@???
「ようやく見つけた」
そう告げるのはナインの声
横転した軽トラックの前で佇む犬面に
赤い髪の女性、包帯に身を包んだ男性
計四名
いずれも上陸してきたヴィランの面々であることが分かる
軽トラの近くには呻き声を上げる男性
人身事故により運転席から投げ出されたのであろう
それにゆっくりと近づくナイン
気付いたのか男性は震えながらも近づいてきた者に視線を向けようとする
ナインがそれを片手で持ち上げると
「安心しろ、殺しはしない。だが」
「な、何を?」
得体の知れない霧状の何かが男性を包み込む
出処はナインだ
「個性を貰う」
御体に流れ込む力を受け入れるナインと
"ただ"されるがままの男性
やがて霧状の何かが治ると
男性から手を離すナイン
いつしか頬に感じていた違和感
紫色の刺青が縮小していくのを確認する
夜空に浮かんでいた星々を飲み込み、車の火災をも覆い隠す、生き物のように唸り急速に広がりを見せる
黒雲
その中を雷鳴が轟き始めると同時に、怪しく発光する
ナインは用済みとなった男性から手を離すと
ゆっくりと手を掲げ
振り下ろした瞬間
黒雲から漏れ出た閃光が振り下ろした先にあったビルに直撃する
ビルは何の変哲もないが明らかな異常
周囲の家屋を含む建物、施設が停電する
それによりナインの赤い瞳がより一層の邪悪さを醸し出す
蒼い光を帯びていたビルが静まり返るや否や
まるで指揮者のように腕を上げては下ろし始める
その度に黒雲から地上へと閃光が降り注ぐ
木造の家屋は破裂し、火の手を上げる
星灯りが形を潜めた街並みを
橙色と赤色が掻き壊す
「ついに手に入れたのか…」
「あぁ、これで実現する」
犬面が吠え
ナインが嬉々として返事をする
が
ナインが不意に片膝をつく
「な、んだ…これは?」
「ナイン!?」
頭を押さえ苦しむように見える様に赤髪の女性が駆け寄る
「起きて…いられない…」
うつらうつらと争うことのできない急速な眠気に襲われる
必死に起きようと抵抗するがやがて赤髪の腕の中で小さな寝息を立て始める
「個性のデメリットが抗えない眠気になったってことか?」
「何と…これで死に向かうことはないと」
「でも、これはナインの想い描く力ではない」
「じゃあ!どうしろってんだスライス!」
3人が押し黙る中
力なく倒れ込んでいる男性を見た赤髪ことスライスは
「…あ!」
それに気づいた
画面に映し出された二人の姉弟の待ち受け画面
「マミーその男の近くに落ちてる携帯を」
マミーと呼ばれた包帯男は携帯を投げ渡す
「個性は子へと受け継がれる…」
「!本当かそれは」
「そのはずよキメラ、実証されてる」
駆け寄ってきた犬面ことキメラがスライスから抱き渡されたナインを大事そうに受け取る
「私たちの悲願…」
その携帯の画面には
@事務所-和室
「活真君!真幌ちゃん!」
「出久!」
目が覚め布団から起き上がる
緑谷が気がつくや否や真幌が飛びつく
見慣れない室内から見える
夜の海辺と月の共演の美しきこと
「ここは?」
「事務所の近くに建てられた多目的施設ね」
聞きなれた声に振り返った緑谷は
瞬が活真に手を引かれながら連れて来られるのを確認する
「瞬さん…ヒーローの方達は?」
「奥で会議中ね」
@会議中
「電力系統と情報系統の仮復旧はできたぞ」
「観光客と島民の避難はあらかた完了してます」
「…」
「個性で施設全域を保護中、集中力を維持する為に無言ね」
「瞬さん、それに緑谷君!大丈夫?怪我してない?栄養不足してない?」
ポケットの中から飴玉に菓子、おにぎりがこれでもかと飛び出してくる
「ヨツチ、緑谷君潰れてる」
「あ…ごめん」
ヨツチさんにオツクリさん
夫婦でヒーロー活動をしている人達
個性開発機関ヒーロー事務所の災害派遣担当
【異次元】【組み立て】で災害地の復興を数日で終わらせる程の実力者
ヨツチさんが何故ここまで気にかけるのかは
自分達の子供のように思えて仕方がないとのこと
「しかし緑谷君が森で放心してた時は肝が冷えたぞ」
「その節はすみませんでした」
聞いた話によると
資源確保に立ち寄った事務所近くの森の中で上の空の僕を見つけたのがオツクリさんで手当てをしてくれたのがヨツチさんだと分かった
