「やああああ!!」
魔法庁内、教室棟に併設された訓練用フィールド。
勇ましい掛け声とともに、プリンセスじみた茜色のバトルドレスの硬質なスカートを翻しながら東雲優子が大槌を上段から振り下ろした。
その先には何の武装もしていない、いつも通りのパンツスーツを着た鮎川都子がいる。
とても完全武装した魔法少女に相対するような恰好ではない。
「遅いね」
「えっ」
都子は当たる寸前で身体をねじり最低限の動きで優子の一撃を躱し、勢いのままガクンと体勢を崩したその背中に銃を突きつけた。もちろん弾など出ない訓練用のものだ。
「おぉ~流石センセ、レベチすぎっしょお」
おもわず胸の前でパチパチと拍手したのはそばで見ていた登坂希海だ。遅れて杠日菜乃もつられたように小さく拍手をした。
2人とも優子と同じように、藍色と山吹色のバトルドレスを纏っている。
実践経験のまだ浅い魔法少女を対象とした実技演習。
私に攻撃してみて、と都子が優子に指示した結果が今の状況である。
「東雲さん、わかっているだろうけどあなたの《粉砕》はすごい能力だよ。急所に当たりさえすれば一撃で魔神を倒すことだってできる。だからこそ、敵の正面から殴りかからないこと。あと癖なのかもしれないけど、攻撃するときに大きな声を出さないこと。あなたの攻撃はタイミングと力のベクトルが分かりやすいから、魔神であろうと避けたり防御して反撃してきたりする。今の私みたいにね。さ、立って」
都子は優子の背中から訓練用の銃を放し、正面へ向き直らせた。
優子の顔は何か言いたそうでやや不満げだ。
「ぐぅ……それはわかってるんですけど、相手の大きさがデカかったらどうにかなるし、その……」
「私が相手じゃなかったらこうはならない?」
「……だと思いますっ!」
図星だったらしく、やや迷った後に優子は硬い顔でそう言い切った。
都子は内心で笑みを浮かべた。些細な話だけれど、優子の考えをごまかさない意志の強さのようなものを都子は魔法少女として評価している。
「なるほど。それじゃあここでみんなに質問。《薊班》もある程度色んな魔神を倒してきたと思うけれど、戦ってきた魔神はみんな同じ大きさだった?」
「あーね、いろんなのがいたよねえ~。猫みたいなちっちゃなのから、この間のキモい大きなヤツまで。色んなのに対応できたらスッゴイしごできだし、わりガチかっこいいよね」
希海がぴんときたように言う。
話し方と外見さえふわふわしたギャルだが、希海はこう見えてカンが良く状況判断に優れていた。
「そう。あなたたちが使う武器によって相性がいい魔神もいれば、そうでないのもいる。だからこそ単純な攻撃が通じない相手に出会ったときに「どうしよう」って慌てるんじゃなくて、対応できる引き出しを増やしていって欲しい」
都子は希海と日菜乃の方を一瞥すると、目の前の優子に視線を戻した。
「仲間に頼るのも手だけどそれだけじゃ足りない。なによりサポートがあって当然のような戦いをするのは危険だから。東雲さん、この前の奥多摩湖の時も危ない場面があったのは自分でもわかってるよね?」
「うっ」
優子がぎくりとして言葉に詰まった。追撃を意識しすぎて、魔神に反撃されそうになったところを希海に助けられたのは記憶に新しい。
「はいはーい! 優子ちゃんのめっちゃ危ないところをあーしが助けてあげましたっ!」
「は? あのくらい私ひとりでもなんとかなったし。何恩売ろうとしてるわけ。つか、ちゃん付けやめろ」
優子の語調があからさまに喧嘩腰になり、手をひらひらとあげてアピールする希海を睨んだ。誰が見ても美人なのにキレやすいのが優子のわかりやすい短所である。
「事実が全てだよ。東雲さん。深追いしすぎたあなたを登坂さんがサポートした。それが事実」
「……はい」
ぴしゃりと都子が言うと、悔しそうに優子はつぶやく。
優子は短気だが、明らかに間違っていればそのことを受け入れる素直さも持ち合わせている。この程度の欠点はかわいいものだ。
気が強く素直で可愛い、というのはアイドルに必要な素養なのかもしれない。
