――――私が艦娘に生まれ変わって半年くらい過ぎた頃。
『えっ……日本に行くの?』
『
『かなり急な話ね』
『ふふっ、そう?貴方は元々日本の艦だったんだし……やっと帰国出来るのよ?』
『帰国って……私は生まれてからずっとドイツに居てフランスくらいしか行った事無いのに』
『ふーん……でも、貴方には日本の
『私は探している人がいるから、出来れば
『探している人って……例の言葉の?』
『そうよ。私が沈んだところは……確かマルセイユ沖だからフランスにいる人だと思うんだけど』
『でも何回かフランス遠征に行ってるのに、全然見つからなかったそうじゃないの』
『それは……言葉だけで探そうとしても、なかなか……』
『良い機会かもしれないわよ?日本の司令官が直々に貴方を指名してきたくらいだし』
『そうなの?』
『ええ。私とレーベとマックスの三人は海軍省から選ばれたんだけど、貴方だけ日本からの希望で選ばれたのよ』
『そっか……今まで全く探しようの無かった手掛かりが何か見つかるかもしれない』
『見つかると良いわね。出発は1週間後よ』
『判ったわ。そうすると……日本語の勉強をしておかなきゃ』
『あら?貴方、日本語全く判らないの?』
『うん。日本に行くなんて思ってもいなかったし……』
『じゃあ、私たちと一緒に勉強しましょう』
―― 1週間後、私は他の艦娘三人と一緒に日本へ旅立った。
☆ ☆ ☆
日本に着いてから――
私はビスマルクたち三人と別れて、一人で文月鎮守府へ。
どうやら提督とやらが着任するのは、2日後らしい。
それまでは暇みたいなので……
私は擬装を工廠へ置いて、そこで教えてもらった白い建物へ行き
中へ入ると……一人の女の子が居た。
「……こんにちは」
綺麗な長い黒髪をなびかせて、挨拶をしてくれた女の子は
切れ長の翡翠のような綺麗な瞳で私を真っ直ぐ見ている。
姿勢正しく佇むその姿は、以前写真で見た日本人形みたい。
私と同じ制服を着ているから、この子もきっと艦娘なのね。
「
――あ、いけないっ。
つい、見蕩れちゃったから、いつも使っているドイツ語で挨拶しちゃった。
私が慌てて言い直そうとすると……
「……あなた、ドイツから来たの?」
「うん。ドイツ語判るの?」
「……少しだけ。でも日本語で話してくれると嬉しい」
「判ったわ」
――――そしてお互いに自己紹介をすると……
やっぱり、この子も艦娘だった。
私と同じ位の背格好なのに……たった一箇所だけ明らかに違う。
きっと戦艦と駆逐艦だから装甲の厚さが違うのよねっ!?
私だって近代化改修を続けていけば、きっとそのうち……
長い黒髪の女の子……翔子に案内してもらい、荷物を部屋に置いてから尋ねてみる。
「探している人がいるんだけど……人がたくさん居るところって何処かしら?」
「……たくさん?それなら東京の方へ行くと良いかもしれない」
東京って日本の首都よね。
日本の事はほとんど知らない私でもそれくらいは知っている。
私は翔子に東京までの行き方を教えてもらい、私が帰る時に困らないようにと
文月鎮守府の住所と電話番号と帰り方を書いた紙を書いてもらった。
でも数字は見れば判るけど、住所は日本語で書いてあったのでさっぱり読めなかった。
これから日本にずっと居るつもりなら――
きちんと読み書きは出来るようにならないといけないわね。
☆ ☆ ☆
――次の日。
私は、朝から東京へ向かった。
電車で二時間から二時間半くらいで着くらしい。
でも、どうやって人を探せば良いのかしら?
とりあえず街に着いてから歩いてみて……それから考えれば良いかな?
さすがに片っ端から声をかける訳にはいかないし。
フランス語を使っているところがあれば、何か手掛かりがあるかも?
