妖精姫の夢想   作:@れんか

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3話 父の姿

 いつもは私よりも先に起きている母様が、目が覚めると横でまだ寝ていることが多くなっていた。顔色が悪く、最近は起き上がるのも辛そうだ。

こんな密閉された環境で、食事を用意するのも全て魔法で母様が、準備してくれていた。1から食材を構築するのは、上位魔法の中でも難しいが、母様は何でも構築することができていた。

 

 だが、最近は、魔法を使おうとすると、右手を震わせて跪く程に、痛みに耐える様になっていた。

「母様!私も簡単な物なら構築することができるようになったんです!見てて下さい!」

 すると、時間はかかったが、パンを2つ生み出すことに成功した。

 

「まぁ!本当に凄いわベラ。味見してみようかしら」

 ベラも口の中に含むと、分子構造の対比率を少し間違ったのか、固くパサパサなもので、お世辞にも美味しいとは言えないものであった。

 

「か、母様食べないで!」

 そう言うも、アイシェは顔色一つ変えずにもぐもぐと食べ進めていた。

 

「うん、上出来!今度は砂糖も書き忘れない様に術式に組み込んだらもっとコクがでるわ」

「はい!」

 満面の笑みを見せた。

 それから私は、食材の構築魔法にのめりこんだ。少しでも美味しいモノを、少しでも栄養のあるモノを母様に食べてもらいたい。その一心で、寝る間も惜しんで、部屋にある分厚い本に目を通した。次第に、パンだけではなく、様々な分子が組み合わさった料理も、魔法で生み出せるまでになっていた。

だが、私の魔法レベルが上がるにつれて、日に日に母様は瘦せていき、ベットから起き上がることもできなくなった。

 

 コンコンと、あの鉄扉を外からノックする音がした。今日は、月に1度、この屋敷の主ロバート・ハイドに会う日だ。

「母様、今日は私だけで行ってきます。お父様に母様の元へ来てもらうよう伝えてみますね」

 イザベラが話しかけても、アイシェは青白い顔で眠っているだけだった。

 

 母様が目を覚ますのは、日に数時間だけになっていた。母様はいつも、父様の事を大事に思っていた。月に1度しか顔を見ることもできないのに、母様は、父様を愛しておられた。私は、1度母様に「お父様の事が嫌いになった事はないの?」と訪ねたことがあった。母様は笑いながら「1度もないわ」と言い切っていた。

 

 私が生まれて6年が経つが、離れていても、いくら冷たい表情しか向けられなかったとしても、その思いは変わっていなかった。母様の父様への思いを考えると、自然と父様が憎く感じた。大好きな母様からこんなにも思われているのに……。貴方は母様がやせ細って、もう立てず、更には数時間しか目を覚まさない状態になっているなんて思いもしないだろう。月に1度しか会わないくせに、母様の愛を得られている父様が憎い。

 

 イザベラは小さな手をぎゅっと固く握りしめる。

「行ってきます」

母様の傍に立ち、小さく呟いた。

 

 扉の前に立ち、内側からノックを3回返す。これが「準備ができた」の合図だった。すると、侍女は、扉の鍵を開け、鉄の扉がゆっくりと開かれる。侍女は、イザベラしか立っていなかった為不思議そうに首を傾げる。

 

「母様は体調が優れないので今日は私だけです」

 6歳の子どもとは思えない大人びた雰囲気に、侍女の背中を冷たい冷や汗が流れた。

「左様でございますか。では、参りましょう」

 

 薄暗い部屋から明るい廊下へと出た事により、眩しくてつい目を細めた。

日の光の下に少しでも母様を連れて行きたい。文献で読んだが、日の光には、免疫力の維持に欠かせない、ビタミンDを生成する効果がある。体内の日内変化も、整えてくれるとも記述があったから、もしかすると、もう少し起きていられる時間を、長くできるかもしれない。お父様にそれも頼んでみよう。

 

 ふと窓の外に見えたのは、美しい庭園であった。燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴びて、綺麗に手入れされた庭には、無数の美しい花が咲き誇っていた。

