テレビを付ける。丁度画面の中ではアナウンサーが話していた。夜11時、スポーツニュースじみた派手な演出で行なわれる『本日の魔法少女』のコーナー。つい昨日新宿に現れた魔神を瞬殺した期待の新人魔法少女『東雲優子』の特集が行なわれる。東雲優子の魔法は『粉砕』、その力はなんと! 大抵の魔神なら敵無しで一撃で倒すくらい強いんですって。魔法庁でも期待のホープって呼ばれてるらしいですよ。新しい魔法少女アイドルの誕生か? 東雲さん、可愛いですねー。きっとこれから人気が出るんじゃないでしょうか―――。
プチッ
そこまで見て、鮎川都子はため息をつきながらテレビを消した。
ソファから立ち上がると、コーヒーを用意するため台所に向かう。飲むのはいつも細長いスティックに入った安物のインスタントコーヒー。
別にコーヒーにこだわりがあるわけではないから、味なんて気にしたこともない。
マグカップにスティックの中身を流して、お湯を入れてスプーンでかき混ぜる。いつも嗅いでいる安っぽいコーヒーの香りが台所に広がる。そのまま一口。
(おいしくないな……)
絶望的にまずいが、これがいいんだよ。なんて疲れ切った大人みたいなことはあまり言いたくないなあ。と都子は思う。
私もそうだけどなんでみんなコーヒー好きなんだろう。
うまく理由を説明できないが何故か飲んでしまう。いや逆か。飲みたいものがないからとりあえずコーヒーってことなんだろう。たぶん。
都子がコーヒーを飲みたくなるときは決まってイライラやモヤモヤが溜まった時だ。
カフェインで乱された精神を沈静できるとは思わないが、気休めくらいにはなる。気がする。
「まほーしょーじょ、ねえ」
それは今モヤモヤしている原因の一つだ。
都子は長く一人暮らしなのでその言葉を聞く人間は誰もいない。
《魔法庁》には魔法少女という特殊公務員がいる。
未知のエネルギー《魔法》を使う適正を認められ、この世とは異なる高次元暗黒より侵略してくる《魔神》と呼ばれる未知の怪物と戦うための戦闘訓練を課された年端もいかない少女たちのことだ。
魔法少女がいつ《魔法》に目覚めるかはまちまちだが、だいたい12歳から18歳の間であることが多い。18歳を越えると徐々に魔法少女は魔力を失い、20歳を越えたあたりで完全に魔力を消失する。そしてその後は退役して一般の生活へ戻っていく。
都子はその魔法少女の教官職にある。
魔法少女への戦闘訓練を行なう先生、という立ち位置であった。
ついさっきニュースで写っていた東雲優子も都子の教え子である。
ゆえに、あんなショーみたいに消費されるコンテンツ化されると心がやるせなくなる。魔法少女は興業ではないしスポーツでもない。
今の時代は魔神の侵略も落ち着いているが、かつての魔法少女は死と隣り合わせで魔神と戦う人権無視のおぞましい仕事だったのは事実である。
そして報道に影響されてアイドル気取りの魔法少女も増えてきているのが現実だった。
(こんな風に考える私って老害かしら)
そんな考えが頭をよぎる。都子は今年30歳になった。若者に対してアレコレ言いたくなる歳になってきたのかもしれない。あたしも陰で生徒からクソババアとか呼ばれてるのかな。
あー、いやだな。死にたくなる。
マグカップを口に運ぶと、いつの間にか中身は空だ。あーあ。
明日も早いし寝ようかな。夜にアレコレ考えるのは良くない。答えのない自己分析に思考を費やすだけでまともな答えなど出てこないだろう。
面倒臭くなる前に手早く洗面所で歯を磨き、寝る準備をする。
そして都子はベッドに横になると、電気を消して布団を被って目を閉じた。
ふと思う。
コーヒーを飲んでも普通に寝られるようになってしまったのはいつからだったろう。
※
「―――魔法少女は英雄でもなければ、アイドルでもありません。もともと魔神との戦いは命の危険と隣り合わせのものです。自己顕示欲と承認欲求を満たすためだけに魔法少女として戦えば、足をすくわれて命を落とすかもしれない。ということだけは、みなさんも覚えておいて下さい」
教壇に立ち、鮎川都子はそう言った。
都子は前に座る『生徒たち』の表情を見渡す。
「鮎川センセー。でもこの10年魔法少女の死亡事故って一度もないって教えてくれたじゃん。そんな死ぬなんて心配しなくてもいいんじゃなーい?」
ゆるゆると手を上げながら口答えするのは生徒の1人の登坂希海だ。
希海はクラスで1番のギャルだ。染めたセミロングの金髪にバチバチにきめた化粧、ゴールドのデカい輪っかをしたピアスが光に反射してキラキラ輝く。
