冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
その事実が与える影響は計り知れなかった。
永遠に続くかと思えた、社会主義独裁体制崩壊の始まりにしか過ぎなかった。
マサキが、ベルリンを再訪問した話は、その夕方にソ連にまで伝わっていた。
ウラジオストックの共産党本部では、怒声が響き渡る。
「木原が、G元素の研究を完成させた。
ソ連最高議長のチェルネンコは、信じない顔つきであった。
「そんなバカな話は信じられぬ。
我々と同じく、ナチスの科学者を連れ帰った米国人なら、ともかく……
あの
議長の問いかけに、KGB長官はあきれたと言わぬばかりの、冷たい
「同志議長。
ブルジョアの
あの男は、恐るべき超マシンゼオライマーを建造して、我々に挑戦して来ております。
先のミンスクハイヴにおいて、100万のBETAを撃滅させたのは、記憶に新しいところです。
KGB長官は、ゼオライマーの事を知らぬ議長を、せせら笑いながら答えた。
人を人とも思わない彼の態度に、議長は不快感を
「その情報は、
「KGBの情報網によりますと。
日本に潜入させた特殊工作員を通じて、元帥府の中から直接聞いたものだと言う事です」
「確実な証拠をつかめ、それも急いでだ」
その後、KGB長官は、まもなく部屋を出て行った。
ソ連の科学技術を一手に引き受ける、科学アカデミー総裁はそれに答えて、
「率直に申し上げて、日本でのG元素研究の可能性はあると言う事です」
「何!」
「G元素爆弾は、原水爆と同様に、G元素さえあれば、簡単に作れるのです。
バウマン技術学校を出ていない普通の学生でも、時間と場所さえあれば可能です」
正式名称、N.E.バウマン名称モスクワ高等技術学校。
西欧に著しい科学技術の遅れを自覚したロシア帝国は、工科専門大学を設ける。
1830年にモスクワにできた工芸大学を基とするこの学校は、赤色革命後も存続を許された。
1930年3月20日、ソ連最高国民経済会議*1の命令第1053号に従い、大改革がなされた。
機械工学、航空機械工学、電力工学、土木工学、化学工学の5つの独立した高等技術学校に分割された。
モスクワ航空研究所、モスクワ動力工学研究所、モスクワ工学建設研究所、赤軍軍事化学アカデミーなどである
この事は、ソ連の軍事発展と航空技術の開発に寄与した。
そして、冷戦後の1948年。
世界初の大陸間弾道ミサイルR-7の開発者であり、ソ連宇宙飛行学の創始者であるS.P.コロレフ。
彼の活動に関連する、飛行理論分野のロケット先端研究学部が設立された。
その様な経緯もあって、同校の出身者の多くは、軍事技術と縁が深かった。
卒業者の多くは、最初期の核技術、ロケット技術者に道を進んだ。
それ故に、科学アカデミー総裁は、その名前を例示したのであった。
「一体、それはどういうことなのだね。
何故、米国は、驚くばかりの科学者を集め、
「自動車のように操縦できぬのですよ。
この未知の新元素を、我らの発展のために使用できません」
「科学アカデミーの同志諸君らは、爆弾を作っているのではないのか。
この国家存亡の危機に際して、温水プールでも作るつもりなのかね」
科学アカデミー総裁は
「同志議長、G元素は原水爆同様、平和利用されるべきです……」
「ええい、黙れ。出ていけ、このブルジョアの
「失礼いたします」
何しても、もってのほかな立腹なので、科学アカデミー総裁にも扱いようがなかった。
むなしく
一人残された参謀総長に、議長は不愉快な顔をした。
「参謀総長、どういうことなのかね。
なぜ、社会主義を嫌悪する木原が、これほどまでに東ドイツに肩入れするのかね」
「申し訳ありません。木原の真意は全く持って不可解です」
「
参謀総長は、気の毒そうに告げた。
「同志議長、私を解任してください」
「何」
「先のノボシビルスクの件も、ございますが……、
相手の心を読めぬ以上……、作戦の立案は、できません」
「参謀総長。まだESP発現体という、怪しげなものに頼ろうというのか。
祖国を、党を裏切るつもりなのかね」
参謀総長は、初めて、色にも言葉にも、感情をあらわした。
「いいえ、木原および
「この期に及んで、君は
