三十歳の魔法少女   作:きなかぼちゃん

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6.向日葵と風の魔法

 都子は日頃から教員と魔法少女のダブルワークで働いている。

 

 授業(訓練)がない日は学校の方ではなく、朝から魔法庁の詰所に出勤し職員として仕事をこなす。

 

 仕事としては後輩の魔法少女たちによる魔神討伐の報告書の確認・承認や、討伐中に記録した動画を確認しながら班ごとの戦術の改善やアドバイス作成、司令部や技術部との会議などやることは多い。

 

 毎日朝から詰所に出勤しているわけではないので、都子のデスクにはいつも何かしらの書類が溜まっている。

 

 都子は朝からこれを見るのが億劫だった。朝起きて出勤したくない理由のひとつだ。

 

「岩村さん、おはよ」

「鮎川さん、おはようございます~」

 

 いつものように出勤して、デスク周りに掃除機をかけているよぞらに挨拶すると、壁にかけてあるホワイトボードを確認する。

 

 そこにはよぞらの書いた丸っこい可愛らしい字で、都子の今日の予定が記入されている。

 「それくらい自分で書くよ」と都子は言っているが、生真面目なよぞらは決まってそれは自分の役目だと譲らない。

 

 午前・午後に加えて「夕・夜勤」の欄が当たり前のように作られているのが、魔法庁のブラック度合いを物語っていた。

 

 いつもであれば全ての欄に予定が書き込まれているはずだが、今日は珍しく午後の予定が真っ白になっている。

 

 都子が何か言いたげによぞらの方を見ると、よぞらはばつの悪そうな顔をしていた。

 

「別に遠慮しなくたって、ちゃんと予定に書いといてくれればいいのに」

「いや~……もしかしたら急用があるかもって思ったので一応。それに正確には業務じゃない、ですし」

「大丈夫大丈夫、忘れるわけないからさ。それに一番隊としては忘れちゃいけないことだから、ちゃんと業務として扱われるよ」

 

 大量のクマゼミが鳴き、暑さで思わず木陰に避難したくなるような8月初旬。

 出勤中に駅チカの花屋で購入した向日葵の花束をよぞらに見せながら、都子はくすりと笑った。

 

 

 

 

 正午、休憩時間。

 

 庁舎8階の大食堂で食事を済ませると、都子とよぞらはエレベーターで1階のエントランスまで下りた。

 

 そして扉が開くと、少し先の受付で雑談している痩せ身の老紳士の姿があった。

 やがて近づいてくる都子に気づいたのか、大きく手を上げて会釈をする。

 

「風間次長、おはようございます」

 

 都子とよぞらは機敏に頭を下げて挨拶する。明らかに目上の人間にする接し方だ。

 対して風間と呼ばれた老紳士はおどけたように待てのポーズをしていた。

 

「いやいや鮎川くん。もう次長じゃなくてただの相談役って言ってるでしょ〜。重役出勤と勘違いされちゃうからさぁ〜もう。ほら、そんな風に挨拶するもんだから受付の子もびっくりしちゃってるじゃん。やだよ僕、給料泥棒なんて言われるの」

 

 受付係の小綺麗な女性職員は驚いたような顔をしていた。今まで話していた気さくな老人が重役だとは知らなかったようである。

 

 またこの人は若手職員に絡んでは遊んでいるのだ。都子は内心で苦笑した。

 

「これはすみません。風間相談役」

「え〜? ここは昔みたいに可愛く、おじさんって呼んでくれるシチュエーションじゃない?」

「私もう30ですよ?」

「そうか、僕ももう68だから……おじいさんか! アッハッハ。こりゃ一本取られましたなぁ」

 

 そう朗らかに笑うと、風間は灰色のフェルトハットを取り白髪を見せた。

 子供の頃からの付き合いだが、ずいぶんと白髪が増えたものだと都子はどこか哀愁に似たものを感じる。

 

「最近のご調子はいかがですか」

「いやあ悪くないよ。相談役ってのは何も責任もなくてふわふわしちゃってねえ〜。お陰で身体の方は全然元気。ま、だからって気楽に何も考えず自由にとはいかないが……」

 

 風間は目を細めて都子とよぞらが持っている向日葵の花束を見ると、ほんの少しだけ寂しそうな表情をする。

 

「君たちも今から彼女に会いに行くのかい」

「はい、もしかして風間相談役も……?」

 

 おずおずと答えたのはよぞらだった。それに対して風間は優しげな口調で語りかける。

 

「ええ、今でも毎年、全員の命日に来させて頂いてますとも。岩村よぞらさん。僕が言っていいことかわかりませんが……あなたも立派になられましたなあ。とても優秀な職員だと耳にしていますよ」

「ゆ、優秀? そんなことないです。いつも鮎川さんに色々教えて貰うばかりで。ありがとうございます。今でもお姉ちゃんのこと気にかけていただいて」

 

