満月の綺麗な日だった。少年は小さい頃、白い病室に居た少女から「月が綺麗ですね」と言われた。
「そんなに月が好きなら」と、少女に
空には既に、少女が綺麗と言った満月は消え去って、少年の掌の上には、ぽつり、と、金色に光る小さな月があった。
その時、なんで少女が泣き出してしまったのか、まだ幼い少年にはまったく見当がつかなかった。
小さい頃から、不思議な力があった。
どこからともなく、誰かの声が聞こえてくる事があった。
自由に空を浮けた。小さい頃はほんの少しだったけど、歳を取るにつれて、だんだんと飛距離が伸びていった。
腕からビームが出せた。初めて出せた時には、テレビのヒーローみたいで正直ちょっと、いやかなり興奮してた。
両親も昔から色々な
「
両親からはずっとそう言われていたけど、何で力を隠さなければいけないか、幼い少年には分からなかった。
けれどある日、月の綺麗な満月の日、仲のいい幼馴染に力を見せたら、泣かせてしまった。
何度も何度も、ごめんなさいと謝って。それでも泣き止まないまま、震えた声で
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ……」
と、何度も、目を晴らした少女に言われてからはずっと、進んで力を使おうとはしなかった。
きっと、この力は誰かを泣かせてしまうと、魔琴が気付いた瞬間だった。
高校の春。2年生の春。
あたたかな空気が立ち込める季節。はらはらと、ふらふらと、桜の花びらが地面を埋めていた。
少しだけ涼しいような、暖かいような風に乗った花びらは、ひとときの空中散歩の後に、地面の硬いコンクリートにぶつかっていく。
「……ん。あ、
もうすっかり春景色の通学路、地面のピンクを踏まないように一歩一歩、おおきい歩幅でゆっくりと、桜の街路樹が続く通学路を歩いていた。
そんな時、目の前にひとり、見知った少女が立っていた。
桜を運ぶ風みたいなふわふわした短い赤髪に、朝焼けみたいな金色の目に、キチンと着こなした学校指定のブレザー。
いつも綺麗な赤色の髪のように、温かな雰囲気を纏っている少女。
少女も魔琴に気づいたようで、風に吹かれながら、真琴の方へと手を振りながらゆっくり近づいてくる。
「あ……魔琴〜〜お〜〜ぶふぁやぁ!?」
「
突風に運ばれた桜の花びらが大量に、不運にも勇花の顔面へストライクした。
急いで前を歩いていた勇花の元へと猛ダッシュして、けほけほと咳こんでいた少女の背をできるだけ手加減してたたいて、口内に詰まったありえない量の桜の花びらを吐き出させる。
まるでぶちまけたペンキみたいに、花びらは少女の真下のコンクリートをピンクに染めた
「うぇ〜〜……魔琴、おはよう〜」
「勇花おはよう……何というか、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、よくあることだよ〜」
「今のがよくあったら多分バズれるよ」
「大人気インフルエンサーへの道〜……けほっ、けほっ」
「ほら、とりあえずそこら辺で休もう」
「うん……ありがとね」
「いいよ別に」
そう言って近くにある公園の、今日の空と同じ色の─綺麗な群青色の─ベンチに座らせて、勇花が落ち着いた頃に、そこらへんにあった自販機から、りんごジュースの入ったペットボトルを渡す。
魔琴はそのまま勇花の隣に座る。隣から花みたいな香りがする気がした。
「これ、好きだったよな」
「気がきくね〜」
プシュ、と音を鳴らしながら、ごくごくとジュースを飲む2人。
はっ、と気づいたように勇花が問いかける。
「のんびりしてると遅刻しちゃうよ〜?」
「まだ時間あるし大丈夫。それにいざとなれば2人で瞬間移動したらいし」
冗談混じりでそう言った。つもりだったのだが、もしかしたら、ちょっとしたトラウマになってたのかもしれないと、マコトは口に出してから後悔した。
隣に座る少女が、金の色彩の瞳がじっとこちらを覗いている。
「……あの力、使う?」
恐れの色が滲んだ声で、うっすらと問いかけられた。
「……いや、使わないし、あんまり使いたくないよ。だから極力急ぐんだし」
「……そっか〜」
いつのまにか前屈みになっていた勇花は、安心したみたいにベンチの背もたれに身を任せぐでーんと倒れた。
