アイプラ短編集 〜Mottled Rose〜   作:黒マメファナ

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【神崎莉央】 〜Jealousy Lily〜

 星見プロダクションは慢性的な人員不足を抱えていた。社長が消息を絶ち、東京移転前のメインマネージャーと新人のマネージャーの実質の二人というのは不足、という言葉でも生ぬるいものだった。以前なら、ほんの数ヶ月前ならば二グループ十人を受け持つギリギリの人数としてやっていけた。

 ──だが、度重なる偶然とある種の必然によって、現在星見プロダクションに所属するアイドルは四グループ十七人と数を大幅に増やしていた。故に、ある程度のセルフプロデュースの必要に駆られ、LizNoirはライブバトルの計画などを四人で話し合う予定で会議室に集まっていた。しかし。

 

「莉央」

「……なに?」

「イライラしているね」

「してないわよ」

 

 口ではそう言いますけど眉間に皺寄りっぱなしですよ~、と赤崎こころが発言したのを慌てて小美山愛が口を塞ぐ。だが、時は既に遅く、ますます眉間に皺を寄せてこころを睨みつける。

 

「す、すいません……莉央さん」

「いや、愛が謝る必要はないよ」

 

 そうね、と吐き出したものの見るからに、誰が見てもイライラしているであるはずなのに完全に無自覚な莉央に対して井川葵はこれだけは言いたくなかったけど、と彼女の心当たりを言い当てようと口を開いた。

 

「昨晩、寮で彼と飲んでいたよね?」

「……だからなによ」

「ふぅ、こころ。再現していいよ」

「はいは~い!」

 

 お調子者のこころは葵によって出された許可に喜々として返事をする。そしてコホンコホン、テステスと喉を調整したうえで怪訝な顔をしていた二人の前で心なしかキリっとした表情でリズノワリーダー、神崎莉央の声色と口調に寄せていった。

 

「マネージャーさん。うちで飲みなおさない? 二人で……いいでしょ?」

「ちょ──こころあなた!」

「ちなみに葵さんもバッチリ聞いてました!」

「それ、バラしちゃうのかい」

 

 さっと莉央の頬に赤みが差す。こころと葵が覗いていたのはマネージャーとの二人飲みの一部始終だった。その際に久しぶりなうえにハイペースでスパークリングワインを飲んでいたこともあり酔いの回った彼女は少し大胆に、そして抗いがたいまでの女の艶で現在スタッフ含めて黒一点のマネージャーを誘った。そして。

 

「返事も」

「はい! んんっ──すいません、アイドルの家におじゃまするわけにはいきませんから」

「……全部、全部聞いていたのね」

「よかった、記憶を失うタイプじゃないみたいだ」

「り、莉央さんアダルトです……すごい」

「まぁ、鈍感な彼には真意を読み取れていなかったようだけど」

 

 でも、と莉央は反論をする。それだけで、いわば朴念仁の彼がそう的外れな否定で答えることはわかりきっていたと。それなのに苛立つ理由がないと、自分の胸の中にある感情の正体が別にあると主張していく。

 

「だいたい、気まぐれよ……あんなの」

「気まぐれって顔じゃなかったですけど」

「そこはいいよ」

 

 問題なのはその続きだよと葵は突き付けていく。愛だけが若干話についていけていないしミーティングのはずだったのにと視線を右往左往させていくが、既にヒートアップした議論は止まらない。会議は踊る、されど進まず。

 

「どうして? って聞いたかしら、私」

「そうだ。そして彼はマネージャーだからと答えた」

「そこで私は……えっと」

「──別にアイドルとマネージャーが身体の関係を結ぶのは珍しいことじゃないわ、って言いました」

「我ながら恥ずかしいこと言ってるわね……」

 

 アルコールに身を任せてるとはいえバンプロ時代、マネージャーとの肉体関係や他会社の上役との食事の際にホテルの鍵を渡されるような営業や売り込み。そんなアイドルを性的な消費物として見られることに嫌悪していたはずの自分の言葉とは思えないと自嘲する。だが葵はそんな自嘲に首を横に振った。

 

「莉央はそういうことじゃないし、話題の本質はそこじゃない」

「そうね、だんだん……思い出してきたわ」

 

 ──その日の回想がだんだんと明瞭になっていく。昨晩、寮のリビングで並んで飲んでいた際、彼女は確かに苛立った。だがその苛立ちは全てマネージャーにぶつけていたわけではなかったことを思い出していった。

 

「飲みすぎですよ、莉央さん」

「明日に支障がでるようなマヌケな真似はしないわ」

「けど」

「そんなに心配なら……送っていってくれてもいいのよ? マネージャーさん?」

 

 イヤミの含まれた、けれど男性として抗うことなどできないほどの艶にあふれた流し目と表情で誘われ、マネージャーは首を横に振った。何かを気にしている、その表情のわずかな変化に気づいた莉央はその正体を探るために彼を見つめた。

 

「り、莉央さん?」

「どうして? どうしてそうまでして、まさか気づいてないわけないわよね?」

「えっと……え?」

「気付いてないのね」

「よくわからないですけど……その送っていく姿が1パーセントでもスキャンダルになるとだとしたなら、俺は絶対にいい、とは言いません」

 

 その言葉に嘘も躊躇いもない。ここでもし、自分が明け透けにどこでもいいからあなたと一晩明かしたいと言ったならどういう反応をするのだろう。そんないたずらめいたことまで浮かんだが、それを振り払い、そういう業界に染まらない彼に惹かれたことを思い出し、だが納得しきれない気持ちのまま問いかけた。

