冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 天才女技術者、ミラ・ブリッジス。
彼女は、マサキの真意を知るべく、彼の懐深く入り込むことを決意する。



窈窕(ようちょう)たる淑女(しゅくじょ) 中編(旧題:篁家訪問)

 洛中にある武家、(たかむら)家の土曜の夜は静かだった。

600坪ほどの敷地の中に、100坪を超える屋敷が建っている。

立派な長屋門で囲まれており、樹木も多く、その上、蔵までたっている。

長屋門がなかったら、マサキが訪問したことが丸見えになっていただろう。

 マサキたちは、夜も深くなってきたので居間(いま)に場所を移していた。

燃え盛る囲炉裏(いろり)の前に座りながら、戦術機の改良点について、熱心に話し合っていた。

 マサキと、74式長刀の設計者である篁の意見。

それは、全く同じだった。

 戦術機の腕は、重量や衝撃に弱すぎる。

マサキも、長刀使いのユルゲンやヤウクの経験を聞いていたので、納得するばかりであった。

 戦術機は、軽量に作ってあって薄い装甲板しか載せられないからだ。 

ゼオライマーと違って、腕には太い内部フレームが入っていない。

細かいギアとアクチュエータの(かたまり)で、非常に繊細(せんさい)だった。

ゼオライマーの様に鉄拳を振るえば、たちまち壊れてしまうであろう。

 そんな機体で、軽やかに長剣の切先(きっさき)を走らせることなど難しいのではないか。

フェンシングが特技のヤウクと違って、一般の衛士には剣技の取得に苦労したろう。

 ユルゲンに見せてもらった、ヤウクの太刀筋(たちすじ)は、感嘆(かんたん)するばかりであった。

構えにしても、突きにしても、全く乱れのない、実に見事なものであった。

 巧みな剣(さば)きをする、アイリスディーナやベアトリクスの技量を思えば。

それこそ、血がにじむほどの努力だったのではないか。

 よし俺が、月のローズ・セラヴィーの様に剣技に耐えうる腕に作り直してやる。

マサキは、その様に考え、一人興奮していた。

 

 話が盛り上がっていたころ、美久が、おそるおそるマサキの前へ出た。

マサキの顔に近づくと、そっと耳に囁き掛けてきたのだ。

「いつまでも、若いお二人に迷惑をかけるのは何かと……」 

 マサキは、客人とはいえ、篁亭に来てからの時間を忘れていた。

思わず、左手にはめたセイコー5*1をちらりと見る。

文字盤の上にある短針は、すでに深夜10時を指していた。

「腹が減ったな」

篁は、わきにいるミラに目くばせをする。

「ウィスキーはないが、清酒(せいしゅ)や各地の地酒(じざけ)は取り揃えてある」

「ほう、酒に造詣(ぞうけい)があるのか」

「我流でね」

 ミラは立ち上がると、そそくさと、奥の方に消えていった。

恐らく、酒の準備だろう。

そう考えたマサキは、不敵な表情になる。 

馳走(ちそう)になるか」

予想通りの事なのに、美久は、さもマサキが悪くなるような口調で言った。

「一体、貴方の神経はどうなっているのですか」

哄笑(こうしょう)を漏らすマサキの耳に、美久の言葉など、ほとんど入っていなかった。

 

