三十歳の魔法少女   作:きなかぼちゃん

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ごめん夜暗すぎるから夕方から戦うことにするね……(禁断の修正二度打ち)


9.新宿凍結魔戦

 新宿駅周辺では検問が敷かれ、繋がる大通りではパトカーが止まり警官たちがビニールロープを張り巡らせている。新宿駅へ近づこうとする民間人はことごとく立ち往生させられていた。大通り沿いのビルとビルの隙間に小さな人だかりがいくつもできていた。そこにいる人々は皆一様に携帯電話で話し込んでいる。

 

「逃げてくださーい! ここにいたら危ないですよぉー!」

 

 検問の内側、新宿駅付近。

 

 白いフリルのバトルドレスを着た幼いサイドテールの魔法少女が夕焼けに照らされながら上空を飛び回り、道路封鎖をすり抜けて地上を歩いている人間を見かけるたびに拡声器で大声で呼びかけている。

 新宿駅周辺を封鎖する、と言っても誰1人いない無人状態にするのはどうしたって無理がある。

 

 駅だけならまだしも、その範囲を新宿駅周辺まで広げたら完璧に避難を完了するのは難しい。

 ましてやビルの屋内に居座られていたら誰も気づくことが出来ない。

 

「スゲーっリアル魔法少女だ。俺初めて見たかも。てか寒くね?」

「美夢ちゃんこっち見てー!」

「撮らないで逃げてくださいーっ!!」

「怒ってるのもかわいいよー!」

 

 声をかけるたびにスマホを向けられるので強い語調で注意するが、それが何の効果も得られないのはいつものことだった。

 

 『女児アニメから抜け出してきた魔法少女』こと笹川美夢(ささがわみゆ)は現在最年少の12歳の魔法少女だ。魔法少女たちの中では経験も浅くレベル3以上を相手にした経験もないが、そのルックスで早くもそれなりの人気を獲得している。

 

「なんで避難してくれないんですかぁ……もうっ」

 

 頬を膨らませて怒りながら飛び回る美夢の視界に、見覚えのある3人が映る。

 

「あ、薊班のみなさんですね」

 

 呟くとちょうど耳元の無線に通信が入った。

 

『こちら薊班東雲。登坂、杠ともに現地に到着しました』

『下級生のくせに重役出勤か? ずいぶん余裕だな薊班はよ』

『ッ、すみません』

『は? 東雲おまえ今舌打ちしただろ。聞こえてんだよ』

『してないですって! それに遅れたのはわたしじゃなくて登坂で』

『簡単に仲間を売る優子ちゃんにあーしも苦笑い』

『魔神出現まで10分を切ってる! 私語は慎みなさい!』

 

 諍いが起きる前に亜矢の指示が飛んだ。一瞬にして無線が静かになった。

 今だと隙を見てしゃべりだしたのは美夢だ。

 

「あっあの、露草班笹川です。風間副司令っ、避難指示に従わずにフラフラ歩いてる人が多すぎですっ。声かけても逃げてくれません!」

『落ち着いて笹川。周囲にウチの職員か警察官、自衛隊員がいるから伝えて対処を委ねなさい。みんな聞こえる? バックアップ担当の魔法少女達は引き続き、魔神出現後も戦況に注意しつつ避難誘導を』

「で、でも魔神が出たあとはあたしたちも戦わないとです」

『戦闘が始まったら魔神から民間人を助けられるのは魔法少女だけ。人死にを出さない。これは魔神を討伐するのと変わらない重要な任務よ。わかるわね』

「……! はいっ」

 

 同じ班の仲間たちが同じように力強く返事をするのも聞こえた。

 魔神に多少なりとも効果がある銃弾は技術課により開発されており、レベル0から1程度の魔神であれば自衛隊や警察官でも銃器により対処可能だがレベル4には無力だ。

 

 責任感に押し潰されそうになりながらも、美夢は職員を見つけ民間人の居場所を伝えると自分の仕事を全うすべく声をかけ続ける。

 

「みなさーん! 危ないので避難してください!」

 

 美夢は高く飛翔し高層ビルの窓を覗き込んだ。そこには言葉などまるで耳に入っていないかのように、美夢の姿を写真に収めようとスマホを向ける者の姿が見えた。

 

