冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 ニューヨーク留学中のユルゲン。
人知れず彼は、戦争の幻影に苦しめられていた。


(よみがえ)幻影(げんえい) 前編

 ユルゲン・ベルンハルトは、どうしたであろうか。

木原マサキに気に入られた白皙(はくせき)美丈夫(びじょうふ)は、今米国に留学していた。

彼が、マライ・ハイゼンベルクと共にニューヨークに来て、3ヵ月が過ぎていた。

 では何故、ユルゲンでニューヨークで暮らしているのか。

以前の経緯を、お忘れの読者もいよう。

ここで簡単に著者からの説明を許されたい。

 ユルゲンはその白皙の美貌(びぼう)の他に、文武両道で語学の才に恵まれていた。

父ヨーゼフの大使館勤務に付いて行く形で、ソ連やコメコン諸国、中共にいた。

そこで現地の学校に通い、土地の言語を覚え、六か国語を簡単に話せるほどだった。

 無論、1974年度の空軍士官学校主席卒業生というのもある。

だが議長は、虎背(こぜ)熊腰(ゆうよう)の体付きという点でもユルゲンを選んだ節があった。

 在外公館に勤める物や、外国留学をする者は容姿(ようし)端麗(たんれい)なものが選ばれる。

それは、古今東西問わず、世の常であった。

かつて本朝(ほんちょう)*1における200年ほど続いた遣唐使(けんとうし)船派遣の際も、同じであった。

面接や試験で選抜された留学生は、語学や古典の素養など学才の他に、容姿も求められた。

 さて、マライが何故、ベアトリクスに代わってニューヨークで一緒に暮らしているか。

それはベアトリクスの妊娠が理由だった。

 妊娠が判明したベアトリクスの事を、父アーベル・ブレーメは非常に気遣った。

色々な問題を怖れて、彼女をユルゲンとの留学には同行させないようにした。

 だが、外交官や留学生の常として、既婚者は妻帯(さいたい)するのが一般的だった。

それは、さまざまな色がらみの問題や、美人の計*2を防ぐためである。

 いろいろと悩んでいたところにハイム少将からマライ・ハイゼンベルクを紹介されたのだ。

ハイム将軍は、ユルゲンとの関係をより強化するために自分の配下であるマライを送り込んだ。

また、マライ自身もユルゲンに特別な感情もあることで、話はとんとん拍子に進んだのだ。

そして今、ユルゲンとマライは、東独外務省が発券した特別旅券によって、米国に来ていた。

 


 

 1978年12月31日。

 マンハッタンのタイムズスクエア*3で、新年のカウントダウンが始まっていたころ。

ユルゲン達は今、ニューヨークのさるホテルにいた。

そこの最上階にあるレストランで、豪奢なディナーを楽しんでいた。

ユルゲンがマライの事を招き、新年の祝いの酒をごちそうしていたのだ。

 マライの姿は、いつになく艶やかであった。 

東ドイツでは着た事もなかった薄い紫のワンピースドレスに、真珠の首飾り。

 対するユルゲンは、ブルックスブラザーズで買った濃紺の2ピーススーツという支度(したく)

一応、ニューヨークに来る前に、東ドイツで2着ほど背広を仕立てた。

だが、余りの野暮ったさに、改めて買いなおしたのであった。

「この度の中尉昇進、おめでとうございます」

 マライの勤務態度は優秀であった。

ユルゲンのサポートをつづけながら、必死に英語の勉強を続けていた。

 その甲斐あってか。

彼女は、その間の勤務結果が認められ、晴れて陸軍中尉に昇進した。

「俺もこれまでマライさんに、色々迷惑をかけてばかりいました。

反省しています」

「もういいのよ」

「しかし、人は見かけによらないんですね。

まさか、こんなに早く留学の環境に順応してくれるなんて……」

マライは照れ臭そうに、セミロングの茶色がかった金髪を左手で()いた。

 ホテルのガラス窓から、はるか遠くのロングアイランドシティの灯りが見える。

見下ろせば、箱庭のような街が広がり、行き交う車の灯が、夜空をばらまいたように美しい。

「さあ、今日は大いに飲みましょう。

では、マライさんの昇進と来たる1979年を祝って、乾杯(プロースト)!」

 

 ホテルの部屋に入ると、それまで保たれていたユルゲンの緊張が一気に解ける。

控えの間が付いた大部屋であるが、セミダブルのベットが2つ並んでいた。

 ユルゲンは、着ていたサキソニー織のダブルのスーツを脱いで、浴室に入る。

軽くシャワーを浴びた後、ガウンに着替え、そのままベットへ倒れこむようして眠りについた。 

 

