三十歳の魔法少女   作:きなかぼちゃん

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4.最強の魔法少女

「疲れたね……」

「あ~まじそれ。あーしだけ服びしょびしょだし」

「なにそれわたしへの当てつけ?」

「被害妄想はやめてもろて」

「あ゙?」

 

「喧嘩は!!! やめて!!!」

「「……すみませんでした」」

 

 日菜乃は疲れていたのでいつもより強い語調になっていたが、それが功を奏したのか二人も大人しくいがみ合うのをやめた。

 

 いくら仲悪くても、せっかく魔神を倒して祝勝会ムードのはずなのにテンションを落としてくるのはやめてほしいと日菜乃は思う。

 

 話題がなくなった三人は湖上に力なく浮かぶ頭部のない蛇のような魔神を見下ろした。

 

 首の先からはゲル状の血か肉か分からない謎の物体を未だにドクドクとはき出している。ピクリとも動かず、どう見ても死んでいるように思えた。

 

「いつもながら魔神の死体ってほんとにグロいなあ……」

「これ何に使ってるんだろうね。いつも鑑識班の人たちが持って帰ってるけど」

 

 優子と日菜乃は顔を見合わせてげんなりした。

 魔神の死体を使った実験の様子なんて想像したくもない。

 

 魔神を討伐した魔法少女が司令部に連絡すると、まずは魔神の死体や遺留物を回収するために鑑識班と輸送班が派遣される。それまで念のため魔法少女は現地で待機し、両班の到着をもって庁舎への帰投が許されるという流れだ。

 

 今は司令部に連絡した後、鑑識班と輸送班が来るまでの現地待機時間ということになる。

 

「もうあーし眠いわ……鑑識の人たち来るまで寝てていいかなあ」

「いいわけないでしょ」

「でも気持ちはわかるよ。私も眠いし…」

 

 希海が大あくびをしながら眠そうに目をこすった。

 優子もそう言ってはいるがどう見ても顔は疲れている。

 そもそも既に深夜近く、午後11時を回っている。みんな眠いに決まっていた。

 

 この時間が魔法少女にとって一番嫌な時間だ。

 

 ただでさえ戦いで疲労困憊で早く帰りたいのに数十分間現地で待たなければならない。

 

 今回はまだ山奥だからいいものの、これが渋谷とか新宿みたいな街中の戦いだったら地獄だ。

 

 このスキマ時間を狙って色んな局のマスコミがインタビューしてくるし、野次馬にスマホで写真は撮られまくる。疲れているのにその全てに笑顔で対応しなければいけない。

 ちょっとでも機嫌が悪そうな対応をしただけでネットで叩かれる。

 

 心労しか残らない時間である。

 

 この時間こそが自分が輝いてて好きとか、ファンサービスの一環と言い張る変人の同僚もいるが、少なくとも日菜乃はこの時間が嫌いだった。

 

 気が緩んでつい眠りそうになる。日菜乃は瞬きしながら眠気に抗っていた。

 

 頭が下がり目線も下がる。魔神の死体が視界に映る。魔神の尻尾に赤いゴミみたいなものが付いてるのが見えた。何あれ。こちらを向いた。目。

 

 

「あ」

 

 

 

 最初に動けたのは優子だった。

 尻尾から眼を生やし大口を開いて日菜乃を飲み込もうと飛びかかってくるそれ。

 魔神の死体だったものに向かって思わず大槌で殴りかかった。

 

 数瞬、コンマ1秒の差で希海も動いた。銃を構える。

 それでも間に合わない。攻撃する前に日菜乃が喰われる。

 

 日菜乃の視界がスローモーションになる。

 私、食べ

 

 

 

 日菜乃が死を覚悟した瞬間、真横から黒い影が飛来して魔神に衝突するのを見た。

 

 

 

 

「……さん!」

「え?」

「杠さん! 大丈夫!?」

 

 日菜乃は覚醒した。

 突然、目の前には心配そうな顔をした優子と希海がいた。私うたた寝してたんだっけ。何か気を失っていたような気がする。

 

「えっ何? 何があったの?」

「はぁ~……よかった。ひなひなが食べられなくて、ほんとによかったよぉ……」

 

 希海が心からほっとした顔で日菜乃を抱きしめた。微かに柑橘系の香水の匂いがした。

 「食べられなくて」そこまで言われて、ようやく日菜乃は自分に起きたことを思い出して恐ろしさで全身に悪寒が走る。

 

「そ、そうだ……私、魔神に食べられそうになってもうダメだって、死んだと思って」

「ちょ、ちょっと登坂なにやってるのよ」

「何って、ハグしてるんじゃん。優子ちゃんも一緒にひなひなが助かった喜びを分かち合おうよ。同じ隊の仲間としてさ」

「そそそそんな同僚同士で抱き合うなんて。ていうかなによひなひなって。なんでそんな気安いあだ名で呼んでるわけ。てかわたしだって優子ちゃんなんて呼んでいいって許可してないからっ」

