妖精姫の夢想   作:@れんか

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4話 若き希望

「人間には、魔核があり、それを中心に毛細血管の様に全身に張り巡らされている。魔核は、人体の健康に大きく影響を及ぼす。流れが悪くなるだけで、気分不良や動悸、眩暈の症状が現れる。じゃぁ、私は今何も症状がないから、淀みなく魔力が満ちている状態なんだね。母さんはどうだろう……」

 

 手首に触れると、脈はかなり速かった。

「動悸がある!!そう言えば、まだ起き上がる事ができた頃は、気分が悪そうだった。魔力が何らかの原因で淀んでいる可能性があるのね」

 

 イザベラは急速に医学の知識をつけていった。治癒魔法を行うにも、人体の構造を理解し、人間を構成する物質と、人体に及ぼしている原因が分かっていないと、発動する事ができないのだ。“オルフィス魔法学校”でも、魔法医学の分野は、高度な知識と技術を要する為、上級生の中でも専門分野科しており、特別優秀な者しか学ぶ事ができないものであった。イザベラは、本人も気付かないうちに、6歳にして既に、15歳の選ばれた者しか到達できない領域に、足を踏み入れようとしていた。

 

「母様の年齢と、1日の活動量から推測される、1日の必要摂取カロリーは、約1700㎉。もう経口摂取する事は難しいから、栄養素を直接血管内へ魔法で構築する……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、頭の中に分子構造を思い浮かべて術式に落とし込んでいく。栄養素を、魔法で人体へ補充する行為は、既に医療魔法のそれであった。黄色い光を放ちながら、さっきまで頭に思い浮かべていた術式が、手元に浮かび上がる。

 

 イザベラは、以前自分が詠唱しなくとも、魔法が扱える事に気付いた。分子構造を深く理解する事で、詠唱の手間が省けるようだ。魔法使いとしての自分が、成長していっているのが実感していた。母様にも、前より少しでも成長した私を見てもらいたい。イザベラは睡眠時間を削り、本を読み進める。

 

 月に1回あった、あの悪魔との顔合わせには、それ以降1度も行かなかった。侍女には申し訳ないと思ったが、あの悪魔に会うくらいならば、少しでも本を読みたかったのだ。イザベラが会う事を拒否していても、悪魔は何も行動を起こすことはなかった。

 

 

***

 

 

 オベリア帝国を統治する、オベリア・エアロン皇帝は、眉間に皺を寄せ、深いため息をつきながら、自身のすぐ横に立つ男を見た。長身で、美しい金髪をオールバックにした男は、彫刻の様な容姿をしている。

 

「わしはお主の息子が優秀であるから、皇室の魔法部隊“アレス”の入隊を推薦したのだ。聞けば、15歳という若さで、2つ上の者と混じって、授業を受けても遜色ないと言うではないか。それを、17歳の卒業まで待てというのは……。お主の教育方針ならばあまり口出しはしたくはないのだが、現に、魔法使いには、平凡な魔法使いと、ごく一部の絶対的才能の持つ者とがいる。お主の息子は、間違いなく後者であろう。のぅ、ロバートよ」

 

 冷たい表情は、皇帝の前とて変わらず、いつもの様に淡々とロバート・ハイド公爵は口を開いた。

「我が愚息にそのようなお言葉をいただき感謝しております。ですが私は、本物の“天才”を知っています。真の魔法使いとは、新たに魔法を編み出し、誰も予想もできない大成を成し遂げる者の事だと思っています」

 

 自信の息子を愚息と蔑むロバートに対して、エアロン皇帝は深いため息をつく。

「お主が言うのは、かの大帝国の大魔法使いの一族を指しているのであろう。だが、あの理想郷が一夜にして滅び、優秀な魔法使い達も共に消失した。そこからは、各地に残る、大帝国の魔法使い達の英知をかき集め、既存の術式をなんとか確保した。貴重な文献や書物を守れた事は喜ばしいが、おかげで今の魔法使い達は、既存の術式に甘え、自ら新境地を開く者は少なくなった……。じゃが、世は移り行くものじゃ」

 

 

「陛下、かの理想郷の者達は、己を過酷な環境に置き、常に新たな道を模索していたからこそ、あそこまで大きく力を得たのです。上を目指さぬ者に未来はなどありません」

 

「はっはっはっ!!わしにその様な口が利けるのも、お主くらいじゃ、ロバートよ。どうやら、我が宰相閣下は、この国の行きつく先が不安なようじゃ。確かにお主の言う通りじゃ。よかろう、ルーカス・ハイドのアレス入隊は、17歳の卒業後としよう。あと、来年度からオルフィス魔法学校での教育水準を底上げするとしよう」

 

「はっ。オベリア帝国に神のご加護があらんことを」

ロバートは深く腰を曲げる。

 

「して、我が愚息がどうやら最近、隙を見つけては街に抜け出しているようなのだ。お主、ノアに灸を据えてやってはくれんか?」

 ロバートは、動きがピタリと止まる。なぜ私がしないといけないのかと、ジト目で皇帝を見ていた。

「そんな顔するでない。あの子はわしが年を取ってからできた子じゃ。わしが言うより、オルフィス魔法学校伝説の冷血官の言う方が、効果があると思うのじゃが?」

 エアロン皇帝は口角を吊り上げる。その言葉に、冷血公爵ロバートの、眉間に皺が寄る。

 

