冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
そんなマサキの事情を余所に、伏魔殿に住まう魑魅たちは、彼に美人計を仕掛けることにした。
マサキの運命や、如何に……
2月の第2週の頭にあたる2月5日。
マサキは月曜日から、国防省本部に呼ばれていた。
彼を待っていたのは、内閣調査室と国防省と情報省の関係者であった。
内閣調査室は、室長直々に面会に来ており、情報省は外事課長だった。
国防省から来た男は、特殊任務を扱う陸軍参謀本部第二部長、その人であった。
「木原君、君のうわさは色々と聞いているよ。
アイリスディーナ嬢との逢瀬とやらも、その辺にしておいてほしい」
マサキは、男の口からアイリスディーナの名前を聞き、内心ビックリしていた。
というのも、マサキは、上司の彩峰が口が堅いのを信じていたからだ。
政府上層部には、俺の交友関係は筒抜けなのか。
情報が漏れたとなると、話は違う。
考えられるのは、護衛を務めている鎧衣と白銀ぐらいか。
詳しいことは不明だが、彼等は諜報員だ。
御剣と通じていても、不思議ではない。
マサキは、途中から
調査に来た官僚たちを、口をきわめて嘲笑する様な態度を取った。
「フフフ、すまぬな。
何せ、お前らの仲間になってから、女を
これ以上望んではならない、自分の立場を嘆いた言葉でもあった。
マサキは紫煙を燻らせながら、自身が鬱積状態であることを理解していていた。
日本政府の暗殺から15年の時を経て、現世に意識を復活させた木原マサキ。
彼に、生への執着がなかったかといえば、嘘である。
そしてこの異世界に転移してから、その感情はより強くなった。
幾度となく襲い掛かるソ連の魔の手、あの忌々しい宇宙怪獣BETAとの戦闘。
前世に比べ、危険でスリリングな、手に汗を握る日々。
そうした体験は、若い秋津マサトの肉体を得たマサキに、ある種の焦燥感を抱かせるまでになってきていた。
かつてのように、公私ともに脂ののりきった時期に、殺されるのは避けたい。
いや、そのことを防げぬのなら……
せめて見目麗しい
そんな煩悩にまみれた、小市民的な感情だった。
勿論、世界征服の野望はあきらめていないし、それが第一の目標である。
最悪、自分の遺伝子というものは、前世の様にクローン受精卵を残して、誰かに託せばよい。
そうすれば、ゼオライマーがある限り、木原マサキは必ず復活するのだから……
幾度となく、その様に考えていても、やはり秋津マサトの若い肉体である。
段々と、マサキの精神は、若い青年の中でくすぶった、ある種の飢餓感から、逃れられなかった。
ベアトリクスを一目見た時、その稀有な容姿に心惹かれた。
内心にたぎる若い男の情熱は、この先、火がつかぬ心配は無いか。
世界征服だけを楽しみにして、女を断てる自信があるであろうか。
そういう不安が積もり積もっていた矢先での、出会いである。
彼がベアトリクスに何もしなかったのは、事情があった。
また、ユルゲンが企んだアイリスディーナのと見合いで、本心から求婚をした。
どこかで、前世でのやり直しを求めていたものではなかったのか。
時々、冷静になってそう考えるのだが、若い時分に色々と体験したものである。
情熱的なキスの味などは、とうの昔に忘れてしまったはずだ。
仮にかつての木原マサキの元の肉体であったのならば、昔の歳であったのならば……
アイリスディーナなどは、親子ほどの年の差はあろうか。
前々世の時の年齢など、既にどうでもいい事なのに、こだわる必要はあるまい。
やはり、俺の心は乾いているのだろうか……
マサキは、深い沈潜から意識を戻すと、ものに取りつかれたかの様に紫煙を燻らせた。
「話は変わるが……」
それまで黙っていた情報省外事課長が口を開いた。
マサキは、感情を押し殺した声で応じる。
「なんだ」
「君の名は、世界中の諜報機関の胸に刻み込まれた。
ソ連議長とKGB長官を殺した男としてね……
それほどにKGBは、国際謀略の世界では恐れられている」
どうやら、G元素や新型爆弾の事ではないらしい。
きっと、西ドイツのBNDの調書でも読んだのだろう。
「木原君、君の立場は極めて危険だ。
諜報機関が、テロ集団が君を倒すことによって、英雄になろうとしている。
なにせ、君を殺せば、それは最高の宣伝になるからね」
『こいつらは、既にBETA退治が終わったと考えているのか。
今更KGBの話など、 何を勘違いしているのだ』
そう言いたげに、マサキは小さく舌打ちをした。
紫煙を燻らせながら、目を細めて外事課長を見る。
「KGBは孤高の存在であったが、その支援を受けた団体は少なくない。
さらに、現在は地球圏におけるBETAの活動は低調だ。
ここらで華々しく名を売り、資金援助を受けたい……
そのような情報が入ってきてね」
次に声をかけたのは参謀本部第二部長だった。
男は、冷たい笑いを浮かべる。
「これから、君は狙われるよ」
とうとう話に厭き始めたマサキは、椅子から立ち上がる。
狭い20畳ほどの執務室の中を、檻の中に閉じ込められた獅子の様にぐるぐると回り始める。
「ハハハ、大きく出たな。
俺と戦って無残に敗れた露助ども。
そんな奴らが使うKGBに、俺を付け回すこと以外、何が出来ると言うのだ!」
「月面降下作戦を前にしては、危険ではないかね」
情報のプロをして、その心胆を寒からしめるKGBの存在。
俺は、その責任者を、刃をもって殺したのだ!