 

「アイドルに、恋をしたいということはないの?」

「……それこそ大スキャンダルですよ」

「そうしてでも、マネージャーとしてではなく男として女を愛したい。そう思うことはないの?」

 

 そんな恥ずかしい問いかけに、努めて冷静に、だが相当酔いの回っていたマネージャーは目を閉じて、ゆっくりと開き、ありのままの気持ちを莉央に打ち明けていく。そう思うことは、絶対にないと。

 

「なぜ、言い切れるの?」

「麻奈の願いが、最期まで想ってくれていた気持ちが、俺の夢だから」

「麻奈……長瀬麻奈」

 

 ──必ず頂点に立って、トップアイドルのマネージャーにすること。最高のお返しをすること、一緒に来てよかったって思ってもらうこと……後悔させないこと。そんな長瀬麻奈の夢は叶わなくなってしまって、でも麻奈はNEXT VENUSグランプリの準決勝で川崎さくらや長瀬琴乃の二人が、必ずトップアイドルになると確信し、その二人に夢を預けるカタチで逝ったこと。

 

「だから俺は、わがままかもしれませんけど、さくらや琴乃たちにトップアイドルになってもらって、トップアイドルのマネージャーになる。それが、俺の夢です」

「……なによ、それ」

 

 その言葉は莉央にとって意味がわからないことが多かった。酔いが回っているせいなのか明らかに時系列がおかしい。NEXT VENUSグランプリの準決勝のステージがあって、自分と葵が琴乃率いる月のテンペストに敗退したのは、麻奈が亡くなって三年が経過しているはずなのだが……しかし、そんなことはどうでもよかった。彼をマネージャー足らしめているのは、彼の目を曇らせているのは、自分の気持ちを彼に裏切らせたのは他でもない自分にとってどこまでも立ちふさがる障碍、長瀬麻奈だったのだから。

 

「……嫉妬ですか?」

「愛……それはいくらなんでもストレートすぎるよ」

「それはこころのキャラなのにぃ!」

「あっ、あの……すみません! 私!」

 

 回想と語りが終わり、愛がポツリの漏らした言葉に莉央はいいわよと苛立ちを心の底に封じ込めながら笑みを作った。

 ──亡くなったはずの長瀬麻奈がマネージャーを縛り付けている。そんな麻奈に嫉妬している。愛の言葉は紛れもない、事実なのだから。

 

「……彼の言葉は、どういう意味なのだろうね」

「さあ? でも……彼はあの子の、いわば呪いを受けてる」

 

 呪い、マネージャーからすれば願いともとれる麻奈の最期の言葉は、紛れもない莉央にとってみれば呪いであり、ある種勝手な勝利宣言でもあった。その言葉を託した時点で、その夢のために並み居るアイドルをなぎ倒し、頂点を目指していたという事実。それを莉央は葵にだけ明かしていた。

 

「なるほど、そういう関係だったのか」

「あるいは……長瀬麻奈の片想いってところかしら?」

「まさか三年前に霧子の言っていたでっちあげるスキャンダルがそんなところに転がってるなんてね」

「そうね」

 

 死んだことで彼を、マネージャーを釘付けにした。きっと星見プロの中には自分の他にも彼を多少なり好ましく想っている子もいるのに。なんて残酷で、最悪な、マネージャーの言葉を信じるなら、いわば他の女が寄り付かないように現れた悪霊だと莉央は悔しさをにじませながら嘲った。

 

「笑いものね……あの観客を湧かせてきた笑顔が、歌声が、ダンスが、たった一人の男のためにあったなんて」

「それに圧倒された僕たちもね」

「……ムカつくわね」

 

 自分だって最初は不純な動機だった。十代の女が手っ取り早くお金を稼ぐための方法としてアイドルを選んだにすぎない自分に言えた話ではない。だが、それが巡り巡って自分の気持ちを踏みにじるというなら話は別だった。

 

「──葵」

「トップアイドルになりたい、そう言うんだろう?」

「やっぱり、わかってしまうのね」

「パートナーのことだもの」

「ありがとう……葵」

 

 ならば、と莉央は決意を新たにした。楔を打つのが麻奈ならば、それを砕くのが自分たちなのだと。必ずトップアイドルになって、長瀬麻奈ではなく麻奈が託した二人でもなく自分が、神崎莉央が彼をトップアイドルのマネージャーにしてみせると。

 

「燃えてるね、莉央」

「当然よ」

 

 もう自分の中での折り合いでしかなかった麻奈との決着。それが思いがけないカタチでつけられるのだと知った莉央は、瞳に炎を燃え上がらせた。元々の目的に加えて莉央は自分の夢を、アイドルとして人生を懸ける夢を見つけたのだった。

 

「──必ず頂点に立って、あなたをトップアイドルのマネージャーにする。最高の仕返しとして、あの時の誘いを断ったことを後悔させてあげるわ」

 

 長瀬麻奈がライバルとして認めたアイドル神崎莉央は沈む夕日の空に静かに誓った。そして、こんなグラデーションの美しい景色を背景に唇を奪ってやろう。その時こそ、高らかに天に向かって勝利宣言をする時なのだと。そんな彼女の嫉妬はのちに大きな、大きなエネルギーとなっていき、彼女を大舞台へと踊り出させるのだった。

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