「おい、デク」
「ど、どうしたの?かっちゃん?」
「雄英を受けるな、なぁ?デク?」
肩に置かれた手から煙が上がり、体が震える
「で、でも今年から個性による選抜は廃止になって実質無個性でも受験は可能に…」
「まだ気づかねぇのか?」
早口になった説明を無視して、かっちゃんこと爆豪勝己にノートを取り上げられる。
『将来のためのヒーロー研究vol.22』
僕の憧れである職業、ヒーローをまとめたノート。
「か、返してよ!」
「まぁ、待てデク」
「返…」
目の前で小さな爆発に巻き込まれたノートが見るも無残な形になる
表紙が焼き焦げ、黒煙を立ち上らせる
「!?」
挙句それを窓から投げ捨てられた
「無個性のテメェが…」
3階の窓、最短距離、走れば間に合う
「俺はな、この凡…」
「爆豪避けろ」
無我夢中で走り出す。
3人が避けてくれたのは好都合だ。
足を振り上げ窓の縁に足を掛けるとそのまま飛び降りた。
鯉の生簀に足から突っ込む
生簀の割に深く
鼻に耳、それらに入る水が煩わしい。
「…雄英受けるなデク」
「爆豪、帰ろうぜw」
「やりすぎw」
「…そうだデク」
乾いた右手と右耳に振動が当たる。
「来世は個性が発現するように、屋上からお祈りワンチャンダイブw」
遠くから高笑いが聞こえるもののノートが濡れなかったことに安堵する。
「屋上からのワンチャンダイブ…か」
帰宅中、濡れた制服に引き摺る足
こんな様相でも誰も声を掛けないから笑える
今僕は
数年前に建てられた個性に関する施設
名前すら知らないそんな施設の屋上にいる
今はそんなことどうでもいい
目の下のクマが酷くなっているのを眼球の疲れが知らせてくる
夕焼けと強風が目に優しくないことも
真夏の蒸し暑さもどうでも良かった
そんなに重要じゃない
呼吸が乱れるのは何も強風の所為だけではない
下を見ればいやでもその高さに身震いをせざるを得ない
「個性が…ないから」
憧れの職業、憧れの個性、憧れの…人
黒焦げになったノートを抱えながらひとしきり泣きじゃくる
「自殺教唆だよな」
小さい頃に見た一つの動画、声を高らかに恐怖を忘れさせる笑い声
「私が来た!」の声に救われた人は何人いるだろうか…
「それを一番良く…分かってるんだよ」
苦笑いで歪んだ口元、その端から垂れる唾液と涙、汗で顔中がベチャベチャになる。大人気ヒーローオールマイトのハンカチが目に入る。
「母さんを残しちゃダメだよな」
個性への憧れは捨てられない
でも
家族を捨ててまで欲しいモノではない
ひとしきり泣いた頭に頭痛が混ざり始めた辺りで諦めがついた
「もういいや」
僕、緑谷出久は無個性で生まれた中学3年の夏
個性社会の異分子であることに病んで遺書を書いた。
でも、辞めた。
柵から屋上の出入り口へと歩き出す。
「そうだ…明日先生に進路変更届を出さな…!」
突然の強風に身体が少し浮いた。
咄嗟の判断で構えて、無事だった。
ちぎれ飛んだあれ以外は
焦げた結果脆くなっていたノートの継ぎ目が嫌な音を立て風で飛ばされる
「待って」
後先を考えない悪癖が仇となった。
風に乗ったノートの一部が柵に引っ掛かった。
安堵したのも束の間、軋む音がする
身を屈めた状態で拾ったノート
そこに吹いた強風で
落ちた
最悪な金属音が擦れて鳴る
逆さまになった上下と感じる浮遊感
やけに目に入る夕陽が印象的だった。
地面に突き刺さる柵の残骸
それから程なくして走った首の痛みと腹部の衝撃
耳に連続して響く金属音
「グッ、ウェ」
口に広がる鉄の味、呼吸の苦しさ
霞む瞳で捉えたお腹には柵が立っていた。
「… … …」
叫び声を上げることはない
必要がない、気力もない
遺書がその役割を担ってくれるだろう
僕はそんなことを思いながらお腹に立っているモノを眺めていた。
「寒い、怠い」
夏の暑さが恋しくなる寒さに身震いをしたくなる
四肢は動かず、口は動かない
心臓の動く感触が伝わってくる。やけに弱々しい。
「へへ」
諦め
それから来る笑い声
今日は、久しぶりに
「良く…眠れ…そう…だ」
「………」
遠くで誰かが呼んでいる
知ってるような?知らないような…
「い… … …」
あ、いや、知ってる
むしろ身近すぎる
「出久、ご…」
母さんだ
「体調でも悪いの?出久」
「大丈夫だよ母さん」
「夏休みだからってダラダラしたらダメよ」
「分かってるよ母さん」
時計を確認する
懐かしい夢を見ていた気がする
@9:00
「学校があったら遅刻だな」
疲れた笑いが漏れる
遠くにあるタンスから私服を見繕う
被るだけ
袖から肩に向けて腕を通す
黒く染まった両手を眺める
「何の個性だろうこれ?」
終了式の後
屋上からの飛び降りから発現した個性
手の色が様々に変化でき、肩から先が独立したモノになった。