 いや、むしろ私が色々サポートされっぱなしだけどな。都子はよぞらから目線をそらす。

 

「当然のことです。ただ鮎川くんに関しては……きみの方がいろいろと助けて貰ってる側じゃあないかな~」

 

 都子の心を読んだようにそう言うと、意地悪そうに風間は都子を見た。

 すると都子は今度こそ大きく溜息をついた。

 

「風間相談役、私の心を読むのはやめてくださいね? 最近だとそういうのもパワハラとして処理されるらしいですよ」

「いつから君の顔を見てきてると思ってるんですか。そのくらいは分かるよ。だけど、君のその調子を見ると……岩村さんを一番隊に付けたのは正しかったみたいだねえ」

「え、岩村さんの配属って風間相談役が担当したんですか?」

 

 都子とよぞらは目を丸くした。

 魔法少女の遺族をよりによって魔法少女の隊に送り込んだのは誰か、というのは魔法庁の内部で当時大きな噂になったことだ。

 

 相変わらず意地悪そうな顔の風間は続ける。

 

「その通り、もう次長も辞めたしこの話題も時効でしょ? 鮎川くん、自分では気づいていないかも知れないけど、今の君はいい方向に変わっていると思うよ。いろいろ悩みもあろうが、人に任せられるところは任せてうまくやんなさい。岩村さんもぜひ今の調子で頑張って下さい。それじゃあね」

「ちょ、それってどういう……」

 

 そう言うだけ言って手を振ると、都子が言葉を返す間もなく風間は早足で正面玄関へと向かっていった。

 

「……ほんっと、昔から言いたいことは言うわりに肝心なことは説明してくれない人なんだよね」

「鮎川さんがあんな風にからかわれるの初めて見ました」

 

 都子がぽつりと言うと、よぞらは口に手を当てて笑いを堪えていた。

 普通に恥ずかしいから今のやり取りは忘れて欲しいところだ。

 

「なんというか、前お話した時と全然雰囲気違ってびっくりしちゃいました……もともとあんな感じの方だったんですか?」

 

 よぞらも魔法庁に採用された際に風間と話をする機会があったが、その時のイメージと今の気さくな老人が結びつかない。

 

「そうだねえ。あそこまで明るい感じではなかったけど、似たようなものだったと思うよ。上に行くほど舐められちゃいけないって堅物のフリしてたみたいだけど」

「偉くなるってのも大変なんですね~」

 

 風間修二はかつて第一次魔法少女連隊を司令官として率いていた男だ。

 後にその功績と経験により魔法庁のナンバー2である次長にまでのしあがった叩き上げであり、魔法少女を最も多く地獄に送り殺した人間としても有名である。

 

 

 

 

 8月にもかかわらず、涼しげな風が吹いている過ごしやすい日だった。

 

 魔法庁庁舎の裏手にはそれなりに広い、刈り揃えられた芝生の庭が広がっている。

 その一番奥、林との境目に近い場所に、ずらりと黒い御影石の石板が設置されていた。

 

 その全てに、既にこの世にいない魔法少女の名が一つ一つ彫り込まれている。

 

 ここは魔法少女たちの慰霊碑がある区画であり、日常的に訪れる人はほぼいない静かな場所である。

 

 その中の一つの石板の前で都子とよぞらは立ち止まった。

 

 磨き上げられたその表面には『岩村 ひまり』と書かれている。

 

 その前には彼女の好きだった向日葵の花束が既に供えられていた。心の中でよぞらはお礼の言葉を言う。

 

「毎年ここには来てますけど、風間相談役が来られていたのは知らなかったです」

「まあ次長の時は忙しい人だったし、そういうのも大っぴらにするもんじゃないって、見られないようにしてたんだろうね」

 

 死地に魔法少女を送り込んだ張本人からすれば、まさにそれは自己満足であろう。

 

 花を供えて2人で並んで目を瞑り手を合わせると、やがてよぞらは口を開いた。

 

「お姉ちゃんは、今のこの国を見たら喜んでくれるでしょうか……」

 

 今日はよぞらの姉の命日だった。

 

 第一次魔法少女連隊隊員、岩村ひまり。

 岩村よぞらの姉であるひまりは、風を操る《暴風》の魔法少女と言われた。

 

 ずば抜けた風の魔法の使い手であり、現在確認されている自然操作系魔法の中でも、未だに最高峰の能力だとされている。

 

 よぞらの呟きを聞くと、都子は難しい顔をした。

 第一次魔法少女連隊の同僚なので都子もひまりのことをよく知っているが、そんなタマではないと思っている。

 

「うーん。喜ぶっていうか……『魔神よわ! ざっこ!』とか言ってテレビ見ながらゲラゲラ笑ってそうな気もする」

「あー……お姉ちゃんそういうとこありますもんね。すぐ調子乗るしおっちょこちょいだし」

 

