@→
「…ナイン」
夜の深い群青色が
→緑谷職場体験三日目
日の薄橙色に薄く混ざり始める
@多目的施設
「それじゃあ確認ね」
瞬がホワイトボードに纏めた作戦を確認する
「ヨツチとオツクリはスライスって子を」
「了解」
「分かったわ」
「アマやんはキメラを」
「…」
「ミドさん…私は」
「これが最も良い作戦だと思います」
「これじゃあ大博打ね」
マミーの監視を捨て、敢えて【バリア】を施設から外すことでナインを誘い込むといったもの
「ミドさん、大丈夫ね?」
「はい」
ボロボロになったパーカーをケースの中にしまう
「パワーローダー先生ごめんなさい」
剥き出しになった肩から瞼の閉じた目が出現する
その瞳の内、二つが開くが再び閉じる
「戻ってきました、灯台のも後で戻します」
緑谷が臨戦体制を整える中
「行ってくるぞ」
「灯台に向かってるね」
ヨツチ、オツクリが敵の根城へと向かう
「解除するよ」
先程まで集中していた天霧もゆっくりと目を開けると施設の【バリア】を解き、灯台へと向かう
ドーム状に形成されていたそれが解け、陽の光がやや強くなった錯覚を受けるなかプロヒーロー3名が施設から出発した
@夜が明けた灯台
「ナイン…」
穏やかな朝、島を襲った敵の面々を優しく照らす
淡いオレンジ色が広がりを見せた空
地平線の向こうから登った陽が決意を固めさせる
戦闘再開を告げるには余りに美しい朝焼けだ
「スライス」
「…分かったわ」
握っていたナインの腕を離し、外へと出た
@灯台の外
「キメラ…ヒーローが来たわ」
「おう」
キメラ達の視線の先には3人のヒーロー
男一人に女二人いずれも歩いて近づいてくる
「こんな島にもヒーローがいるんだな」
「私たちのところにはいなかったのにね」
「全くだ」
それに合わせて二人も歩き出す
〔風が吹き荒れる〕
波と砂の狭間
今日の海は穏やかであった
海水が空気を含み、吐き出す音が等間隔で鼓膜を刺激する
「小細工を労せず向かってくるか」
「は、ほざけんなもんいらねぇよ」
オツクリとキメラが火花を散らす
「今投降して下さるなら争いは避けられますわ」
「残念ながら私たちにも時間があるわけじゃないの」
「…あれ?私お邪魔?」
〔ニシシ〕と笑う天霧が
「!?」
キメラのコートの首裏
襟をふん捕まえると姿を消した
「!キメラ」
「目を逸らすんじゃねぇぞ」
「!?」
地面に手をついたオツクリ
それに呼応するかのように灯台の道が唸りを見せる
「ッチ」
足場が不安定になり、やむを得なく灯台から背中を外す
灯台は只々立ち尽くしていた
@【バリア】vs【キメラ】
「不意打ちとは…な!」
首根っこを掴まれていたキメラがコートを奪い返す
「力強…怠いわ〜」
川の上に仁王立ちする天霧
キメラが雑に着地をするとその近くにある滝を見上げる
「ふん、体よく分断されたってわけか」
「一応手心だ、捕らえるだけにしてやるよ」
「ほざけ女!」
キメラが地面を踏み砕き天霧目掛け投擲する
それが空中で砕け散るのを見たキメラ
「ナインと同じか、なら!」
「わお!」
キメラが掲げた両腕が大鷲の翼を形取ると
それを振り切る
巻き上げられた砂、礫、雫が宙を少しばかり漂う
「あ!しまっ」
天霧がそれに気づいたが速く
顔面に向けられた一撃がヒットする
「頭も少しはまともでな」
横たわる女に向けて言い放つ
「いやぁ〜まいったまいった」
仰向けになった天霧は暗い空間を握りしめると立ち上がる
「侮ってたよ、正直」
「無傷ってマジかよ」
