バカが鎮守府に着任しました
鎮守府へと続く坂道の両脇には
日本の春の風物詩である、桜が咲き誇っている。
僕は別に花を愛でるほど
やはり、この淡い綺麗な色の花の下を歩くのは何故か心が躍る。
これから始まる僕の……
…………共に過ごす仲間たちとの新しい生活の事を考えるとワクワクするから。
そして春は出会いの季節と言うけれど
こんな僕にも何か……嬉しい出会いと言うものがあるのだろうか。
この綺麗に咲き誇る桜の下でなら、何が起きても受け入れられる気がする。
「Nur
ええっ!?
今、何があっても受け入れられるかもって思ったけど
日本語以外を受け入れるのは、すごく難しいというか、無理なんですがっ!?
とりあえず声のした方を振り返ると……
舞い落ちた桜の花びらを巻き上げるように疾走して来る一人の女の子。
そして僕の目の前まで来ると、何か確認するように僕を上から下まで一通り見て
「
桜舞い散る中、腰に手を当てて僕の事を睨むように見ている女の子。
陽の光を受けて流れるように輝いている髪は
絹のように艶やかで銀細工のように煌びやかだった。
その綺麗な髪を大きな黄色いリボンで馬の尻尾のようにまとめている。
大きくて勝気な吊り目が印象的な、可愛くて整った顔立ち。
頬が少し赤みを帯びているのは今走ってきたからだろうか。
着ている服は、これから行く鎮守府指定の制服なので
ひょっとして、この子も艦娘なのかな?
首に締められたネクタイは重力に逆らうことなく、ほぼ真下に落ちている。
制服の上からでも判るほど、身体はスレンダーで無駄な脂肪はついてなく
……おそらく女性としてはたくさん付いていて欲しい部分も、すごく少なめみたいだ。
スカートから伸びている綺麗な足はスラリと長く
まるでモデルのように身体全体のバランスが良い。
僕が彼女に見蕩れていると……
――ムニッ
いきなり涙目になった彼女に頬を抓られた。
「今、失礼な事考えてなかった?」
“う~”って唸り声が聞こえてきそうな顔で僕の事を睨んでいる。
「滅相もありません……って、日本語話せるの?」
僕が手を左右に振りながら質問をすると、頬から手を離してくれて
「ええ。日常会話くらいならね……でも読み書きがまだ出来ないから駅の表示とか判らなくて」
そこまで言いかけると、いきなりハッとした表情になって
「そうだ。遅刻しそうになって急いでいたんだわっ!」
いきなり僕の手を取ると
「アンタも鎮守府に行くんでしょ?ほらっ、急ぐわよっ!」
桜の花びらが舞っている坂道を、僕の手を引っ張って走り出す女の子。
その女の子が繋いでくれている手はすごく温かくて……何処かホッと安心出来る手だった。
僕はその手を離したくなかったから……一緒になって走り出した。
☆ ☆ ☆
鎮守府の守衛所のある正面ゲートをくぐり、女の子と別れると
僕はまた一人で歩き出す。
守衛所で教えてもらった総司令部のある大きな白い建物が正面に見える。
それに向かって真っ直ぐ伸びる大きな道路の両脇にも、桜の木が並んでいた。
まるで絨毯のように敷きつめられた桜の花びらを踏みしめて
一年のうちで一週間くらいしか見る事の出来ない桜吹雪の中を歩くのは
これから始まる僕の輝かしい未来への道標のように……
…………って、誰かあそこでうずくまっているな?
さっき別れた女の子と同じ制服を着ているみたいだ。
ひょっとしてこの子も艦娘なのだろうか?
