スズカさんへ
こんにちは、スペシャルウィークです
今回は大ニュースがあります!
なんとトレセン学園に戦車がやって来ました!
前に紹介したスピカの新入生、ヤマトちゃんが地元で自主トレに使っていたものだそうです
普段はダート整備のために使われていますがそれ以外だとパワー練習に貸し出されたりしています
と言っても力自慢の子でなければ逆に引っ張られちゃうんですけど
ヤマトちゃんからアメリカならもっとスゴイ練習をしているんじゃないかと言われました
アメリカだと戦艦くらい引っ張ったりするんでしょうか?
やっぱりスズカさんはスゴイです!
あ、あとそれから──
「ウソでしょ……戦艦を引っ張ていることにされたわ……」
T-34
旧ソ連の文句なしに傑作な中戦車。
WW2においてはナチスドイツの侵攻をロシアの大地から押し返す原動力の1つとなった。
大戦中の代表的な型式T-34/76及び/85はそれだけでも合わせて60000輌以上が生産されたと言われ、戦後も1950年代後半まで東側諸国で作られ続けられている。
ちなみに202X年現在でも現役で稼働しているものがあるらしい。
そんな中の1両が中央トレセン学園にダート整備マシン「耕し君4号」として配備されたのはつい先日のこと。
元々農業トラクターとしての運用が目的な為武装や装甲は日本に渡って来た時点でナシ、エンジンも日本の(正確には某欧州国製のライセンス品)に換装され、接地圧軽減の為に履帯もより幅広のものに交換されている。
この幅広履帯のおかげで「耕し君3号」の2倍以上の重量を有しながら寧ろバ場への影響は少ないという物理法則のバグみたいな事態になっている。
また農家の方の御厚意により修理費こそ学園持ちだけれど信用できる業者紹介で完全整備のうえ車体の周囲を覆うように緩衝材が巻かれ例えヒトや他の車両が衝突しても危険が少ないようになっていた。
既に御年80超えながらトレセン学園のダート整備の為に今も元気に走り回っている。
ただ、今は……
「ふっ……ぐっ……ぬぅぅぅうっ!」
ボクとの綱引きの真っ最中だ。
高所作業用のフルハーネス安全帯にも似た装備に伸縮性のあるワイヤーを括り付け35t近い負荷に耐え得るフックに引っ掛ける。
「耕し君4号」にはお手製のリミッター……アクセルに噛ませる楔上の木端切れ端を装備させ最大速度を5㎞/hに制限。
トレーナーや職員にバック運転して貰って徐々に速度を上げて貰えば超高負荷のパワー練習という訳。
勿論ただ引っ張るだけでも十分トレーニングになるけれど、こちらならより踏ん張る力を強化出来るという訳。
使っているものが大袈裟なだけでやっていることは通常のタイヤ引きと何も変わらないのだ。
ドロドロと低いエンジン音が響き体が持って行かれそうになるのを蹄鉄で地面を抉りながら耐え前進する。
「ぐ……おぉおぉぉぉ!」
ズリズリと履帯と地面が擦れ、後進ギアの「耕し君4号」が僅かに前進し続ける。
自慢ではないけれど、「耕し君4号」を使ったトレーニングを満足に出来るヒトはボク含めて数えるくらいしか居ない。
具体的にはメジロライアン先輩やカワカミプリンセス先輩くらいだ。
その場は維持出来ても逆に引っ張るまで行くとそのくらいしか居ない。
もしくは下らないと言ってしないヒトは居るかもだけど。
「そこまで!」
森下サブトレーナーの掛け声と共に負荷が消え去りエンジン音も小さくなる。
いくら出来るとは言えど無限に負荷をかけ続けるのは怪我の元だしトレーニングとしても非効率的。
こうして一定の所でストップは必要だ。
息を整えつつハーネスを解除しているとドン引きしているデュライトオリオンさんが視界に入った。
「マジかお前……」
「マジですよ」
腕組して鼻を鳴らすデュライトオリオンさん。
「ハン!いくら戦車引っ張れるったってスピードが出なきゃ意味ねーんだからな!」
「声震えてますよ?」
「戦車引っ張れるヤツの加速とかどうなるんだ!?ターフ爆発しない!?」
「しませんよ。ターフは」
「ターフ以外はどうなるんだよ!?」
デュライトオリオンさんとボクのじゃれ合いを背景に「耕し君4号」が本来の業務を遂行しボクの蹄鉄と4号の履帯が抉った地面が瞬く間に均される。
「お疲れ様。それじゃあこれは元の場所に戻しておくから」
「ありがとうございました」
4号操縦手の造園係の若い用務員さんに頭を下げる。
用務員さんはまた、と笑顔で手を振ると4号を巧みに操って第1グラウンドへの道を走って行った。
「しっかし、なんだってこんな寂れた第2の方でやってんだ?」
確かに第1グラウンド(新グラウンド)と違ってこちらの第2(旧グラウンド)は校舎からも微妙に距離があり設備も古くコースも小さめ。
その中でタイヤ引きくらいにしか使えないこの直線式ダートコースは更に人気が無い。