「そういえば、最近はぜんぜん使ってないね、あの力」
「……まあ、そうだなぁ」
「やっぱりアレ? 私を泣かせちゃった事気にしてるの?」
「……………………まぁ」
「ふふっ、気にしてるの〜〜? 小さい頃より丸くなったね〜〜」
「ニコニコしないでくれよ」
「昔はあんなにあんなに無邪気ですぐ調子に乗って小さかったのにね〜〜〜〜」
「いや昔は勇花も俺と同じぐらい小さかったぞ!?」
イタズラをしかけた子供みたいに、楽しそうに笑う勇花を見て、ふふっ、とつられて笑う魔琴。
「よし! じゃあそろそろ行こうか」
そろそろ行かないと遅刻してしまう時間だと思い、ぱん、と手を叩いたて魔琴が立ち上がる。
「あ〜〜…………」
「え? 勇花?」
「……えへへ」
「え、何?」
真琴の背中を見て、気まずそうに、申し訳なさそうに、引き攣りながら笑う勇花。
「……またやっちゃった」
勇花は立ち上がり、真琴に背中を見せる。
彼女の背中は、空と同じ、さっきまで座っていたそこにあるベンチと同じ、群青色に染まっていた。
「……嘘だろ」
ショックで一歩後ろに下がったら、ぐしゃりと潰れる紙の音がした。
足を引くと現れた紙には、『ペンキ塗り立て』の文字。どうやら強い風で飛ばされて、ベンチから剥がれてしまっていたようだった。
恐る恐る、そっと自分の背中に触れる。べチャリとした感覚がした。
「……遅刻、するかもな」
「……あれ? お姉ちゃん?」
「
「うん、お姉ちゃんは……どうしたの、その制服?」
「めっちゃ青いでしょ〜」
「うん、めっちゃ青い」
一度自宅に帰った勇花を迎えたのは、勇花と同じ赤色の髪を、勇花とは違いロングヘアにした、銀色の澄んだ色彩の目を持った少女。
勇那は今起きたばかりのようで、髪はボサボサしていて、眼は半開きの少女は、目を擦りながら、回らない頭のまま会話を続ける。
「じゃあ……着替えにきたの?」
「うん〜、ブレザーだけならよかったんだけど、スカートとシャツもちょっと空になっちゃった〜」
少し照れたように笑いながら、替えの制服を取りに家の奥へ向かう勇花。
「ねぇ勇那〜、今から学校行く準備するの?」
「うん……ふぁ〜……」
あくびをしながら、答える勇那。どうやら昨日はかなり夜更かしをしたようだった。
「おねーちゃん手伝うから、一緒に行こ〜?」
「うん……行こうね……」
とだとだしい千鳥足で、寝ぼけながら洗面所に向かう勇那。目的地には、櫛とドライヤーを両手に装備した勇花が待っていた。
既に汚れてない制服に着替えていた勇花は、今か今かとそわそわしながら、早くこっちに来いと言わんばかりに手招きしながら、金色の瞳をさらにキラキラさせていた。
「さあさあ座って〜〜」
「うん……」
「顔洗って〜〜」
「うん……」
「朝ごはんは〜〜?」
「おいしかった……ご馳走様でした……」
「よろしい〜〜」
肩の下まで伸びている、長くて重い赤髪を、同じ赤髪の姉は手馴れた様子で、朝の勇那がやったら100倍はかかるだろう動きを、ぱっぱっと行っていく勇花。
「〜〜♪」
「……なにかいい事あった?」
「うん〜〜。あっ、そうだ。魔琴とも一緒に行くけどいいよね?」
「……!」
ぴくり、と勇那が反応する。ふたたび眠気の誘惑に負けて、閉じてしまいそうだった目が、一気に開かれる。
「魔琴くんも……一緒に?」
「うん〜、一緒にペンキが制服に付いちゃったんだ〜」
うれしそうに語る姉を見て。ほんとに一緒に行くんだろうと確信して、少し表情が緩んで、固くなる。
「あの……お姉ちゃん!」
「大丈夫。いつも以上に可愛く仕上げておいたよ〜〜」
鏡に映る自分を見て、勇那はよし、と呟く。自分で準備するより100倍はきっとかわいいだろうと。そう思っても、緊張で息を一つ吐く。
「大丈夫大丈夫〜〜。いつもの元気な勇那を見せていこ!」
「制服よし……、髪型よし……うん! 行こうお姉ちゃん!」
「おー!」
2人で玄関へ行って、ドアを開けながら、家と隣の双子に向かって、2人はつげる。
「行ってきます! 行ってらっしゃい!」
「行ってらっしゃい〜! 行ってきます〜!」
外にでて、少女達は同じタイミングで深呼吸を一回。そして、
隣の家。徒歩で20秒ほど。
「魔琴〜〜おまたせ〜〜」
「魔琴くん! おはよー!」