殴った感触は確かにあったとキメラが拳を眺め笑う
「マジマジ」
天霧が自身の長い髪をかき揚げ笑いながら返す
「それじゃ俺も本気でいかせてもらうぜ?」
コートから取り出した葉巻を口に咥えるとそう呟く
「バルドマーカーってまた渋い葉巻吸うなぁ」
「!は、敵じゃなかったら一本分けてやれたのにな」
両者が構えを取る
空気を穿つ拳が天霧の頭上を掠める
天霧もまた回避に合わせて
攻撃を申し訳程度に叩き込む
強靭な肉体、肉の砦が相手ではダメージを与えるには不足気味な蹴りが炸裂する、それを掴まんとする腕が虚空を彷徨う
「かゆいな」
「ノロマだな」
攻防戦
打ち込み、弾かれ
躱され、逃げられる
天霧の拳が徐々に重みを増しているのを
キメラは見過ごしていなかった
「それが本気か?イヌッコロ」
「それでプロかよアマ」
長年の友人かのような笑みを二人が浮かべる
重みが増し、対応が改善されていく
プロとはここまで高く見えない壁なのかと
キメラは感心を堪えられずにいた
こいつになら…
「ここまで無傷なのを褒めてやる」
コートを脱ぎ捨て、葉巻がチリになる
「この
「火がついた原理はそういうことか…」
目の前の犬面が両腕を地面に立て
膨張していく脚がやがて靴を内側から引き裂く
そこから現れた足は太い鉤爪を携えている
陸生動物の胴体、鳥類を思わせる四肢に
爬虫類の尻尾を思わせるそれ
口から火を吐き漏らす
今までコンパクトに収まっていた姿
それが仮の姿であったことを意味する風貌
巨大化したそれを見て天霧は
「かっこいいじゃん」
と一言呟く
それに豆鉄砲を食らったかのような
キョトンとした表情を浮かべるキメラは
「いくぞヒーロー!」
その一言を絞り出し、天霧へと挑む
キメラが大口を開ける
その奥が怪しく光る
「…」
瞬間、キメラの口内から火炎が吐き出される
当たった岩の地面が赤く色づき水蒸気を伴って天霧へと吹き付けられる
「おいおい、森への放火だけは勘弁してくれよ?」
天霧は素早く引火した木々の葉を【バリア】で包み込む
瞬間的に消火されていく
〔唸り声〕
「おんや?理性まで退化するのかな?」
〔吠える〕
「マジか…これ捕まえられるかな?」
巨大化した質量での突進
天霧は直感的に回避を選択した
「場所が足りんな」
振り返ったその先は崖になっており天霧が思案を始める
が
それをさせないとばかりにキメラが炎を飛ばし牽制する
【バリア】で防ぎながらキメラの歩行を妨害する
天霧のそれに持ち上げられ、火球を吐かずに固まる
「そい!!」
目にも止まらぬ速さの移動
反応が遅れた隙をつかれる
開いていた顎に掌底により閉じさせ
腹と背中に手を当てられ
「射出」
キメラの体が
風よりも速く滝壺へと激突し
〔唸り声〕
キメラが今一度炎を吐こうと構えるが
唐突な滝の打ち下ろしがキメラを襲う
そのまま見る見る内に水の球に取り囲まれ
なす術なく捕獲される
「尻尾使えよ」
天霧が滝壺の水面に降り立つと
拾い上げていたコートの砂を払う
それを羽織るとぶかぶかした様子
懐から葉巻を取り出すと
水球の中で呼吸だけを許されたキメラを背に
葉巻を口に咥える
「…次はマッチも一緒に持っとけよ
葉巻をコートに直すと〔ニシシ〕と笑った
@【異次元】&【組み立て】vs【スライス】
「面倒ね」
砂の中から城が飛び出し、襲い掛かってくる
砂の城は脅威ではないが砂浜ではどこからともなく飛んでくるため疲労が蓄積する
「ッグ!」
開戦直後では避けられていた砂の城も今では
避け切れないほど疲労が溜まっている