 魔法少女の戦いは今の日本において最高のエンタメだ。それを間近で見られる機会を逃す手はない。

 

「みんなどうして……。あたしの話聞いてます!? 早く逃げないと、し……怪我しちゃいますよぉ~っ!!」

 

 つい言葉を言い換えた。自分のせいで人が死ぬかも、だなんて思いたくない。

 

 12歳という年齢もあり、美夢はまだ精神的にも未熟な部分がある。

 それでも彼女は魔法少女としての責任感で、できることを全力でやり抜こうとしていた。

 

 その時だった。

 

 ぞわり、と美夢に悪寒が走る。上空におぞましい圧力を感じた。それは魔法少女にしか感じ取れない悪夢的魔力の揺らぎである。

 

 見上げると頬に雪が落ちた。夕焼けに染まった乱層雲まじりの空が裂ける。

 宇宙悪夢的な青い輝きが覗く。骨のように節くれだち、4本の鉤爪を備えた巨大な腕が這い出ずる。

 

 その空間にいる誰もが空が裂ける音を聞いた。

 それは薄手の画用紙を破り捨てるときの音によく似ていた。

  

 

 

 

「なんなんだ、こいつは……」

 

 オペレーターの1人が思わず呟いた。誰しもが思っていることを代弁しているにすぎない。

 司令課本部の職員たちの呆然とした視線が巨大モニターに集中している。

 

 這い出してきたその全長は100mほどはあろうか、下半身が白い羽毛で覆われ足はなく、やせ細った木の幹のような赤黒い上半身には体長を超える異様な長さの細長い枯れ枝のような腕が生えている。顔があるべき場所にはねずみの尾のごとく伸びた一本の触手があり、その先には巨大な青色の水晶体がむき出しであらわになっている。水晶体の中にある獣じみた1つの瞳がギョロリと忙しなく周囲を見渡し、そのたびに水晶体から魔力の青い塵が線香花火のように迸った。

 

 人外の魔神といえど「何か」に形容できない化物を見ることはそうない。魔神だって生物であることは変わりないのだから、たとえ『向こう側』が人知の及ばない世界だったとしてもその理からは逃れられない。

 

 不条理を煮詰めたような外見の生物がいるとしたら、それはまさに神であろう。

 神を人間が理解することなど不可能だ。殺すか屈服するかどちらかを選ばされる。人間が選んだのは前者だ。いつだってやることは変わらない。

 

 亜矢はつとめて冷静に言い放った。

 

「戦闘を開始します。遠距離攻撃担当者(レンジ)、頭部水晶体に攻撃開始」

 

 

 

 

 指示のもと一斉に魔法少女たちが射撃攻撃を開始した。

 

 三方向から魔力の奔流を叩き込まれた水晶体が衝撃音とともにぐわんと揺れる。下半身がばさりとはためいた。鶴のような大きな翼だ。もがくようにその場で翼をバタバタとはためかせ、雪のごとく羽毛が舞う。そして凍てついた風は吹雪の暴風となり襲いかかる。

 

 囲っていた魔法少女たちの何人かが虚を突かれてその場から吹き飛ばされた。

 全長100mある鳥の羽ばたきなど災害に等しい。

 

『周辺気温さらに低下! 氷点下に突入します!』

『全員距離を取りなさい! 羽ばたきに当たればただじゃすまない』

 

「あれは……鳥……?」

 

 希海を《活性》のビームでつなぎ強化していた日菜乃が白い息を吐きながらつぶやく。

 

 翼を羽ばたかせたことで、羽毛に隠されていた魔神の下半身が見えていることに気づいた。上半身と同じく触手がそこにはあった。ただ違うのは先端に付いているのが猛禽のようなくちばしだったことだ。それが開かれたのを見た。

 

「AAAAAァAA……GiaaaアaAAAAァaaa!」

 

 痛みにのたうちまわる女の悲鳴を凝縮したような叫び声が爆裂した。

 

 司令課本部のオペレーターたちが一斉に耳をふさいだ。映像越しでもこれなのだから、この咆哮を至近距離で聞けば三半規管が破壊されるだろう。魔法少女以外は。

 

 ばさり、と下半身の羽を雄大に羽ばたかせ魔神がさらに飛翔し魔法少女たちの頭上を取った。やがて枯木のような腕が左右に開かれ鞭のようにしなる。

 