「冷静に考えるなら、日本に
我が赤軍は、BETAとの戦争に全力を注ぐべきです」
「再び
議長は口にこそ出さないが、憤然、そう思わずにいられなかった。
これ以上の屈辱はしのび得るところでない。
彼の眉は、はっきりそういうものをただよわせながら、
「いや……何、さしつかえがあれば、またの機会といたそう。
戦争の先は長い。ひとまず、君は休みたまえ」
「わかりました。同志議長。小官は退席させていただきます」
参謀総長は、議長に一礼をした後、あきらめた様子で、ドアに向かった。
ドアノブに手をかけたかと思うと、静かに部屋を去っていった。
信任していた参謀総長まで……、自分を裏切るのか。
チェルネンコ議長は、思い知らされた。
ソ連国内にも、いや政治局という己の足元にも、多数敵が存在することを。
執務室に取り残されたチェルネンコは、思い悩んでいた。
『わが最強の第43戦術機甲師団ヴォールク連隊が、たった一機の戦術機に敗れ去った。
この事実が、冷戦という構造に与える影響は計り知れない……』
彼は、思考の合間に
ゼオライマーの存在は、この世界に多くの利益をもたらした。
100万を超える精兵をもってしても攻略できなかったハイヴの撃滅。
しかもほぼ無傷__。議長の心は揺れた。
どうせ黄色猿の作ったマシンだし、ろくな実績もないと、高を括っていたのだ。
『ゼオライマーは史上最強のマシンとして、月面攻略に向かうであろう。
木原がどう動き、日本が我らにどう立ち向かうか、予想はつかないが……』
ソ連の自尊心は大いに傷つけられたが、ここはひとまず東欧から撤退しよう。
あまり東欧問題に時間をかけ、全世界から孤立する前に。
ブレジネフの直弟子であるチェルネンコにとっては、複雑な思いである。
『チェコ事件』*2で、ブレジネフは、社会主義国間の引き締めを図った。
このソ連の一大原則、主権制限論*3を捨て去ればどうなるか。
第二、第三の反乱が起きるのは、目に見えている。
かつてないほどの怒りで、チェルネンコの身は震えた。
木原マサキと、そのマシン、天のゼオライマー。
たった一人の男に、自分が身を置いている世界を否定され、嘲笑された。
今まで築きあげた社会主義体制……
このまま黙って見過ごせば、惨めな敗北に変わることは、彼には分っていた。
それでも、彼はあきらめなかった。
『ここで我らが
その方がもっと恐ろしい。
だが、我らは数千の優れた核弾頭搭載の
ソ連の核兵器数に関して、簡単に述べておこう。
1989年6月の段階において、ソ連は世界最大の核保有国であった。
大陸間弾道弾、6572発。潜水艦発射弾道弾、3456発。
核搭載可能な戦略爆撃機、
合計、10998発の核弾頭*7を所有していたのだ。
『望めば、あの蛮人どもが住まう日本列島を、何百回として焦土にできる。
我がソビエトが、依然として世界を二分する覇者である事実は、間違いない』
それならば、何かの機会に乗じて、ゼオライマーを葬れば、変わる。
再び、チェルネンコ議長の中で、野心が首を
いつしか、外の天気は荒れ狂っていた。
窓へ打ち付ける強烈な雨を見ながら、チェルネンコ議長は、邪悪な笑みを漏らすのだった。
ベルリン郊外にある館で、密議がなされていた。
テーブルの上に有るのは、バランタイン*8の30年物*9のウィスキー。
二人の男が椅子に腰かけ、酒を片手に語り合っていた。
一人は東ドイツの指導者で、もう一人はアーベル・ブレーメ。
「なあ、アーベル。
俺は、シュミットの奴がやりたかったことは、間違ってはいないように思える」
そう言うと氷の入ったグラスを傾けた。
「どういう事だね」
彼の方を向く。
「自前の核戦力……、間違ってはいない」
先次大戦においてベルリンに核爆弾投下の事実を知る者にとっては、彼の発言は危うかった。
核爆弾は、
西ドイツでの反核運動たるや凄まじく、核配備はおろか原子力利用まで否定した。
米軍はボン政権の非核原則によって、表立って核の持ち込みをしてこなかった。
核ミサイルは存在しないと言う事で、ソ連も同様の措置を取る。
両者とも住民感情に配慮し、表面上は核持ち込みをしていないことが暗黙の了解……
更にドイツ国民の感情を悪化させたのが、BETA戦争の核使用である。
