冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
そこで、謎を知る人物の口から、驚くべき事実を明かされる。
特殊機関、
翌日。
マサキたちは、ベルリンから260キロほど南にあるゲラ県イエナ郡*1イエナ市に来ていた。
移動方法は、シュトラハヴィッツ少将に手配してもらった陸軍のヘリだった。
無論、東ドイツにも戦前の
だが、予算不足のためにハンブルグ・ベルリン間の主要幹線道以外は、放置されたままだった。
正確にいえば、ひび割れにアスファルトを流し込むぐらいの整備はなされているに留まっていた。
また制限速度が設定されていて、時速100キロメートルを超えてはいけない決まりになっていた。
一説には、東ドイツの国民自動車トラバントの性能に配慮しての為だという。
トラバントのエンジンは、戦前に設計された600ccの2サイクル2気筒であり、速度を出せなかったのも大きい。
これは、東ドイツの公用車であるソ連製のジル、ボルガに大いに劣った。
またベルリン・イエナ間の往復で、最低でも5時間がかかることも考慮されて、ヘリにしたのだ。
ヘリコプターは、最新鋭のMI-24ハインドヘリコプターであった。
これは、シュタージ少将であったシュミットが独自に購入したものを、国家人民軍で押収したもの。
実は国家人民軍でも購入*2を計画していたが、ソ連との紛争で沙汰止みになってしまった。
その為、止む無く押収品を使ったのだ。
MI-24の大本となったMI-8は、すでに国家人民軍と人民警察で使われていた。
資料によれば、同機種のヘリを1968年から配備し、軍では115機ほど所有していたとされる。
ヘリパイロットも、シュトラハヴィッツの息のかかった人物であった。
彼の部下であり、衛士でもあるカシミール・ヘンペル中尉。
衛士に転属する前は、創設されたばかりの戦闘ヘリコプター連隊のパイロットでもあった。
訪問先は、市中の人民公社カール・ツァイス・イエナ*3本社であった。
戦前から培った高い高額技術は、東側のみならず、西側でも評価された。
ツアイス・イエナのレンズは、東ドイツが誇る主要輸出品の一つで、しかも安価だった。
同社は、また最新の電子部品、精密機器も扱っていた企業の一つであった。
西ドイツの企業、カールツアイスが、なぜ東ドイツにと思われる読者もいよう。
ここで簡単に、カールツアイスの戦後の歴史を説明したい。
19世紀末に設立された、世界的レンズメーカー、カールツアイス。
同社は、創業以来、テューリンゲンにある長閑な田舎町、イエナに本社を置いていた。
1945年の敗戦直後、イエナ市に入った米軍は、優れたレンズ・光学技術を確保するべく
しかし、6月以降、テューリンゲンがソ連に引き渡すことが決定されると、技術流出を怖れた。
そこで、米軍は、暮夜密かに、126名の技術者とその家族を拉致し、高性能機材をトラックに乗せ、運び去った。
その後入ってきたソ連軍によって、250名の技術者が5年もの間、モスクワに連れ去らわれた。
機材の9割は、ソ連に運び出すも、ソ連人に扱えるものではなく、やむなくドイツに戻される。
後に会社の存続は認められるも、そこで、戦後賠償という形で、ソ連に製品を上納した。
再建された同社では、戦前のライカカメラや一眼レフカメラ、双眼鏡の製造にあたった。
技術がそのまま、ウクライナに持ち出されて、『キエフ・コンタックス』というソ連製のカメラになったのである。
そうして分かれたカールツァイスは、1953年ごろまでは技術者同士の交流はあった。
しかし、西側の情報が入ることを怖れたSEDやソ連当局によって、十数名の技術者が逮捕される事件が起きる。
それ以降、西ドイツに落ちのびたカールツアイスの技術者たちが、先々を憂いて、カールツアイスの社号を特許申請してしまう事件が起きた。
事態は、両国の間だけで済む問題ではなくなった。
かつて、ルフトハンザ航空の社号をめぐって争った*4時のように、国際裁判に持ち込まれた。
1971年にロンドンの最高裁で、西ドイツが西側で販売する場合と東ドイツが東側で販売する場合*5に限り、両社とも『カールツアイス』の社号を名乗ることが認められた。
こうして東西に分かれたカールツアイス社は、愛憎相半ばする感情をいだいたまま、今日に至ったのである。
さて、マサキたちは、カール・ツァイス・イエナの簡単な見学をした。