「あの……気分でも悪いの?」
うずくまっていた女の子に声をかける。
「はい……でも、もう大丈夫です」
立ち上がって、こちらへ振り返る女の子。
まだ少し足元が
ふんわりとした柔らかそうな髪は背中まで届き、サイドにはワンポイントの髪留め。
可憐で可愛い顔立ちに合った、鈴が転がるような可愛い声。
そして彼女もまた鎮守府指定の制服を着ているから
おそらく艦娘なのだろう。
首に締められたネクタイは、重力など物ともしない彼女の胸の上に張り付き
制服がまるで邪魔だと言わんばかりに身体のごく一部がすごく強調されている。
少し小柄なんだけど、身体に似合わないその一部の凶悪なふくらみが目を引く。
可憐な感じがして守ってあげたくなるような、ふわふわとした優しい印象を受ける。
頬が少し紅潮していて若干潤んだような瞳で僕を見上げている。
「気分が悪いんだったら医務室まで付き合おうか?」
僕がそう言うと、女の子は
「あっ、大丈夫で……っ!?」
何かに驚いたように顔を引きつらせると、いきなり手を振りだし……
…………そして僕に抱きついてきた。
「きゃぁぁぁぁっ……むっ、虫がっ!?」
女の子の可愛い悲鳴を聞きつつ、抱き締められた僕は
彼女の髪から仄かに香る優しくて良い匂いに包まれながら
…………気を失いかけていた。
「ぐっ……ちょっ、ちょっとっ!大丈夫?」
そう聞きはするけど、僕の方がそろそろ大丈夫じゃないかも?
この力強さは、やっぱり彼女も艦娘なのだろう。
僕の身体全体の骨からミシミシと音が聞こえてきそうだ。
ヤバい……そろそろ意識が……
僕がグッタリしたのに女の子が気付いてくれたのか
抱き締めていた腕から力を抜いてくれて心配そうに
「ごっ、ごめんなさいっ……あの、大丈夫ですか?」
逆に僕が心配されてしまった。
そして申し訳なさそうに俯きながら手を口に当てて話しかけてくる女の子。
「私、そろそろ行かないと……心配して頂き、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて、トトトッと軽く駆け出す女の子。
僕はその後姿を見ながら……
女の子と手を握ったり、いきなり抱きつかれるなんて……
今まで悪かった分、僕の人生はこれから良い事があるんじゃないだろうか?
なんて思ってしまう。
☆ ☆ ☆
高校を卒業して行く当ての無かった僕らは士官学校へ進んだ。
元々、何かに一生懸命に取り組むのは柄じゃないし……
秀吉には演劇があったけど、さすがに生涯の仕事として
取り組むほどではなかったのか、僕らと同じ道に進んできた。
同じ道、と言うと聞こえは良いけれど
僕や雄二、ムッツリーニは本当に進みたい進路も無く
願書の提出期限が最後の最後で間に合った士官学校へ……
そしてギリギリですべり込んだ士官学校も
ギリギリの成績で追い出されるように卒業して
今日から正式に、この『文月鎮守府』に提督候補生として配属される事になった。
僕らは、まだ見習い提督だから監視役が付くらしい。
その監視役と言うのが……
「吉井、遅刻だぞ」
――ゴンッ
ドスのきいた声の主に頭を叩かれた。
「痛い。何するんですか。鉄じ――じゃなくて、西村教官」
浅黒い肌をした短髪の、軍服の上からでも判る筋骨隆々とした男が立っていた。
「今、鉄人と言おうとしなかったか?」
「ははっ。気のせいですよ」
「そうか。まぁ、いい。あと、俺は今日付けでお前らの教官兼ここの副司令だからな」
「僕らのおかげで栄転ですか?それなら今度何か美味しい物でも……」
僕がそう言いかけると鉄人は拳を握り締めて
「……お前は遅刻の謝罪もしないでいきなり俺にたかるのか?良いだろう、好きなだけ拳を食らわせてやろう」
「わわっ、すいませんっ!」
僕が慌てて頭を下げて謝ると
「まったくお前と言うヤツは……いくら罰を与えても全然懲りないな」
握り締めて振り上げていた拳を下ろし、溜息をついて呟く鉄人。
すると鉄人の後ろの方から雄二が
「全員揃ったんなら早く挨拶に行こうぜ」
「ん?そうだな。ほら、吉井行くぞ」
鉄人を先頭に歩き出す僕たち四人。
すると雄二が小声で
(何やってたんだ、明久?)