 

――――話は(さかのぼ)る。

 1976年12月。

ここは、ウクライナのヴォロシロフグラード*4

前日よりの猛吹雪が地表に吹き付ける中、迷彩柄の戦術機の一群が駆け抜けていく。

 網膜投射上に映し出されたウインドウに現れる、ソ連赤軍の勤務服(キーチェリ)姿の男。

ウクライナ派遣・ワルシャワ条約機構軍の司令官を務めるソ連赤軍大佐は、

「チェコスロバキアの装甲軍団が、BETA梯団に包囲された。

東ドイツの同志諸君、ここを死守せねば、リボフ*5に通じる街道が断絶されてしまう。

50万市民とチェコスロバキアの2万の兵が、厳冬の中に孤立するのだ。

光線級の為に、航空輸送も心もとない。 

わが社会主義同胞たちを、1941年のレニングラード*6にしてはいけないのだ!」

 

 煽動する調子で熱弁を語る男に、ユルゲン・ベルンハルト中尉は冷めた一瞥(いちべつ)をくれていた。

「今から行っても助からない」

彼の2年という長い実戦経験から、それが分かるのだ。

 ましてや、冬季だ。

ここヴォロシロフグラードのBETAは10万単位で、カザフ*7西部と比べて、異様に数が多かった。

噂ではウラリスクハイヴからサラトフ、ヴォロネジを抜けて、ウクライナに入ってきたという。

 

 取り残されたチェコスロバキア軍、約2万の軍団は勇猛果敢だった。

要塞級との距離が100メートルを切っても砲兵は退かず、踏みつぶされる寸前までBETAを駆逐した。

後続の戦車隊は、並みいるBETAの群れを踏みつぶしながら、果敢に前進した。

だが、光線級の群れの前に、彼らが頼みの綱とする戦闘ヘリ部隊は失われてしまったのだ。

 

 「チェコスロバキア軍を救援し、浸透突破を実施せよ」

 ソ連軍大佐の無茶ともいえる命令。

隊長のユルゲンが思い悩んでいると、副長のヤウク少尉が脇から回線に割り込んできた。

ソ連軍大佐に遠慮したのであろう。

公用語のロシア語ではなく、ドイツ語で尋ねてきた。

「ユルゲン、君はどう思う」

「無駄に兵力を損耗するだけだ。

それと、このまま重金属雲に入ったら、いつも通りの作戦で行く」

「了解!」

 

 果たして、東ドイツ軍の戦術機体は、驚くべき果敢を示した。 

BETA梯団も、その一触(いっしょく)をうけるや、眠れる虎が立ち上がったような猛気をふるう。

 両勢、およそ同数の兵が広き地域へ分裂もせず、うずとなって戦い合った。

彼も必死、これも必死、まさに鮮血一色の死闘図だった。

 

 約2万を誇るBETA梯団の中心部まで一気に駆け抜ける東ドイツ戦術機隊。

敵を撃ち倒し、叩きつけて、さんざんに駈け廻った。 

光線級吶喊(レーザーヤークト)に入るぞ!全機続け」

 そういうと、ユルゲンは操作レバーをぐっと引く。

彼の乗ったバラライカPFは、背中に突撃砲をしまうべく、右手を伸ばした。

それと同時に、一振りの長刀を、兵装担架システムから、ビュっと抜き出す。

「了解」

 真っ先に、その目標を捉えて、部隊の中心から先頭に向かって駈け抜ける。

猛烈な剣戟を揃えて、ふたたびBETAの先手へ突っかかった。

 ユルゲンの猛烈な白刃に答える様に、野火の様に広がりを見せていく戦果。

要撃級の群れを、殷々(いんいん)と唸り声をあげる突撃砲の斉射で、血煙に変えていく。

「ユルゲンを援護、刀を持っている奴は突っ込め!」

 全身緑色のファントムが突撃砲を背中にしまうと、両手に長刀を構える。

その刹那、跳躍ユニットのロケットエンジンを限界まで吹かした。

 長刀が閃くたびに光線級の体はひしゃげ、飛び散って、ズタズタにされていく。

20匹以上いた光線級は、塩辛みたいにされてしまった。

 その砲声もハタと止んだ。

勝敗は一瞬に決したのだ。

 ユルゲン以下わずかの機影が、綿のように戦い疲れて引っ返して来る。

戦術機までよろめいているかに見えた。

 36機の一個大隊が、わずか4、5機しか戻って来なかったのである。

まもなく、戦略爆撃機による絨毯爆撃が開始された。

これにより、ワルシャワ条約機構軍には撤退する時間が得られ、戦線を立て直すことが出来た。

翌々日の夕方までに全軍は、ヴォロシロフグラードより撤退した。

 