数点の双眼鏡と一眼レフカメラの購入契約を結んだ後、総裁室に向う。
シュトラハヴィッツの案内で、最上階にある総裁室の扉を開けた。
「今日は貴様に紹介したい相手を連れてきた」
奥に座っていた総裁は、東洋人の姿を見ておどろいた。
「紹介……」
ありのままをシュトラハヴィッツに伝えるも、
「あんた、たしかソ連議長殺しの……」
シュトラハヴィッツも笑っていたが、やがてマサキが、
「そうだ。俺は木原マサキだ」
と、名を明かした。
総裁は、天のゼオライマーパイロット、木原マサキが来たと知って、大動揺を起していた。
(『反社会主義を掲げる日本の科学者と、社会主義国の軍隊の将軍が何故……』)
と、信じられない顔つきだったが、
「この大先生は、俺たちと同じく冒険主義者なのだよ。
これ以上の説明は居るか」
シュトラハヴィッツ少将は、総裁の意中をいぶかった。
「いや、それで十分だ。
ところで、天下のゼオライマーパイロットの大先生が、何を聞きたいんだ」
シュトラハヴィッツは、総裁に東ドイツの政財界の資金の流れについて
「貴様が知っている範囲で良い。
今の政府と産業界の関係……金の流れを聞きたいんだ」
そして、彼が語るには、
「政府と産業界か。
それなら簡単だ。1960年代のころより、その関係は弱くなっている」
マサキは、おうむ返しに訊く。
「弱くなっている?」
「だが、シュタージは、別さ」
マサキはうなずいて見せながら、更に問いただした。
「別?」
すると、総裁は、はばかりなく、
「ああ、シュタージは独自のパイプラインを持っている。
あの警官殺しのミルケが、別建てで金儲けをする独自の仕組みを作っておいたの」
と、断言した。
そして、彼が語るには、
「例えば、急成長を見せる電子産業、計算機、高速大容量の通信機器、数えたらきりがない。
こういったものには、西の優れた工業機械が必要だ」
東ドイツの工業輸出品は、電子工業の遅れから、国際的な需要を失い始めていた。
1970年の時点で、国際最先端技術との比較で、集積回路で8年。
半導体記憶装置、
無論、東ドイツは宗主国のソ連への援助を求めた。
だが、技術流出を怖れたソ連は、極めて非協力的であった。
それ故に、西側の技術を
「でも普通に輸入したら、馬鹿でかい関税がかかる」
「それが、どういうわけで?」
と、マサキが聞くと、総裁はなおつぶさに語っていう。
「そこで、ボン*6の連中と悪だくみをして、貿易ではなく国内の通商という扱いにし、商社を作った。
ゲーネックスというやつだよ」
ゲーネックスとは、何ぞやと思われる読者も大勢いよう。
ここは、筆者からの説明を許されたい。
まず正式名称を、贈答品及び小規模輸出有限会社という。
キリスト教信徒のプレゼント交換を目的として、1956年12月20日に設立された会社である。
東ドイツの国内国外貿易省の一部門である
続いて、KoKoに関してである。
通称『KoKo』とは、正式名称を貿易省商業調整局といい、1966年に設置された部局。
その主目的は、東ドイツの外貨取引と、西側の技術導入である。
同機関は、1972年に政治局直轄の部署になった後、シュタージの影響下に入った。
ベルリン市内の古びたモルタルづくりのビルに本部があり、巧妙に偽装されていた。
国営通訳斡旋所の看板が掛けられて、陰気な雰囲気の中、営業していたという。
さて、KOKOの関係した輸入品の80パーセントは、産業技術関連である。
ココム規制を回避して、西ドイツ経由で最新機器を東ドイツに運んだ。
その際、西ドイツとのプレゼント交換のルートが、多いに役立てられた。
1961年の壁構築後、西ドイツはそれまで乗り気でなかった東ドイツとの文通を緩めた。
郵便物や贈り物、大型の白物家電、自動車まで、税関処理も検査もなく、持ち込めた。
また、東ドイツは、国内取引と言う事で、税制上の優遇措置が設けられていた。
それは東ドイツも同様だった。
東ドイツは、国外からの郵便物は、全数開封検査された。
例え、宗主国ソ連の物であっても、郵便局内にあるシュタージの出張所で検査された。
だが、ゲーネックス経由の品物は、一切の検査が免除された。
未開封のまま、東ドイツ国内に配送され、宛て主に届いた。
「西に文通友達がいれば、東の品物を高値で売りさばき、裏ルートで物を持ち込める。
ベルリンで売っているトラバントは35000マルクだが……。