「何があったの?」
「それを含めてお話があります」
@ヒーロー会議
瞬の左右に活真と真幌が寄りかかるなか
「…島乃家族を狙ってる?」
「はい、活真君と真幌ちゃんを」
「何でそんな酷いことを…」
「悲願の達成ね…」
プロヒーローがそれぞれ情報の整理を開始する
そんな中気になっていたことが重なる
「個性を奪うって」
「暗黒時代の伝説?」
「霧状の何かを取り込むことで個性を奪えるようです」
「待って!なら緑谷君の個性は?」
緑谷が首を振る
「僕の個性は奪えないって言ってました」
「ふむ、個性の限界と考えるのが妥当か…」
「個性を奪われないようにしないとね」
「あの!」
各々が作戦を考える
そこに一石を投じる活真の声
「僕をヴィランに…」
活真の脳裏には家を燃やした敵
ナインと呼ばれた男の言葉が繰り返し呼び起こされる
しかし、その言葉を言い切る前に遮られる
「渡さんぞ」
「ごめんなさい、それはしないわ」
「大丈夫だよ活真君」
ヒーロー全員が言い切る
「僕を渡せば殺さないって言ってた。僕の個性なんか!」
活真が言い出しかけた言葉を緑谷が止める
「瞬さんから聞いたよ、活真君の個性…」
「…ヒーロー向きじゃないし、こんな個性」
活真が俯き涙が溢れる
その時
〔平手打ち〕
真幌の手のひらが活真の頬を叩く
「お姉」
〔再びの平手打ち〕
〔三度目の平手打ち〕は
ヨツチが抱き抱えることで止まった
ヨツチの腕の中で抵抗を続ける真幌
放心状態の活真が頬を押さえる
「バカ活真!!」
真幌の叫びに体をこわばらせる
「あんたが憧れたヒーローが諦めてないのに何であんたが諦めるのよ!!」
ヨツチの腕の中で暴れる真幌
「こんな個性なんて言ってみなさい!絶対許さないから!!」
「真幌ちゃん」
「ミドさん、少し頼むね」
興奮状態の真幌ちゃんを囲むように部屋の外へと向かう
部屋の中に取り残されたのは緑谷と活真
@…
活真の驚きが落ち着くと同時に
悲しみが再び彼を満たし始める
涙に溜まった大粒の雫が地面へと向かう
それを緑谷が落ちる前に握り消す
「活真君…個性を渡そうとしたの?」
緑谷が優しく問う
「だって…だって…」
零れて、溢れて、止まらない涙を拭い続ける活真
拭きそびれた涙を緑谷が受け止める
「僕…は、僕はもう」
「うん」
膝を畳み視線を活真の高さに合わせる緑谷
「みんなに傷ついてほしくないよ…」
「うん」
「僕のせいでみんなが…出久兄ちゃんが傷つくなんて、嫌だ」
「うん」
活真が思うことは
自分が好きなもの達が自分のせいで壊されることが耐え切れないということ叫び
緑谷はそれを相づちだけで聞き入れる
活真にとっての最初のヒーロー
真剣に、ただ真剣に
一頻り緑谷に胸の内を立たないながら伝える
涙を流しながら、嗚咽が混ざりながら
ただ素直に
「出久兄ちゃん…」
泣き腫らした目元
まだ赤みがかっている瞳が緑谷を見つめる
緑谷の腕に抱かれた活真がポツリと質問をこぼす
「勝てる?」
「勝つよ」
活真の耳が緑谷の即答を捉えると
意識を睡魔へと手渡した
@合流
「活真君は?」
「大丈夫です」
ヨツチの問いかけに緑谷は一言返す
ヨツチの腕の中では泣き腫らした跡が頬に残る真幌が居た
「真幌ちゃんも殴りたくて殴ったんじゃないのね」
なりたいものを手放し
なりたいものを裏切った
最高の弟の最低な裏切り
「子供の素直さは残酷だな」
「…衝突できるだけ羨ましいです」
緑谷は静かに手を眺める
「緑谷君?」
「ご相談があります」
真っ直ぐな視線、覚悟を持って放った言葉に
プロヒーローの面々が表情を固める
@ナインサイド
ナインを介抱するスライスは灯台の灯りを眺めていた
海を照らし、島を照らす
交互に照らす様を何と例えようか
膝の上のナインは
死を待つばかりのような冷たさと身じろぎ一つしない身体、側からみれば満身創痍と言って差し支えないが立派な回復手段である
得た個性による急速回復を持ってしても
【天候】の個性はその身に余るようで回復中は一切の行動ができないようである
〔ノック音〕
扉を雑に叩く音が灯台の一室