私は翔子に教えてもらった、いくつかの街へ行き……
確かに人はたくさん居たんだけど、街にある外国語はほとんど英語だった。
そして私が街を歩いていると――
――――
―――
――
「はぁ、まったく……この国の男ときたら」
思わず溜め息と共に独り言が漏れてしまう。
そっちから話しかけてきたのに……
私が答えると、いつもいつも『アイムソーリー』って言って
顔を少し引きつらせて行ってしまう。
「私が答えると、何で英語で返すのよっ!?」
いきなり声を掛けてくるから、私もついついドイツ語を使っちゃうんだけど……
それでも人の話は最後まで、ちゃんと聞いて欲しいのよねっ!
こっちから尋ねる間もなく行っちゃうんだからっ!!
こんな調子だと、わざわざ東京まで来た意味が無いじゃない。
そもそも――
なんでドイツから日本に来ちゃったんだろう……
ドイツに居ても深海棲艦と戦えるし、人探しだって出来るはず。
でも……今更そんな事を言っても仕方ないか。もう日本に来ちゃったんだし。
それにビスマルクも言っていたけど、私にどうしても来て欲しいって言っていた……
私をドイツから呼び寄せた張本人の藤堂司令に初めて会って挨拶をした時――
『アンタが探しているモノは、きっと此処にあるよ』
まるで私が誰かを探しているのを――
知っているかのような口ぶりだった。
――私がまだ艦だった頃。
私は海の底に沈んでから意識が無くなって……
ふっ、と気が付くと眩しい光に照らされていて
光の中から小さな男の子が私に手を差し出してくれていた。
私がその小さな手を握ると……
男の子はすごく嬉しそうな笑顔になり、『あの言葉』を言ってくれて私の手を引っ張った。
すると光がいっそう眩しくなり、私は堪らず目を瞑り……
再び目を開けると私はドイツの、ある鎮守府の建造ドックに居た。
藤堂司令は、私がどうして艦娘として生まれ変わったのか、知っているのかな?
私も確証がある訳じゃないんだけど……
きっと、その男の子の傍に居たかったからだと思う。
――私が探している人は
今の顔は判らないし、声も良く覚えていないけれど……
『あの言葉』だけはハッキリと覚えている。
私の事を気にしてくれて……
私の事を助けようとして……
私の傍に居てくれようとした。
――――私の初めての友達。
☆ ☆ ☆
さすがに日が暮れるまで街を歩いていると疲れるわね。
何の収穫も無かったのが疲れ切った身体に追い討ちを掛けている気がするわ。
仕方ない。
今日は帰って明日、藤堂司令に何か知っている事はないか聞いてみよう。
……と言うか、普通はそっちが先よね。
そんな簡単な事にも気が付かないなんて……何を慌てていたんだろう?
そんな事を考えながらポケットの中に手を入れる。
翔子に書いてもらった紙がないと何処へ帰れば良いのか判らないのよね。
…………
………
……
――――あれ?
翔子に書いてもらった紙が…………無いっ!?
券売機の上の何か書いてあるボードを見ても、なんて書いてあるのかサッパリ判らない。
そもそも何駅から乗ってきたのかも、どの路線の電車に乗れば良いのかも判らない。
電話を掛けようにも電話番号もあの紙に書いてあったし……
私が服やポケットの中を必死になって探していると
「あら?あなた、文月鎮守府の人?」
声を掛けられたので振り向くと……
三人の女の子が、それぞれ片手に手提げ袋を持って立っていた。
「はい」
「どうしたの?すごく青い顔をして慌ててるように見えるんだけど……」
「あの……」
私はドイツから来たばかりで字が全く読めなくて
帰る場所や帰り方を書いた紙を無くした事を伝えると……
一番小柄な女の子が、にこっと笑って
「じゃあ、今夜はうちに泊まりに来なさいよ」
「えっ?」
「そうデスネー。困った時はお互い様デース」
「そうね。ここからだと私たちの鎮守府の方が近いもんね」
私が三人の提案に驚いていると
「その制服は文月鎮守府の艦娘のでしょ?」
「はい」
「私たちも艦娘デース。違う鎮守府ですケド」
「そうそう。だから遠慮なんてする事無いわよ?」
何故だろう……この三人とは初めて会った気がしない。
「でも、あんまり気を遣わせるのも悪いし、帰る路線と駅を教えてもらえば……」
私がそう言いかけると小柄な女の子が……
―――― ビシィィッ
と、空いている方の手で私を指差すとキッと睨んで
「教えるだけなんて中途半端な助け方をするくらいなら最初から声なんか掛けないわよっ!」