「「……そこ?」」

 

 優子は赤くなってよく分からない取り乱し方をしている。

 短気なわりにずいぶんピュアな少女なようだ。優子の新たな一面が見られたような気がして、日菜乃と希海は目を見合わせてくすりと笑った。

 

 それが日菜乃に残った恐怖をだいぶ和らげてくれた。

 

「私、なんで助かったんだろう」

「先生のおかげよ」

「えっ?」

 

 優子が指さした方向を見ると、やや遠くで黒い影と魔神が戦っているのが見えた。

 戦っているのは先生、つまり自分たちの教官である鮎川都子のはずだが、動きが速すぎて影のような残像しか見えない。

 

 それよりも日菜乃が戦慄したのは都子が武器もなく素手で魔神とやりあっているという事実だった。

 

 魔神はもはや魔力が尽きかけているのか、魔力光線ではなく胴体から触手を展開しながら都子を刺し殺さんと格闘していた。

 

 恐るべきは都子はその触手全てを一蹴りでなぎ払い、さらに空気を蹴り上げて空中を縦横無尽に駆け回りながら魔神の巨体を蹴りつけ吹き飛ばしている。

 

 魔法少女は飛ぶことはできるが、空気を蹴って走り回ることはできない。

 

「どうなってるの……?」

「あーしもレベチすぎて何も言えないわ。なにあれ」

「わたしもわかんないわよ……テレビで先生の戦いは見たことある、けど、こんな」

 

 三人は息を呑んだ。

 都子の戦いの異常さが、魔法少女になった今だからこそ分かった。

 

 武器もなく、バトル・ドレスもなく魔神と殴り合うのがどれほど異常なのか。

 自分たちが同じことをすれば3分も経たず死を迎えるだろうという確信がある。

 

 呆然としながら戦いを見ていると、都子がこちらをちらりと見たような気がした。  

 

 日菜乃はなんとなく察した。

 この戦いを見るのがもしかして授業の一環なのかもしれない。

 

「もしかして、先生はこの戦いを私たちに見せたいのかも」

「「えっ?」」

 

 事実、都子は《薊班》の三人に被害が及ばず、戦闘を見守れるギリギリの距離感で魔神と戦っていた。

 

 優子と希海が魔神と戦う時、いつも日菜乃は攻撃に巻き込まれない距離を意識しながら支援を行なっている。だからこそ気づいた。

 

 

※ 

 

 

 生徒たち、特に杠さんには悪いことをしたかもしれない。

 

 都子の心には申し訳なさが渦巻いていた。

 今回の都子の出撃目的は十三番隊《薊班》のバックアップであり、万が一、危機的状況に陥った時に助けに入る役割だった。

 

 魔法少女として成長するには命懸けの経験が必要だ。

 

 今では魔法庁の技術向上によって、魔神討伐がエンタメ化してしまうほど魔法少女が強くなってしまっている。

 

 経験の少ない魔法少女たちでも、バトル・ドレスに代表される魔法少女専用武装を用いれば「思ったより簡単に」魔神を討伐できてしまうのである。

 

 もちろん魔法少女が強くなり、負傷や殉職が減るのは喜ばしいことだ。しかしぬるま湯に浸かりすぎれば驕りや油断も生まれる。

 

 だからこそ、今回のような()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 《薊班》が一度魔神を倒した時点で確信していたわけではなかったが、あの魔神が起き上がる可能性があることに都子は気づいていた。

 それでもなお、日菜乃に死の覚悟をさせるまで手を出さなかったのだ。

 

 都子は放たれる触手を恐るべき反応速度で避けきり、イライラをぶつけるように魔神を蹴り飛ばした。

 

「ごめんね、あなたにはストレス解消につき合ってもらう」

 

 無線を繋いだ。

 

「副司令、Aランク魔法《停止》《雷電》の使用許可を。おそらくこの魔神は身体が少しでも残っていれば、器官を再生・移動させて復活するでしょう。この場で完全に消し去る必要があると具申します」

『許可します』

「岩村さん、銃の準備はいい?」

『はい、隊長。いつでもいけます!』

 

 よぞらの返事を聞いた都子は右手を空中にかざすと、いかなる魔法か片手の入る程度の穴を開いた。その先にはまた別の空間が広がっている。

 

 そこに手を突っ込み、引き抜く。

 穴はそれだけで閉じて、手には無骨な鉄塊が握られている。

 それはかろうじて銃のような形をしているように見えた。

 

 Bランク魔法《転移》。

 その能力は遠く離れた空間同士を接続し一瞬で物体を移動させる。

 今回は魔法庁に待機する岩村よぞらを起点に武器を移動させたのだ。

 

『quaaaaaaaaaaa』

 