だが、それこそが理由だった。
「それはですね、いくらリミッターをかけているとは言え戦車ですから。もし何かの拍子でワイヤーが切れたり戦車が暴走しても周囲に被害が出ないようにしているんです」
「それはまあいいだけどさ、お前全然目立ってないぞ?」
「はい?」
「いや、もうそろそろメイクデビューだろ?有力バともなりゃ今頃はテレビやら雑誌やらの取材だって……何だお前その顔」
自分でも眉間に皺が寄るのが分かる。
尻尾は乱暴に振られ耳はギュギュっと絞られる。
我ながらマスコミ嫌いも相当なものだ。
「いえ、何でも」
「そうか?いやまあいい、とにかく…だ。実力ありとされた連中は既に目立ち始めてる。それこそレースのグレードを上げる手っ取り早い手段が1に勝ち、2にファン数」
分かるか?としたり顔で指を立てるデュライトオリオンさん。
私だってこの間取材を受けた、と自慢なのか何なのか分からない言葉を付け加える。
「ファンの数を稼ぐなら目立つのは前提条件みたいなもんだ。ダービーに出たいならレースに勝つだけじゃなくてファンも手に入れなきゃなのにお前全然名が売れてないぞ」
「ああ、そういうことですか」
「そういうことだ。お前が話題にされることはほとんど無いし、されてもスピカに入ってイキってたら先輩にヤキ入れられて大差で負けた結果引き籠ってるってことにされてるぞ」
ビックリするくらい尾鰭が生えて……というより宙に生まれた尾鰭から体が生えて勝手に泳いでいるレベルの話だった。
合っているのは大差で負けたくらいじゃないか。
「いや、大差て。ダービー勝ってるテイオーさんやウオッカさんに1バ身付かなかったんだろ?何だったら同期で一番ダービーに近いっつっても過言じゃねぇだろお前」
「手加減して貰った結果ですから参考になりませんよ。何にせよ安全対策の為にも新グラで今のパワー練習は出来ませんからその評価は甘んじて受けておきます」
「そりゃ純粋にレース対策として実力を隠すのは『あり』だろうけど、私達は人気商売だってのも忘れんなよ?」
「ありがとうございます、デュライトオリオンさん。わざわざ心配してくれたんですね」
「あー、いや」
僅かに頬を朱に染めるデュライトオリオンさん。
目線を逸らして赤くなった頬を掻く。
「ライバルが不甲斐無いままだと不戦勝になりかねないからな、勝つならターフの上でだ。あと一々フルで呼ばなくていいぜ、オリオンでも何でも好きに呼べよ」
「分かりました、ありがとうございますオリオンさん」
「おぅ。……だからちゃんとアピールしとけよ!」
照れ隠しのように頭を掻きながらデュライトオリオンさんが歩き出す。
「んじゃ、私はトレーニングに戻るわ。ターフ爆発させそうな奴に対抗するにはまだ足りなさそうだしな」
そう、ボク達は人気商売。
スポーツである以上勝利を目指すのに全力を尽くすのは当然なのだけれど、然りとてただ勝つだけでは駄目なのだ。
具体的に言えば、生徒会長であるシンボリルドルフ氏は常勝無敗と言えたけど1つ先輩のミスターシービー氏より人気が無かった。
スピカの先輩であるメジロマックイーン氏だって強さ故に「退屈」とまで称された。
スピカそのものは十二分に話題性のあるチームなのだ。
テイマク奇跡の復活にウオスカライバル対決にとウケるネタの宝庫だ。
その中でボクは存在感を示さなければいけない。
レースの勝利だけでなくレース以外の部分──即ち「魅力」を……だ。
それがこれからの話に関わって来る。
「どうでしたか?」
「うーん……」
ボクのダンスを見ていたトウカイテイオー先輩が低く唸る。
腕を組んで首を傾げてウンウン唸っている。
「上手いか下手かで言えば間違い無く上手いよ?ただねぇ……」
「動き硬過ぎねぇか?」
ship先輩が弄っていたテルミンから顔を上げて言うと隣でスペシャルウィーク先輩も頷く。
「何と言うか……動きがキレッキレって感じかな」
森下サブトレーナーの評価が最大限柔らかい表現なのだろう。
録画した動画を見れば一目瞭然。
動きのメリハリがいいのはまだしも顔がアルカイックスマイル固定なのでロボット感マシマシだ。
どうすればいいのこれ。
「寧ろ最初の頃にこれなら全然いい方じゃないですか?」
ね?とスペシャルウィーク先輩が慰めてくれるが中々の難問な気がする。
「確かにスペちゃんの初ライブは棒立ちだったもんね」
いや、やっぱりマシかも。
その後に何度かやってみるもやっぱり表情が固定されたままで、後からやって来た沖野トレーナーも難しい顔で頭を掻くしか出来なかった。
「うーん、俺もライブに関しては余り教えられないからなぁ。ねえ、おハナさんとしてはどうよ?」
「何故私に聞くの?スピカのスタジオ貸出時間はもう終わりの筈よ、いいから退きなさい」
「えー」
「えー、じゃないわ」