ここ最近、世間で優子の人気が急上昇しているらしいことを思い出しながら、都子はなんとなくそんなふうに思った。
「さて、大切なのは自分の攻撃に意味を持つこと。例えば今、私に対してどうして正面から攻撃したのか? なぜそれ以外の選択を捨てたのか? その理由を「そこにいたから」以外で言語化して私に伝えられる?」
「え? えーっと……」
優子が言葉に詰まった。その時点で時間切れだった。
「それが一瞬で出てこないとダメ。合ってようと間違っていようと、確固たる考えがない攻撃は「想定外」という致命的な隙を招くから。戦闘中の自分の行動には必ず理由付けをしなさい」
「えっ、間違っててもいいんですか?」
優子は驚いたように目を丸くした。
「もしそうなら、訂正してくれる仲間がいる。《薊班》はそのためのチームだから。だからこそお互いに疑問があれば些細なことでもチームの中で共有すること。登坂さん、杠さん、あなたたちもね」
「らじゃっ」
「はい」
都子はそれぞれの返事に頷くと、少し離れた場所で模擬戦をしている別の班の魔法少女たちを見た。
「それじゃあ今私が言ったことを意識しながらあなたたちは《菫班》と演習を再開するように。次は……《露草班》、中断してこっちに来て!」
茜色と藍色の後ろ姿を追う、弱々しい山吹色のとんがり帽子を都子は見つめた。
あの日以降、日菜乃の動きはずっと悪いうえに、演習でも最低限の発言・行動しかしないような有様だった。
都子は小さく息を吐いた。日菜乃が不真面目だとは思わない。ただし何を考えているのかはおおよそ予想が付いている。
『なんで私がこんなことしなきゃいけないの。私なんか足手まといで役に立たないのに』
戦いの中でどうにか成功体験を積み重ねて恐怖と無力感を乗り越えてもらわなければいけない。
魔法少女は、魔力が失われるまでその職を辞することはできない。他ならぬ都子がそうであるように。
(杠さんの気持ちが分かるだなんて言えないよね)
メンタル不調によるコンディション不良が起きるのは、前衛で戦うアタッカー型の魔法少女ではなく、大抵が後衛にいるサポート型の魔法少女たちだ。
彼女たちは基本的に自己防衛する手段が少ない。ゆえに魔神に襲われた時のことを考えると、日菜乃のように恐怖で身がすくむこともあれば、魔神を直接倒せない無力感でネガティブになることもある。
今の時代でこそ起きないことだが、サポートしていた前衛の相棒を失った魔法少女が己の無力感から深刻なPTSDに陥った例もかつては存在した。
技術向上により死の危険がほとんどなくなった今、花形アイドルのごとく持て囃されるのは前衛で派手に戦う魔法少女達であり、後衛でサポートをする魔法少女がクローズアップされることはそうない。
その「注目度の差」は魔法少女の引退後の待遇や進路においても顕著に現れる。
※
15時30分。通常ならば定時が近づき希望が芽生える時間帯である。
だが基本的にブラック労働が常態化している魔法庁では、このあたりで軽食を摂ってから気合いを入れて自分の仕事をようやく始める人間が多い。
「そうスか~やっぱサポート系の魔法引いちゃった子って結構病みやすいスよね。たいてい最後まで成長しない系のCランク魔法ですし。あたしもそうでしたけど、同じ隊のヤツ見ながら「なんでこいつの引き立て役になってんだあたしバカじゃね?」って思ったことありましたよ。結構あるあるなんスね」
その例に漏れず魔法庁1階のカフェでプリンをもりもり食べながら、技術三課所属の職員である有原
使い込まれた水色の作業着を着たその姿はブルーカラーにしか見えないが、魔法少女達が使用する武装のメンテナンスを請け負う技術三課ではこれが正装である。
「どちらかというと杠さんは魔法が原因の無力感の方が強いかもしれない、かな。班の子たちとの仲は悪くないと思うよ」
「うわっ羨ましい。あたしの同期、今女優ですけど全く応援しようとか思わないス。あいつマジで他人を踏み台としか思ってない女王様だったし。カスですカス。都子先輩だって知ってるでしょ」
