新馬戦もといメイクデビューを勝利で飾って2週間程。
少しは話題性を獲得し注目度も多少は上がり気力充実、次のレースも決まったのだが……。
当のボクは何故かやる気が減退していた。
いや、やる気自体はある。
トレーニングをサボるとかは無いしタイムも日々着実に縮まりつつある。
なのに不意に心の中に「ポカン」と穴が開いたような虚無が生じる時があるのだ。
原因は……何となく予想はついている。
ただ、これはボクが「ウマ娘」であることによって解決が急激に困難になる類いの問題でもある。
しかも内容が内容だけに非常にヒトに話し難い相談ということもあって1人悶々としている。
近いうちに踏ん切り付けないとなんだけどなぁ……。
そんな雑多な考えを振り払うように頭を振ってチームルームの扉を開く。
「おはようございまぁ……す?」
「!」
「「ヤマト!?」」
スカーレット先輩とウオッカ先輩が揃ってボクの名を呼ぶと残るメンバーとトレーナーズが一斉にボクに振り返る。
全員に注目されて思わず半歩後退ってしまった。
「は……はい……?皆さん、どう…しました?」
何か言いたげな視線を送る先輩達とトレーナーズ。
何人かは何とも言えない表情で顔を見合わせる。
「ん?んんん?」
「あ!待て、見るなヤマ……お前マジでバカ力だな!?」
森下さんが眺めているパソコンを横から覗こうとするとship先輩がやんわりと押しとどめようとする。
それを軽く押し返しながら画面を覗き込んだ。
「えーと?『メイクデビューで審議の上見苦しい勝利を見せたソラノヤマト、記者に威嚇する等大変礼儀がなっておらず……』って、うわぁ……」
日ノ出新聞社傘下のゴシップ系スポーツ雑誌「サンライズ・ターフ」の電子記事がここぞとばかりにボクを叩いている。
文のそこかしこに「見苦しい」と「礼儀知らず」が散りばめられていて、執筆した記者は余程虫の居所が悪かったのだろう。
─ホワンホワンホワンやまやま~─
レースが終わってライブの為の小休止。
一緒に踊る人達に挨拶をしようとした時、その場面に出くわした。
「アキカゼさぁん?本命に推されながら7番人気如きに負けてしまいましたねぇ?今のお気持ち聞かせて頂けますでしょうかぁ?」
ビックリするくらい下卑たまとわりつくような声でタカマツアキカゼさんに取材という名目のハラスメントをする記者。
名札にはサンライズ・ターフ、先島と記載されている。
「負けたのはあくまで私の実力不足です、それ以上でもそれ以下でもありません。それと人気は知名度にも左右されます、如きという表現は侮辱です」
「そうですかぁ?本音ではあの程度のウマ娘に負けたことに納得してないんじゃないんですかぁ?」
「あの程度……!?」
「ちょっと!言っていいことと悪いことが……!」
アキカゼさんが耳を絞るのとほぼ同時、思わずといった様子で横合いから現れたのは別の記者。
月刊トゥインクル、北野と書かれた名札を付けた細身の若い男性だ。
北野記者が身を乗り出しただけで先島記者はヒッと小さな悲鳴を上げて身を若干竦ませる。
コイツ、ウマ娘が小さな女の子だから居丈高なだけだ。
サイッテー。
勿論、ボクからすればマスコミは全部同じに見えるので北野記者にこの場を任せておこうなんて欠片も考える訳がなかった。
記者2人とアキカゼさんの間に割って入る。
「タカマツアキカゼさん!」
「ヤマト……!?」
「ライブのリハ、簡単なのですけどしましょう!アドマイヤレイラさんも探して一緒に……」
「お…おい!コッチが取材してんのが分かんねぇのかよ!」
背中から先島記者が甲高い怒鳴り声を上げる。
北野記者には何も言えないからボクにって訳だ。
チラと視線を向けて吐き捨てるように言い返す。
「何ですか?週刊サンライズ・ターフさんはライブを妨害するってURAとマスコミ倫理委員会に訴えますよ?」
「は?な……!はぁ!?」
「ボク達これからライブですから、邪魔しないでください」
「あ……な?…はあぁ!?」
絶句する先島記者を放ってアキカゼさんの腕を取る。
「さ、行きましょう!」
乱入の機を逸して苦笑している沖野トレーナーと森下サブトレーナー、アキカゼさんのトレーナーらしき女性が集まる楽屋へと2人で駆け出す。
「あ、あぁ!……ありがとう、ヤマト」