ソ連の核飽和攻撃は、東西ドイツ間にあったソ連への
シュミットが国家保安省の派閥内で核保有を提案するまで、その意見が一切出ない……
ドイツ国民の放射能汚染への過剰な恐怖を証左して居た。
男は、自分が危ない橋を渡っていることを認識しながら続けた。
「俺が青年団を島にしているのは知っていよう。
物心の付いた小僧っ子を一人前にするのに10年掛かる……」
アーベルは、相槌を打つ。
「ああ……」
男は一口、酒を
グラスの氷が揺れ、深いウィスキーの味わいが口の中に広がる。
「軍とて同じだ。5年で戦術機部隊はそれらしい形になりつつあるが、不十分だ……。
やはり新型の軍事兵器構想を立ち上げ、人材教育を成し、物にするのには10年は必要だ」
テーブルへ、静かにグラスを置く。
「その点、核戦力は比較的短期間で整備でき、安全保障上の問題を先送り出来る。
その時間を通じて軍事力の
この様な結論ならば、俺は奴に賛意を示したであろう」
断固とした口調で続ける
「無論、核兵器の操作ボタンは我らが手中に置く。
核の操作ボタンが他国の手に在る……、其れでは駄目だ。
男は、アベールの方を見る。
彼は、口を結んだままだ。
「米国は朝鮮動乱の
あの時、マッカーサー*10が核を満洲に投下していれば、ソ連は即座に北鮮を切り捨てたはずだ。
この事からも、日米、韓米の間にある核の傘と言う物は、
彼は、左手でグラスを掴む。
「ある時、ド・ゴール*11が米国に出向き、ホワイトハウスに真意を訪ねた話は知っておろう」
男は、机の上に有る「ジダン」の紙箱を開け、フィルター付きのタバコを抜き出す。
「ケネディ*12。キューバ危機で名前を売った若造か……」
紙巻きタバコに火を点けると、彼の言葉を繋ぐ。
「あの
紫煙を燻らせながら、熱っぽく語った。
「それはなぜか、簡単な事さ。
そのような物は、最初から無いのだから、約束などできる
ボンの連中も同じことを思い、
議長は、タバコを片手に、室内をゆっくり歩き始める。
「俺はボンとの統一が成った際、核の問題は避けられぬと思っている。
甘い連中は中立国が出来ると思っているが、そんなのは
「既にボンの政権自身は、
我が党も既に先頃の事件で、ソ連とは決別状態になった……」
彼はグラスを置くと、立ち上がり、一言
「で、どうするのかね……。
核濃縮のノウハウも無いうちから、その様な空論を述べるのは……」
男は、アーベルの方を振り向くと、タバコを一口吸いこむ。
ゆっくりと紫煙を漂わせながら、答えた。
「だからこそ、木原博士に近づいたのさ。
彼とアイリスディーナとの縁を通じて、日本の援助を受け入れることにしたのだよ」
男は下を向き、机の上に有るグラスを右手で掴む。
其のまま、ウイスキーを一口含む。
「俺が日米との関係改善をやりたいのは、この国が社会主義で持たぬ事もある……。
だから市場開放の道筋を作り、自分の頭で考える機会を作る。
今のガキどもは、ソ連式の教育で自分の頭で考えるのをやめている。
これからの国際競争の時代の中では、党が、赤ん坊の様に一から十まで指図するようではだめだ。
国家と一定の距離を置き、自立した人間が今後求められてくる。
そういう道筋を、ガキどもに残してやりたいからだよ……」
話し半ばに、アーベルから、こう口をおさえて来て、
「待ちたまえ」
けんもほろろに叱りつけ、なお言い足りないように、こうつけ加えた。
「ボンとの賃金格差の問題は、どうするのかね」
男は、グラスを静かに置く。
「その辺は、日米の産業界の行動を見て居ればわかる。
彼らは、安くて優秀な労働力を欲している。
幸い我が国は、
日米の資本家に、土地と人員を提供し、我等はそこからノウハウを学べばよい」
アーベルは、安心したかのように相好を崩した。
書下ろしエピソードになります。
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色恋より戦闘描写
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別な原作ヒロインと逢瀬
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現状維持