五条悟の妹 in 死滅回游 恐山結界   作:徐々に鹿野さん

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自分にしか出来ないこと

 小学校にすら入ってないチビッ子の時から私は変なヤツだった。

 

 他には視えないモノが視えて、子供にしては身体能力も高くて、自分の中に眠ってる特別な術式(チカラ)を既に自覚してた。

 

 優越感? 全能感? そんな感覚を常に感じてて、ともかく自信満々だった。

 

 六歳の時だったかな。まあ()()()()()両親が両方死んじゃって、しばらくしたらウチにアイツが来た。

 

「君のお父さん、というか僕もなんだけど、五条っていうイイとこの──」

 

 私や父親みたいな目立つ真っ白な髪。どうやら父親は五条家とやらから家出して、母親とくっ付いて私を作ったらしい。その際に呪術だとか呪術師だとかの話も聞いた。

 

「このままお母さんの方の家族に引き取って貰うっての手だよ。ただ……君、色々と視えちゃってるでしょ? 一般人の家庭に預けちゃうのはどうも不安でね。だからさ、ウチに来ない? ちょっと居心地悪いだろうけど、頭の固い老人共は僕が引っ叩いとくから」

 

 五条家に来ないか、その誘いに私はノータイムで乗った。

 

 ずっと、私はフラストレーションのようなモノを溜めていた。父の手前、母の手前、周囲の手前、幼いながらも自分の異常さを自覚して、力を自制していた。コイツに付いて行けばそんなことを考えなくて良い、好きに振舞える環境に行ける。そんな期待を胸に。

 

 まあ。当時の私は言ってしまえば鼻っ柱が高かった。自分に自信があった。呪術師とやらにも簡単になれる自信もあった。

 

 ──だけど結局、その長鼻もすぐに折れることになる。

 

 まず五条悟。血縁的には従姉妹(いとこ)の筈なのに何故か戸籍上の兄になってしまった男。正直、もう二度と会いたくない怪人。

 

 呪術師としての訓練を始めてすぐに理解(わか)った。コイツはモノが違う。

 

 呪力量も呪力のコントロールも出力も術式の制御精度も、何から何までオカシイ特例中の特例。コイツの異常さを目の前にして、私の中にあった自信はその大半がポッキリと折れてしまった。

 

 それでも残った小さな自尊心もすぐに砕かれた。私と同年代……アイツ曰く境遇も似てるとかいう目つきの悪いウ二頭、加茂家の糸目、狗巻家のおにぎり。

 

 同年代で私と同じか、それ以上の才能を持つヤツらが呪術界にはフツーに居た。

 

 それからも色々あってすっかり自信の抜け落ちた私は逃げるように家を出て、今は青森で普通の女子高生をやってる。

 

 だからもう、呪術云々に関わる気はない。そもそも古臭い視線に囲まれるのも好きじゃなかった。

 

 それに──そこに私が居なくても、世の中は廻ってるんだから。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あ──……眠っ」

 

 眼を擦りながら摩耶子は廊下を歩いていた。結局、あの電話が原因で満足な睡眠が取れなかったのが理由だった。

 

「昔の夢見ちゃったし……ムカつく……おはよ」

 

 教室に入ると同時に声をかけてきたクラスメイトに返事をし、自分の席に座る。昨日程ではないが未だに生徒達は思い思いの噂話を続けていた。

 

(瑠璃まだかな……)

 

 クラスメイトである瑠璃はまだ教室には来ていない。他にも数人の生徒が教室内から欠けていた。

 

(寝坊? もうHR(ホームルーム)始まるのに)

 

 摩耶子はスマホのメッセージアプリを開き瑠璃にメッセージを送る。しかし、既読表示すら無い。

 

(熱……とかは無いよね。昨日元気そうだったし。寝坊だったら珍しい。ぼけっとしてるけど今まで一回も──)

 

「ホントに恐山行っちゃったのかな」

 

 その時、一人のクラスメイトの不安げな声が摩耶子に届いた。声の主は隣の席で会話している二人の女生徒。

 

「写真撮りにいっただけじゃない? 流石に中には入ってないでしょ」

 

「でもでも、アレに映ってた面子全員まだ来てないよ。他クラスの子も来てないみたいだし……」

 

「──ね、ちょっと良いかな」

 

「浅見さん? どっ、どうしたの?」

 

「今の話ホント? 恐山行った人が居るって」

 

「う、うん。昨日の夜にグループラインに写真が送られてきて、あの真っ暗闇の前に居たっぽくて」

 

「誰が居たの!?」

 

「いっ、和泉ちゃんと松本君と上原さんと神原君と……あっ、あと冬水さんも写ってたの」

 

 冬水。瑠璃の名字だった。

 

「……私、今日帰るからさ。先生に連絡お願いして良い?」

 

「えっちょっと」

 

 返事を待たずして摩耶子は荷物を背に教室を飛び出した。驚く生徒、呼び止める教師。全てを振り払って学校を出る。

 

「まさか……! そんな訳ない……!」

 

 人目を憚らず全速力で走る。そうして辿り着いたのは何度か訪れたことのある瑠璃の実家だった。

 