『散開回避! 式部班、薊班は左右の腕を攻撃しなさい!』

 

 魔法少女たちを狙うも空を切った両腕は轟音とともに地上を容赦なく打ち据えた。新宿へ繋がる大量の線路が高架ごとたたき落とされ破壊される。

 

《対大型長柄モードへ移行します。バースト準備完了》

 

 優子の持つ大槌の柄が一瞬にして数倍に伸びた。形状記憶魔力合金で鍛えられた槌が膨張し巨大建設機械のユニットのごとく深紅の鉄球と化す。それを軽々と振り回すのが魔法少女の人外の膂力である。

 

《概念付与完了、トラップボム射出》

 

「あたれっ」

 

 電子音声とともに希海が撃った水色の魔力弾体が魔神の左腕に着弾し、希海の魔法である《激流》の概念が展開された。泥がへばりつくようにマーキングされたそれは、そのままではダメージになり得ないが、何かしらの攻撃が上乗せされればその場で荒れ狂い他の魔法の破壊力を増幅させる。

 

《3.2.1...バースト。Crimson Break》

 

 あらかじめ優子を強化していた日菜乃が一気に魔力を増幅させて送り込んだ。

 

「今っ」

「うらあああああああああっ」

 

 優子は打者のように鉄球を構えると、横薙ぎにマーキングめがけてフルスイングし、轟音とともに枯木のような腕を文字通り引きちぎるように粉砕した。

 数秒のタイムラグの後、その両断面が大爆発を起こした。

 《粉砕》の一撃を《激流》と《活性》によって火力のみを増幅したパワープレイである。

 

「優子ちゃん叫びすぎ。ウケる」

「は? あっ……」

 

 茶化す希海にキレる前に都子に指摘されたことを思い出して優子ははっとする。

 

 でもこんな大きい物を振り回してるんだから叫んで気合いを入れるのも仕方ないのではないだろうか、なんて元バレーボール部の優子はちょっと思った。

 

 優子の魔力を回復しながら日菜乃は魔神の左腕を見ると、ちょうど高架にめり込んだ腕の節の部分を地面に縫い止めるように金色に光る巨大な矢が突き刺さっていた。

 

 《抑圧》の魔法少女による一撃である。今回は動きを止める術式によって魔神の右腕を一時的に機能不全に陥らせたのだろう。

 

『ぶっ潰せ遥香っ』『ういっす~』

 

 気の強そうな女に応える、戦闘中にあるまじき気の抜けた声が聞こえた。8番隊式部班の2人は東京本部における今世代のエース部隊である。

 

 矢を中心に薄緑色の半透明の立方体が形成された。

 

『圧縮率100%でしゅ~りょ~。.zipいっちょあがり~』

 

 バツン、と限界まで引き延ばしたゴムがちぎれる音がした。瞬間、立方体で囲まれていた魔神の腕がポリゴンじみた滑らかな切り口で消滅し断裂する。

 

「KIィ、IIIA」

 

 両腕を失った魔神のいずこからかうめき声が這い上がった。

 人間には到底聞き取れぬ言葉だ。魔力が滞留した空気が震える。

 

『ヒューやるう。攻撃チャンスっ』

『ッ炉心が活性化してる! 朝永、突出しないで! 待ちなさい!』

 

 ちょうど魔法少女の1人が拳で頭部の水晶体に殴りかかるのが見えた。

 この前兆には既視感がある。水晶体の奥部に日菜乃は青い星を見た。思わず口走った。

 

「ダメそれ逃げっ」

 

 浮かび上がった瞳が収縮し、水晶体がチカチカと夜空の輝きを湛えプリズムの如く内部で乱反射する。瞬間、無差別に死が放たれた。

 

 上下前後左右360度を焼き払う、青白い光線の束である。

 

 その中の1つが最も接近していた魔法少女に直撃した。ビルのコンクリート壁がガスバーナーでえぐり取るように蒸発しその中のいくつかが倒壊した。新宿駅のホームが根こそぎ穴だらけになり黒煙があがる。

 

 ただ魔力を収束し、はき出す。

 多くの魔神が行うシンプルな攻撃だが、故に最も警戒しなければならない強力な攻撃だった。

 