ちょっとだけ間延びしたしゃべり方はどことなく教師を舐めているが、都子はその態度は特にとがめない。その程度で腹は立たない。
「登坂さん、あなたはSNSで自分が魔法少女であることを開示しているようだけど、それが規則で推奨されてないことは知ってるよね?」
「え、マジ? ごめん知らなかった、ハハ。でもさーSNSなんか今時みんなやってるっしょ」
悪びれずに軽い調子で希海は笑った。その反応をみて都子は心の中でげんなりする。
みんなやってる。その通りだ。
そしてそれが都子の胃を痛めている課題の一つでもある。
魔法少女という力を手に入れたことで、良くも悪くも全能感を持ってしまうことはよくある。昨日までただの一般人だった少女が、いきなりメディアやSNSでアイドルのように持て囃されれば誰でもそうなるだろう。
魔法少女であることを前面に押し出している登坂希海のSNSアカウントのフォロワーは開設3ヶ月で50万人を越えている。既に公式マークすら付いていた。
これは希海が特別なわけではない。
もはや魔法少女と魔神の戦いは一大エンタメコンテンツと化している。
都子はまた胃が痛くなってきた。
今日は昼ご飯前に胃薬が必要かもしれない。
調子に乗るのもわかるし、チヤホヤされたい気持ちもわかるのだ。
わかるのだが……はっきり言って、都子は困っている。
「……とにかく、登坂さんのアカウントは魔法庁でも把握しています。軽率に個人情報や機密情報を呟かないように。トラブルがあったら本当にアカウントを閉鎖しなきゃいけないかもしれないんだから。それは登坂さんも嫌でしょ? だから情報リテラシーの授業で習ったことを忘れないで」
「はあーい」
気怠げな返事が返ってくる。まだ返ってくるだけマシかも知れない。
ついでに知らんぷりをしている他の生徒にも釘を刺しておく。
「登坂さんだけじゃなくて、みんなも同じだからね。自分のことじゃないってほっとしてる人がいるかもしれないけど、SNSで自分が魔法少女だとアピールするのはやめるように。魔法少女だってわかったら攻撃的なリプライをしてくる人もいるから。あくまで自分を守るためだよ」
「はい! 先生! わたしはSNSやってないので大丈夫です!」
「はあい」と生徒たちからちらほらと気の抜けた返事が来る中、ただ一人デカい声で返事をする女が一人。
東雲優子は肩口で切りそろえられたつるりとした茶髪がトレードマークの美少女で、今もっとも勢いのある新人魔法少女でもある。
いわゆる、売り出し中というやつだ。
茜色のバトル・ドレスを身に付けて、身の丈に合わない巨大なハンマーを軽々と振り回し魔神を粉砕するその姿はファンを魅了してやまない。
「東雲さん、それはいい心がけだね」
できればそのままSNSは絶対に始めないでもらえると助かる。
口まで出かかったその言葉を都子は飲み込んだ。
魔神を倒し、世の中を守って当然と思われている魔法少女には称賛が多い一方、誹謗中傷もついてまわる。しかし、彼女たちのSNS利用は禁止されているわけではない。
それは魔法少女が自由意思によって選択される職業ではないからだ。
身体検査によって《適正》がある者は例外なく超法規的措置により職業選択の自由を奪われ、魔法少女にならなければならない。学校も転校しなければいけないし、親元から離され、住む場所さえ変わる。
ゆえに安易に魔法少女達の権利を縛ることは倫理的に憚られている。
授業終了のチャイムが鳴った。
「はい、それでは授業を終わります。次は美術の授業だから移動遅れないように」
この教室はそんな魔法少女たちが義務教育や高等教育を受けるために、魔法庁の中に作られた小さな学校である。もちろん卒業すれば高卒の資格は得られる。
あくまで魔法少女は時限的な職業だ。
20歳前後で引退が訪れる。その先には一般人としての生活が待っている。
魔法少女は、いっときのキラキラした夢のような時間だという者もいる。
「いいことじゃないか」
職員室に向かう廊下で、自分を納得させるように都子は小さくつぶやいた。
もはやこの世界は平和なのだ。わざわざ、はるか昔の地獄を掘り起こさなくともよい。
それなら、なんで私はここにいるんだろう。
私の悪夢は、いつ終わってくれるのだろう。
「私、いつまで魔法少女でいればいいのかな」
答えはない。
鮎川都子、30歳。
職業、魔法少女。
世界で唯一、20歳を越えても魔力を失わなかった魔法少女。
彼女は今もなお戦い続けている。