 そのことは、ユルゲンの心に深い傷を負わせた。

あれだけの死闘をして、結局ヴォロシロフグラードも、チェコスロバキア軍団も救えなかった。

わずかに前線にあった戦闘指揮所を、ドニエプルに下げたくらいだ。

 チェコスロバキア軍の陣地に弔問に行った際に見た、無表情の兵士たちが忘れられない。

互いに言葉もなく、芳名帳に記帳しながら斎場に入った。

 本当ならば、この人たちを励ますべきではなかったか。

戦争で、部下が、知人が死ぬのは、今に始まったことではない……

そう己を律しても、心に渦巻く感情は収まる気配がなかった。

先頭に立って、剣を振るい、銃砲を放ち、敵陣を駆け抜けてきても、その気持ちは消えなかった。

死ぬべき筈は俺ではなかったのか……

 

…………

「……ううん。う、うん」

 ユルゲンはうなされていた。 

「ユルゲン君、ユルゲン君、どうかしたの」 

しきりと、自分をゆり起していた者がある。

 ユルゲンはハッと眠りからさめて、その人を見ると、マライ・ハイゼンベルクであった。

着ているものといえば、踝まで裾のある黒絹のネグリジェ、1枚だ。

ドイツ人らしく*8、その下にはブラジャーもパンティーも付けていなかった。

シースルー*9の生地から、煽情的な肉体が浮かび上がってくる。

「ああ。……さては、夢?」

 全身の汗に冷え、寝間着(パジャマ)も肌着もずぶ濡れになっていた。

その瞳は、醒めてまだ落着かないように、天井を仰いだり、壁を見まわしていた。

「何か、飲む?」

 冷蔵庫を開けて、水の入ったガラス瓶を取った。

エビアン*10やペリエ*11などの輸入物*12のミネラルウォーターだった。

 ユルゲンは、マライに微笑み返しながら、けだるそうにいった。

「ありがとう。

ああマライさん、あなただったのか、何か寝言でも……」

 ユルゲンは、おもわずマライの方を盗み見る。

黒のネグリジェの大きく開いた胸元から、乳房のふくらみや谷間がはっきり(のぞ)けてしまう。

話すたびに、乳房で張り出した部分が、ゆったりと波打つ。 

「ユルゲン君」

 ドイツにいるときの癖で、下着は着けていなかった。

第一、就寝中にユルゲンが起きるとは思わなかったからだ。

マライは声をひそめて、ユルゲンの手をかたく握った。

「ようやくあなたの悩みをつきとめました。

BETAとの戦争で、仲間を、救うべき同胞を見捨てたことを今も人知れず苦しんでいらっしゃる」

「……えっ」

 ユルゲンが、会話の間にちらちらと視線を注いでいる。

マライは、それに気が付かないふりをした。

「隠さないで、それも病を悪化させた原因の一つです。

日頃から、およその事は察していましたが……

それほどまでにお覚悟あって、国のため全てを捨てて、忠義の鬼とならんとする。

そのご意義なら、このマライもかならずお力添えいたしましょう」

その潤んだ瞳には、何とも言えない風情が、情熱の高まりが感じられた。

 

 ユルゲンの悩みは、今日でいう心的外傷後ストレス障害(PTSD)である。

心的外傷後ストレス障害とは、神経症性障害の一つである。

 戦争など、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なく思い出される。

時として悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態である。

 その様な体験は一過性で、多くの場合は数か月で落ち着く場合が多い。

だが一部には時間がたつごとに悪化したり、突如としてその症状が出る場合もある。

 厚生労働省の報告によれば。

現代日本の総人口の1.3パーセントがかかる病気であり、実にありふれた精神疾患である。

 しかし、時代は1970年代。

精神医学も途上で、精神疾患への偏見もあった時代である。

 ユルゲンは、この苦しさを誰にも打ち明けられずにいたのだ。

以前マサキが危惧した通り、アルコール中毒の気があった。

 それは彼の父ヨーゼフ・ベルンハルトの影響もあろう。

ヨーゼフは、妻メルツィーデスとの離婚調停の際に心身を持ち崩した。

妻が間男に寝取られたことを悔やみ、重度のアルコール中毒になった。

 KGBとシュタージによる卑劣な工作によって、父が狂った様を見たはずなのに……

この俺が酒におぼれて、世から逃げようとする何って……

その自責の念も、またユルゲンを苦しめることとなったのだ。

 