 オペレーターの焦りに満ちた報告が無線に流れる。

 

『菫班朝永、バトルドレス90%損傷! 墜落しますッ!』

『朝永ァ! ボケが調子乗りやがって。弱っちいくせに自己顕示欲なんぞ持ってんじゃねえ!』

 

 キレ気味の罵声が式部班の魔法少女から放たれた。

 司令課本部の亜矢も「なぜだ」「どうしてだ」と今すぐ叫び出したくなったがそれを飲み込み指示を続行する。

 

『菫班! 今村、草野は戦闘を続行。露草班聞こえる? 早急に1名、朝永を回収して離脱ポイントまで向かいなさい』

『露草班笹川です! あたしが行きます!』

『了解。くれぐれも魔神から目を離さないように』

『ッ第二撃来ます!』

 

 恐るべき破壊光線をまき散らした直後である。

 大技の直後には隙ができるというのはレベル3までの常識でしかない。

 

「IィィIIIII」

「ちょっ、そういう攻撃の後には隙があるもんでしょ!?」

「マ? レベル4ヤバすぎない?」

「2人ともっ退いてっ」

 

 打ち終わった隙を狙って仕掛けようとした薊班は完全にアテが外れたことになる。腕を失った魔神は痛みに暴れるように激しく羽ばたいた。

 司令課の警戒により、すんでの所で翼で直接打ち据えられたたき落とされる運命は回避された。しかし助かったわけでは無い。

 

「ぐううううううっ」

 

 優子は歯を食いしばった。吹雪が巻き上がりこらえきれず体勢を崩し風にのまれる。周囲を見れば希海や日菜乃、他の魔法少女たちも同様に上空に打ち上げられていた。

 

 もはや地上は完全な白銀に覆われあらゆるものが凍結していた。

 横を見れば遠くは雲もなく夕焼け空に照らされた雪一つない風景が広がっている。

 新宿駅周辺のみが氷点下を突破している異常な光景がそこにあった。

 

 魔法少女はバトルドレスが正常に稼働しているうちは極限環境でも活動できるので寒さは感じないが、きっと体感温度はとんでもないことになっているのだろう。

 

 体勢を立て直した優子が降下しようとした瞬間。

 

「痛だっ!」

 

 頭にボールをぶつけられたような衝撃が走った。

 

『雹に気をつけて!』

 

 亜矢の声が飛ぶと、優子はバチバチと異様な音が鳴りはじめたのを聞いた。それがコンクリートや地表へ雹が衝突する音であることを理解したのは、テニスボール大の白い物体が大量に雨のごとく落下してくるのが嫌でも見えたからだ。

 

 魔法少女の耐久力があれば雹が頭に直撃してもたいした傷にはならないが、それでも集中力は乱され攻撃の狙いは定まらず決定打を打てない。

 

 その一瞬の隙を見て魔神はそのまま南西の方向へ飛翔した。司令本部の亜矢が目を見開いた。

 

『魔神が逃げる! 翼を攻撃して全力で足止めを!』

「ge、ゲeeeッ、geゲeェeeeee」

 

 ふらつきながら新宿御苑方面へ飛ぶ魔神の尾先が毒々しい青い粘液をまき散らし地獄めいたえづきを発する。同時にくちばしがボタボタと楕円形のなめらかな青白い塊をいくつもはき出した。

 ばらまかれたそれらは砕けることもなく、あちこちでアスファルトやコンクリートに突き刺さるようにめり込んだ。相当な質量があると思われた。

 

 その物体の正体に最初に気づいたのは「この魔神は鳥ではないか」という先入観を持っていた日菜乃だった。そしてこれから何が起きるかも理解した。表情を青ざめさせて思わず叫ぶ。

 

「やばいっ、あれ卵!!」

 

 ピシリ、と塊のすべてに亀裂が入った。その場にいる全ての魔法少女が察した。

 誰かが呆然としたように無線で呟く。

 

『“増殖型”だ……』

 

 




※増殖型
分裂や子実態により数を増やす魔神を指す。
17年前に北海道に現れたレベル4《菌糸の魔神》は胞子の高速成長による増殖を繰り返し、魔力汚染により釧路湿原の生体を絶滅させ荒野と化した。

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