さっきまでの寝ぼけてふにゃふにゃしていた勇那はもう居なくて、そこには元気で活発そうな笑顔を見せる、さっきまでのお寝ぼけ勇那とは違う、シャキッとした明るさを出す少女が居た。
2人の聴き慣れた声を拾って、玄関から1人の少年が出てきた。
「勇花おまたせ。勇那も、おはよ」
にゃーん
「「……」」
「え、ああ……さっき拾ってさ。怪我してるみたいだったから。この黒猫の応急処置してたんだけど。首輪も無いし多分野良猫だよな……家で飼おうかな」
黒猫を見た2人は、妙に長くじっくりと、なぜかとても警戒した様子で、黒猫をじっっっっと見つめていた。
赤い目をした黒猫は、不思議そうに首を傾げていた。
「……どうしたの2人とも」
全く同じ動作で考えこむ2人を見て、やっぱり双子なんだなぁなんて変な感慨を覚えた魔琴を余所に、2人はただ睨むように黒猫を見ていた。
「ねぇ魔琴〜〜」
「うん」
「捨てちゃお?」
「はぁ!?」
あわてて
「ほ、ほら! いきなり道端の野良猫を家で飼うのは、野良猫ちゃんもびっくりするだろうし! 魔琴1人暮らしだから、バイトもあるし、面倒見れない時の方が長いしさ!」
「それは……そうだけど、一度人間が世話をしちゃったのに、いきなり捨てちゃうのは何か……」
「あ、じゃあ、私達の家で飼うのはどう?」
「それだ!! お姉ちゃん天才!! ウチにはママもパパも居るし、おばあちゃんはずっと家だもんね!! もし万が一会いに来たいなら隣の家だもんね!! どう魔琴くん!!!?」
「え……あ、うん、まあそこまで言うなら……」
「わかった!! アタシ、おばあちゃんに頼んでみる!! すぐ戻るからね!!!」
勇那はそう言いながら、魔琴からばっと黒猫を取り上げて、見た事のない速さで、いっきに家まで戻っていった。
「……あんなに早い勇那、初めて見た〜」
「うん……前まで
しばらくして勇那が凄いスピードで家から飛び出してきた。
「ぜぇ……ぜぇ……こほっ、こほっ」
「大丈夫か?」
「うん……『かわいい猫ちゃんだね』って……おばぁ……ちゃんが……」
「そっちじゃなくて勇那がなんだけど……まあ飼ってもらえるならよかったか」
息が切れてる勇那を前に、いつも以上に勢いのある彼女を前にして、そんなに猫ちゃんが飼いたかったんだ。なんて魔琴が考えてると、勇花が2人に向かって問いかける。
「落ち着いたら、そろそろ行こっか〜?」
「そうだ……アタシはいつも遅れてるからいいけど……2人ともはやく学校行かなきゃ……」
「別にいいよ。今から行っても結局遅刻しちゃうし。ゆっくり行こう」
「……そっか」
ぽつりと呟いたあと、ふふっ、と笑みを零す勇那。それを見て不思議そうな顔をする幼なじみと双子の姉を見て、さらに口元がゆるんだ。
「いや、3人で登校できてるんだ! って……遅刻だけどね」
ああ、と、納得した様子の2人も、ふふっ、と口元をゆるませる。
こういう、姉と幼馴染がふと笑った時の表情が、兄弟じゃないのに似てるな、なんて考えていた。
再びコンクリートに浮かぶ春の花弁を踏みながら。今度はいつもの3人と言うべきメンバーで、談笑しながら歩いていた。
話しながらでスピードは遅いけど、どうせ遅刻なんだし、と、3人とも割り切ったような空気だった。
「勇那〜、学校どう? いい感じ〜?」
「楽しいよ? 今度ね、友達と服買いに行くんだよ!」
「おぉ、良かったじゃん」
「魔琴〜! もっと祝う〜!! 国を挙げて祝ってもいい事だよ!?」
「そこまでは無いだろ。いや、でも本当に良かった」
「うん! めっちゃ写真撮る! プリクラもやりたい!」
軽く鼻唄を歌っちゃってるあたり、本当に嬉しそうで、本当に浮かれていた。
嬉しそうな双子の妹を見て、釣られて勇花が笑いながら語る。
「『アタシだけ写真が偉人みたいになってる……』っていっつもお姉ちゃんにボヤいてたもんね〜」
「ちょ……ちょっとお姉ちゃん」
ぴくり、と長髪の少女が反応する。もしかして、あんまり言われたくない事なんだろうか? と魔琴が考える。
ちょっと固まった妹を知ってか知らずか、勇花はそのまま話し続ける。
「『今度もアタシ居ない……』ってず〜〜っとボヤいてたんだよ。だから、魔琴と3人で写真撮った時に『一生大事にする!』ってね……」
「ねぇ!! お姉ちゃん!?」