 

 さて翌日。

研究室を訪れたユルゲンは、新年のあいさつを済ます。

すると、ブレジンスキー教授からある人物を紹介された。

「ベルンハルト君、君は空軍出身だそうだね。

一昨年までソ連に派遣されいて、BETAとの実戦経験も豊富だと……」

「はい。

……ですが、今はロシア研究所の留学生です」

ブレジンスキーは、一頻り思案した後、ユルゲンに問うた。

「グラナン航空機という会社を知っておるかね」

「先の大戦中から米海軍と懇意な関係にある航空機メーカーですね。

一体、この事と何の関係が……」

 すると、椅子に座っていた八十老*13が立ち上がって、ユルゲンに近づいてきた。

「ベルンハルト大尉殿、どうぞお見知りおきを。

私はかれこれ40年ほど、ニューヨークで、しがない航空機会社の社長を務めておるものです」

 八十老の正体は、グラナン社長*14だった。

ユルゲンが後で知ったことだが、彼は第一次大戦中、海軍予備士官でありパイロットだった。

そして、コロンビア大学で駆潜艇(サブチェイサー)の講習を受けた経験の持ち主だった。

「いえ、こちらこそ」

 社長はマホガニーのパイプを取り出すと、詰めた煙草に火を点けた。

紫煙を燻らせながら、これまでの経緯を説明し始める。

「じつは貴国で鹵獲(ろかく)したミグ設計局のMIG-23試作機を解析したところ、わが社の特許が無断使用されていたのが判明したです。

これは、木原博士が鹵獲したスフォーニ設計局*15の試作機からも同様の事が判明しました」

ブランデーの香りがする煙を吐き出しながら、じっとユルゲンを見やった。

「大尉殿は、その辺に関して何かご存じなことはございませんか」

ユルゲンは、その端正な表情を変えずに、社長の問いに応じる。

「MIG-23試作機に関しては……

私が恩師とあがめていた男が乗っていたという事しか存じていません」

 ユルゲンが師事した男は、エフゲニー・ゲルツィン空軍大佐。

カシュガルハイヴ攻略に参加し、BETA戦争初期から生き残ったエースパイロット。

 そして裏の顔は、KGB特別部(アソバーヤ・アッジェレニエ)*16大佐であった。

KGBと対立する赤軍内部に潜り込み、赤軍や友邦諸国の軍隊を監視した。

 ユルゲンとの出会いは、1974年のクビンカ空軍基地での研修。

当時、ソ連はワルシャワ条約機構に加盟する各国軍隊の指導をしていた。

赤軍の軍官学校は多岐にわたるため、空軍に絞って説明をする

 高級士官は、モスクワ近郊のガガーリンアカデミー*17

一般士官と技術士官は、ジューコフスキー空軍技術アカデミー*18といった具合である。

そのほかにも空軍には、複数の高等指揮技術学校があるが、ここでは割愛する。

 史実より、一例をあげれば。

 東ドイツの宇宙飛行士、イェーン空軍少将*19はガガーリンアカデミー出身だった。

ユルゲンもBETA戦争がなければ、ガガーリンアカデミーに留学したであろう。

だが戦争の為、空軍学校は外人を締め出し、代わりにクビンカ空軍基地での留学に変更された。

そこで半年間、ソ連空軍の将校や下士官から厳しい訓練を受けたのである。

クビンカ基地は、KGBの他に、GRUの監視付きという極めて特別な場所であった。

 

 ユルゲンは、落着き払っていた。

「それに戦術機関連の技術は、ソ連でなくとも、我が国の情報部も知りたがっていましたよ」

「失礼ですが、貴殿の御離縁された御母堂(ごぼどう)

彼女は、確か……シュタージの少佐と再婚されている……と聞き及んでおります。

何か、ご存じの件でもあればと……」

 ユルゲンは薄く笑ってから、社長の瞳を凝視した。

詳しく聞いたら、承知しないぞ……。

そんな意志が込められているかのように、社長は感じ取っていた。

「母に関しては、既に父と離婚して10年にもなります。

彼女の事は、小官のあずかり知らぬことです」

 