ナインとスライスの居る部屋に響き渡る
入ってきたのはキメラだった
青色の犬面、葉巻のタバコを咥え、部屋へと入る
「ナインの様子は?」
入るや否やスライスに質問をするキメラ
「分からない、こんなに長いのは初めてよ」
首を振りながらスライスが答えると
キメラが明らかに苛立ちを見せる
その苛立ちは起きないことだけではない
「マミーは?」
「貴方と一緒じゃないってことはそういうことなのね」
スライスが悲しげな表情を浮かべる
作戦通りに行かない憤りを乗せた拳をキメラは灯台の内壁に向かって叩きつけようとするが
スライスの膝元、安らかに眠り続けるナインを気遣って拳を解く
今も回復に努める頭
冷徹を持って己が道を遂行しようとする男が
今や膝元でゆらめく蝋燭の火の様に
穏やかに閉じられた瞼
それと同時にふとした瞬間にも消えそうな灯火にも思える
彼らの唯一の希望は今やこの有様である
「だとしても計画は止まらねぇ」
決意を新たに拳を握りしめるキメラ
「もちろんよ」
蝋燭の火に照らされ紅鮮色の髪が怪しく光るスライス
思い出されるのは長い過去
己の個性が一般社会の枠から逸れた強個性を超えた
迫害の的
幼い頃から受けた屈辱はやがて憎悪へと姿を変えた
犯罪に走り続け、世間は救わず
果ては敵として、拒絶を決めた
己が腹の中でわかっているのは間違っているということ
しかし、社会はそれを認めない
世界がそれを認めない…なら
「何故、俺を助ける?」
キメラが思い出したのは落雷により
自分を包囲していた権益者の犬どもが悶え、疼くまる姿
多対一においてキメラの個性は有利とはいえない
そんな状況下で一網打尽を成してみせたナイン
唖然とする自分とは違い
悠々と瓦礫の上で他を見下ろすそんな男
恐怖を感じながらも
それを掻き消すほどの高揚感
今でも覚えている助けたことへの返事
「来い、お前を化け物と罵り、ヴィランなどと呼称するこの社会を破壊する…。力だけが支配を得るそんな世界を共に作ろうではないか」
荒唐無稽と言える内容を確信へと至らしめる天災
神々しさを見に纏った男
スライスが思い出すのは親すら拒絶した
己の醜悪な髪を受け入れた男の姿
「何故その髪を否定する、素晴らしい個性じゃないか…惨たらしく、惨めに蹲ることしかできない奴らに比べ、それを打開する力を持っているというのに」
記憶の中のナインはマスクをつけていない
長い髪を風に靡かせ、清々と歩いてみせる自由な人
己の髪が抜けても尚、他人を傷つける武器であるにも関わらずそれをものともしない様に近づいてくる
「私と共に来い」
手が差し伸べられる
震えていないその手だけが私に差し伸べられた唯一の救い
しかし、ナインの【個性】には
弱点があった
それは反動による身体負荷の絶大さ
咳き込み吐血し、倒れ込んだナイン
ナインがうなされる傍らで
マミーが包帯人形と共に介抱する
キメラとスライスが話し合う
「個性アンプル?」
「そうよ、とある病院から輸送される"個性の種"にナインの弱点を無くしてくれる種類があるかも知れない」
「そうは言ってもな…」
ナインを気遣った視線、キメラも分かっていた
それ程長くない命、体の内側から崩れていく症状
「…わかった、俺が行く」
キメラが襲おうとした船は
その他の
「ッチ」
一刻を争うと言うのに先客が居た
赤ん坊の鳴き声に怒号
「蹴散らすか?」
キメラはアンプルの回収を考え極力戦闘は避けたかった
考えを巡らせていた矢先
空から飛来した黒い影がそれらを制圧した
これを好機とばかりにアンプルを数本奪うことに成功した
「何の意味もねぇじゃねぇか!」
奪ったアンプルとマスクを確認したキメラはそれを投げつける
同じ物、ラベルもデザインもが同一のものであることを分からせる
「嘆いてても仕方ねぇこれがお目当てのものならナインが回復できる」
後になってキメラが奪ったアンプルは
AFOの"個性の種"、相手の個性を奪う物だと理解した
「あの時のアンプルは?」
「後三つ…マミー、ナイン、私が一本ずつ」
「チャンスは後3回…いや、実質二回か」
火を継ぎ足した新しい蝋燭が茫々と燃える
夜はまだ続く