ゲーネックス
こいつは、おいしい商売さ。
その為に、いくらでもシュタージに海外貿易の利益が入り込む」
総裁の話に、驚かぬ者はなかったが、やがて彼の説明に依って、ようやく仔細は解けた。
「それじゃあ、シュタージはその金を……」
「ああ……、表に出ない金のかき集めに関しては天才的だよ。
俺も相当むしられた。
そうやって、シュタージの権力だけが強大になっていく」
先程までの
「面白い」
マサキは
そんな彼に、総裁は
「確かに、この金はシュタージにとって強みだが、逆に弱みになる」
全く、マサキの
気の弱い総裁は、それを聞くや、思わず嘆息していさめた。
「木原さん、それは止めた方がいい。
外人であるあなたが、そこまで踏み込んだら命を懸けることになる」
眉をひそめた総裁を気にする風もなく、マサキは断言した。
「俺は、元より命がけよ」
マサキは、内心焦っていた。
西ドイツより、シュタージに流れた、多額の金。
このカラクリさえつかめれば、シュタージがどう動こうと、シュタージの息の根を止められる。
これから捜すわけだが、しかし、証拠がなければ、ただの流言飛語にされてしまう。
もはや今日の戦いは、マサキ対シュミットという個人の物ではなかった。
一日も早く、シュタージが組織的に関与した証拠を示さぬことには……
我に大義名分がないのは、軍に旗がないのに等しい。
大きな弱みだ。
詰めが甘ければ、次はない。
東ドイツが窓口としている西側の銀行や企業には、間違いなくシュタージの手が伸びているだろう。
シュタージでなくとも、KGBの影響力が及んでいるのは間違いない。
一撃のもとに、抹殺せねば、己も危うい。
アイリスディーナとの一件を、変な形で西側のマスコミに報道されれば、一巻の終わりだ。
マサキは、その点では、無条件に楽観してはいられなかった。
「はて、負ければ
とにかく戦いとは、次から次へと難しいことが起るものだ」
と、マサキは、つらつら痛感していた。
そうしたうちに、迎えの兵士たちが来ていた。
「同志将軍、そろそろベルリンに戻りましょう。
博士の滞在日程も迫っておりますし……」
マサキは、その連絡には当惑していた。
今日も、つい、貴重な時間を、あてのない捜索に、過ごしてしまった形だった。
証拠集めは容易でない。
まして敵地だ。
立ち去り際に、総裁に尋ねてみることにした。
「3月に死んだシュミットは、何も残していなかったのか」
「ああ……この件に関する書類は、ものの見事に姿を消している」
と、シュトラハヴィッツも今は半ばあきらめ顔に。
「では、やはり……」
総裁も、さじ投げ気味で。
「そうか……だが、なお、望みはないでもない」
「何だと……」
「モスクワ派の重鎮で、先日のクーデターに関わり、以来、ドレスデンに隠れて居る人物がいる」
「誰だ」
「俺が知る限り、裏金作りに関わってるのは、ザンデルリングだよ。
シュミットの反乱直前に、シュタージ本部から関係書類を持って行ったのはザンデルリングだ」
「ザ、ザンデルリング!」
「SEDの衛星政党ドイツ民主農民党*9、モスクワ派のザンデルリング。
現在は、ドイツ民主農民党に属しているが、その前はシュミットの腰ぎんちゃくと呼ばれた男……
常に、時の最大勢力を
それまで黙っていた、ハイム少将が口を開く。
「その
シュトラハヴィッツは、にわかに
もうほかに手段もない
「いや、それは絶好のチャンスだ。
だが、ザンデルリングは、
こっちが与える
ついにシュトラハヴィッツ将軍みずから、この問題に踏み込んでいく。
マサキは紫煙を燻らせながら、
綾禰様、ご評価有難うございました。
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マサキの恋愛路線に関する質問
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女と遊びながら、戦う
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色恋より戦闘描写
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別な原作ヒロインと逢瀬
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現状維持