五条悟の妹 in 死滅回游 恐山結界 作:徐々に鹿野さん
11月1日 15:34 青森県 九戸東高等学校 体育館内
「えー、既に見聞きしていることだと思いますが、本日早朝に県内の恐山を中心に、何らかの異常現象が発生したとの報道がなされています。加えて、同様の現象が日本国内の各地で発生しているという報道もあります。政府の見解も無く詳細は未だ不明であり、先の渋谷封鎖の件から不審な出来事が続きますが、現状はとにかく得体が知れず危険である、ということだけは言えるかと思います。生徒の皆さんは興味本位で実地へと赴いたりは絶対にしないよう心がけてください。それから──」
☆
体育館で行われた校長による注意喚起を終えた放課後、部活動の停止を言い渡され帰宅途中の生徒達によって九里東高等学校内は騒然としていた。
「マジトーンだったね。やっぱこれ相当ヤバイことなんじゃない?」
「恐山ってのがガチ感ある」
「色んなとこで起きてるんだろ? テロ?」
「日本でしか起こってないんだって」
「タイムラインで流れてきた動画見たけどさ、なんか真っ暗だったよね。中の人どうなってるんだろ」
パニック、というよりは刺激的な噂話によって皆が興奮しているような雰囲気だった。そうして喧噪が廊下を蠢く中、それをすり抜けるように進む生徒が二人。
「朝より凄いねぇ。みんな夢中だ」
「そりゃね。もうSNSでも動画が出回りまくってる。噂じゃ済まないよ」
斜めに流れる前髪が特徴的な女生徒が話しかけ、もう一方の長身と右目の泣き黒子が目立つ長く伸びた黒髪の女生徒が応答する。静かな会話だった。
「教えてあげたほうがいいのかなあ」
「絶対ダメ。どうせ、ここまで事が大きくなったんだから何かしら一般人向けの発表がされる筈。それまでは何聞かれても適当に流して、話を合わせて。慣れっこでしょ」
「うん……」
「こんな状況でバレて良いことなんて一つもない。断言出来る。──呪いが視えるなんて」
☆
呪い。人間から流れ出た負の感情。
時にそれは呪霊としてカタチを成し、人々を襲う。また、そう言った呪いを目視可能であったり『呪術』として呪いを利用し特別な力を振るう数少ない人間達が存在する。
言ってしまえば彼女達二人──浅見摩耶子と冬水瑠璃はそんな
☆
「いくら瑠璃がお人好しでもこの状況は危険すぎる。いつもみたいな人助けは当分禁止」
「……」
「自分の身が優先、ね? もちろん私だってそうする」
「分かってる」
不安気な表情を浮かべる瑠璃に対し、摩耶子は念を押すように呟いた。二人はそのまま下駄箱の方へと向かう。
「あ、私プリント出しに行かなきゃ」
「待ってるよ」
「いいよ、先帰ってて。マヤちゃん今日お仕事でしょ」
「まあそうだけど……」
「モデルさんなんだから色々準備あるでしょ? ほらほら」
「分かったよ」
ぐいぐいと押すような仕草で摩耶子を急かし、瑠璃は手を振った。
「バイバイ。気をつけてね」
「瑠璃こそね」
上履きから外靴へ。そのまま摩耶子が校舎を出ようとした時、瑠璃はぼそりと呟いた。
「マヤちゃんなら色んな人を助けられるのに……」
惜しむような声音のそれを、摩耶子は聞かなかったことにした。
☆
(瑠璃のお人好しも困っちゃうな。子供の頃から呪いが視えてたなら少なからず良くない思いをしてきただろうに)
街中を歩く摩耶子に度々注がれる視線。他と比べて目立つ容姿が原因ではあるが、いつもよりその量は少なかった。
「取引先が──」
「昨日から連絡が──」
噂の異常現象。その影響は通行人からも見て取れた。視線、人々の動揺。それらを意にも介さず摩耶子は早足で通り過ぎて行く。
そして、そんな通行人達の中に明らかな異常が一つ。
【に"ー】
気味の悪い声と覗き込むような視線。辺りでそれに気づいているのは摩耶子のみ。しかしそれも摩耶子は何の行動もせずに通り過ぎて行った。
(異常現象とやらの影響か、それともそれに対する恐怖心の影響か。どちらにせよ呪霊を視る機会が増えそう)
摩耶子は一人でにため息をついていた。
(高校行って、モデルやってお金貯めて、ジム行って、ご褒美に美味しいもの食べて、友達と自由に遊ぶ。私はそれで良いんだ。呪いなんて関係ない。どうせ、この事態もアイツが全部解決するんだから)
☆
「ん……」
夜中、摩耶子は目を覚ました。原因はスマホから鳴り響いた。着信音。
日付は11月2日。時刻は2時32分。深夜だった。
「誰だよ……げっ」
頭を掻きながら摩耶子は画面を開く。それと同時に目に入った番号に顔を顰める。
「……無視したらもっと面倒になるか。──もしもし?」
〈ああ! やっと繋がりに! 〉
電話口の声は年老いた女。摩耶子にとっては聞き覚えしかない声だった。
「二度とかけてくんなって言ったよね。というか番号何処で知った? 今何時だと思ってんの?」
〈一刻を争う一大事なのでございます! 話を聞いてくだされ! 〉
「あーはいはい。こんな時間に老人の話を長々と──」
〈悟様が封印されたのでございます! 〉
「……は?」
摩耶子は目を丸くした。時間といい内容といい、通話相手がついにボケてしまったのか、という思考が過ぎる。
しかし、続く老女の言葉はそんな思考と眠気を吹き飛ばしてしまうものだった。
〈10月31日のことです。東京渋谷で発生した事態の収拾の為に派遣され、そこで封印されたと〉
「ちょっと待ってよ。渋谷でなんか大変なのが起こったのは知ってたしそこにアイツが向かわされたってのは分かるよ。だけど封印? 封印って何? あの歩く公害が? 冗談でしょ?」
〈事実でございます。恐らく使用されたのは特級に相当する呪物であると。現在、日本各地で出現した結界も悟様封印後の渋谷での出来事が発端なのです〉
「いやいやそんな……」
〈一大事なのはここからでございます。悟様の封印後、総監部は悟様を渋谷の首謀者の一人として呪術界を永久追放にすると通達したのでございます! 〉
「はあ」
馬鹿馬鹿しい話、と笑うには通話相手の剣幕は異常であったし、現に渋谷で何かが起こったのは事実だった。
しかし、摩耶子にとってその話はにわかに信じがたいものだった。
「……で、それで私への要件は?」
〈急ぎ五条家へお戻り下さい! 現当主である悟様がこうなってしまった以上、相伝の術式と血縁を持つ摩耶子様が最も──〉
「ざっけんな!」
老女の言葉を遮り、摩耶子は目を見開かせ瞬間的な怒りを露わにした。しかし、老女は鬼気迫るような声音で話を続ける。
〈ふざけてなどおりません! 総幹部の通達以降、禪院と加茂両家が我ら五条家を蹴落とす為の動きを始めています! それに最早上層部は我々の敵も同然です! このまま当主不在の状況が続けば、我らの立場はどうなることか──〉
「知るか! 私はもう
ひとしきり言いたいことを言い終わった後、摩耶子は通話を切り電話番号をブロック、その後スマホの電源を完全に落とし近場のソファーに投げつけた。そのまま枕へと顔を埋める。
「訳分からん! 寝る!」
全てを忘れて眠りたい。摩耶子はそんな気分だった。