冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
そこで、彼を待っていたのは、意外な人物であった。
マサキは、国家評議会ビルに来ていた。
歩いて駅に向かう途中、運よく人民警察のパトカーに声を掛けられて、乗せてきてもらったのだ。
軍服姿で目立つこともあったろうが、すぐさまパトカーで乗り付けるとは。
東ドイツの総監視体制に、改めて驚いている自身がいた。
別な男と歩く、アイリスディーナの姿を見て以来、マサキの口の中は砂を
パトカーで送られているときも、ずっとそうだった。
(『あんな小童に、アイリスディーナの事を渡せようか』)
関われば関わるほど、ユルゲンの妹に愛着が湧き、とても手放せない気持ちになっていたのだ。
国家評議会ビルは、共和国宮殿から、ほど近い場所に立つ三階建ての建物である。
護衛兵に議長との面会に来た
その際、マサキと入れ違いに出てくる白人の男と、すれ違った。
男の顔といえば。
ハリウッドの銀幕の中に出てくるような色白で、
ニューヨークで数多く見た、
深い濃紺地に白い線が書かれたチョーク・ストライプのスーツに、純白のシャツ。
金のタイ・バーに挟まれた、紺と銀の
欧州人がバカにする左上がりのストライプを見て、マサキは、あることを確信した。
目の前の男が、アメリカ人で、ウォール街のビジネスマンと言う事を。
縞模様のネクタイは、16世紀の英国陸軍に起源を求めることが出来る。
元々英国では慣習法で、常備軍の設置が
その為、地域ごとに独自性の強い連隊がおかれ、名誉連隊長*1に地方領主や王侯が就いた。
独自色を示すために、連隊ごとに奇抜な軍旗や、色や形の違う縞模様が作られた。
その名残が、現代に残るレジメンタル・タイ*2である。
このレジメンタル・タイは基本的に右上がりの縞模様であった。
今日では、英軍の各連隊の他に、英国内の有名私立大学の卒業生を示すものでもある。
その為、各国首脳が集まる場面で、英国人やフランス人は、無地やコモン柄といったネクタイを付けた。
そして、
『なんでこんなところに、ニューヨークのビジネスマンが』という不安が頭をよぎった。
確かに、今の東ドイツは経済的に不安定だ。
ソ連からの資源供給量は大幅に減り、そして今の議長は対ソ自立派だった。
ウォール街のビジネスマンを頼るのは、無理からぬことであろう。
マサキは、議長があった人物を知らなかったが、ぴんと直感に来たものはあった。
相手は、自分を知っている風だった。
議長と会いに来た人物は、アメリカの石油財閥の3代目だった。
敵対する二人が、今まさに東ドイツの首脳がいるビルで運命的な出会いをしたのであった。
マサキは、部屋に入るなり、その目に一人の美女が入ってきた。
灰色の婦人用冬季勤務服をまとった、アイリスディーナだった。
思いもよらない人物の存在に、マサキは、驚愕した。
(『あ、アイリスディーナ、どうしてここに!』)
(『
マサキの胸の動悸が、
マサキのうろたえに関して、男はさっそく尋ねた。
「どうか、なされましたか」
白々しく、不敵の笑みを浮かべる男に、マサキは、
「いや、何でもない」と笑ってばかりいるのであった。
そうするうちに、
「わざわざ、ご足労を掛けましたが……」
上座の議長から、
「挨拶はいい。要件を済ませよう」
マサキは席に着くと、アイリスディーナの通訳を交えて、会談が始まった。
もっとも、マサキはドイツ語がある程度理解できたので、英語通訳はいらなかったのだが。
脇に美人を侍らせるのも悪くない。
マサキは、上機嫌で話し始めた。
「図面は東ドイツの書いたものを使う予定だ」
その内容は、ベルリン中心のミッテ区に、25階建ての近代的な高層ビルの建てる。
日本の大手ゼネコンが、東ベルリンの再開発事業に参加する計画である。
「建設省まで取りに行ってやるよ」
それは建前であった。
マサキは、東ベルリンの再開発をする復興管理局の事務所に行って、ちょっとひと暴れするつもりだったからである。
だが、マサキの甘い考えは、直ぐにうち砕かれた。
「図面の方は、午後までに用意してお届けしますので……
それまで、市中にあるペルガモン博物館にでもご覧になってお待ちください」
調子を合わせ、マサキは男を揶揄った。
「男だけで、そんなところに行ったところでつまらぬからのう。
誰か、名物であるペルガモンの大祭壇でも、案内してくれるのか」
そこでドアがノックされ、別な秘書が入ってきた。
「失礼いたします。同志議長、お電話が入っております」
「ああ、分かった」
マサキは、複雑な気分で、男たちの会話を聞いていた。
もじもじするばかりのアイリスディーナと二人きりにされるのは、流石に気まずい。
「すみません博士、少し電話してまいりますので、お時間を頂きます。
その間、ご退屈でも、アイリスと話していて下さいませんか」
連絡を受けたことを
そして部屋を出ると、護衛を務める第40降下猟兵大隊の兵士たちに下がるよう命じた。
ゲスト役を務めているアイリスディーナには、マサキが何で鬱勃としているのか。
彼女は心外で、ならないらしい。
いまも、マサキが、湯気の立った茶を飲まずに紫煙を燻らせている、その席で、
「察するに、不都合な事でもございましたか。何かお心当りでも?」
と、彼の胸へ、自己の不満をたたいていた。
「うるさい」
マサキは、怒気を、青白く眉にみなぎらせた。
「もういうな。
無駄にこうしているのではない。おれにもここへ来ては考えがあることだ。
……それより、アイリスディーナ、こっちへ来い」
アイリスディーナはいわれるまま、恐々とすこし前へ進んだ。
「久しぶりだな」
「お元気そうで……」