KGBめ、何するものぞ!
マサキは、もう、得意の絶頂である。
「このゼオライマーの前に、何が危険というのだ!」
「我々として困るのは、何の関係もない一般市民への巻き添えが出ることだ」
「君の功績には感謝しているさ」
「頼むよ、木原君。
日本の治安を守るために大人しくしてくれないかね」
こいつらは国内の勢力争いばかりしていて、外に目が向いていないのか。
マサキは怒りを通り越し、諦めすら感じ始めていた。
「月面降下作戦を貫徹させるまで大人しくしてくれないかね、木原君。
我々としては、君に身を固めてもらうのが一番なのだが……」
「フハハハハ……そこまで言うのならば、考えておいてやろう」
マサキは、目の前にいる官僚たちの狼狽ぶりに、狂喜した。
不敵な笑みをたぎらせて、大胆な気持ちになっていた。
翌週、マサキは岐阜県の
ここには帝国陸軍の岐阜基地*1があり、ちょうど真向かいには河崎重工*2の岐阜工場があった。
2月に入ってからの日々は、忙しさに追われていた。
年度末ということもあろう。
ほとんど外出もせず、職場と自宅を行き来する日々だった。
篁やミラの協力もあって、グレートゼオライマーの建造も7割がた進んでいた。
無論、去年の段階でゼオライマーのフレームをコピーしたものを2組作っておいたお陰で、装甲板を乗せるだけだったのも大きい。
機体の色やデザインは、マサキの方で書いた図面通りに加工するだけなので、日数をかければ出来上がるばかりであった。
困難を極めたのは、特殊武装である。
山のバーストンをのぞく八卦ロボはすべて、この異世界では未知の技術だった。
そこで完成を急ぐマサキは、長距離用攻撃に限定することにした。
エネルギー砲のジェイ・カイザー、原子分解砲のプロトンサンダー、ミサイル発射用の垂直発射装置。
基本的には、ゼオライマーの上からミサイル発射装置や分解可能なジェイ・カイザー用の砲身を取り付けることになったが、従来と大きく違った点があった。
それはマニピュレーターの指先に、ビーム発射用の内臓式の砲身を取り付けた所であった。
これは月のローズ・セラヴィーの固定武装の一つ、ルナ・フラッシュを部分的に採用したものだった。
本来ならば全身にくまなくビーム砲が装備されるのだが、マサキは効率を考えて指先だけに限定したのだ。
ローズセラヴィーのビーム砲は、出力を微調整し、集約すると剣のように扱えた。
このルナ・フラッシュでゼオライマーがローズセラヴィーに切り刻まれた。
そのことは、マサキのトラウマの一つであった。
だが、この異世界に来ては、それもまた懐かしく思えるのだった。
工場で、グレートゼオライマーのロボットアームを調整していた時である。
ミラが、ふいに訪ねてきたのだ。
「そんな体で、わざわざここまで来たのか」
彼女はこの2か月ほどの間に、一目見て妊婦と分かるほどになっていた。
羽織った白衣のに来た厚手のセーターから見える腹は、はっきりと丸くなっていた。
時おり、ミラはハッとした様に息切れを起こしている。
妊娠後期になって、成長した胎児によって拡大した子宮が肺を圧迫しているのだろう。
さしものマサキでさえ、そんなミラの事を心配するほどだった。
不安の感情と共に、ミラも科学者である前に、また一人の女であるのだなと思っていた。
「ねえ、ビームの刀って作れないの」
「どういうことだ?」
マサキは、ミラの顔色をうかがいながら、思案する。
今の彼女は、早く帰りたい反面、ローズセラヴィーのルナフラッシュについて知りたいのではないか。
マサキは、一呼吸置いた後、
「たしかに俺の作ったルナ・フラッシュは、高出力のビームの剣として使える。
こいつがあれば、戦艦はおろか、富士山ですらバターの様に切り刻める」
「それを戦術機に持たせる刀に応用すれば、要塞級も簡単に切れるかなって……」
「切るどころか、熱でドロドロに溶かすことも容易い。
重光線級のレンズ部分も、たとえ殻が閉じていても簡単に焼き切れる」
マサキは毅然と言い放ちながら、ミラの表情を伺った。
彼女は、不安そうな色が顔に浮かんでいた。
「戦術機に改造なしで搭載可能なの?」
「出来ないこともない。
リチウムイオン電池を用いたビーム発生装置を作ったとして……
使い捨ての短剣なら1時間、長剣なら3時間ほどは持たせる自信はある」