 酒でも飲みながらということで、篁とミラを囲んで食事をした。

献立(こんだて)は、牛肉を中心にしたものだった。

すき焼きに、肉じゃが、肉吸い*2と、その豪華さにマサキは驚いた。

 これは、関東と関西の食文化の違いでもあった。

肉といえば豚肉という関東で育ったマサキには、衝撃でもあった。

「君が用意したのか。

女中たちは、何をしてるんだ」

いきなり篁から予期しなかった質問が出るも、ミラは笑いながら、

「もう帰しました」

「じゃあ、俺たちと木原君、氷室(ひむろ)さんの四人だけか」

「うるさい人がいない方が、せいせいと話できるでしょうから」

 くつろぎの表情を見せながら言うミラに、それまで黙っていたマサキは苦笑した。

確かに女中がいないと静かだ。

「人は見かけによらないものだ。

あんたみたいなしたたかな女は、嫌いじゃないぜ。

ベルンハルトの妻といい、珠玉のような女性(にょしょう)巡り合えるとは……」

言うなりマサキは、()()れとミラの顔を(なが)めながら、酒を()んでいた。

 ミラは、技術者というのに話し上手で、マサキを飽きさせなかった。

話は(はず)んで、食事が進み、清酒がマサキの気持ちをリラックスさせた。

「ほう。なかなか機械工学に、造詣が深いではないか。

まさかマサチューセッツ工科(MIT)の大学院出ではあるまい。

もしそうならば、この俺は大変な才媛(さいえん)との出会いを得たわけだ」

 マサキは、ミラが思ったよりも若いのに驚いた。

米国の工学系大学院というのは、基本5年間だからである。

 日本と違って、米国の工学系の大学院は修士と博士課程がセットになっていた。

最初の2年で基礎的な数学の授業をした後、残りの3年間で博士課程を受けるという制度。

 だから、ミラが3年に及ぶ(あけぼの)計画に参加したというのに、まだ20代後半である。

その事実に、ひどく驚いたのだ。

 普通ならば、22歳で大学を出て、そこから5年間博士課程をやれば、早くて27歳。

曙計画を考えれば、30歳になっていなければ、おかしいくらいだったからだ。

 無紋(むもん)の色無地を着ていても分かるすらっとした体に、抜けるような白さの肌。

上品な育ち方をした女は、やはり見た目も上品である。

南部出身の田舎者というイメージがあったが、会ってみれば、ミラは中々の美人ではある。

第一印象は、合格だった。

 美しい女が奉仕をするので、マサキは目を細めて眺めた。

柔らかく繊細な指で酌をする内に、マサキの顔色はみるみる赤くなっていった。

 

「話は変わりますが、曙計画はどうなりましたか」

マサキの脇にいた美久は、穏やかな視線をミラに向ける。

「ええ、順調に進みましたよ」

 ミラは、すぐに華やかな笑みを浮かべる。

この辺りは何の変哲もない社交辞令なのに、美久の電子頭脳には引っかかった。 

 ミラは、曙計画でのエピソードと篁との出会いを話してくれた。

その表情をみて、美久はどこか空々しいものを感じ取っていた。

「木原さんも、曙計画に来ればよかったのに」

 ミラは、静かに酒を飲むマサキへ、それとなく話を振った。

マサキは、冷たい杯を手に挙げて白く笑った。

「ハハハハ、笑止千万(しょうしせんばん)な話よ。

この木原マサキが、いまさら、その様な計画に真顔(まがお)に耳が貸せようか」

「でもね。こちらも楽しかったのよ」 

 そのうちミラの目が、マサキの方を向いた。

ミラの目はいくらか(みどり)がかっており、宝石のような輝きを帯びていた。

「あの、木原さん。話があります」

 ミラの口調には強い意志が感じられた。

マサキとしては、笑うのをやめて、聞き入るほかはなかった。

「何の話だ」

 マサキの目的を知るには、相手の(ふところ)深く入り込むことである。

ミラは、マサキに一歩でも近づこうと決心した。

「私はあなたが創ろうとしているものには、協力は惜しみません」

篁がごくりと音を鳴らして、清酒を呑んだ。

「いいのか」

 ミラは目を細めて、マサキに近づいた。

二人の距離は、1尺と離れていない。

お互いの息遣いさえ、肌で感じられるほど、近かった。

「いいの」

「本当にか!」

「ただし条件があります」

マサキは開き直ったように、ミラを、彼女の目を見据えた。

「どういう意味だ」

 マサキの手を胸に押し付けながら、目を潤ませる。

しがみつこうと思えば、しがみつけるような距離までぐっと顔を近寄せる。

「木原さん、貴方がどういう意図で近づいてきたか、よくわからないの。

一緒に新型機開発をする為には、隠し事をしてほしくないの」

 ミラは美しい声で言った。

マサキの秘密を隠そうとする態度を、知らないかのように。

「そうか……わかった。

では、ミラよ。お前から知りうる情報を話してくれぬか」

 