顔を赤くしてやっぱり恥ずかしかったんだな、と顔を赤くして糾弾する少女を見る。たぶん勇花は反応が面白くてわざと揶揄ってるな、と渇いた笑いを零す。姉は妹を大層かわいがっているようだった。
「別に写真を大事にするのは恥ずかしがることは無いだろ。というか、もしかしてカメラ買ったのって、だからか?」
「あー……うん、それもあるよ。残ってた方が嬉しいものって、いっぱいあるから。一緒にアタシが写ってると、そこに居たんだなぁ、って感じがするし」
そう言った勇那のカバンには、こっそりと黒いカメラが忍ばせてあった。本人いわく、けっこうお高いものだったらしい。
「いっぱい写真を撮ってると、いろんなものを思い出せていいもんね〜〜偉いよ勇那〜〜」
「もう、お姉ちゃん何でも褒めるじゃん……」
写真は過去の切り取りで、その時に確かに居たものを保存しておくものだから。
いつかなくなったものも、ちゃんと持っていけるものだから。そう思い、妹と幼馴染を見て、勇花は笑った。
妹の勇那は病弱で、おいかけっこなんてできなかった。
両親は仕事が忙しく、彼女をよく気にかけててくれたおばあちゃんは、子供の溢れ出し有り余るパワーには勝てなかった。
もし自分が走っても、自分についてこれる人が、小さい頃の彼女にはいなくて、寂しくて。
だから同い年で同じくパワーが有り余っていた少年が、走るとついてくるのが面白くて好きだった。
どこにいても、一緒についてきてくれそうだった。どこまでも追いついてくれそうな彼が好きだった。
初めて少年と会ったのは、妹の居た病室で、少年は、妹の隣のベッドに寝込んでいて、よく妹の話相手になっていた。
「我はマコト! めちゃくちゃやさしい『オネエチャン』さん。だよね?」
初対面の彼は、オネエチャンを名前と思い込んでいた。
真っ黒の髪は夜みたいで、ぱぁっと開いた深紅色の目、宝石みたいにきれいだな。と、そう思った。
勇花が変な夢を見始めたのは、その頃からだった。
夢の中の勇花は、今よりずーっと大人で、まるで散髪に行けない妹みたいに長い赤髪をしていて、1本のきらきらした剣を持っていた。
金色と銀色が混ざり合った綺麗な剣。
まるで、よく妹が読んでいる。昔話の勇者さまと魔王の話に出てくる、勇者さまの剣みたいだった。
小さい頃の魔琴が退院してからは、よく勇花と魔琴で公園で遊んでいた。
魔琴は脚がとても早かった。本気でおにごっこをしたら魔琴はすぐに勇花を捕まえて、つまんない、と、勇花は拗ねてしまった。
次の鬼ごっこで魔琴は、勇花の機嫌を直さないといけないと思ったからか、あからさまに手加減をしていた。勇花はもっと拗ねた。
夢の中の勇花は、妹のような、けれど妹よりちょっと大人っぽい声を発する剣を振って、どんどん腐った人間みたいな怪物を倒して、ついには、魔王の隣にいつも居る、黒い猫の悪魔を倒していた。
それはもうつよくてつよくて、彼女がその頃、他の子供との鬼ごっこの際に言われて知った言葉で表すと、『チート』みたいに強かった。
けれど、勇者の夢は、見てるといつも悲しかった。
勇花は、勇那の『おみまい』に、よく魔琴を連れていくようになった。
魔琴本人も行きたがっていたし、勇那も来てほしそうだった。大好きな妹が喜ぶなら! と、勇花も、両親にプリンをあげる覚悟でお願いしたら、OKを貰ったので、その時から、3人で一緒に遊ぶことがより多くなった。
病院に行くまでの坂道で、勇花が道端の石やら紙やら色々な物につまずき、よく転びそうなる時に、さっと手を引っ張って助けてくれるようになっていた。
夢の中の勇花は、恐い男と対峙していた。
夜の暗闇はぜんぶ彼のもので、彼がいると夜の空には明かりひとつも、夜に出てくる大きな月も出てこなくなっていた。
手のひらの上に、空から消えた大きな黄色い月を浮かばせて、玉座に座る姿は、まるで、昔話の魔王みたいだった。
夢の中の勇者は、たった一閃で魔王を倒した。
魔王は一瞬で、髪が黒くて、目が綺麗な赤色の、普通の男の人になった。
その日は、勇花と魔琴で、こっそりと夜の病院に来ていた。
今思えば看護婦さんたちは、隠れながら病院を進む小さな子供達に、全然気づいていたけれど、わざと通してあげたみたいだった。
その日だけは、何があっても勇那に会いたかった。