小さな感謝の言葉を背にボクはアキカゼさんの手を握りしめてその場を後にした。
────────
「アレですか」
「アレだろうねぇ」
嘆息する森下さん。
沖野さんも僅かに眉を顰めている。
「これに関してはチームアポロの方が正式に日ノ出に抗議するって話だ。URAも動いてるそうだしヤマトはあんま気にすんなよ?」
「はい?そうですね」
何を当たり前な、と首を傾げてしまう。
ボクのあっけらかんとした様子に顔を見合わせるトレーナーズ。
「あー、うん。ヤマトがそれで良いなら俺達は何も言わないが……」
「お前肝座ってんなぁ」
ウオッカ先輩が呆れ半分といった様子で言う。
「マスコミの言うこと気にしてる暇なんて無いってことですよ」
「ま、それはそうかもね」
よくウオッカ先輩と比較され、書籍によっては悪し様に言われることも少なくないスカーレット先輩が大いに頷いてくれる。
有名税とはよく言ったものだ。
いちいち気にしてたら身が持たない。
実際そんなこと気にしている暇なんて無いのだ。
条件戦である準OP「グラジオラスステークス」(ファン数1600人以下)
ボクが次に挑むレースである。
ここで勝っておかないと重賞レース……ひいてはクラシック参戦への道が険しいものとなる。
レースに向けて万全を期すべきなのだが……。
「……」
「ちょっと、ヤマト?アンタ何してんのよ。トレーニング終わったんなら休んだ方がいいんじゃないの?」
陽が伸び始める6月下旬の夕方。
チームルームの脇で97式側車付自動二輪車(サイドカー無し)のエンジンを弄っているボクの姿を見てスカーレット先輩が呆れて声をかけて来た。
そりゃそうだ、休むのもトレーニングの内なのにボクは何をやっているのか。
振り返ってアハハと誤魔化し笑いを浮かべていると、ウオッカ先輩が目を輝かせながら駆け寄って来た。
「うわー!ハーレーじゃねぇかよ!カッケー!どうしたんだこれ!?」
ハーレー?
陸王ってハーレーダビッドソンなの?
※ハーレーのライセンス生産品
「いやぁ、トレセンにT-34が送られたことを知った地元のご近所さんが「トレーニングに使えないか?」って色んなものを送ってくるようになっちゃいまして……。それの中の1つがこれなんですよ」
「へぇ~!それで、これ動くのか?」
「一応」
「マジ!?オレも乗りたい!」
小学生男子みたいに盛り上がるウオッカ先輩の後ろで渋い表情のスカーレット先輩。
「ダメに決まってんでしょ!アンタ免許持ってないんだから!それにバイクなんて乗ったら危ないじゃないの」
「え~、いいじゃんかよぉ」
「駄々こねないの!」
「ぶぅ」
膨れるウオッカ先輩を叱る姿はまるでお母さんだ。
「確かに免許なしで乗るのは難しいですね。沖野さん辺りに監督して貰いながら私有地で、くらいが限界だと思いますよ」
「そうなるよなぁ。あーあ、折角ならコイツでかっ飛ばしてみたいぜー」
残念そうな顔をするウオッカ先輩。
こう言っては何だけど、距離はともかく速度だけならボク達ウマ娘が素で走っても似たような速度が出るのだからそこまで拘ることでもないと思うんだけど。
まあ趣味だし別の話ではあるけども。
「お?今度は97式自動二輪か。この間はkfz2と251も修理してたよな?お前、トレセンを軍事基地か何かにするつもりかよ?」
「何で素で名前がスラスラ出るんです?」
いつもかぶっている帽子?を指先でクルクル回しながらship先輩が面白そうに覗き込んで来る。
こんな古い車両……しかも軍用だったものの名前をそらで言える辺りship先輩は相当の変人だ。
「装甲車の10や20置いたって軍事基地にはならないでしょう。ただの……趣味ですよ、趣味」
一瞬にしてウオッカ先輩のバイク趣味のことをとやかく言えなくなったボク。
内心苦笑していると、そんだけあったら立派な基地だろと小さく突っ込むship先輩の後ろ……少し離れた位置に森下さんが心配気な表情でコッチを見ているのに気が付いた。
またやっちゃった。
ここ最近いつもこうだ。
虚無感を感じた日にはトレーニングが終わってから近所のヒトから送られた車両や機体を無心に整備して気持ちを紛らわせている。
修理した機材はトレセンに寄付したりしているので無駄という訳ではないけれど。