スタジオ使用を待つ為にボクの最後のダンスを眺めていたチームリギルメイントレーナーの東條トレーナーが呆れ半分でピシャリと言い放つ。
思わずボクも頭を下げてしまう。
「すみません、お邪魔してしまって……」
「構わないわ、時間自体をオーバーした訳ではないのだから」
想像していたより遥かに柔らかな声音に厳しいけど恐いヒトではないらしい、と考えていると件の東條トレーナーは何故かボクのことを品定めするように眺めていた。
「あの……何か?」
「貴女、まだ踊る体力はある?」
「はい」
「ならもう1度お願いしてもいいかしら?」
「はい、大丈夫です」
頷くと、東條トレーナーは沖野トレーナーに顔を向ける。
「そう言えばスペシャルウィークの模擬の件、まだ借りを返して貰ってないわね」
「あれ?そうだっけ?」
あはは、と惚けるような笑顔を浮かべる沖野トレーナーに東條トレーナーはフンと鼻を鳴らす。
「セイントスター」
「はい!」
東條トレーナーに呼ばれ体操服を着て長い脚を存分に見せ付けるセイントスターさんが前に出る。
他に人影が無いことからセイントスターさんのダンス特訓だったようだ。
「ソラノヤマトの後ろで踊ってみなさい」
「はい!」
ボクの後ろにセイントスターさんが並ぶ。
「よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
再びCDが再生され、それに乗ってダンスを始める。
セイントスターさんと一緒に踊っていると思うとそれだけで感慨深く感じてしまう。
レースが終わった後に一緒に踊れたら……それこそ大勢のファンに見て貰うことが出来たらきっと楽しいだろう。
そんなことを考えていると、周囲が感心の表情を浮かべているのに気付いた。
どうやら自然な笑顔が出来ていたらしい。
東條トレーナーもふむと頷いていた。
───────────
「結局スピカに塩を送るカタチになってしまったわね」
「ま、セイントスターの躍りもそれなりにカタチになったみたいだし、今回は御互い様ってことで1つ」
「あら、いつも極貧な割に今日は気前がいいのね」
「それは言わないで……」
沖野トレーナーと東條トレーナーの軽口を背にセイントスターさんのダンスレッスンに付き合うボク達。
正確にはダンスレッスンそのものは終わったのでクールダウンがてらダンスのポイントをトウカイテイオー先輩を先生に見直している所だ。
「うん、だいぶ良くなって来たね。特に最後のステップとかキマッてたよ」
「本当ですか!?」
トウカイテイオー先輩のお墨付きにセイントスターさんは盛大に尻尾を振っていた。
「でも、まだまだ改善の余地があるよ。ほら、ここの動きとかちょっとぎこちなかったから」
「はい!精進します!」
「モーカタイヨー。ダンスは楽しまなくちゃね」
「はいっ」
余程トウカイテイオー先輩リスペクトなのか完全に体育会系後輩ムーヴなセイントスターさん。
「ヤマトも感謝する、いい動きだった」
「ふぇ!?あ……はい、どうも」
突然矛先─と言うと違うけど─がこっちに向いて驚いてしまった。
まさかこんなカタチでセイントスターさんに感謝されるとは。
「それにしても聞いたぞ、戦車を引いて鍛えているらしいな?」
「正確には元戦車ですけどね」
「あ、本当に引っ張ってたんだ……」
スペシャルウィーク先輩が何とも言えない表情でボクを見てくる。
「私も力には多少自信あったのだが流石は中央トレセン、何事も慢心出来ないな」
「いえ、あくまでレース次第ですから」
「ならば必ず勝ち上がれ。お前と三冠を取り合うのは絶対に楽しそうだ」
「はい、必ず」
「その時はお前にバックダンサーをして貰うからな」
「さて、それはどうでしょうか?」
両雄並び立たず……とまでは言わないけれど、素直にライバルと言っていいと思う。
セイントスターさんとライバルとは改めて中々光栄な話だ。
これにミーティアさんも居たらなぁ……と思うけどそれは高望みと言うものか。
それからとにかく基礎基礎基礎、高負荷の下基礎トレーニングとダンスレッスンを繰り返す毎日。
そしてその時がやって来た。
『晴れ渡る空の下、京都レース場、絶好の良バ場となりました!』
『各ウマ娘の好走が期待出来ますね』
『それでは気になるウマ娘をご紹介いたしましょう!虎視眈々と上位を狙っています、3番人気は1番スターライトスター!』
『トレセンでの模擬レースでは全て連対したという実績を持つそうです』
『続きまして2番人気、4番グラスセプテム!』
『力強い走りが持ち味とのこと、スパートに期待したいですね』
『そして5番タカマツアキカゼ!1番人気です!』
『気合い十分、いい顔していますね』
『各ウマ娘ゲートに入り態勢整いました』
─スタートです!
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