(ちょっと……色々あってさ)
色々の説明をすると雄二たちにからかわれるかもしれないし
今、全部を話すにしても時間が足りないだろう。
するとムッツリーニが僕の方へ向かって鼻を鳴らし始めて
(…………何か良い匂いがする)
どれだけ良い鼻をしているんだっ!?
(まさか……)
雄二が顔を少し青くして……バレたっ!?
そして僕の肩をぽんぽんと軽く叩くと片手を握り締めて親指をグッと突きたてて
(……仕方ねぇ。俺らでお前の事を応援してやる)
(あっ、ありがとう)
思っていたより雄二って良いヤツだったんだな。
でも応援するも何も、この鎮守府に居るってだけで相手の名前も判らないのに。
と、僕が思っていると……
(で、相手はどんな男だ?)
僕は黙って……突き立てていた雄二の親指を腕に突くまで曲げた。
ちょっとでもコイツが良いヤツだと思った僕がバカだった。
「いってぇぇ……明久っ!てめぇ、何しやがるっ!?」
「なんだよっ!」
――ゴンッ、ゴンッ
「「痛ぇぇ」」
「うるさいぞ、お前ら。着いたから静かにしろ」
僕と雄二の頭を殴った鉄人は【総司令 執務室】と書かれたプレートのドアの前に立つと
――コンコン
『どうぞ』
「失礼します」
鉄人が先頭で僕たち四人も続いて執務室へ入室する。
そして鉄人が一礼して
「本日ヒトマルイチゴーより西村准将以下四名、文月鎮守府に着任致します」
「ごくろうさん。まぁそんな固っ苦しい挨拶は抜きにしておくれ。息が詰まっちまう」
ドアから離れたところにある大きな机の奥に座っている人物が、そんな事を言ってきた。
なかなか話の判る人で良かったなぁと……
「しっ、深海棲艦がなんでここにっ!?」
執務室の椅子に座っていたのは……写真で見た事がある深海棲艦だった。
僕たちがいつでも飛び掛れるように足を少し開いて拳を握り締めていると
「着任の挨拶がそれかいっ!?失礼なクソジャリどもだねっ!」
明らかに僕たちの発言と行動が気に入らないらしい。
しかし、僕たちと敵対している相手に失礼も何も……と、思っていたら
「バカ者どもっ!この方は文月鎮守府の総司令官、藤堂カヲル大将だ」
僕たちの魂まで届きそうな鉄人の恫喝が響いた。
「「「「えっ!?」」」」
確かに良く見ると深海棲艦とは、少し違う気がしなくもないけど……
でも、とても僕たちの司令官どころか人間にすら見えない。
良くて妖怪の類だろう。
僕たちが頭を傾げながら司令官を見ていると鉄人が
「まったく、お前らは……人を見た目で判断しおって」
「アンタも十分酷いさねっ!?」
「はっ、失礼しました」
一応、頭を下げてはいるけど、やっぱり鉄人も人間だと思ってないんだな。
妖怪大将のババァはそんな僕たちに
「まったく……アンタらには今度新しく区画分けされたF地区を担当してもらうよ」
「担当は良いが俺たちはそのF地区で何をすれば良いんだ?」
「今から、それを説明するから耳をかっぽじって良く聞きな」
ふんっとばかりに椅子の上でふんぞり返るババァ。
「まずアンタらが相手とする深海棲艦についてだが……アタシを指さすんじゃないよっ!?」
「バカ者っ!静かに話を聞かんかっ!」
――ポキッ、ポキッ
「「痛ぇぇ」」
僕と雄二の指が鉄人に持っていかれた。
「深海棲艦には通常の兵器は、まったく役に立たない……そこで彼女たちの出番さね」
と、ババァが言うと……
――コンコン
「失礼します」
挨拶と共に、四人の女の子たちが執務室へ入ってきた。
そして――
――――そのうちの二人は今朝、僕が会った女の子だった。