思いの外こもっている質量
その追突になす術が見当たらない
スライスも攻撃に出ていないわけではない
しかしスライスが投げつけたナイフはヨツチにより没収されていくのである。
袋の中、ポケットの中へと投げた先から奪われていく
「あの子すごいわね」
「ヨツチ油断はいかんぞ」
「良いご身分ね!そんな便利な個性に生まれて!」
「…投降して」
岩陰に隠れ、疲労を回復させようとするスライス
靴に入った砂を出し、ナイフの残数を確認する
「…ふぅ」
プロの強個性
環境も相まって勝てるビジョンが見えない
ポケットの中には…
「哀れね」
自嘲気味にそれを捨てる
捨てられない過去を砂の上に置き
今支えるべき主君の為に…
髪の毛に触れる
自分の風に靡く髪
「素晴らしい個性だったわ」
砂に涙さえ愛おしい
「ナイン、貴方と共に」
覚悟を決めたスライスが岩陰から走り出す
狙うは男
「オツクリ」
「分かっとる」
スライスは理解していた個性の特性上
オツクリは発動に両手を材料に触れなければならない
ヨツチはオツクリから離れようとはしない射程も限られている
「ナインの邪魔だけは!」
ナイフによる牽制、先ほど同様にヨツチの相殺が入るが
今回は違った
「不味い、気づかれてるよ」
「まぁ、そうだろうよ」
オツクリが砂浜から両手を離し、格闘のスタイルをとる
柔軟な身のこなしによる体勢ガン無視の猛攻
曲芸師かのような舞に防戦一報
「お前さん強いな」
「光栄ね」
オツクリの両腕に傷が増えていく
ヨツチは何故か手を出さずにいる
「この程度?」
動きが衰えることがないオツクリ
スライス攻撃が一切効いていない錯覚を生む
しかし、身体的には効果が抜群である
むしろ何故ここまでされて尚
自分の前から退かないのか
何故見守るだけの者が側にいるのか不思議でならなかった
「そりゃ申し訳ない、こういうのは不得手でな」
スライスは飛び退く
息切れの隙を晒さないためにも
息継ぎのためにも
「!?」
オツクリの腕を見て驚く
服の下からは分からなかった腕の全貌
服の下は砂だった
「おっとこりゃ失敬、ヨツチ、パイプを」
「はい」
オツクリはヨツチから鉄パイプを受け取ると
両の手でそれを握り締める
砂が地面に落ちると生身の腕が露出した一瞬の後
金属が腕に纏われる
「ちょっち本気で行かせてもらうぞ?」
鉄パイプを地面に突き立てると
拳を改めて握り絞る
金属のナイフと金属が衝突する
火花が飛び散り、ナイフの剣先が僅かに欠ける
細かい金属片が砂に落ちる
「こいつ!」
オツクリの拳は勢いが衰えることなくナイフにぶつかる
砂の時とは重さが段違いの一撃一撃
ナイフはその耐久を減らしていく
「投降する気になったか?」
「まだまだ!」
スライスの息切れは既に限界を迎えていた
乳酸が溜まり動かすことが叶わなくなる身体
喉の奥が擦れて痛みがくる
針を刺された様に吸うも吐くも辛くなる
勢いのなくなった腕をヨツチが受け止める
「ナイン…足止めだけでも」
ヨツチに最後の力で振り下ろされたナイフは
オツクリの腕に弾かれる
「強いね」
「そうだな…」
「この子髪が!」
ヨツチの腕の中で
真っ赤な髪が光沢を失い、しなやかさのみが残る
「個性を奪われてる!」
「緑谷君」
気づいた時には遅く
オツクリは金属吸収によるデメリットを受け
ヨツチ自身は【個性】のせいで走ることはできない
「俺たちはただ信じるだけだ」
天を仰ぐ夫婦ヒーローはただ祈ることしかできなかった
「まんまと俺らは誘い出された訳か…」
「そうね」