そして傍にいた少し背の高い女の子も
「そうね。あなた、日本語が読めないんでしょ?一緒に行かないと心配だもんね」
すると、その二人に向かって一番背の高い女の子……と言うよりはお姉さんといった感じの人が
「二人の本音ハ?」
「心配なんだけど文月は反対の方向だから今から行くのめんどくさい」
「心配だけど買い物で疲れたから早く帰って休みたい」
――――無理しなくて良いんだけど……
今、私は顔を少し引きつらせていると思う。
二人は私を見て……慌てた感じで手をバタバタさせながら
「でもでもっ……明日の朝にはちゃんと文月まで送ってあげるわっ!」
「そっ、そうよねっ!ほらっ、折角知り合えたんだし、色々と話して仲良くなりたいもんねっ!」
そして先ほど質問をしたお姉さんが優しく微笑みながら私を見て
「本当に心配してるんデスヨ。困っているあなたを一人にしておけないカラ……」
小柄な女の子は私の右手を、少し背の高い女の子は左手を握り、歩き出す。
「わわっ……ちょっ、ちょっとっ!?」
「ほらっ!さっさと行くわよっ!」
「そうね。ここで立ち話もなんだから、帰ってからゆっくり話しましょ」
私は二人に連行されるようについていく。
――とりあえず帰る場所が判らないから
今日は好意に甘えさせてもらおう。
☆ ☆ ☆
帰りの電車の中で簡単に自己紹介をする。
「私は美波、駆逐艦よ。昨日ドイツから来たばかりで日本の事は良く判らないの」
「私と同じ駆逐艦なのね!陽炎よ。よろしくねっ!」
小柄な女の子が嬉しそうに笑顔で挨拶をしてくれた。
この子とはすごく仲良くなれそうな気がするわね。
性格も真面目そうでさっぱりした感じがするし、なにより……
他の二人に比べて私と同じ
「あなたも帰国子女デスカー?私は英国生まれの金剛デース。よろしくお願いしマース」
一番背の高い女の子……と言うよりは、私よりずっと年上っぽいお姉さんが挨拶をしてくれた。
この人は戦艦らしい。すごく開放的と言うか、おおらかと言うか……
何でも話せそうな気さくな感じがして親しみやすいわね。
「はーいっ!最後は私ね。衣笠さんよっ!よろしくね」
私より少し背の高い、1コ上の先輩って感じの女の子が最後に挨拶をしてくれた。
この人は重巡との事だった。何でも、そつなくこなせて色んな事が出来そうな人ね。
ちょっと茶目っ気があると言うか……でも、すごく思いやりがありそうな感じがする。
「文月には私たちの
「はい。電話番号も今は判りませんし……」
「そんなに緊張しなくても良いわよ?私たちが責任持って面倒見てあげるから」
「そうデース。大船に乗ったつもりで安心してくだサイ」
でも……
私たち艦娘って沈没した艦の思念体なのよね。
そうすると私も含めて、ここに居る全員一回は沈没してるってことに……
そんな
ところでさっきから気になっていたんだけど……
「あの……その袋の中身はなんですか?」
三人とも結構、中に荷物が入っていそうな手提げ袋を持っている。
私たち艦娘は、かなり力が強いからそんなに大変じゃないんだろうけど……
すると金剛さんが瞳をキラキラと輝かせて、手提げ袋を持った右手を高く上げると
「よくぞ、聞いてくれマシタっ!この袋の中には私たちの愛が詰まっているのデース」
すごく嬉しそうにポーズをとっているわね。
「ちょっ……何恥ずかしい事をやって……いえ、恥ずかしい事を言って……」
陽炎さんが両手をバタバタさせて、金剛さんが上げている手提げ袋を下げさせようとしている。
「ほらほら、こんなところで、はしゃがない。提督にも言われてるでしょ?」
「Oh!そうデシタ」
「そっ、そうね……」
『提督』と言われた瞬間に、二人とも上げていた手を下ろして大人しくなった。
そして衣笠さんが私の方を向いて
「明後日、私たちの提督の誕生日だからプレゼントを買いに行ってたの」
すごく嬉しそうに……手提げ袋を抱きしめている。
「もし提督に会っても、この事は黙っていてくださいネ?」
金剛さんは人差し指を口に当てて片目を瞑ってみせた。
「みなさんは……提督の事が好きなんですか?」
三人の反応はどう見ても、そうとしか思えないわよね。
すると……
「Yes!Burning Love!!」
金剛さんは左手を前に突き出してグッと握り締めた。
「はわわ……なんで判ったのっ!?」
衣笠さんは顔を真っ赤にして……
あれでバレないって、どうして思えるのかしら?