ちなみに97式自動二輪車とsb kfz2ことケッテンクラートはスピカの買い出し用車両として寄付した。
閑話休題。
そうして逃避行動をして、森下さんや沖野さんに心配をかけてしまうのだ。
「あの、森下さん。大丈夫です……もう終わりますから」
「あぁ、うん。余り遅くならないように、ね」
「はい、わかっています」
「なら良いんだ」
ぎこちない会話と心配そうな目。
だけど、近寄っては来ない。
森下さんはボクを抱き締めたり、頭や背を撫でてはくれない。
森下さんの手は、ボクに触れようとしない。
ボクは生徒で森下さんは教育者なんだから当然だ。
ボクは馬じゃなくて森下さんは騎手じゃないんだから当然だ。
「……ヤマト、どうしたの?」
「いえ、何でもありません。ウオッカ先輩、それ押してってくれませんか?」
「いいのか!?」
スカーレット先輩の声に我に返って片付けの体勢に入る。
お願いすれば跳び上がりそうなほど喜んで97式に取り付いて押していくウオッカ先輩。
キラキラした目でハンドルや計器を眺めている姿に思わず微笑んでしまう。
何故か何も言わずに手伝ってくれるship先輩とスカーレット先輩にお礼を言いつつ、ボク達は帰路についたのであった。
「やっぱりヤマト、気も漫ろって感じだな」
「……ですね。やっぱり記事の件でしょうか?」
「だろうな。って言いたい所だが、森下……お前本気でそう思ってるか?」
「……いえ」
2人のトレーナーがヤマト達の背中を見送りながら言葉を交わす。
荷物を積んだケッテンクラートから降りながら沖野氏が問いかけると、森下は首を横に振った。
「あいつはそんなタマじゃない。というかマスコミ連中の言うことなんぞ全く眼中に無いってのがヒシヒシ伝わって来るな。ったく、TM対決だなんだと煽られてた時のテイオーとマックイーンにアイツの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ」
当時の狂騒を思い出したのか苦笑を浮かべる沖野氏。
その隣で後頭部を掻く森下。
「だからこそ分からないんです、彼女の不調の原因が」
「うーん?不調か?」
「え?」
沖野氏の言葉に思わずと言った様子で声を上げる森下。
漫然として気の入らない様子が不調でなければ何なのか、と視線が訴えている。
「いや、タイムはガンガン縮まってるし故障してる訳でもねぇんだろう?だったら「不調ではない」んじゃねぇか?」
「しかし……」
「それに、だ。本当にどうしようもない不調だったら「大好きな森下さん」に黙ってるとも思えねぇしな」
「沖野さんっ!」
ニヤリとした笑みを浮かべる沖野氏と顔を赤くする森下。
そんな森下から小さくなっていくウマ娘達に視線を移しながら沖野氏は真剣な雰囲気を纏う。
「お前ら2人の関係はどうやらヤマトにしか理解出来ない何かがある。もしそこに触れることが出来るヤツが居るとしたら、それは森下……お前だけだ」
「……」
沖野氏の真剣な言葉に思わず黙ってしまう森下。
その理屈は分かる。
森下と彼女との関係は恐らく他の誰にも理解出来ない。
問題は、その森下がまずもってその関係とは何なのかを全く理解出来ていないという点に尽きるのだが。
「ま、そこに関して俺が出来ることは見守るくらいしか無ぇな。頑張れよ、森下」
「……はい」
頷くことの出来た森下を満足げに見る沖野氏。
その視線はすぐに脇に止められているケッテンクラートに移った。
「しっかしコイツはいいなぁ、乗り心地はキツイけど使い勝手が良い。ヤマト、復調してもコイツの面倒見てくんねぇかなぁ」
「沖野さん……」
「「トレーナーとの距離感?」」
ボクの持ち込んだウマステ5でこれまたボク所有の横シューゲームをプレイしているスターさんとオリオンさんが揃って首を傾げた。
メイクデビュー少し前にボク達の部屋に乱入して来たオリオンさんの「将棋でレース勘が養えるならこれ(ウォーシミュレーション)でもイケんじゃね?」という言葉から始まった3人の特訓ともお遊びともつかないゲームタイムはボク達3人の談話時間にもなっていた。
何でも先輩方が将棋でトレーニングしていたので咄嗟に思い付いたそうなのだが、将棋とレースを混同なんてship先輩くらいしかしなさそうだけど……?