ミラの表情から、あらゆる感情のかけらが消えた。
次に現れたのは、まさしく安堵だった。
「すごいわ」
「試作品が出来たら、大小一振りづつくれてやるよ」
「嬉しいわ」
ミラを見送った後、岐阜工場の会議室に足を運んでいた。
工場長を始めとする河崎重工幹部たちと軽食をとっていた折である。
マサキの様子を見る為、神戸本社から来ていた専務が、ふと漏らした。
「話は変わりますが……」
「どうした、申してみよ」
「木原さんは、結婚しないのですか。
天才科学者として名高い貴方は、望めばそれこそより取り見取りですのに……」
「えっ」
その瞬間、マサキは答えに戸惑った。
飲むために握っていた紅茶のカップが、思わず震えるほどだった。
「俺には……」
アイリスディーナと挙げた秘密の結婚式の事を思わず言いそうになってしまった。
だが、彼女との関係は内々の式を挙げただけで、籍は入れていなかった。
マサキ自身も、彼女をまだ子供だと思っているせいで手を出していないので、そのままにしていたのだ。
そのせいで、去年の12月にシュタインホフ将軍からキルケとの結婚を勧められたのは、本当にいい迷惑であった。
結局、あの場から理由を付けて逃げだしたから良かったものの、留まっていたらどんな誤解をされたものか。
その時である。
マサキのすわる背後にあるドアの方で、騒がしい声がした。
「お願いです。ただいま工場長は会議中でして……」
社務の女性事務員が引き留めるのを無視して入ってきたものがあった。
ドアを乱暴に開けたのは、
「工場長、木原の事を少し借りるぞ」
「司令が部屋まで来いとの指示があった」
そう言って、隣の岐阜基地に連れていかれる。
司令室に待っていたのは、司令と数名の男たちだった。
ざっと見たところ、二本の線の入った階級章からは佐官級。
マサキは、ただならぬ気配を感じた。
「これは俺がしでかしたことへの懲罰でもする気か」
流石にマサキは緊張していた。
基地司令は、マサキの言葉に相好を崩す。
「木原君、君に耳寄りな話でね」
話しかけてきたのは、基地の総務課長を務める少佐だった。
「曹長、君は独身だったね。
見合いとかに興味はないかい?」
総務課といえば、基地の渉外担当も務める都合上、地元民との接触も多い。
彼の話だと、岐阜や愛知などの素封家の娘との縁談の話だった。
あれやこれや追及されることがないということに安堵した一方、マサキは危機を感じていた。
頼みもしないのに見合い写真を見せられ、相手の家柄に関して説明が始まったのだ。
俺のような根無し草に、そんな商家や豪農の娘は釣り合うはずがない。
マサキは、変な意味で恐縮してしまった。
良家の子女なら、もっといい男を紹介した方がいいではないか。
確かに帝国陸軍の
彼女たちの望むような安穏とした家庭生活は難しかろうと、考えてしまった。
それに裏金は別として、下級士官である。
薄給で、気苦労も絶えないであろう……
面倒くさいし、断るか。
咄嗟に、マサキは、そう答えた。
「俺には先約があるのでな」
なんとか、その場を切り抜け、部屋を後にした。
部屋から、河崎の岐阜工場に戻ると彩峰が待っていた。
「何の話だった」
「見合いの話だが、面倒くさいから断った」
そう笑顔で答えるマサキに対して、彩峰は途端に不快の色をあらわす。
充血した目で、彼の事を睨み付けると、
「お前、ちょっと裏に来い」
格納庫の裏に呼ばれたマサキは、散々だった。
彩峰からは、厳しい叱責があったとだけ書き記しておこう。
それで、引き下がる相手ではなかった。
今度は河崎の工場にいると、富嶽の開発部長から電話がかかってくるようになった。
毎日、家業終了直前に電話がかかってくるので、頭に来たマサキは、
「そんなに要件があるのなら、俺のところに来い」
と、啖呵を切ってしまった。
その週の土曜日である。
岐阜市から近くのホテルで会合があると呼び出されて行ってみたら、富嶽重役の娘と引き合わされてしまった。
だまし討ちに近いことに会ったマサキは、相手に会うだけあって、帰ってしまった。
富嶽がマサキに相手を送って、見合いをしている話は城内省にまで届いていた。
話を聞いた五摂家の各家は独自に動くことになった。
まず、五摂家の斑鳩家は、代々の家臣で、有力武家の真壁家に頼ることにした。