「あー……大曲さんね」
同期を罵倒する千草を咎めることもなく、正面に座る都子はただただ苦笑しながらコーヒーに口をつけた。
大曲
そして彼女が絶大な人気を誇った元・魔法少女であることは周知の事実である。
魔法少女が「女の子が就きたい憧れの職業」で上位に食い込むようになったのは、大曲が「華麗に魅せて戦うバトル・アイドル」という魔法少女像を確立したからだった。
そして今、ポスト大曲と囁かれているのが《薊班》の東雲優子である。
「東雲さんは良い子らしいって聞いたけど班の仲間と仲良くやってるってなら、それもホントみたいスね」
「まあちょっとキレやすいけどね。あと結構ピュアかも」
「大曲のクソバカもそのくらい可愛げがあればなあ……っと、東雲さんじゃなくて杠さんの話だったスね。すみません」
「ううん、ごめんね。忙しいのに時間取ってもらって」
少しでも日菜乃の気持ちに寄り添おうと思い、都子はかつて日菜乃と同じようにサポートタイプの魔法少女として戦っていた千草に話を聞こうと思ったのである。
都子が申し訳なさそうに言うと、千草は目を丸くした。
「ちょっ、このくらい大丈夫スよ。少なくとも魔法少女の中に都子先輩に頼み事されて断るヤツなんていませんって」
「そうなの?」
「……先輩って時々アレっスよね。なんというか、もうちょっと自分が人にどう思われてるか興味持ってもいいと思いますよ」
今生きている魔法少女たちを大なり小なり支えてきたのは都子である。かつては後輩たちにとって良き先輩であり、今では先生と呼ばれるようになったがそれは変わらない。
都子自身は自己評価が低いので気づいていないが、その面倒見の良さに恩を感じている後輩は多い。
「それにあたしも元魔法少女だし、他人事じゃないスよ。で、まあ……戦いへのモチベが低いのは仕方ないといえば仕方ないんじゃないですかね。だって今の時代は極論、自分がやらなくても替わりがいますから」
都子は人類が滅亡寸前に追い込まれていた暗黒時代の魔法少女だ。第一次魔法少女連隊の仲間が全ていなくなった後、たった1人で日本中の魔神を狩り続けていた時期もある。
自分がやらなければみんな死ぬ。そういう時代を走り続けてきた。
「今どきの子にはたぶん、魔法少女をやることにメリットを感じさせてあげなきゃいけないんスよね。単に魔法少女やってればめちゃくちゃ金持ちになれるかって言われると、そうでもないスから」
「それは……そうだね」
何も反論できない。コーヒーの苦さを感じながら、都子は日菜乃と話したことを思い出した。命の危険もある上にやりたくないことをやらされているのに、それに臨む理由が足りなすぎる。
魔法少女は特殊公務員であり、平均年収から比較すると高給ではあるがそれだけだ。しかも20歳までしかできない仕事である。
命の危険があると思えば、普通なら割に合わないと考える。
千草はやや言いづらそうにしていたが、続けて口を開いた。
「だから、その……大曲のことはゲロ吐くほど嫌いですけど、ああやって魔法少女になるメリットを明確に示したのは正直凄いって思うスよ。まあ、美人じゃないとああいう成り上がり方は無理かもですけど。少なくとも夢はあると思います」
千草のその言葉は思いの外するりと都子の心の中に入ってきた。今まで感じていた違和感が解けていくような気がした。
「……あー、確かに! ごめんっ、やっぱり私って老害だわ」
「ホァ!? 突然何言ってんスか」
「いや、私の考えが足りなさすぎてちょっと落ち込んだだけ。気にしないで」
「すみません。失礼を承知で言いますけど、なんか今あたし都子先輩のが心配になってきたスよ」
「いやいやそんな深刻な話じゃない、んだけど、たぶん。なんというか……」
正直言って、都子は魔法少女がアイドル化していることにあまりいい感情は持っていなかった。しかし、彼女たちの人生は魔法少女を辞めた後のほうがよほど長いのだ。