 僅かな隙だった。蹴り飛ばされた魔神が金切り声を放ち、半透明の体液を傷口からまき散らしながら都子に突撃する。

 万が一の勝機のみをたぐり寄せるための決死の攻撃であった。

 

 魔神に感情があるかは意見が分かれる。

 だが、戦っている以上は死にたくないし勝ちたいのだろう。

 

「あなたが人間を殺すように、私もあなたを殺すわ」

 

 その言葉には何の感情もない。

 

 次の瞬間、不思議なことが起きる。

 白い半透明の球状空間が、都子と魔神が戦う湖上のスペースをすっぽりと覆うように展開された。

 

 ぞわり、と魔神の生存本能が警鐘を鳴らした。

 

 魔神は本能で己の死を知覚する。これは恐ろしい力だ。

 この空間から逃れなければならない! 踵を返し、都子から背を向けて飛翔しようと、した。

 

「もう遅い。()()()

 

 都子は呟いた。

 その言葉を魔神が聴くことはなかった。

 

 風が、止む。

 音が、止む。

 

 飛翔して逃れようとした体制のまま、魔神の身体は宙に浮かんで止まったままピクリとも動かない。

 

 時が、止まった。

 

 Aランク魔法《停止》。

 その能力は半径50mに半透明の球状の空間を生成し、その中に入った発動者以外の生物の時間を10秒間だけ完全に停止させる。

 

 ばちり、ばちり、と帯電を起こしながら都子の髪が少しだけ逆立つ。

 

 Aランク魔法《雷電》。

 自分の身体から発電するというシンプルな能力。

 だがその能力は人間が創り出す兵器ととても相性が良い。

 

 都子は右手に持った銃を構えた。

 

 銃と言うにはグリップに比べてバレルがあまりにも太いそれ。

 銃の形をしただけの黒光りした無骨な鉄塊である。

 

『《雷電》発動確認。セーフモード解除。充電100%、撃てます』

 

 銃身から電子音声が漏れた。それを聞くと躊躇無く都子は引き金を引いた。

 

「さよなら」

 

 バギン!

 

 金属が砕かれるような重い音と共に、赤熱しオレンジ色の火花をまき散らす弾丸が撃ち出される。

 

 レールガン、またの名を小型弾体電磁加速装置。

 

魔法少女の筋力が無ければ撃ったその衝撃で腕が千切れ飛ぶほどの威力を持つそれ。

大抵の魔神であれば一撃で蒸発させ消し去る、現代の人類が作り上げた銀の弾丸である。

 

『《停止》解除まで5』

 

 二発目。撃つ。

 

『4』

 

 三発目、撃つ。

 

『3』

 

 四発目、撃つ。

 

『2』

 

 五発目、撃つ。

 

『1』

 

 六発目、撃つ。

 

『ゼロ。タイムオーバー』

 

 一帯を覆っていた半透明のドームが消え去った。

 

 魔神はすでにそこにはいない。

 レールガンの衝撃によって魔神は完全にその身体を蒸発させこの世から消滅した。

 

『充電0%。セーフモードに移行。砲身を冷却してください』

 

 シュウウ、という音を漏らしながら銃身から煙が出ていた。

 魔法少女の耐性をもってしても熱すぎて腕をぶんぶんと動かす。

 

 都子は急速冷却システム実装の要望を出そうと決めた。

 

「魔神、消滅を確認」

『鮎川、お疲れ様。鑑識班が到着次第《薊班》と共に帰投して。それまで念のため現場で待機。周囲の警戒は怠らないで』

「了解。《桜班》《薊班》共に現在地点にて待機します」

 

 都子が通信を終えて周囲を見渡すと、《薊班》の三人が並んでこちらを見ているのが見えた。

 

 魔法少女がアイドル化しているからと言って、命懸けの戦いをさせて苦しませたいわけではない。できれば無事に何事もなく二十歳を迎えて欲しい。

 だからこそ、これを訓練や教育と呼ぶことに罪悪感を覚える。

 

『どうして、どうしてもっと早く来てくれなかった? あなたがもっと早く来てくれれば……ウチの娘だって死なずに……』

 

 過去の苦い記憶が都子の脳裏にちらつく。

 

 私が『間に合えば』救えた命なんていくらでもある。それでも私は一人しかいない。

 

 強いからといって全てを救えると思うほど傲慢ではない。 

 

 かもしれない、を無くそうと努力してきたつもりだ。

 それでも、今やっていることが正しいのか、分からなくなるときがある。

 

 都子は暗い気持ちを抱えながら、生徒達の所へと向かった。

 




鮎川都子。
Sランク魔法《継承》の魔法少女。
能力は特定条件下で死亡した魔法少女の能力を己のものとして吸収すること。
この能力によって、都子は第一次魔法少女連隊8名の能力を継承している。
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