次の日に、勇那は
2人でぜったい元気づけようって、約束をしていた。
「あっ……おねえちゃん、マコトくん」
目元が腫れていた勇那は、2人の方を向くと、うれしそうににこりと笑ったけれど、顔色が悪くて、元気もあまりなさそうだった。
窓の外の、夜からの光が勇那を照らして、幻想的で綺麗な空間を作り出していた。
その日は満月が綺麗な日だった。
しばらく3人で談笑している時に、勇気を振り絞るように、真っ白な勇那は言った。
「ねぇ……マコトくん」
「なに?」
「……月が綺麗ですね」
俯いたまま、恥ずかしそうに勇那はそう言った。
やった……! /しまった……! と、そう思った。
ただ、肝心の少年は、よく分かってないみたいで
「ん……? ああ、わかった!」
しばらく考えた後、ベッドの上の少女に向かって、手のひらのを差し出した。
「そんなに月が好きなら───どうぞ!」
白い病室が、黄色くて優しい光に染まった。
空には既に、少女が綺麗と言った満月は消え去って、少年の掌の上には、ぽつり、と、金色に光る小さな月があった。
その瞬間、勇花は、寝てもいないのに夢を見た。
夢の中の勇花は、魔王を斬らなかった。
聖剣と勇者の力で、
少女の前に居るのは、もう魔王ではなく、魔王だったただの少年になっていた。
そこから、少女は少年と旅をした。
世界は全部壊れていた。草も木も枯れたものばかりで、川は少なくて、鳥も猫も犬もいない。
それでも2人は旅をした。
一緒に2人でご飯を食べて、2人で映画を観て、先に行く勇那を、少年は追うようについてきた。
少年を嫌う町があった。少年を憎む子供が居た。少年に石を投げた大人が居た。
『まあまあ〜。おちつこうよみんな〜』
夢の勇花は、全てから少年を守ろうとしていた。
勇者は、両親を、友達を──たった1人の妹を殺した魔王を、特別に
少年は元魔王だからか、よく『死んだ人の声が聞こえる』と言っていた。許さない、そう言われていた。
『大丈夫、大丈夫だよ』少年は勇者にそう言った。
ある日、満月の綺麗な日だった。今日はここに泊まろうと約束したぼろぼろの部屋に、勇者は帰ってきた。
少年は、苦しむように必死にもがきながら地面にうずくまっていて、少年の下には、真っ赤な赤い血──少年の目と同じ色の、綺麗な色に染まっていた。
自分に魔法をかけたんだ。魔王の時に覚えた、永遠に苦しむ魔法を。
何度も何度も「ごめん」と言っていた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
気づいたら、少女の金銀の剣には、宝石みたいな赤色がこべりついていた。
『──追い越されちゃったね』
次の瞬間には、勇花の意識は、白い病室の中に戻っていて、少年は、目を晴らしながら泣いていた。
目の前の魔琴と勇那は、いきなり泣き出した勇花に戸惑っているようだった。
「え……どうしたの……? 月を持ってきちゃったから? ほら! もう戻したよ!」
魔琴の手元にあった月は消えて、いつのまにか空模様はいつもの星空に戻っていた。
それでも勇花は泣き止まないで、膝から崩れ落ちて泣き続けた。
「えっと……ごめんなさい! ……ごめんなさい! 月を取っちゃってごめんなさい!」
まだまだ幼い魔琴は、何が何だか分からなくて、泣いてしまいそうだった。
勇那も2人に釣られて泣いてしまいそうだった。
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ……」
服で涙を必死に吹いて、なんとか立ちあがる。
「ぜ〜ったいに、だいじょうぶだよ!」
不思議な喪失感と悲しみを胸に、幼い少女はそう言った。
その夜、不思議な夢を見た。
夢の中で見た、大きな自分が、話しかけてくる夢だった。
ひどくやつれた顔で、少女は語りかける。
後悔と喪失感と、悲しみが篭った声だった。
『私は未来のアナタ。勇者の力で、私の記憶を、ずっと送ってきた──アナタにお願いがあるの』
『どうか彼を、───を魔王にならないようにして』
『彼が魔王になれば、世界も、家族も、友達も……彼も、全部終わってしまう』
『もし、もしも魔王になってしまったその時は』
『絶対にアナタが───彼を殺してほしい』
それが、勇者の勇花が出てくる、最後の夢だった。