「はい、お二人は自分のトレーナーとどんな感じで付き合っているのかと思いまして」
ボクの言葉に一気に頬を真っ赤にさせるスターさん。
「つつっ、付き合っ……!?そもそも東条トレーナーは女性だぞ!?いや別に女性同士が嫌という訳ではないが……!」
「初心かよ。文字通りの意味だろ?」
「?」
何故か赤い顔のスターさんとこれまた何故か呆れ顔のオリオンさん。
何か変なこと言ってしまっただろうか?
「あ~つまりだ、トレーナーにどう接してるか、どう接されてるかって話だろ?」
「それ以外に何かあるんですか?」
「お前も初心かよ」
とうとう溜息まで吐くオリオンさん。
ボクとスターさんは顔を見合わせるしか出来ない。
「そうだな、私んところのお姉さまは……」
「お姉さま?」
オリオンさんの口から唐突に飛び出したお耽美な単語に首を傾げる。
「あぁ、ライス先輩がたまにそう呼んでんだよ」
オリオンさんが入団したチームであるシリウスのステイヤーエース、ライスシャワー先輩。
年上とは思えないほど小柄ながら凄まじいタフネスを見せ付ける憧れの先輩の姿を思い出し、今度は物語から飛び出て来たような長身美女であるシリウスのトレーナーを思い出す。
そんな二人が「お姉さま」「ライス」で呼び合っている光景を思い浮かべると……何というか、スゴイ。
「ライス先輩本人はお姉さま呼び含めて隠してるつもりだろうがアレはただならない関係だね」
「た…ただならない……!」
息を荒げながら頬を上気させるスターさん。
さっきから普段のクールな感じが完全に吹っ飛んでいる。
何がそんなに琴線に触れているのか。
「そんな訳でチームメイトの先輩方から密かにお姉さま呼びされているトレーナーだが……うーん、私にとっちゃ普通に出来るトレーナーって感じだし向こうからも教え子の1人としか見られてないな」
前提情報が濃過ぎて肝心の本題が薄味どころか無味無臭状態だ。
当たり前と言えば当たり前だけど。
「そういうことなら私とトレーナーの関係は……うん、オリオンと変わりないな?サブトレーナーともそう変わらない関係だ」
「リギルじゃそうだろうよ」
何とも言えない表情で答えるスターさんと若干呆れ顔のオリオンさん。
リギルはチームメイトも多いし当然サブトレーナーも多いけれど、同時に特に真面目なチームでもあるから変に距離が近かったり遠かったりというのも無いのだろう。
「そう聞くってことは何か?もしかしてヤマト……沖野トレーナーからセクハラでも受けてんのか?」
「!!?」
「それは受けてますけど違います」
「!?!!?」
「いや受けてんのかよ」
百面相をしながらビュンビュンと音がなりそうなほどに首を振ってオリオンさんとボクの顔を見るスターさん。
それに対してコメくいてー顔でエア突っ込みをするオリオンさん。
何ともカオスな空間だ。
「寧ろ森下さんからセクハラを受けないのが問題と言うか」
「は?」
「え?」
ボクの言葉に目を丸くする二人。
まあ、大概おかしなことを言っている自覚はある。
「破廉恥!いけないぞそういうことは!」
真っ赤になってそういうのは大人になってからと叫ぶスターさん。
なんだか今日はやけに可愛いなこのヒト。
対してオリオンさんはお前はライス先輩側かぁと遠い目をしている。
「それこそ沖野トレーナーのセクハラみたいに足の筋肉触って貰えばいいだろ。お前森下サブが専属なんだろ?」
「!!!!!???」
「な…何だそのその手があったかって顔は……」
「その手があったか……!!」
思わず天を仰ぐ。
どうして今まで気付かなかったのか。
我がことながら迂闊さに嘆息してしまった。
「オリオンさん天才!完璧!魔性の女!」
「これで手放しで褒められるの納得いかねぇ!」
「うむ、骨の変形や筋肉の歪さも無い。素晴らしいトモの作りじゃよ」
「アリガトウゴザイマス」
「なんじゃぁ?褒めとるんだぞ?ワシゃ」
佐渡と書かれた名札を付けた禿頭の小柄な保険医は丁寧な手付きでボクの足を診察してくれていた。
ボクの足に異常が無いことを確認した上で足りなそうな筋肉までピックアップしてくれるという至れり尽くせりっぷり。