真壁家の当主である真壁零慈郎を自宅に呼び寄せた。
「真壁よ。お前の家から女を出せぬか」
零慈郎青年は、人を魅了する好男子だった。
怜悧そうな目、色白の肌、刃の切っ先を思わせる細面。
一目見たら忘れられないほどの、美丈夫だった。
「翁、我が家に差し出す女などおりません。
木原などという馬の骨になぜそれほどまでに……」
「何、出戻り女でもいい。
お前も、あのゼオライマーの威力は知っていよう」
「たしかに素晴らしいマシンです。
ですが女一人で満足しましょうか」
「そこよ。
我らも、その辺は調べて、考えておる。
「では、なおさら、その女と一緒にさせれば」
「じゃが、
「若輩者の私とて、城内の考えは分かります。
篁の愚か者の二の舞は、避けとうございますな」
「そこでじゃ、殿下の方で一計をご案じなされた。
奥に仕えておる、お前の従妹叔母を、木原に下賜するという話が出てな」
貴人が側仕えの女性を身分が下の物に下げ渡すことは、古今東西珍しいことではない。
わが国でも、封建時代以前からよく見られた、婚姻の形態の一つであった。
真壁にとって、それは侮辱にも近い事だった。
たしかに奥仕えの叔母は、とうに
彼女は、真壁の曽祖父が外で作り、認知した妾の孫だった。
年は2歳としか離れていないので、零慈郎にとって叔母というより姉のような存在だった。
「何、安心せい。
彼女は、殿下のお手はついてはおらぬ。あの木原でも満足しようぞ」
零慈郎の叔母は、真壁の曽祖父が見初めた女の影響もあって、恐ろしいほどの佳人だった。
その美貌たるや、血縁関係を重視してきた武家社会では、恨みや嫉みを抱かれるほどのものであった
当時の日本人女性にしては背は高く、170センチ強で、これまたマサキ好みの女であった。
「木原と祝言を上げなくてもよい。
最悪の場合、奴の種さえ貰って、子さえ作れば、それは弱みになる。
鎖にもなる」
「木原が、そんなことで躊躇しましょうか」
「人間は元来、情に弱いものよ。
木原とて、情に絆されれば、この武家社会に刃を向けることはあるまいよ」
他方、富嶽重工の見合いの件は、大伴一派にも伝わっていた。
GRU、KGBと近い関係を持つ大伴は、マサキの情報を彼等から間接的に聞いていた。
「ここで他の五摂家はおろか、東独、西独の連中を出し抜く」
大伴からそう話を聞いた大空寺真龍と光菱の専務は、仰天した。
大空寺は独自の情報網で他家の出方を知っているからである。
一方、光菱の専務は、大伴の話を聞くなり覚悟した様だった。
この専務の事を、お忘れの読者の方もいよう。
ここで著者からの、簡単な説明を許されたい。
光菱の専務は大伴との陰謀に関わるうちに、マサキの復讐を恐れた。
そこで、ひそかに15歳になる自身の妾の子を、マサキに差し出す準備をしていた人物であった。
「大伴さん、実は……」
そういって専務は、京都郊外に住む自分の妾と娘の話をし始めた。
いつものごとく、大伴は顔色を変えずに酒杯をすすめた。
淡々と専務が話しているとき、大空寺の気はそぞろだった。
あまりにも自分と大伴が考えた計画と同じだったからである。
これで計画を断ったら……
秘密を城内省に持って行って、ぶちまけられるだろう。
江戸商人というのは、東京の人間というのは、油断ならぬ存在である。
大空寺の背筋には、冷たいものが走るように感じ始めた瞬間であった。
公私ともに多忙のため、ハーメルンの連載速度は、毎月5回から、毎月2回に変更させていただきます。
暁での連載は、通常通り毎週土曜5時から変更はございません。
頂いたご意見等は、暁を含めて、すべて拝見させております。
前後するときがありますが、出来る限り返答するつもりです。
ご意見、ご感想お待ちしております。
今後、登場してほしいキャラに関して質問 その2(暁の方にも影響します)
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シルヴィア・クシャシンスカ
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范氏蘭
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イングヒルト・ブロニコフスキー