 そして、目の前には物々しい赤いランプを載せた何台もの白黒の車に警察官、瑠璃の両親。自らの鼓動が速まるのを摩耶子は感じていた。

 

「おばさん! おじさん!」

 

「あっ、摩耶子ちゃん……! ねえ、瑠璃が! 瑠璃が!」

 

 泣き腫らした顔で瑠璃の母親は語る。夜の間に瑠璃が家を出ていたこと、連絡が繋がらないこと、警察へと通報したこと。

 

 そして、現時点で瑠璃はその他複数の高校生達と共に件の恐山へと向かった可能性が高く、それらしき目撃証言が幾つもあるということ。

 

 鬼気迫る表情で瑠璃の父親から話を聞き出している警官と、自らに声も無く縋りつく瑠璃の母親を、摩耶子は呆然と眺めていた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ねえっ、浅見ちゃん! ひょっとしてアレ視えてるの!?」

 

 呪いに関する話を持ち出してきたのは瑠璃からだった。高校に進学してまだ間もない頃、体育でペアを組んだ際に私が校庭に居た呪霊に視線を送ってしまったのがキッカケだった。

 

 それ以降、瑠璃と良く話すようになった。というより向こうが積極的に話しかけてきた。今まで他に呪いが視える人に会ったことがなかったって喜んでた。

 

「憑りつかれてる人の側に行ってね、ジッと視るの。そしたら怒り出してこっちに向かってくるから全速力で逃げる! こうすると追い払えるんだ」

 

 幾らか話して分かった。瑠璃はドが付くお人好しだ。昔から呪いの被害に悩む人達にわざわざ助言したり助けたりを繰り返してたらしい。

 

 呪いが視えること=呪術が使えるって訳じゃない。瑠璃はただ呪いに敏感なだけの一般人。

 

「マヤちゃんはああいうのを倒せちゃうんでしょ? いいなー」

 

 呪いの危険さも冗談の効かなさも十分に分かってる。それでも、怖い目に遭っても痛い目を見ても瑠璃は今まで人助けを止めなかった。その真っすぐさにちょっと嫉妬したりもした。

 

 なんでわざわざリスクを背負ってまで他人を助けられるの? いつかした責めるような私の質問に、瑠璃は困ったような表情でこう言った。

 

「私にしか出来ないことだと思ったから」

 

 私を初めてマヤ(あだな)で呼んでくれた。初めて出来た、私の友達。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「栄養バー詰め込んで、後は現地で何とかして……いや、水の確保の方が難しいか? スマホのバッテリーは要らない、電波繋がらないみたいだし。後は……トイレ……は適当にすればいいか。あっ、歯ブラシも」

 

 五条悟の封印。それが事実であれば日本は未曾有の危機に陥っている。摩耶子はそれを理解していた。

 

 同時に、事態の収拾の為に優秀な呪術師達は忙殺されているだろうことも。

 

「下北駅前までお願いします。あっ、恐山行こうとか考えてるワケじゃないですよ? 近くに実家があるんで──」

 

 外部の助けは期待出来なかった。この異常事態の中、動ける人間はそれぞれがそれぞれの理由を持って動いている。

 

「うわー警察多っ。抜け道探さないと……」

 

 服装はジョギング用のランニングタイツ、シューズ、インナー、上下にウインドブレイカー。後ろ髪を一括りにまとめ、必要物を詰め込んだリュックを背負い、タクシーで近場の駅へ。案の定警察によってされていた封鎖を掻い潜り、山道を抜ける。

 

 そうして、摩耶子は結界の前に辿り着いた。

 

「うっ」

 

 視覚効果の付与された結界によってどこまでも続く暗闇。逃げ出した筈の呪術が蔓延る空間を目の前にして、摩耶子は息を呑んだ。

 

「……所詮、高校から出来た友達だよ。まだ一年しか付き合い無いし、向こうがどう思ってるかなんて分かんない。どうせここに来たのも、私の注意を無視して無鉄砲に誰かを助けようと思ったからなんでしょ。でも」

 

 パチンと、摩耶子は自分の頬を両手で叩いた。

 

「今、あの子を助けられるのは私しか居ない。私抜きでも世の中は廻っていく。だけど……弱かろうが強かろうが才能が有ろうが無かろうが、これが出来るのは私だけだ」

 

 そう自分に言い聞かせ、摩耶子はその一歩を踏み出した。

 

「よぉ、俺はコガネ!! この結界の中では死滅回游って殺し合いのゲームが開催中だ!! 一度足を踏み入れたらオマエも詠者!! それでもオマエは結界(なか)に入るのかい!?」

 

 コガネ。結界の中で行われている儀式(ゲーム)、死滅回游への参加意思を問う式神。イエスと答えれば参加者となるのが確定し、以後制定された総則が適用されることになる。

 

 11月2日 14:21 恐山結界(おそれざんコロニー)

 

「──うん、問題無い」

 

 死滅回游(しめつかいゆう)泳者(プレイヤー) 五条(ごじょう) 摩耶子(まやこ)




こういう話をね、見たいなって

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