魔法少女の経験がステータスになり、キャリアをステップアップさせるために役に立つ可能性が広がれば、それは健全なことだろう。
だが都子は未だに魔法少女だ。魔法少女を辞めた先のことなど何一つ考えていないので、今まで変化する現状を受け入れることができないでいた。
訝しげに覗き込んでくる千草にそう語ると、都子はため息をついた。
「私の価値観って古すぎるみたい。こんな風じゃ生徒の悩みに寄り添うなんて言えないな……」
「そんなことないと思いますよ」
「えっ?」
都子は顔を上げた。目の前にはひどく真面目な顔をした千草がいる。
「あたしはキラキラした魔法少女とは程遠い存在でしたし、女の子が羨ましがるキャリアを積んでるわけでもないスけど、魔法少女やって良かったって思ってます。別にチヤホヤされなくたって、やりたくてできる仕事じゃないですし。なんだかんだ同期とバカやるのも面白かったスから。だから……」
そして千草は都子の瞳を真っ直ぐ射抜いた。都子はその表情から目が離せない。かつて後輩だった魔法少女はとうの昔に大人になっていて。
「アタシたちが現役の魔法少女たちに対してできることは、そういうことなんじゃないスかね。大人になった時に「あれはあれでいい経験だったな」って振り返られるものを残してあげられればいいなって思ってます。そのためにあたしは今の仕事をやってるつもりです」
そう語る千草の目は使命感に満ちていた。
「杠さんもそうあってほしいスよ。だって悲しいじゃないですか。なんだかんだ言ってこの国を守ってるのに、イヤな思い出ばかり残るだなんて」
※
食事を終えて都子と別れた千草は、誰もいない喫煙所で煙草をふかしながら呟いた。
「まああたしが前向きに魔法少女できてたのも、都子先輩のおかげなんスけどね」
技術向上の結果という者もいるが、過去から今に至るまでの魔法少女たちが勇気を出して魔神と戦うことができたのは都子がいたからだ。
何があろうと都子さんがいればなんとかなる。そうすれば誰も死なない。
そんな風にして、この国は今まで過酷な義務を鮎川都子に課してきていた。
「だからこそ、そろそろ先輩が出撃しなくてもいいくらいの世の中になるべきなんです。本当に」
そうしたらきっと、都子には今まで叶わなかったやりたいことをたくさん楽しんで過ごしてほしい。
それが千草の後輩としてのささやかな願いだった。
※
夕方、西日がきつくなり始め、林では蝉が鳴いている。
魔法庁の裏手の庭園は一般開放されていないので、昼間の休憩時間以外はあまり人を見かけることはない。
それが真夏で、夕方にさしかかるのであればなおさらだ。
人気のないその空間を、ただ考えを整理するために都子は歩いていた。
千草のように、魔法少女たちの未来を守るためにできることが、私にもあるだろうか。
殺すことは得意でも、守ることは苦手だ。
そう。私は守ることはできないけれど、きっとあなたたちが死なない程度に魔神を殺すことはできる。
それで、いいかな。
都子の脳裏に1人の少女の後ろ姿が思い浮かんだ。きっと死ぬまで忘れることはない、あの時の光景。
ただなにもできず泣くだけだった私を守って死んだ。いや、見殺しにした親友のこと。
それを強く思い出すたびに死にたくなる。でもそんなことは絶対に許されない。
心臓が跳ねる。動悸が治らない。悪寒が走り汗が噴き出る。思わずふらつき近くの木にもたれ胸を抑えた。大丈夫。誰にも見られてない。自分を守るように強く目を閉じる。
声が、聞こえる。
『ねえ……ミヤちゃん、戦って。お願い……』
「わかってる……わかってるよ」
口から漏れたのは怯えた子供のような震え声。それはきっと、仲間の後ろに隠れて怖がっていたかつての自分自身の声にとてもよく似ている。
私は今もこれからもみんなのために戦うよ。それでいいんでしょ? アオちゃん。
あなたは私を絶対に許してくれないだろうけれど。
私の魔力が無くならないのは、きっとそういうことなんだよね?
聴き慣れたサイレンが鳴り響いた。
幻聴が消える。戦いがやってくる。