 ロバート・ハイドは、オルフィス魔法学校を、その優秀な頭脳と天才的魔法センスにより、15歳という若さで卒業し、周囲にその名を轟かせた。卒業後は、皇室魔法部隊アレスにも入隊し、5年の間で数々の功績を残した後に、若き宰相閣下の地位を手にしていたのだ。その間オルフィス魔法学校の特別指導官も務めていたロバートは、生徒達から尊敬の眼差しを向けられると同時に、持ち前の性格により“冷血教官”と呼ばれていた。だが、ロバートの下で学んだ者は、皆大きく成長し、現在、皇室魔法部隊アレスで活躍している者は多い。

 

「昔の事です」

 ロバートは、面倒くさい事に巻き込むなと言わんばかりに皇帝を見る。

 

「これは命令じゃ」

 はっはっはっ!と大きく笑いながら、容赦なく権力を利用する皇帝を見て、ついため息がこぼれた。

 

「分かりました」

 仕方なく了承したロバートは、早速皇帝の命を実行すべく、その足でこの国の第3皇子、ノア・アナスタシアの部屋を訪れた。

 ノックをし、返事も待たずに中へ入ると、だらしなく机に突っ伏していた体が勢いよく飛び上がった。

 

「なっ、まだ返事をしていない!」

 勝手にドアを開けられた事に怒っているようだが、冷血教官の名を持つロバートの顔を見るなり、皇子の顔は青ざめていく。

 

「またサボっていたようですね」

 心当たりのあるノアは、背筋を凍らせた。宰相として皇家を出入りするロバートは、才能を買われ、ノア皇子の特別教師をしていたのだ。“特別”というのは、宰相としての業務が多忙な為、専任ではなく、週に1度、2時間だけという限られた時間のみ教えるというものだ。

 

 ノアは、誰かが告げ口をした事に気づき、どう言い訳をしようか模索していた。そんな様子を見て、この国の未来を嘆く様に、ロバートは深いため息をついた。

 

「オルフィスでのこの間の試験結果、お聞きしましたよ」

 数日前に行われた、自身がこの学校内でどの位置にいるのか把握できる、大事な試験の事だ。ノアは、結果が良かった為、嬉しそうに顔を上げて、あの冷血官の口から、誉めてもらえると思い、口角を上げる。だが、すぐに、ノアの顔から笑顔が消える。

 

「非常に残念な結果でした。8歳であれば、2つ上の学年と同等の成績でなければなりません。ご様子から、今の成績に甘んじている様ですが、周りと同じではいけないと、何度もお伝えしていますよね」

 

小さな拳が固く握られる。あの冷血官から誉められる事は、やはり難しい。それにしても、もう少し励ましの言葉や、労いの言葉があってもいいものだと内心思いながら、フンっとそっぽ向いた。

 

 ノアは、生まれつき髪の色が少し薄い金髪に、シアンブルーの碧眼だった。この世界では、魔力量が多いとされる基準に、髪の色と、瞳の色が重要である。色素が薄ければ薄いほど、魔力量が濃いとされるのだ。

 

下から、魔核を持たない平民や奴隷に多い、黒髪。魔核は持っているが、魔力を使いこなせない、濃い茶色。更に少し明るい茶色から赤毛の者は、平民から下級貴族に多く見られる。このくらいになると、知識と才能次第で魔法が扱えるのだ。そして、ブロンドの髪を持つのが、下級貴族から上級貴族だ。  ロバートの髪色では、ここに属する。そして、更に希少、皇室でも極稀に生まれるのが、プラチナブロンドの髪を有する者だ。かの大帝国を治めていた、ユリティシア一族は、記述によると、全員がこの希少な、プラチナブロンドだと言う。

 

 そして、瞳色は、下から平民や奴隷に多い黄色。黄色から緑がかった者は、貴族に多くみられる。濃いブルーの瞳は、一部の上級貴族に多く、ハイド公爵家の者は、全員がこの、濃いブルーの瞳を持ち、周囲から一目置かれているのだ。そして、宝石の様に澄んだブルーの瞳の者は、膨大な魔力を体内に宿すと言われている。

 

 薄いブロンドに、シアンブルーの瞳を持つノアは、魔力量が非常に高かった。実際にオルフィス魔法学校でも、優秀な成績を収めているのだ。その為、昔から教えられる事は、難なくこなしていた為、周囲からは期待され、既に天才とも言われるほどであった。だが、ノアを教えるのは、あの冷血官である。周りからいくら褒められようが、冷血官から1度も誉められた事が無い為、心から喜べなかった。

 

 今回は、と思っていた矢先、やはり冷血官の合格をもらえないノアは、再び分厚い魔術書に目を通し始めた。

「休息も必要だとは思いますが、お立場を考えて下さい。エアロン皇帝陛下の統治のおかげで、治安は昔に比べかなり良くなっていますが、街に1人で赴くのは危険です」

 

「分かっていますよ」

 うんざりした表情でペラペラと本を捲る。

 やれやれと思いながら、ロバートは部屋を後にした。時計を見ると、予定よりかなり時間が経っていた。頭に残っていた仕事内容を思い浮かべると、足を速めながら、自室へと向かうのであった。

 

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