 ユルゲンは、咄嗟にそう答えた。

実は、母メルツィーデスとの関係は、それほど疎遠ではなかった。

 ベアトリクスとの結婚以降、母との関係は回復していた。

以前のように、月に一度はユルゲンと顔を合わせるほどになっていたのだ。

 今の夫のダウム少佐とも、2、3度会ったことがあるが、誠実で平凡な男だった。

ロメオ工作員として篭絡(ろうらく)して以降、本当に母の事を愛してくれている様だった。

だから、ユルゲンとしても父から寝取ったことは恨んでいても、それ以上の感情は割り切っている面があった。

 そして母には、ダウム少佐との間に出来た幼い息子がいる。

もう一度、家庭を引き裂くのは、忍びない。

それが、息子ユルゲンとしての、最大限の譲歩であった。

 

 困り顔をしているユルゲンに、涼宮(すずみや)が助け舟を出してくれた。

「それならば、私の方で木原先生に掛け合ってみましょう。

先生なら中共にもパイプがありますし、技術漏洩に関しては何かしらご存じかもしれませんから」

 グラナン社長も、ユルゲンも、とかく過敏(かびん)な眼いろだった。

だが、さすがに教授は、何気ないそぶりを振舞いながら、

「涼宮君、君がそんな事をする必要があるかね。

それに、F14は日本に近々輸出する予定があるのだよ」

涼宮をなじるつもりが、

「本当にそれだけなのかね」と半ば肯定する様な許し方をしていた。

 この時、二つに一つの運命の分かれ道だった。

もっと知りたいと願っている好奇心が後押しした。

瞬間にして、ユルゲンは自分の心が求めている道を選んだ。

「差し出がましいようですが……

私の父の筋を頼ってみようと思います」

 この時、ユルゲンの父という言葉を教授は、今の東ドイツ議長と勘違いした。

教授は勿体ぶり、雰囲気を壊してしまうのを避けるために答えた。

「ベルンハルト君、議長(おちちうえ)の手を煩わすことはない。

とりあえず、私の方で政府筋に調べさせてみる」

 教授は、老社長に帰ってもらうべく、畳みかける様に言い訳した。

脇で聞いていた三名の顔は、同じものだった。

不安に()(つぶ)されたのである。

「あとで、詳細な報告は大統領府から海軍を通してお答えしますわ。

グラナン社長、今日はお引き取りを……」

(かす)かな嘲笑すら見せて、社長は、強く口のうちでいった。

「では教授、お願いしますよ」

余談は何ひとつ交えず、この老社長は手持無沙汰に帰った。

*1
我が国の朝廷、日本の朝廷の意味

*2
ハー二―トラップ

*3
米国ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウンにある交差点。近隣の繁華街を含む場合もある

*4
今日のルガンスク。1935年から1958年及び1970年から1990年まで、 ヴォロシロフグラード

*5
今日のウクライナ西部の都市。現在はウクライナに編入されているが、長らくポーランド領やオーストリア・ハンガリー帝国の領土であった。独語名:レンベルク

*6
今日のサンクトペテルブルグ。1924年から1991年までレニングラード

*7
今日のカザフスタン共和国

*8
2008年の統計によれば、今日でもドイツの他に、英国やスカンジナビア諸国では約3割の国民が全裸で就寝している

*9
see-through.内部が透けて見えること。そこから転じ、透ける布地を用いて仕立てた洋服

*10
1829年発売。フランス製のナチュラルミネラルウォーター。今日はダノン社から販売されている

*11
1895年発売。フランスを代表する炭酸入りナチュラルミネラルウォーター

*12
1990年代までアメリカではミネラルウォーターは一般的ではなく、そのほとんどが海外からの輸入品だった

*13
80を超える老人

*14
リロイ・ランドル・グラマン。グラマン飛行機創業者。(1895年1月4日 - 1982年10月4日)

*15
現実のスホーイ設計局

*16
особая отделени.軍や警察などの実力組織の内部にあるKGB本部直属の監視ネットワーク

*17
Voyenno-vozdushnaya akademiya imeni YU. A. Gagarina、Y.A.ガガーリン名称空軍アカデミー。1940年から2011年まで存在したソ連の空軍士官学校

*18
voyenno-vozdushnaya inzhenernaya akademiya imeni professora N. Ye. Zhukovskogo、 N.E.ジューコフスキー名称空軍技術アカデミー。1920年から2008年まで存在したソ連の空軍士官学校

*19
ジークムント・ヴェルナー・パウル・イェーン(1937年2月13日 - 2019年9月21日)東ドイツ軍人、宇宙飛行士




 読み返して、意味不明な文章だったので大分手を入れました。
(元の文書が気になる方は、暁の方を参照ください) 



ご意見、ご感想お待ちしております。

近いうち、ミラ・ブリッジス関連の話に入ろうかと思っています。その際は、トータルイクリプスのタグが必要なのでしょうか

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