 あんまりな予想だったが、よぞらは都子を見て苦笑いするばかりだ。

 

「家族に対してもそうだったんだ……」

「そうですよ? 家庭科の授業で褒められたみたいで、いきなり料理に目覚めたと思ったら晩御飯に真っ黒の暗黒物質をニコニコしながら出された時のこといまだに覚えてますもん。そのとき私幼稚園児でしたけど、アレは流石に……」

「明らかに失敗したのを何の疑問もなく出してくるのヤバすぎでしょ。ひまさんらしいけど」

 

 ひまりは何でもかんでも強火で焼けばなんとかなると思っているタイプだった。典型的な料理初心者である。

 その割に人の話も聞かないし、明らかにおかしいことでもよかれと思ってやってしまうぶっ飛び具合だった。

 

 性格が悪いわけではなく、やることなすことメチャクチャなだけだ。

 

 一方でひまりに比べたらよぞらはあまりに真面目だ。姉と妹で真反対な性格だったので、一番隊配属直後のよぞらを見て都子は驚いた覚えがある。

 

 とにかく第一次魔法少女連隊で一番バカで騒がしいムードメーカー、というのが他の魔法少女からひまりへの評価だった。

 

 そうやってひまりの思い出を懐かしむ中で、ふと。

 

 ふと、都子は、聞いてみようと思った。

 

 今まで聞きづらかったのに、このときだけはするりと自分の口から言葉が出てきた。

 

「ねえ、岩村さん。岩村さんはどうして……魔法庁に入ろうと思ったの?」

「あれ、言ってなかったでしたっけ」

「知らないよ!?」

 

 都子からしたらずいぶん聞くまでに勇気が要った話題だったのだけれど、あまりにあっけらかんとよぞらが答えるので都子はずっこけそうになった。

 

「ご、ごめんなさい。普通に喋ってたかもって思ってて」

「確かにほとんど毎日顔合わせてるしな……」

 

 都子とよぞらは顔を見合わせて苦笑いした。

 たったふたりしかいない隊の2年間は勘違いするには十分すぎる時間かもしれない。

 

 よぞらはひまりの名が刻まれた慰霊碑を見ながら語り始めた。

 

「えっと……私が魔法庁に入ったのは、お姉ちゃんが何をしていたのか知りたかったからです。お姉ちゃんがどんな人たちと一緒に、どんなふうに戦って、死んでいったのか……。お姉ちゃんってあまり家族に真面目な話はしてくれませんでしたから」

 

 都子は黙したまま話を聞いていた。

 

「ふざけて場を盛り上げるのが好きな人だったから、たぶん心配させたくなかったんだろうな、って家族みんな思ってました。それもバレバレだからバカだなあって思うんですけど」

 

 よぞらは都子の瞳を見た。

 その表情は晴れやかで確信に満ちていた。

 

「だから……お姉ちゃんと一緒に戦ってくれたのが鮎川さんでよかった。誰よりも近くで鮎川さんのことを見て、色んな話を聞いて、今は本当にそう思います。きっとお姉ちゃんも苦しかったかもしれないけど、楽しいかけがえのない時間もあったんだって思えるから」

 

 「風間相談役に感謝ですね」とよぞらは笑った。

 

 誰よりも魔神を殺し、数え切れない国民を守ってきた。

 そして都子がかつての仲間達のことを一時も忘れたことがないとよぞらは知っている。

 

 だからこそ、誰にも理解できぬ孤独と辛さが都子の中には渦巻いている。

 それを隊員として少しでも寄り添って和らげてあげたいと思う。

 

「だから鮎川さんには健康で充実して貰わないと困ります! ちゃんと岩盤浴とマッサージには行って下さいね! なんならご飯だって作りに行きますよ!」

「あっその話に戻るのね……」

「だって鮎川さんほっといたら絶対ヤバい生活して病気になりそうですもん。人間30歳ごろから身体に一気にガタがくるらしいですよ!」

「そ、そんなことは……」

 

 ない、と思う。魔法少女の身体能力ならたぶん、きっと。本当に?

 

 都子はよぞらの提案に若干引きながら、ほんの少しだけ心が暖かい気分になっていることに気づいた。

 

 たくさんのものを救ってきた。それでもこぼれ落ちるものはある。 

 そればかりを見て、失って、絶望ばかりが残る戦いをしてきたと思っていた。

 

 そこからでも、きっと希望を見いだせると信じていいのだろうか。

 




《暴風》
Aランクの自然操作系魔法。
第一次魔法少女連隊、岩村ひまりの能力。
大気の理を歪め自由自在に風を起こし意のままに操る能力。局所的な天候操作すら行うことができ、最大威力で展開した場合巨大な竜巻を起こすことも可能。
風を固定して空気中に足場を作るという器用な芸当も見せた。
2025年8月3日《溶岩の魔神》との戦いにより死亡。
その魔法は鮎川都子に継承されている。

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