 日本・米国・ソ連。

3か国がわずかな時間の間に、それぞれ違った形で木原マサキと接する機会があったにもかかわらず、ゼオライマーの秘密が、この世界で露見しなかったのは、なぜか。

日米ソの3か国が、それぞれの思惑の中で密かにゼオライマーを解明しようとしたからである。

 既に応用された技術や戦術機の改良だったのならば、研究機関で解明したり、多国間で調査をしたであろう。

しかし、次元連結システムという特殊なシステムの為に、日本もソ連も慎重になっていた。

 だが米国だけは、2つの国は少し違った。

それには、いろいろな要素がある。

 まず、G元素というBETA由来の新物質の研究が進んでいた点である。

それは、世界で初めて核爆弾を完成させたロスアラモス研究所を持っていたことが、起因するのかもしれない。

 ここで特筆すべきは、ミラの積極性だった。

マサキの各国政府への近づき方は、異常である。

 ミンスクハイヴ攻略を通して、各国の首脳に働きかけた点は、不振この上ない。

これは全て嘘だ、裏に何かがあると考えた。

 何事にも積極的なミラは、自ら進んでマサキに真意を尋ねた。

それも生半可な事ではない。

自分の知りうる情報を、全て明かして見せる事であった。

 

「上院議員を務める父方の伯父(おじ)にきいたんだけど、どうやらG元素爆弾は完成したらしいの。

ロスアラモスでは、今年の夏までに起爆実験を行う予定なんだけど……

新聞社に、すっぱ抜かれちゃってね」

マサキは、胸ポケットからつぶれたホープの箱を取ると、タバコを抜き出した。

「ほう」

言葉を切ると、タバコに火を点ける。

「G元素には、新型爆弾を作るのに必要なグレイ・イレブンというがあるの。

それをロスアラモス研究所のムアコック、レヒテの両博士が応用して、重力制御装置を完成させたらしいのよ。

どうやら今度の月面攻略で、その装置を乗せたスペースシャトルを月にぶつける。

そうという作戦案が外交問題評議会(CFR)から提案されて、ホワイトハウスに持ち込まれたらしいの」

「それほどの事を、一介の兵士でしかすぎぬ俺に、何故明かす」

「大切な人を守りたいのよ。

私が、わざわざ南部の田舎を抜け出して、スタンフォード*3に入って、グラナン*4まで行った。

そういう理由からなのよ」

 マサキは最初の内こそ、慎重だった。

だが、ミラが、さりげなくG元素の秘密や、その貯蔵量まで明らかにすると、態度を変える。

次第に、油断を見せ始めた。

「でも俺は、お前を100パーセント信用してよいのだろうか」

マサキは驚きを隠しきれず、さらに決定的な返事を欲しくて、念を押した。

「嘘じゃないわ。

それに私は、あなたには日本政府さえも知らない情報を教えたじゃないの。

もうすっかり、あなたの仲間よ。あなたの申し出なら何でも協力するわ」

「絶対にか」

「ええ、絶対……」

マサキは静かに紫煙を燻らせながら、相好(そうごう)(くず)した。

「お前のような優しい者が、そのように凄んでみては……

折角(せっかく)の、天女(てんにょ)のような美貌(びぼう)も台無しだ」

「ねえ、ゼオライマーの秘密を教えてくれる?

私、興味があるのよ」

マサキの語調も、ミラにつられるように強くなった。

「何を」

「教えて、貴方の真の目的を。

どうして無敵のスーパーロボットがあるのに、なんで戦術機開発に参加するのか」

 ミラは、はっきりそう言い切った。

脇で俯いていた美久は顔を上げた。

まさか、ミラがそんなことまで聞いてくるとは思ってもみなかったからだ。 

 実に奇妙な質問だが、理にはかなっている。

美久は、じっと篁の妻の事を見ていた。

「原子力や蒸気タービンを上回る、ゼオライマーのエンジン、次元連結システム。

……私はこう思うのよ。

確かに帝国陸軍はゼオライマーのエンジンの検証をしても、どこからも異常はなかった。

そういう検査結果が出たし、今までBETAとの戦闘もつつがなくこなしてきた。

……でもね。

あのスーパーロボット、天のゼオライマーを建造した木原マサキの事。

簡単に、人にわかるような構造にするのかしら」

 マサキは、真剣な表情でミラを見つめていた。

ほんの数秒前まであった、マサキの余所行きの笑みは消えていた。

「ひょっとして、肌身離さずその秘密を持ち歩いているんじゃないかって」

 声にうながされるように、脇にいた篁はびくりっと振り返った。

ミラを見て、ハッとしたような表情になる。

「たとえば、装置の上からシリコンをかぶせて、人間の振りをしてね」

 離れて座る篁にさえ、マサキが身を強張(こわば)らせるのが、判るほどであった。

一瞬にして、周囲の空気が凍るような緊張が走った。

『わずかな情報からその様な結論に至るとは、鋭い女性(にょしょう)よ』

 