としていたものが、どうしても、いまだに、どこかの恐れにある。
二人は、黙ってお互いの顔を見つめ合い、ただ呆然と立ち尽くすばかりであった。
「アイリスディーナ」
マサキは、急に、
といって、彼女の細かな用心は解けようもないのである。
「お前の事を、今日、軍の情報センターで見かけた。
男と一緒に歩いていたが……
あの男、ずいぶん親しそうだったな。一体どういう関係なんだ」
アイリスディーナは、恥ずかしそうにマサキを見やった。
「えっ、カッツェさんですか。
昔からの知り合いで、色々と親交のある方ですよ」
マサキは、その言葉を
「親交、どんな……
お前が、あんな楽しそうにするのは……初めて見た」
アイリスディーナは、頬を赤く染めて、
「それは、貴方が、私の事をよく知らないからでは……」
「確かにそうだな……」
(『俺は、アイリスディーナの事を驚くほど知らない……
俺の知らぬ男と、親しげに遊んでいたとしても……』)
マサキは、沸々と、腹が煮えてたまらない。
落ち着こうとすればするほど、嫉妬は、逆に込み上げてくるばかり。
「俺は、カッツェという小童に負けたくない」
「何を……、カッツェさんは兄の昔からの友人です。」
白々しいとは憎みながらも、憎み切れぬ程なやさしさ。
いつか、マサキも、やや
その上、つい恨みを、はぐらかされもする。
また、何となく気もおちつき、アイリスディーナの人柄までが、これまでになく優雅に思えた。
「俺は、カッツェに嫉妬している。
アイリス、俺はこれほどまでにお前に惹かれたのだ」
沈黙したまま、見つめあう二人の耳元に壁時計の音ばかりが聞こえてきた。
マサキの口から思わず、ため息が漏れる。
「何としても、お前の心の内へも、木原マサキという男を焼付けねば、一生、妄執は晴れぬ。
アイリス、これほど男から言われたら、もうどうしようもあるまい」
こうなると、その眼には、アイリスディーナの女の美のみ映ってくる。
彼の心にある邪悪なものが、白雪を思わせる彼女の美に、ひそかな舌なめずりを思うのだった。
「兄の友人と一緒に歩いたぐらいで、嫉妬なさるなんて……
いくら天のゼオライマーのパイロットは、言っても……」
アイリスディーナは、少しずつ、後ろへと、身をずらせた。
そして、女の身をまもるべく、その体を硬めた。
「ばかな。な、何を言うか」
マサキは、するどく直って。
「無敵のスーパーロボット、天のゼオライマーのパイロット。
そんなものを鼻にかけて、誰が、これほどに手間をかけて女を口説くか。
お前の兄、この東ドイツにしろ、以後も変りなく付き合っているのをみても考えるがいい。
俺はただの男として、お前を口説いているのだよ」
アイリスディーナの胸は、苦しくなって、下へ崩れかけた。
マサキは、アイリスディーナの体を片手すくいに抱いたまま、ひたと自身の唇を近づける。
彼の焼けつくような唇は、烈しく彼女の甘美な
抱擁もぐんと深くなって、激しくなった。
口付けを交わしながら、マサキは抜け目なく彼女の背中や腰に手を伸ばした。
灰色の勤務服の上着やタイトスカートを、ゆっくりと撫でさする。
抱きすくめられたアイリスディーナは、陶然となっていく自分に困惑していた。
(「あ……、
まるで、夢の世界を
それは、アイリスディーナが、かつて味わったことのない、情熱の口付けだった。
アイリスディーナは、深く睫毛を閉じたまま、白い喉を伸ばし、マサキの手に寄りかかる。
興奮した息づかいを漏らしながら、まもなく濡れた瞳で、マサキの顔を丹念に見まわした。
部屋の外の足音に感づいたマサキは、意識を一気に現実に戻した。
アイリスディーナの両腕を持ったまま、突き放す。
「議長が、戻ってきたようだ」
室内の二人は、うろたえながら、慌てて立ち別れた。
間もなく議長が入って行くと、席を離れたことをわびた。
「本当に申し訳ない。
評議の結果を、なるべく早く渡したい思いますが……」
マサキは、アイリスディーナの方を見ずに、やや残り惜しげに、答えた。
「そうか」
「アイリスは、いかがいたしますか。
もしお望みなら、彼女に案内をさせますが……」
と、議長がいうと、マサキは、バカなといわぬばかりに答えた。
「勘違いするな」
アイリスディーナが、びっくりしたような目を向ける。
マサキは、
「俺にも都合がある。ペルガモン博物館に人を待たしてあるのでな。
後で改めて、うかがうことにする」
マサキは、
体も心も疲れていたので、そのまま官邸を去った。
その足で、ペルガモン博物館のある博物館島へ向かった。
道すがら、マサキは、心の内で大きな
女と関係すれば、恋愛の情という鎖が出来る。
情に
男女の愛ばかりでなく、一家親族などの周囲の
それらの者を養うためには、心ならぬ道へも進まねばならない。
(『だいぶ、年下の小娘に入れ込みし過ぎた。
何かしらのけじめを、付けてやらねばなるまい……』)
そう考えて来ると、胸が熱く、痛く、いたたまれない思いだった。
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マサキの恋愛路線に関する質問
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女と遊びながら、戦う
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色恋より戦闘描写
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別な原作ヒロインと逢瀬
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現状維持