。棚の上には、数々の映像石が並べられており、今流れているのは、舞踏会でよく流れると記述される、“コープマンのワルツ 舞踏の少女”だ。

 

 公爵家というのに、屋敷の最奥の、光も届かない部屋に幽閉されている私が、今後このダンスを披露する場所なんてあるのだろうか?と、自問自答しながらも、手を伸ばす母親の手を掴んだ。

 

 母様と一緒に何かする事は凄く楽しい。ダンスも、ピアノも、勉強も、不思議と嫌な気持ちにはならない。絵本や小説を読むと、主人公の子どもは、外の世界に冒険に出かけたり、友達と遊んだりするような表現がよくされていた。自身の置かれている状況が、普通ではない事は、少し前から気付いていた。普通の子どもなら、外に出て遊びたいと駄々をこねるのかもしれない。でも、どうして?今がこんなにも楽しいのに、外にこれ以上のものがあるとは思えないわ。

 

 イザベラは軽やかにステップする。

「ふふ、本当に上手になったわね」

 いつも不思議に思っていた。母様は、平民出身のはずなのに、いつも私に教えてくれるものはレベルの高いモノだった。それが尚更誇らしかった。きっと私の寝ている所で勉強して、教えてくれているんだ。私の為にしてくれている事が心の底から嬉しくて、それに答えようといつも食らいついていた。

 

「イザベラももう今年で6歳になるのね。たった6歳で、ダンスを殆ど踊れるのは凄いわ。それに、お勉強も頑張っているしね。唯一苦手なのが、魔法構築学ね」

 魔法構築学とは、既存の術式を単に発動させるのではなく、自身でアレンジして、発動効率を高める様書き換えたり、新たな術式を自ら模索構築したりしていく学問だ。これには閃きと、それを可能にする才能が必要であり、誰でも簡単にできるものではない。現在の、オベリア帝国の最高教育機関“オルフィス魔法学校”でも、魔法構築を実際に行える者は、教師陣の中でも殆どいない。生徒に対しては、その考え方のみを教え、できない前提で1度実際に構築しなさいという課題が与えられるが、この課題をクリアできる者は、数年に1人か2人いる程度だ。だが、アイシェがイザベラに求めているのは、オベリア帝国最高教育機関でも難しい、自分自身で新たな術式を構築することだった。

 

「既にある術式を発動させるのは簡単なんだけどなぁ」

 頭を悩ませるイザベラを見て、アイシェはヒントを与える。

 

「振り返ることも大事よ。復習してみましょう。皆慣れてくると、考えようとせず感覚だけで魔法を扱おうとするわ。でも大事なのは、1つずつ発生機序を理解して発動させること。ベラ、魔法はどのような機序で発動させられるのか、言語化してみて?」

 

「えっとー…、この世界は、大地の神イアと、天空の神レアにより創造された。私達が今魔法を扱えるのは、2つの神が与えてくれた肉体にある、魔力を生み出す魔核と、大地や空気という自然の中から発生する魔素があるから。魔法を扱うのには、自身の中にある魔核から溢れる魔力を、全身に行きわたらせ、目に見えない大気中に溢れている魔素を、術式によりかき集めて、様々な魔法を発動させる」

 

「そうね。でももう少し深く考えてみましょう。“イグニクル”」

 アイシェの手には、小さな炎が発生しユラユラと揺らめいていた。

「この低級魔法の“イグニクル”だけど、イザベラが初めて使えるようになったのは確か4歳の時だったわね?恐らく、感覚で使えてしまったって感じだと思うけど、本物の魔法使いになるにはそれだけじゃだめよ?火は、空気中にあるメタン(CH₄)と酸素(2O₂)をかき集めることで、反応し炎が生まれる。この過程により、二酸化炭素(CO₂)と水(2H₂O)が生じているの。では、更に燃焼させるには、そうね…、この術式に木を発生させる術式でも書き加えましょうか。木を構成するのは、炭酸ガス、水に由来する炭素、水素、酸素原子から成り立っている。 これらの元素がセルロース分子、ヘミセルロース、リグニンを構成し、それらの分子が集まって精巧な細胞構造体を成したもの。じゃぁ、これらを書き加えるとー……“イグニセンティブ”」

 

 アイシェの手の上で揺らめいていた炎は、あっと言う間に大きな火柱を立てる、上級魔法になっていた。イザベラは、目を輝かせてその炎を見つめていた。

 

「こうして、一つ一つの現象を分子構造レベルで理解していかないと、本物の魔法使いにはなれないわ。昔は、数多の知識を求めてある国に魔法使いが集まって、お互いの知恵を振り絞り、今ある既存の術式が後世に伝わっている。過去の人間ができたんだもの。私達にも同じ事ができるわ。だから既にある術式は、どのように構成されているのか、そこを追求していく事が、本当の魔法構築学よ」

 

 アイシェは、部屋にあった魔法構築学の本を、初めて目にした時、この国の魔法レベルの低さに愕然とした。自身が教わっていたモノとは、大きくかけ離れた内容であり、肝心な事が記載されていなかった。障りの部分だけを紹介している、なんの役にも立たない教材が、現在最高教育機関と言われる“オルフィス魔法学校”の教育なのか。

 

 手にした魔法構築学の教科書は、擦り切れる程ボロボロになるまで読み込まれていた。本の裏表紙の下にまだ幼い文字で書かれた、ロバート・ハイドの名を指でなぞりながら、目を閉じた。

 

―あなたも苦労したようね、ロバート様

アイシェはふっと小さな笑みを零した。

 

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