「アマリリスの花…」

 聞こえるかどうか分からない程、小さな声で呟いた筈だが、どうやら侍女の耳まで届いていた様で、ぴたりと足を止めた。

 

「―…旦那様がお好きな花です。あぁ見えて、庭の手入れには力を入れていらっしゃるのです」

 初めてこの侍女と会話をした。よく見ると、栗色の髪は、光の当たり加減で少し金色に近い色をしていた。

「さぁ、旦那様がお待ちです」

 そう言うと、淡々といつもの様に、私を父様の元へと案内した。

 

 父様の部屋の前には、ハイド家の紋章である2頭の獅子が、金で作られており、宝石も周りに散りばめられている。職人の技術を集結させた一品だ。

中に入ると、今日も変わらない冷たい表情をした父、ロバート・ハイドが私を見ていた。

 

「お前だけか」

 ただ聞かれているだけなのに、何か悪いことをしたような気分になった。まるで、罰を受けるのを待っている様な緊張感だ。生唾を飲み込んだ。

 

「はい。母様は最近体調が悪く、今はでは立つこともできません。目を開ける時間も数時間しかありません」

 母様がこんな状態だと知れば、表情を変えてすぐに腰を上げて部屋まで来てくれる筈。私はそんな期待をしていたが、父様は顔色一つ変えず、深いため息をつくだけだった。しばらくの沈黙を破ったのは、父様だった。

 

「それだけか?ならもう行ってよい」

 私から視線を外し、手元の書類に目を落とした。

 

 全身の血の気が引いていく。それと同時に腹の底から怒りが湧き上がる。

ーそれだけ……?母様はずっとあなたの事を思っているのに‼もう立てないんだよ?もしかしたら、このまま目を開けないかもしれない。いつ亡くなるか分からないような状態なんだよ?医者さえ呼ばないと言うの……!?

 全身を震わせながら、言葉を絞り出した。

 

「母様に一目でも会っていただけませんか?」

「私が行った所で変わらない。時間の無駄だ。おい、連れて行け」

侍女は扉を開けて、私を部屋から出そうとした。

 

 絶望した。あの母様が愛した人だから、母様がこんな状態と分かれば、きっと顔を見に来てくれると思っていた。私が間違っていた。この人は人間の皮を被った悪魔だ。なぜ母様はこんな人を愛したの?

 

「お、お嬢様。参りましょう」

 侍女に促されるまま、私は部屋を追い出された。

―これではあまりにも母様が報われないじゃない。

 

 喉の奥が熱くなり、じわじわと涙が溢れてきた。寝たきりの母の姿を思うと、胸が締め付けられる様に痛んだ。来る時に通った庭に目をやると、日の光の下に連れて行ってあげたいと、あの人に尋ねようと思っていた事を思い出した。なんて愚かな想像をしていたんだろうか。あの悪魔は、母様の顔さえ見に来ない。許しなんて得られる筈がないのに。

 

 気が付くと、部屋の前にいた。侍女は振り返ると、イザベラの小さな体を抱きしめた。

「お嬢様、気を強く持つのです!きっと、貴方様を大地神様と天空神様は見て下さっています。イザベラお嬢様とアイシェ様に神のご加護があらんことを」

 名も知らない侍女は、私達の事をどうやら少しは不憫に思ってくれていたようだ。この世界を創造した大地神イアと、天空神レアには、毎日何度も祈りを捧げていた。だが、母様の状態は日に日に悪くなる一方だった。

 

 まだ目を覚ましていない母様の傍へ寄り添い、手を握った。

「戻りました母様。申し訳ございません。お父様を連れて来ることはできませんでした。ですが、―……父様も母様の事を心配しておりましたよ。早く目を覚まして下さい……」

 消え入りそうな声で何度もつぶやいた。

 

 幸いなことに、この部屋には、様々な種類の書物が沢山あった。天井まである大きな本棚の中から、魔法医学の本をかき集めた。私が母様を助けるんだ。あの人を頼ろうとした自分が愚かだった。母様はいつも言っていた。本物の魔法使いは、自ら知識を取り入れて大成を成し遂げたと。

 

「必ず助けてみせます。それまで少し待っていてください、母様」

 私はこの日から魔法医学にのめり込んだ。

 

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