「なんで私が……あんなバカで頭が悪くて、鈍感で鈍くて……」
陽炎さんも真っ赤な顔で口を尖らせて……
同じ悪口を二回言ってるわね?
そんなに重要な事なのかな?
「ふふっ。空から落ちてきた提督に一目惚れだったくせに」
「そうデース。一番最初に提督のところに押しかけていたじゃないデスカー」
「ちょ……こんなところで言わないでよっ、恥ずかしいじゃない。もう!」
頭から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にした陽炎さんを二人がからかっている。
――空から落ちてきた?
衣笠さんが言った言葉で……私が沈んだ時の事を思い出した。
確か、私が沈む前に一人の海兵さんが
『あの言葉』を言ってくれた男の子を抱きかかえて海に飛んで……
私の護衛に来てくれた艦娘に助けられていた!
「あっ、あの……それってひょっとして地中海で、ですか?」
もしそうなら……何か知っているかも!?
「ええ……たしかマルセイユ沖だったと思うけど」
衣笠さんが人差し指を頬に当てながら答えてくれた。
私は思わず陽炎さんの両肩を掴み
「その時、一緒に男の子も落ちてきませんでしたかっ!?」
「うん。男の子は、一緒に居た玲に助けられていたけど、なんで…………っ!?」
陽炎さんは言葉を言いかけて……私の顔をジッと見ている。
そして――
「ひょっとして、あなた……あの時の駆逐艦っ!?」
「「ええっ!?」」
三人が驚いた表情で私を見ている。
私は陽炎さんの小さな身体を揺するように両手に力を入れると
「その時の男の子を捜しているんですっ!何か……何か知っていませんかっ!?」
――どんな小さな事でも良いわ。
名前とか、住んでいる場所とか、今何歳なのかとか、何が好きかとか
将来は何をやりたいのかとか、どんなタイプの女の子が好きかとか……
すると陽炎さんは私の両手を合わせて、自分の両手で包み込むように握り締め
「ちょっと落ち着きなさい。私が助けたのは司令……じゃない、海兵だった人の方よ」
「そうデース。男の子は玲が助けていたネ」
玲さん?……確か、胸の大きい艦娘だったわね。
「その……玲さんは鎮守府に居るんですか?」
「今は、うちの鎮守府に居ないの。アメリカへ行ってるのよ」
衣笠さんが答えてくれた。
それじゃあ……男の子の事を知っている人は居ないのね。
私がガックリと肩を落として
「司令なら何か知ってるんじゃないかな?」
陽炎さんが私の手を……
私を励ますようにギュッと握り締めて、そう言ってくれた。
「本当ですかっ!?」
「うん。あの時、男の子をずっと看てたって言ってたから……名前くらい聞いてると思うけど?」
「今から会えますかっ!?」
それが本当なら……
今まで何処を探しても見つからなかった手掛かりが……
日本に来て良かったっ!
「大丈夫デス。きっと提督は私たちの帰りを待ってくれていマース」
「そうね。私たちがどんなに遅くなっても、きっと提督は待ってくれてるよね」
「私たちを放っておいて一人で寝ちゃうような司令じゃないもの」
この三人に、こんなに信用されているなんて……
きっと、すごく良い提督なのね。
私が、これから会える提督のイメージを想像していると……
―――― チャラ
陽炎さんが何かをポケットから取り出して
「だって……この鍵がないと司令は自分の寝室に入れないから」
――私の提督のイメージが音を立てて崩れていった。
ちなみに10/19現在、いまだにビスマルクも大鳳もうちの艦隊に居ません。
いつ逢えるんだろう……