ただ、ボクとしてはビックリするくらい不満の残る結果となった。
先日のオリオンさんの助言に基づき脚の筋肉の作りを確かめてくださいと訴えたボクを、森下さんは保健室にぶち込んでくれやがった。
ボクの気分は落ち込まざるを得なかった。
例えると頭上に斜め下の矢印と不調という文字が付きそう。
そんなボクの様子に苦笑しながら、先生はボクの膝をポンと叩く。
「まあなんじゃ、新米トレーナーが担当の状態を医者に相談するのは寧ろ正解だしのう。出来ることと出来ないことを理解して最大限を尽くしつつヒトに頼ることが出来るというのは大事なことだが、これが意外と難しい。お前さん、随分良いトレーナーに恵まれたようじゃな?」
「……そうですか?」
森下さんが褒められて悪い気はしない。
えへえへと後頭部を掻きながら照れる。
「そうそう。じゃからな、信頼するトレーナーには変に意地を張らずに正面から頼ってもいいと思うぞ、ワシは」
「……分かります?」
森下さんに甘えたいだけの自分を初対面のヒトに簡単に見透かされて、ちょっと恥ずかしくなる。
「なに、年寄りになると色々見えて来ることもあるということじゃ。トレセン学園は寮生活だからどうしてもホームシックになる生徒は多い。トレーナーという頼れる大人に甘えたくて不調を訴えるヤツもチラホラおってな。お前さんもその口じゃろ?」
「……全くもって、その通りです」
羞恥で小さくなるボクを見て苦笑する佐渡先生。
サラサラと診断書……と言うよりもレポートを記述しながら小さく息を吐く。
「さて、そんなお前さんに年寄なりのヒントを1つ教えてやろう」
「?」
首を傾げるボクに、佐渡先生はウィンクしながらレポートを差し出すのだった。
「コレは凄い……!」
トレーナー室にてボクから手渡されたレポートを見た森下さんは感嘆の声を漏らした。
脚の筋肉の課題点、改善方法、最善のトレーニングメニュー。
佐渡先生は下手なトレーナーよりも遥かに上等なメニューを組めるヒトだった。
ただそれはあくまでも「筋肉の作り」のみに重点を置いたモノであるため「レースで1着を獲る」トレーニングにするには少し修正が必要だろう。
それこそ当にトレーナーの仕事であり森下さんのすべきことなのですが。
「佐渡先生凄いな……。今後も定期的にヤマトのこと見て欲しい……!」
興奮気味に語る森下さん。
確かに保険医にトレーニング手伝って貰いたいと教え子の目の前で言えるのは……実力不足を素直に認められるのは森下さんの強みかも知れない。
「と、ごめんヤマト。すぐトレーニング見直すからさ」
興奮冷めやらぬといった様子で、森下さんは早速パソコンに向き合いキーボードを叩こうとする。
「……」
その横に椅子を持って来てチョコンと座る。
当然森下さんは不思議そうにする。
「えーと、ヤマト?今日はもう自主練でいいよ?」
「その前に森下さんにして貰いたいことがあるんです」
キョトンとする森下さん。
そんな彼に尻尾を差し出す。
「その、ちょっとでいいので尻尾のケアお願いしてもいいですか……?」
佐渡先生の教え。
耳とか尻尾とかの手入れをして貰う。
ウマ娘からトレーナーへの最大級の甘え。
それこそ恋人でもなければ早々はしない。
だから、森下さんが目を見開いているのも当然のことだ。
「……メイクデビュー勝ったご褒美……みたいな」
ポツリと呟く。
差し出した櫛とテイルオイルを受け取った森下さんは、ボクの顔をまじまじと見つめる。
「君は……本当に自分のことを信頼してくれているんだね」
心底不思議そうに、感慨深げに。
後ろを向いたボクの尻尾にオイルを馴染ませる森下さん。
「もし、今後もして欲しいことがあれば遠慮なく言って欲しい。まだ全然君のことは分からないけれど、それでも自分は君のトレーナーだからさ」
「……ありがとうございます」
尻尾の毛越しに感じる森下さんの手の熱に格別の安心を感じながら頷く。
森下さんはボクを抱き締めたり、頭や背を撫でてはくれない。
森下さんの手は、ボクに触れようとしない。
ボクは生徒で森下さんは教育者なんだから当然だ。
ボクは馬じゃなくて森下さんは騎手じゃないんだから当然だ。
でも、今はこれでいいと思う。