 マサキは思案になやむ。

もう秘密が露見するのは、時間の問題だ。

次元連結システムの事を聞き出そうとするミラの覚悟のほども、わからなくはない。

必然、篁の話に()って、さらに状況証拠をあつめ、結論をかため直していることだろう。

その様に、彼には案じられて来た。

 こうなったら、徹底的にミラを利用してやろう、と(はら)を決めた。

すると、マサキは滔々(とうとう)と持論を開陳して見せた。

「もし、俺がとてつもない兵器を持っていると、世間に発表したらどうなる。

例えば、この京都のほとんどを一瞬にして消滅させる兵器をな」

 マサキの言葉から、ミラは何かふッと、胸が騒いだ。

「混乱が起きるか、それとも世間は静かか。

どう思う、ミラさんよ」

 マサキの口元の笑みが、広がる。

ミラは、彼流のコミュニケーションなのだと感じた。

 気の利いたことを言ったつもりらしい。

ミラは頭の中で、それらしいことを言って、話を戻そうとした。

「きっと持っている。持っているからこそBETAに勝てる。

勝てる自信があるからこそ、落ち着いていられるのよ」

マサキの理論は、強引だった。

「そう、落ち着いていられる。

この汚れ切り、腐敗した世界。

金権にまみれ、人間の心を忘れた獣たちの住む日本を破壊し、消滅させることが出来るからな」

 マサキは、会心(かいしん)の笑みを漏らし、タバコに火をつけ始めた。

部屋中の空気が落ちてくるような圧迫感に、ミラは思わず身をすくめる。

「貴方がいつも思っている可愛いお嬢さんとは、まるでかけ離れた世界ね」

「そうでもないさ。

夢だの、希望だの、正義だの……裏付けする力がなければ、ただの絵空事(えそらごと)さ」

マサキは、唇に傲慢(ごうまん)な笑みを浮かべる。

「この冥王、木原マサキを突き動かしたもの。

それはアイリスディーナへ愛だよ、愛。

あの娘御(むすめご)は、家庭の団欒(だんらん)はおろか、世間のことも、何一つ知らなかった。

だからこそ、悲運に身にゆだねるしかない女の一生を救ってやりたかった。

ただせめて、人の真情(まこと)をアイリスディーナに与えてやりたい」

 まるで当然という言い方に、ミラは反発を覚えた。

しかし、争ってはうま味がないことがわかっているから、それに賛同するようなことを吐く。

「東ドイツには、男女の真実(まこと)、それすらないのですか」

 そう告げるミラの美貌(びぼう)は、マサキの目には(まばゆ)いばかりに輝いて見えた。

判り切ったことを聞き返してくるのに、なんと神々(こうごう)しいものか……

知と美を兼ね備えた完璧な女性とは、こういうものであろうとさえ思えた。

 ミラの冴えた細面(ほそおもて)を、マサキは焼けつくような目で凝視(ぎょうし)する。

息をひそめているが、出方をうかがっているらしいことは察しがついた。

「人口の1パーセント以上が、秘密警察(シュタージ)密偵(スパイ)という住民総監視社会。

その様な火宅(かたく)*5の中で、どうして真実が生れ出ようか」

 マサキは腹から言った。

自分の身にも、くらべて言ったことだったが。

すでに、あきらめ顔のミラは、こう彼に返した。

「正直言って、これは想像も付かなかったわ……。木原さん」

「こちらの肚を、見せたまでさ」

 マサキは、話し終って、ほっとした。

次元連結システムの、秘密の露見。

 忘れようとし、忘れてはいたものの……

やはり彼の心の奥には、大きな弱身として、気づかわれていたことの一つではあった。

*1
1963年(昭和38年)発売の自動巻き式腕時計。今日は外国での生産に切り替わっているが、一部機種によっては日本国内での生産が続いている

*2
大阪を中心に出される牛肉入りの汁物

*3
1891年創立。米国カリフォルニア州に本部を持つ私立大学。今日、同大学工学部は世界最高峰の一つとされている

*4
現実のグラマン航空機

*5
火がつき、燃え盛る家。そこから転じ、煩悩と苦しみに満ち、安住できない現世や場所のこと




 ご意見、ご要望、アンケート結果は常に確認しております。
ただ、反映された話を書くには少々お待ちください。
 ご感想お待ちしております。

今後、登場してほしいキャラに関して質問 その2(暁の方にも影響します)

  • シルヴィア・クシャシンスカ
  • 范氏蘭
  • イングヒルト・ブロニコフスキー
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